伯国社会との取り組みを「鳥取友好の森」植樹も実施 ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)は18日、聖市ミランドポリス区のブラジル鳥取交流センターで「創立60周年記念式典」を開催した。式典には、母県から藤井喜臣副知事、伊藤美都夫県議会議長、野坂康夫米子市長ら公式訪問団15人のほか、鳥取ブラジル友好協会員を含む民間訪問団11人が出席。伯国側からは、福嶌教輝在聖総領事、園田昭憲県連会長、木多喜八郎文協会長、毛利連援協副会長らが足を運び、総勢約350人が節目の年を祝った。式典の前日には、記念事業として「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹プロジェクトの記念式典及び植樹が聖市の聖州環境局森林院で行われた。 式典は千田初美同県人会副会長による開式の辞で幕を開け、日伯両国歌斉唱、先没者への黙とう、来賓紹介と続いた。本橋会長はあいさつで「創立以来60年、年輪を1回りして還暦となりました。これから新しい輪、すなわちサイクルに入っていく節目でもあります。今後の県人会活動として会員は2世以後の世代となり、日系団体でありながらブラジル一般社会との取り組みを考えなければならないでしょう」と述べ、次世代に期待を込めた。 会場のスクリーンに映し出されたビデオメッセージで平井伸治知事(51、東京)は、「記念事業の植樹をされ、永遠の友情を誓い合うこととなりました。植えられた木が育つのと合わせて日本とブラジルの交流が一層盛んになることを願っています」とさらなる日伯関係の強化を望んだ。 伊藤県議長、藤井副知事、野坂米子市長に続いて、竹内功鳥取市長の祝辞を深沢義彦副市長が代読したほか、石谷雅文民間訪問団長、福嶌総領事、日系3団体を代表して園田県連会長もそれぞれあいさつした。 引き続き、同県人会から平井知事をはじめとする13人に感謝状が贈られ、代表で藤井副知事が本橋会長から賞状を受け取った。聖州環境局森林院の元総裁を務めた山添源二県人会副会長は、記念事業「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹プロジェクトについて来場者に説明。鳥取県からは同県東部に古くから伝わる獅子舞の麒麟(きりん)獅子の頭が同プロジェクトに贈与された。 鳥取県からは、県人会の特別功労者2人、功労者8人、80歳以上の高齢者2人を表彰。特別功労者として表彰された元県人会長の加藤恵久さん(72、2世)は「鳥取県人会が頑張っていることを日本で伝えてほしい」と代表であいさつした。 県人会と母県関係者との記念品交換では、民間訪問団から県人会にシャンシャン傘10本などが贈呈。締めくくりは鳥取県民歌「わきあがる力」を全員で斉唱し、会場が一体となって閉会した。その後、鳥取県からの激励金の一部で設置された防火設備の一部である消火栓の放水が訪日団らに公開された。 祝宴では来賓らによるケーキカット、鏡割りが行われ、木多文協会長が乾杯の音頭を取った。記念アトラクションではシャンシャン傘踊り、銭太鼓、淀江さんこ節などの同県伝統芸能をはじめとする約20演目が披露。藤井副知事や深沢副市長らも傘踊りを踊り、野坂市長と奥田晃巳米子市民自治振興課長補佐(50)は、淀江さんこ節を踊ったりと会場を沸かせた。淀江さんこ節暦20年で同節の指導者の奥田さんは「お客さんが喜ぶことが大事」と満足げな笑みを見せていた。 傘踊りを続けて約20年という会員の野村澄江さん(91)は「こんなに大勢の方が来てくれて感動しています」と話し、3人の子供が県費留学した西尾雅夫さん(72)は「鳥取県とすごく良い交流ができているのでとてもうれしい」と満足した様子だった。 来伯3回目となった鳥取ブラジル友好協会の角馬晃子監事(74)は日本で研修生の着付けなどを世話した人と会えた喜びを語り、「鳥取県人はお人よしで情に熱いからこんなにたくさんの人が集まったのでは」と話していた。 2012年11月20日付
Dia: 21 de novembro de 2012
鳥取県人会創立60周年記念式典の後に行われたアトラクションでは、米子市から訪れた奥田課長補佐がひときわ目立っていた。同県人会の青年らが披露した「銭太鼓」に飛び入り参加し、ばちを落とすなど、おどけた技を連発。大きな笑いを誘っていた。同氏によると、鳥取伝統芸能の中には酒の席で生まれたものもあるという。そんないわれのある芸で絶妙な笑いを取る奥田課長補佐の力量に感心させられた。忘・新年会が近付くこれからの季節、各県人会対抗で伝統芸能の隠し芸大会など行えば盛り上がりそう。 ◎ 鳥取県人会創立60周年記念式典の式辞の中で、野坂米子市長は慰霊碑について少し話をした。同氏によるとカナダのバンクーバーでは、第二次世界大戦中に日本人とかかわりのある神社や寺などは、すべて壊されたという。しかし、第一次世界大戦後に造られた日本人の慰霊碑だけは今もなお、残っているとか。カナダ人にとって慰霊碑が、寺や神社とは違う特別なものと感じたどうかは今となっては分からないが。 2012年11月20日付
