06/03/2026

Dia: 18 de dezembro de 2012

支出詳細なしで疑問の声続出本橋議長が次会議で発表を約束  県連(園田昭憲会長)は13日、12月度代表者会議を聖市ビラ・マリアーナ区の栃木県人会館で行った。脳からの出血で今週初めから入院していた園田会長、司会を務める山田康夫第2会計が欠席したため、本橋幹久副会長が代理で議長及び司会を務めた。第15回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)の決算報告では、肝心の第1回ロードレースの支出詳細が示されていなかったことから、複数の県人会会長らから疑問の声が上がった。  今回の会議では第15回日本祭りの決算報告が行われ、前回の11月度代表者会議で山田第2会計が明言した通り、支出の詳細内訳が出された。しかし第1回ロードレースについては、支出21万5547レアルとひとくくりに計上されただけで、先月までの同会議同様に内訳は示されなかった。  これに対し各県人会長らが疑問の声を上げた。口火を切ったのは、大矢進貞神奈川県人会副会長だった。大矢副会長は「ロードレースは、県連はどこかに名前を貸すだけだったはず。収入内訳が明かせないのは分かるが、支出内訳を明かせないのはおかしい。この21万5000レアルが一体どこに消えたのか、説明さえあれば皆納得する」と話した。また、大西博己広島県人会長も「私も名前だけ貸してお金はかからないと聞いていた。各県人会も県連にお金を出している以上、支出は説明の必要がある。場合によってはロードレースの企画会社に対し、裁判も辞さない態度を取るべきだ」と同調した。  これに対し、前田ネルソン実行委員長は「ロードレースはきちんと代表者会議で決を取り、皆さんの賛成を得た上で行われたものだ。また、詳細内訳は今手元に用意していないが、事務所に来ればきちんと説明できる」と反論。一時は大西、前田両氏が立ち上がり、感情的に舌戦を繰り広げる場面もあった。  最終的に押切フラビオ山形県人会会長から「来年度のロードレースは行われないのだから、本件については、きちんと内訳さえ出してもらえれば皆納得する」との意見が挙がり、本橋副会長も「議長として、来月度代表者会議できちんとロードレースの支出内訳をお見せする。それで本件は終わりにしましょう」とまとめた。  その後、県連基金委員会の小山田祥雄委員長から、静岡県人会55周年記念史の発刊に対して同基金から1300レアルが承認されたこと、また今年度組み立てた同基金の申請締め切りが12月までだったのが、来年3月までに延長されたことが発表された。 同会議終了後は忘年会が催され、県連関係者ら多くの人でにぎわった。 2012年12月15日付
来年3月か、7月の日本祭りに予定  ブラジル都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催の「東北被災地応援ツアー」の報告会が、12日午後2時から聖市リベルダーデ区の文協ビル会議室で開かれた。同会には県連の山田康夫副会長、文協の山下譲二副会長、岩手県人会の千田曠曉会長、福島県人会の小島友四郎会長、5人の同ツアー団員などが出席。同会では、ツアーで団長を務めた本橋幹久団長によるスライドを使った報告や参加者のツアーの感想発表などが行われた。  「最高に良いツアーだったと思う。最初の被災地にバスで行く際、バスガイドの一言目が『遠いブラジルからお越しいただいてありがとうございます』と言われて非常にうれしかった」と同ツアーの副団長を務めた小島会長は率直な感想を披露した。  続いて、本橋団長がスライドで写真を紹介しながら、被災地の現在の状況や印象に残っていることを説明。世界最大水深(最大水深63メートル)の防波堤だった釜石港湾口防波堤が津波が引いていく水力で湾の内側ではなく外側に倒れたこと、陸前高田市役所庁舎で2階に非難した人は助からず、屋上にいた人だけが生き残ったことや、仙台空港は高さ3・02メートルまで浸水した話などを紹介した。  また、いわき市久之浜町浜風商店街では店舗を運営する住民との交流も行われた。仮設住宅でできた商店街では、できるだけ被災した時のことを知ってもらいたいという思いで店内には震災時の写真や資料を展示している店もあったという。本橋団長によると、同商店街の人たちは影を感じさせず明るく振る舞っていたという。  同ツアーの3週間前に自身で被災地を訪れた千田会長は「がれきの町を見て何も言葉が出なかった。復興には長い年月がかかると思うが必ず復興すると思っています」と力を込めて話した。  宮城県内の実家が半壊、妹の家が全壊したという後藤信子さん(70、宮城)は「実際に被災地を訪れ、テレビで見た以上に大変な状況だと感じた。しかし、今回ツアーに参加して少し安堵(あんど)しました」と複雑な心境を語った。  大和司さん(87、徳島)は「復興が遅れているような気がした。日本は経済大国なのに」と失望した様子だった。 同ツアーに同行したガイドによると、今年9月に被災地に下見で訪れた時と2カ月経過した同ツアーで訪問した時と何も状況は変わっていなかったという。  なお、本橋団長によれば来年度の同ツアーの実施は未定。 同ツアーで被災地3県を訪問した際に提案された「東北被災者招へい交流事業(仮称)」では、来年3月11日か、日本祭りが開催される7月19日ごろに各県1人ずつ招へいするという。  招いた若者には被災県の被災者がどのように2年間過ごし、何を考えてきたのかをブラジルの若者たちの前で講演してもらい、同時に実施する復興写真展で被災地の現状をブラジル人に理解してもらう計画だ。  同事業は日系3団体共催で、予算は主に義援金の残りの「SOSジャパン」で賄うとし、不足した経費は県連の交流基金や岩手、宮城、福島県の各県人会で補っていくという。  現在、同事業に前向きな被災地3県の返事を待っている状況で、今後岩手、宮城、福島県の各県人会長が現在の進ちょく状況を確認して具体的な計画を詰めていく。 2012年12月14日付
