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Dia: 22 de novembro de 2012
「サンパウロ・鳥取友好の森」計画 【既報関連】ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)は創立60周年記念事業の一環として、「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹プロジェクトの記念式典と植樹を17日午後から聖市の聖州環境局森林院森林公園内で行った。 同プロジェクトは「マタ・アトランチカ(ブラジル大西洋海岸林)」の代表的な樹木60品目318本を鳥取県と県人会が合同で公園内に植樹し、さらに県人会と森林院が共同で管理して将来、森林の状態で聖州政府に贈呈する計画。当初、植樹数は200本の予定だったが、同県民の協力が多く118本も増えたという。本数増加に伴い、植樹場所も別にもう1カ所設けられた。 夏の日差しが照りつける中、同院1号館本部前で行われた式典には、母県から藤井喜臣副知事、伊藤美都夫県議会議長、野坂康夫米子市長ら公式訪問団15人と鳥取ブラジル友好協会員を含む民間訪問団11人、本橋会長、山添源二副会長、ミゲル・フレイタス森林院総裁や県人会員ら約150人が出席した。 37年間、同院に勤務した元総裁の山添副会長は聖市の近くで安全な場所という条件の植樹場所を選定することに苦労したが、同院1号館本部の横という絶好の場所を貸してもらえることをうれしそうに報告した。 本橋会長は「私たちが予想していた以上に鳥取県民が協力してくださったことに感激している。きょう植える木と同じように県人会も年の歳月を迎えていきたい」と目を輝かせた。 鳥取緑化推進委員会長も兼務している伊藤県議会議長は「きょうの植樹を迎えるにあたり感謝と喜びを強く感じています」と語った。式典後、植樹に寄付した人の名前が書かれ同院1号館本部横の敷地に設置された記念石碑と、同県のシンボルである麒麟(きりん)獅子の頭の像が関係者らによって除幕された。植樹に寄付した人の中には石破茂、湯原俊二衆議院議員の名前も記載されていた。続いて、参加者がそれぞれの植樹を行った。 家族17人で17本の植樹をした千田初美さん(58、2世)は「兄弟4人が鳥取県に留学した経験があり、恩返ししたくて参加しました」と話した。 日本在住のいとこと伯国在住の家族の樹木を植えていた好重美甘さん(66、2世)は「ブラジルに少ない木を植えることは重要だと思います」と植樹の大切さを実感していた。 2012年11月22日付
山形県人会(押切フラビオ会長)主催の第9回山形民謡コンクールが、11日午前9時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催された。各カテゴリー別で歌声が競われた結果、高年の部に出場したサンミゲル・パウリスタ民謡部の小渕トミさん(67、群馬)がグランプリの栄冠に輝いた。 午前9時から開催されたコンクールでは、はじめに「のどならし」も含めて関係者約25人が登壇。「花笠音頭」を全員で熱唱した。開会の辞を述べた篠原俊巳副会長は、来年10月27日に開催される県人会創立60周年記念式典に合わせて、第10回コンクールに母県から民謡使節団が来伯する予定であることを発表。今大会開催実現にあたり、関係者への感謝の意を示した。 同コンクールは佐藤マリオ副会長の司会で進行し、審査員紹介後、「寿の部」を皮切りに約80人の出場者が自慢ののどを競った。昼食前にあいさつした押切会長は、子供のころに親から聴き伝えられた民謡を歌うことで健康増進につながりストレスの発散にもなるとし、「きょうは皆さんで楽しく過ごしましょう」と呼び掛けた。 昼過ぎには、特別出演としてロンドリーナ市在住の木村照子氏が浪曲を披露したほか、レジストロ大和民謡会及びジャパニーズ・ダンス・カンパニー優美と太鼓集団喜楽による芸能が、来場した参加者を感動させた。 同大会で「籾(もみ)すり唄」を歌い、初のグランプリに輝いた小渕さんは、「うそみたいで、信じられない」と喜びをあらわにしていた。 各カテゴリーの入賞者は次の通り(敬称略)。 【寿の部】1位=伊津野敬嗣。 【金寿の部A】1位=山本スギヨ、2位=田中千映子、3位=阿部秀富、4位=アサカ・レイコ、5位=谷口忠孝。 