06/03/2026

Dia: 10 de dezembro de 2012

式典は来年の日本祭り初日を予定 【既報関連】ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催のブラジル日本戦後移住60周年記念祭設立の会が、6日午後2時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館で開かれた。会には同祭の発起人である中沢宏一宮城県人会長、川合昭秋田県人会長、南雲良治新潟県人会会長や小山昭朗ブラジル・ニッポン移住者協会会長を含む約10人が出席し、同祭について話し合いが行われた。  2003年、戦後移住50周年記念式典(中沢宏一委員長)が同委員会主催で当時のフェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)の会場だった聖州議会ホールで盛大に挙行された。  同式典は、戦後の日本移民を多数引き受け、温かく見守ってくれたブラジルに「オブリガード(ありがとう)」という思いを伯国政府に伝えるという趣旨で開催された。同式典には約600人が出席。日本からは当時の広島、高知、宮城、岩手各県の知事と福岡、兵庫両県の副知事を含む約300人の慶祝団が訪伯し、ブラジル側からは聖州のジェラルド・アルキミン知事たちが出席した。  来年戦後移住60周年を迎えるにあたり、川合、中沢、南雲各会長らが「もう一度ブラジルにオブリガード」という意義で同祭を開催したいとの考えに至り、今回、同実行委員会を設立させた。  先月開かれた県連の11月度代表者会議では、同祭を県連主催で行うことが決定し、同時に来年行われる第16回日本祭りの中で同祭が開催されることも決まった。また日本祭りのテーマの副題も「移り来て、日本移民105年と戦後60年」と称し、戦後60年が取り入れられた。  6日の設立の会で話し合われた確認・決定した主な事項は次の通り。 【実行団体】ブラジル日本戦後移住60周年記念祭実行委員会。 【協賛団体】ブラジル・ニッポン移住者協会。 【委員の資格】協賛団体の中から戦後移住者と同祭の趣旨に賛同する者及び同委員会推薦者。 【実行委員長】川合昭氏。 【委員長】園田昭憲氏。  協賛団体についてはこれから文協、援協、日本語センター、ブラジル日本商工会議所、コチア青年などの戦後移住者の団体などに協力を呼び掛けていくという。  また同祭式典は、日本祭りの初日である来年7月19日午前11時から日本祭り会場で行われる予定。 実行委員長に選出された川合氏は「戦後移住60周年記念祭は最後の戦後移住式典になると思う。だから、とても意義のある行事」と強調。さらに「記念式典でぜひブラジルの大統領を呼び、日本からも内閣総理大臣を招待したい」と意気込みを示した。  小山会長も「さすが戦後移住者だなと思う企画を、これから作っていきたい」と60周年への意欲を見せていた。 来週開かれる同祭についての話し合いでは、具体的な内容を中心に論議が行われる予定。 2012年12月7日付
 株式会社エムアンドエム代表取締役の佐々木正光さん(62、秋田)とアメリカ・テキサス州で日本食レストランSUSHI・SAKEを経営する荘田高史さん(59、秋田)が、来年の県連主催日本祭りでの秋田県人会(川合昭会長)の催しや出品する日本食について調整するため、11月19日から25日まで来伯した。  また2人は川合会長の案内により、日系(地場)企業の訪問や視察を行った。将来的にはブラジルで日本酒や米の輸出入業、日本食レストランの出店も視野に入れ、ブラジルの状況を把握することを目的としている。  日本祭りについては、数年前から思案している秋田から「小町娘」や「直系の秋田犬」を招待する企画もある。また秋田産の地酒や米の販売についても協議が交わされた。  佐々木さんは「日本にないものをブラジルから、ブラジルにないものを日本から、秋田に限らず今後も各分野で両国がつながっていければ」と期待感を口にした。  なお佐々木さんの会社では、企業の海外進出のためのコンサルティング及び中国・ロシア方面からの輸出入や米欧州への輸出業務を展開しており、9月に聖市アニェンビー展示場で開催されたホテルと外食関連企業の見本市「EQUIPOTEL2012」にも参加している。  川合会長は「秋田から小町娘や直系の秋田犬の招待ができれば日本祭りの盛り上がりも一気に大きくなるはず。本物を紹介できるように実現に向けて努力する」と述べた。 2012年12月7日付