 ブラジル南さつまふるさと会(村上順次会長)は、2日午後2時から聖州イタペセリカ・ダ・セーラ市内の日本人会館で第2回ビンゴ大会を開いた。  ブラジル南さつまふるさと会は鹿児島県南さつま市にゆかりのある人の会で、村上会長によると会員は現在、約200家族約800人が在籍するという。ほとんどの会員は同市に住んでいる。南さつま市は2005年に加世田市と4町が合併して誕生。一昨年に開催された同市の5周年式典には同会から慶祝団として約10人が訪日するなどと交流している。  同ビンゴ大会は来年鹿児島県人会創立100周年を迎えるにあたり、南さつま市から来伯する慶祝団の歓迎会の資金を作るために実施され、計3回行われる計画。今大会はふるさと会員を中心に約350人が集まり、盛り上がりを見せた。  なお、第1回目は今年6月に聖州ダボン・ダ・セーラ市内のピラジュサラ文化体育協会会館で行われ、約300人が来場した。第3回目は来年4月か5月に聖市サント・アマーロ区のカーザ・グランデ農村協会会館で開かれる予定。村上会長によると同大会が2回目を終えた現在、順調に資金集めができているという。 村上会長は「南さつま市から来る慶祝団に喜んでもらいたい」と意気込みを話した。  鮫島義隆同会相談役は「慶祝団と南さつまふるさと会の交流を通して、2世の人に南さつまふるさと会に関心を持つきっかけになってほしい」と力を込めて語った。  しかし、鮫島相談役によると来年11月に南さつま市の市長選挙が行われるため、10月20日に開催される予定の鹿児島県人会創立100周年記念式典には慶祝団がほとんど来れない可能性があるという。同相談役は「8月だったら市長も含め約30人の慶祝団が来れたのに」と嘆いていた。  鹿児島県人会の平井真理子事務局長にによると、もともと同式典は8月に開催されるという話もあったが、最終的に鹿児島県庁の都合で10月に決まったという。 一方、村上会長は「ふるさと会の親戚の方を含め約30人ぐらい来るのでは」と前向きな姿勢を示していた。 2012年12月14日付
 【既報関連】ブラジル都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催の「東北被災地応援ツアー」が10月14日から11月4日まで行われ、引率の本橋幹久団長を含む17人が岩手、宮城、福島の被災3県などを訪問したことは既報の通り。同ツアーに参加した人たちに生の感想を聞いてみた。  熊野重子さん(75、香川)は、震災前の一昨年に東北3大祭りを訪れた。その際に東北の人が優しく出迎えてくれたことを思い出し、今回のツアーの参加に踏み切ったという。  熊野さんは「実際に被災地を訪れましたが、そこに家があったという想像ができませんでした」と悲しそうに話す。一方、福島県いわき市を訪れた際に津波で流され仮設住宅に住む老婦人に出会ったことに触れ、その女性が洋服屋を営んでいる姿を見て、元気をもらったという。  「自分の故郷だが、震災後は個人では行けなかった。被災者に何と声を掛けたらよいか分からなかったので」と語るのは岩手県北上市出身の田鎖満さん(75)。田鎖さんは同ツアーのお陰で、被災地に行く決心ができたという。  田鎖さんは「被災者の多くの方は苦しいけれど、隣の人はそれ以上に苦しんでいるから自分は泣いてられないという思いで頑張っている」と話した。  また、福島県いわき市の仮設住宅では全般的に物が不足しており、商工会議所の職員などが団結して物資調達に励んでいたという。さらに同氏は、仮設住宅の一部は山の斜面に点々としており、周りには店もなく非常に厳しい環境で生活を余儀なくされている被災者もいると説明した。  田鎖さんは岩手県釜石市のホテルに宿泊した時、満潮時に地盤が沈下した土地に海水が流れ込み水田のように海水が広がった状況を目の当たりにした。それを見た同氏は「震災前の町を復興させることは想像以上に大変だと思った」と述べた。 2012年12月14日付
ニッケイ新聞 2012年12月15日付け  ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催で10月中旬~11月初旬にかけて行われた『東北被災地応援ツアー』(本橋幹久団長)の帰国報告会が12日、文協ビル会議室でツアー参加者5人に関係者を加えた約10人が出席する中行われた。  本橋団長から、訪問した被災地の写真や10月末にあった海外日系人大会の様子などが報告されたものの、〃目玉企画〃と目され、被災3県庁に呼びかけが行われた『東北被災者招聘交流事業』(11月27日付本紙で既報)のに関しては「県側からの具体的な連絡はまだない」と全く進んでいない状況のようだ。今後は3県人会を通して県庁と連絡をとっていくという。  招聘の時期は、震災が起こった3月11日を中心としたものと、7月19日から3日間かけて行われる日本祭りを軸にした日程の二通りが候補として挙がっており、被災青年らには、震災後の2年間に何を考え、今後にどんな展望をもっているかなどの体験発表を行ってもらう予定。来伯に合わせる形で、復興写真展の開催も視野に入れる。  報告プレゼンの後、ツアー参加者らからは被災地訪問の感想が発表された。「妹の住む家は全壊し、生家も半壊するほどの被害を受けた」という後藤信子さん(70、宮城)は「私の故郷含め、被災地は2年たった今でも想像以上に厳しい状況だと感じさせられた。それでも必死に頑張って前向きに生きている被災者の方々を見て、少し安堵の気持ちも沸きました」と声を詰まらせていた。