ブラジル北海道協会青年部(田尻えりか会長)は、25日午前11時から午後3時まで毎年恒例の「2012年度餅つき祭り」を聖市ビラ・マリアーナ区の同会館(Rua Joaquim Tavora, 605)で開催する。 同祭では、臼と杵でついた白餅(12レアル)のほか、雑煮(10レアル)、汁粉(7レアル)、さまざまな種類の味が楽しめる焼き餅(5レアル)を販売。また、今年は北海道名物のデザート・生チョコレートも販売される。 会場のアトラクションとして、イッシンよさこいソーラン・グループが踊りを披露するほか、各種賞品をそろえたビンゴ大会も開催される。 田尻会長は「ご家族そろって、お祭りにお越しください」と来場を呼び掛けている。問い合わせは北海道協会のウスイ氏(電話11・5084・6422)まで。 2012年11月20日付
【既報関連】ブラジル国内で美容学校・化粧品店を展開する「グループ TAKEO」を創設した上原武夫さん(沖縄)の自叙伝「思い出の記 渡伯55年」出版祝賀会が、13日午後8時から聖市ビラ・カロン区の沖縄県人会ビラ・ カロン支部会館で開催され、会場には同書出版を祝して家族、友人ら約300人が集まった。 祝賀会では、上原さんの長男テリオさん(44、2世)が家族を代表してあいさつ。同書ができた経緯を説明し、完成した喜びを語った。また編集担当者の宮城あきらさんは、編集過程でのエピソードを紹介。「上原さんが受賞した外務大臣賞について書くかどうか」という場面があったことに触れ、上原さんの謙虚な人柄に敬意を表した。 あいさつに立った上原さんは、パソコンで文字を打ち込む作業の苦労話や協力した人たちに謝意を述べ、「本当は自分のこれまでの歩みを家族や親戚に残すために書いた本なので、大勢の方に読まれるのは恥ずかしいです」と率直な思いを語った。 上原さんの次男テルキさん(42、2世)によると、同書を初めて読んだ際には両親が出会ったころの話に感動し、涙が出たという。山城勇沖縄県人会名誉会長の音頭で行われた乾杯後、手巻きずしなどの日本食が振る舞われた。 舞台上には家族総勢16人が登壇し、上原さんは孫7人から花束を贈呈された。続いて、今月11日に78歳の誕生日を迎えた上原さんにケーキが用意され、家族 に囲まれながら孫のケンゾウ君(12、3世)と共にろうそくの火を吹き消した。 なお、来場者には約230冊用意された同書が配布された。 2012年11月20日付
ニッケイ新聞 2012年11月17日付け 公式の行事としては約20年ぶりとなる、福岡県人会の『支部交流会』が11日、聖州モジ市の観光農園「花の杜」を中心に行われ、聖市、カンピーナス、スザノ、サントアンドレー、バルゼン・グランデ、バウルーなど各地から集まった約130人が交流を行った。 長らく途絶えていた交流会復活のきっかけとなったのは、約10年前から毎年開催する忘年会に、聖市近郊の支部を招待するようになったバウルー支部の呼びかけだった。この〃ミニ交流会〃で出された案に本部側が応える形で実現に至った。伊藤支部長は「3、4年前から言い続けていた願いがやっと叶った」と笑顔を見せる。 午前中は会の世話役を務めた鶴我博文・本部国際交流担当理事のモジ市の自宅で、歓談をしながら朝食を楽しんだ。 「かっちゃん、久しぶりだな!」。地元モジ支部の支部長を務める大力隆文さん(68、浮羽郡=現・うきは市)は鶴我さん宅で、1961年に家族でバウルーに移住した際のパトロンの息子・小坪勝次さん(69、三井郡)との再会を果たした。「62年にバウルーを出て以来、ちゃんと話すのは50年ぶり。本当に懐かしい」と目を細め、小坪さんも「彼とはよく布を丸めて作ったボールで野球をしたもの。年も近かったし兄弟みたいな存在だった」と当時を振り返った。 午後からは「花の杜」に移動し、昼食会が開かれた。挨拶に立った南アゴスチーニョ県人会長は「鶴我さんが1カ月も前から頑張って準備をしてくれました。これだけの人が集まってくれて本当に嬉しい。今日は多いに楽しんでください」と話した。 施設内観光や買い物の時間の後にはビンゴ大会が行われ、大きな盛り上がりを見せた。最後には全員で「ふるさと」「夕焼け小焼け」を合唱し、会の幕が閉じられた。 スザノから参加した山川ミヨノさん(71、大宰府市)は「古い知人にも久しぶりに会うことが出来た」と笑顔。バウルーの梅村文子さん(73、二世)も「地元に来てもらうのとは違った楽しさがある。天気も凄く良いし、6時間かけて来た甲斐がありました」と満足げに語った。 「当初は6、70人を予想していた」という鶴我さんは「これだけの人が参加してくれたことに驚いたし、本当にありがたく思う。皆の笑顔が見られて大満足。来年以降も、担当を聖市近郊の支部の持ち回りにして続けていければ」と話していた。