 ブラジル日本戦後移住60周年記念祭設立の会が、5日に開かれた。同日は天皇誕生日や在外投票などと重なったためか、同会の出席者は少なかった。しかし、川合昭実行委員長が言うように「最後の戦後移住記念式典」になりかねない。同祭で川合実行委員長が何か大きなことをしたいという気持ちは伝わったが、他県の県人会長を含め周りのサポートが不十分だと思ったのはモザイク子だけだろうか。 2012年12月7日付
ニッケイ新聞 2012年12月7日付け  先月の県連代表者会議で、来年7月の「第16回日本祭り」の会場で戦後移住60周年を祝う催しを行うことが決まり、有志10人が5日、宮城県人会館で初会合を開き『ブラジル日本 戦後移住60周年記念祭実行委員会』を発足させた。式典には500人以上の出席者を見込む。実行委員長に就任した秋田県人会会長の川合昭氏は「50周年もやり遂げ、自信になった。一世は4、5年先にはほぼいなくなる。これで最後。大統領や総理大臣も呼びたい」と意気込んでいる。  主催団体は名目上、場所を提供する県連だが、実行団体は同委員会となる。協賛団体として文協、援協、会議所等のほか、戦後移住者が多い伯国農大会、老ク連、コチア青年連絡協議会、力行会などにも参加を呼びかけていく。 「戦後移民ではなくても趣旨に賛同してくれる人であれば協力してもらいたい。必ずよい方向に行くと思う」と川合氏はのべ、開催まで実質7カ月前に迫った状況の中、前向きな展望を示した。 今年の日本祭りのサブテーマ(副題)は「移り来て、日本移民105年と戦後60年」。式典だけでなく、60年の歴史、活躍した一世の紹介するパネル展示案も出た。会の進行役を務めた中沢宏一氏(宮城県人会長)は「日本祭りの価値を上げ、相乗効果が生まれると思う」との考えを示した。 川合氏によれば、既に羽藤ジョージ聖州議や某企業から全面協力を取り付けたといい、全国の知事、県会議長、政治家などに招待状を出し、日本から多くの来賓を呼びたい考えだという。 具体的に何をするかはこれから検討される。発起人の中沢氏が呼びかけた当初は乗り気ではなかったというブラジル・ニッポン移住者協会の小山昭朗会長も遅ればせながら会場に現れ、積極的な協力の姿勢を見せた。「自分たち移住者向け、伯社会向けの2つの方向性があると思う。さすが戦後移住者だと言われるような企画をしたい。写真展や歴史の紹介もいいが、我々がやっているような植樹でもいいと思う」と意欲的に話し、県連ができない場合は会計業務を移住者協会が行うとも申し出た。 なお、今後は戦後移住者の県人会会長らにも参加を呼びかけ、企画を県連に持ち込み、実現可能性が検討される。 会には、発起人の中沢、川合、南雲良治(新潟)の3氏のほか篠原俊巳(山形)、川添博(長崎)、内山住勝(群馬)の各氏、移住者協会から小山会長、杓田美代子副会長、大矢進貞事務局長、県連事務員の伊東信比古さんらが出席した。
ニッケイ新聞 2012年12月7日付け  ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)主催の絵画展「第8回日伯友情交流展」が11~21日まで、在聖総領事館の多目的ホール(パウリスタ大通り854、トップセンター3階)で開かれる。平日のみの午前10時~午後5時半まで開場(最終日は午後3時まで)。入場無料。同総領事館の後援。 戦後移住50周年時には具象画展を開き、08年の百周年を機に日系人だけでなくブラジル人の作品も出展するようになった。テーマは自由に設定し、日系、伯人画家13人が、具象や抽象画などそれぞれ2点ずつ出展する。 出展する画家の西尾勝典さんは「いろいろな人が出しているので面白いと思います」と語り、来社した山田会長、同じく画家のエザワ・マチルデさんらとともに来場を呼びかけた。 10日午後5時半~7時までオープニングセレモニーがあり、一般の参加可。問い合わせは同県人会(電話=11・3209・8073)まで。
ニッケイ新聞 2012年12月7日付け  5日に発足した「ブラジル日本戦後移住60周年記念祭実行委員会」設立の会合は、3時間にも及ぶ長丁場だった。意欲ある人の集まりであり、やる気があることは喜ばしい限りだが、まず委員会名を決めるのに20分もかかったのには辟易。委員会と県連との関係がイマイチ不明瞭なことも気になる。県連は主催団体となっているが、実際に実行するのは委員会だ。しかも、ややこしいことに委員長と実行委員長があり、委員長は園田昭憲県連会長。園田会長は就任を了承したというが、同日別件で本人に会った時に聞くと「県連は一切タッチしない」。この意識の違いは何?