【金寿の部B】1位=市来輝子、2位=鈴木治郎、3位=吉田保子。 【銀寿の部A】1位=浜田良香、2位=宮島貞子、3位=武田くに子、4位=八木静代。 【銀寿の部B】1位=松田恵美子、2位=斉藤礼子。 【高年の部】1位=小渕トミ、2位=馬場アヤ子。 【青年の部】1位=海藤洋平、2位=長田ナンシー、3位=アリーネ・サーレス、4位=橋口ゆかり。 【優勝者の部】1位=海藤司、2位=太田信子、3位=木村照子、4位=海藤晶子、5位=小泉正雄。 写真=グランプリに輝き、押切会長からトロフィーを受け取る小渕さん(右) 2012年11月22日付
アリアンサ日伯文化体育協会のアリアンサ移住地創設80年史編纂委員会(嶋崎正男委員長)がまとめた記念史「アリアンサ移住地創設八十年」が、聖市リベルダーデ区の在伯長野県人会事務所(Praca da Liberdade, 130 sala 910)でも購入できるようになった。 同委員会の矢崎正勝副委員長(68、山梨)によると、同記念史の販売はこれまで郵送で行っていた。当初、日本移民100周年の2008年に出版を予定していたが、今年に入って完成し、8月に500部出版した。使用言語は日本語のみだが、来年ポルトガル語版の発刊を予定しているという。 なお、サンパウロでの購入が難しい地方の人に対しては、今後も郵送で対応するという。問い合わせは同県人会(電話11・3106・1268)まで。 2012年11月22日付
ニッケイ新聞 2012年11月20日付け アナポリス日伯文化協会との懇親会には現地から約60人が参加し、婦人部が朝7時半から準備したという手作りの料理に加え、フェイジョン・トロペイロなど同地の名物料理も並ぶ中、県人別にテーブルに座って賑やかに話した。同文協の松原ジョルジ会長(57、二世)は実は聖市育ちで、仕事の関係で2000年から同地に住んでいる。現在の会員数は97家族で、運動会、ゲートボール、新年会、忘年会、母の日などの行事を行なう。資金集めのヤキソバ会は年に3、4回実施し、300人の来場者の半分はブラジル人だという。松原会長は「昨年の大震災の時、2万5千レアルの募金を集め、大使館を通して日本に送った」と胸を張る。3・11という日本の危機に対しては、日系社会が一丸となって支援に取り組んだことが、どこにいっても感じられた。 ☆ ☆ 3日目、翌10月1日、朝食の機会にマリンガーからツアーに参加する草川一郎さん(81)と一緒になり、戦後、聖州から大挙して首都建設に向かう前、多くの二世がまず北パラナの開拓に向かった話を聞いた。バウルー近くのドアルチーナに生まれた草川さんは、前年にできたばかりのマリンガーに48年に入植した草分けだ。「原始林のど真ん中だったけど、もう日本人は10家続ぐらいいた」と笑う。父の四郎が最初にロンドリーナに様子を聞きに行くと「一番の新開地はマリンガーだ」と紹介され、さらに「そこにカーザ・ペルナンブッカーナが出来た」と聞いた。「あんな大商店が投資を決断する町なら、間違いなくこれから発展する」と考え、入植を決断した。「そのあと、土地が痩せたノロエステ線とかパウリスタ線からたくさん入ってきたよ」。そのような流れの中で、首都にも二世や戦後移民が入り込んでいった。 ☆ ☆ 早々に朝食を終え、出発時間前には全員がロビーに揃っている。その様子を見て、グローバル旅行社のガイド、中西マリア惠子さん(56、二世)は「集合時間の15分前、30分前に集まっていることは、普通のブラジル人のツアーではありえない」と比べる。「普段は私たちがツアー客を急かす側なのに、故郷巡りでは『揃っちゃっているんだから、どうして時間前に出ないんだ』って逆に急かされるくらい」と笑う。 28回も故郷巡りに参加している常連の行徳志保子さん(77、二世)=モジ在住=は、「(モジで)お店を始めた時、知人の息子さんとかの大学の月謝を何人か手伝ってあげたのね。そしたら、故郷巡りで行った先々に社会人になった彼らがいて、歓迎してくれるのが嬉しい」と微笑む。父鍔本茂さん(つばもと・しげる)は戦前、18歳で船乗りになり、亜国に密入国して洗濯屋になったツワモノだ。4年後に日本に戻って、今度は米国ニューヨークに密入国、そこで出会った永田稠(しげし)からアリアンサ移住地入植を勧められ、力行会に入会して渡伯し、そこで志保子さんが生れた。スザノのセラミカ行徳は夫の兄の会社だ。 ☆ ☆ 一行はブラジリア空港から飛行機に乗って、マラニョン州都サンルイスに2時間半で到着。扉が開くと、法定アマゾンの湿気を含んだムッとした熱気が入ってくる。貸し切りバスに乗り換えると、地元のガイドが乗ってきた。伯国内では唯一フランス人に占領されて創立(1612年)した都市であり、「聖ルイス」は当時のフランス国王ルイ13世にちなんで命名された。3年後にはポルトガル人によって奪い返されたが、世界史上有名なブルボン王朝の絶対君主と同地のとの珍しい接点だ。そのフランス占領から数えて、この9月8日が「400周年」であり、それを記念する旗が市内各所に掲げられていた。(つづく、深沢正雪記者) 写真=草川さん/行徳さん この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2012/2012rensai-fukasawa9.html
ニッケイ新聞 2012年11月20日付け ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)の創立60周年を記念した式典と祝賀会が、18日午前10時から鳥取交流センターで盛大に行われた。鳥取県からは伊藤美都夫県議会議長、藤井喜臣副知事、野坂康夫・米子市長など県、県議会、鳥取市、米子市の公式訪問団、民間訪問団を合わせて27人の慶祝団が来伯したほか、福嶌教輝在聖総領事、各県人会代表なども出席し、集まった約350人が節目の年を祝った。 県人会は1952年4月、鳥取市で市街の8割が焼失する大火災に見舞われた折、当地の県人が募金活動を始めたことがきっかけで発足した。 現在は約300家族の会員がおり、1995年11月に落成した鳥取交流センターでは、県の伝統芸能「鳥取しゃんしゃん傘踊り」「銭太鼓」や日本語学校など数多くのカルチャー教室が開かれるなど活発に活動が行われているほか、県費留学生や技術研修生の派遣、ミランドーポリスの第二アリアンサ鳥取村には県から日本語教諭が派遣されるなど母県との交流も続けられている。 本橋会長は式辞で、県人会活動における最重要事項を母県との交流と位置づけ「今後も県との絆を大切にしながら成長したい」と決意表明した。 続いて4年前に来伯し55周年式典に出席した平井伸治知事のビデオメッセージが流され、その中で知事は今後の県と県人会の交流活発化に期待するとともに、今日の日系社会のブラジルへの発信力を称えた。 また伊藤議長は、「県議会としても交流を深める努力をし、日本一人口が少ないが住みやすい、活力と魅力ある県にしていきたい」と挨拶し、藤井副知事は自身も県人会創立と同じ年に生まれたため感慨深いとのべ、県の伝統芸能や郷土食の一層の普及に期待した。野坂康夫・米子市長に続いて深澤義彦・鳥取市副市長も祝辞をのべ、鳥取・ブラジル交流団体連絡協議会会長の挨拶を、民間訪問団団長の石谷雅文さんが代読した。 その後、60周年記念事業の「サンパウロ・鳥取友好の森」植樹プロジェクトが紹介された。元聖州環境局森林院総裁で第一副会長の山添源二氏の発案で行われたもので、式典に先立ち17日、記念セレモニーが行われている。 続いて県から加藤恵久前会長、佐々木陽明さんに特別功労賞、10人に功労賞、末永加藤八重子さん、江川加藤千賀子さんの2人に高齢者の表彰が行われた。代表して謝辞をのべた加藤さんは県からの訪問団来伯に「本当に嬉しい」と繰り返しのべ、「県人会が頑張っていることを伝えてほしい」と語った。 最後に鳥取県民歌「わきあがる力」を来場者一同で斉唱し、ケーキカットと鏡割りが行われ、賑やかな昼食、アトラクションへと移った。またその他、県からの支援金を受けセンターの防災設備も完成しており、そのお披露目も行われた。
ニッケイ新聞 2012年11月20日付け 「原稿を読むだけでは面白くないので…」と、鳥取県人会の60周年式典で自分の言葉で挨拶した野坂康夫・米子市長。外務省出身でかつてカナダのバンクーバーで3年間総領事を務めたという。同地には日系人が約3万人おり、当地と同じく先没者の慰霊に参拝していたといい、「地域に根ざし、その地をよくしようとする姿には涙した」とか。福嶌総領事の12年先輩にあたるという野坂市長、「(福嶌総領事に)ブラジルと日本の関係強化に力を入れるよう重々伝えておきますので」といい、場を沸かせていた。
