ブラジルでも龍踊りを 辰年だった2012年も気がつけばあと数日あまり。年の瀬も迫ってきたが、長崎県人会(川添博会長)に思わぬ朗報が舞い込んだ。今年、創立50周年を迎えた同県人会は、以前から母県などに対して長崎の伝統芸能「龍(じゃ)踊り」に使う「龍」をどうにか「ブラジルに持って来ることができないだろうか」と相談してきたが、このほど同県人会の願いが通じたのか、長崎市から使い込まれた龍を修理して贈られることが決まった。龍の長さは20メートル、重さはなんと120キロ。本格的な「龍」が初めてブラジルにやってくる。川添会長は「辰年の最後に大きな龍がやってくることが決まった。龍を見れば長崎県人会の若者以外にも多くの若者が日本の伝統芸能をやってみたいと思うだろう」と興奮を抑えきれない様子だ。 長崎市から巨大な龍が贈られることが決定し、川添会長は早くも練習方法などを考案中。「これで多くの若者が龍踊りに参加するだろう」と長崎市に感謝している。 龍が同県人会に寄贈されるのは2014年。この年には長崎市の電気軌道(株)から電車車両がサントス市に寄贈されるが、龍はその車両に載せられてやって来る。同市の関係者によると、市側で龍の魂を抜く儀式を行って運ばれて来るため、ブラジルの神社で新たな魂を入れる必要があるという。 川添会長は送られる龍を活用して、多くの日系の子弟に日本文化を継承してほしいと考えており、「龍踊りは中国発祥だが、長崎で発展し、独自の文化として継承されている。さらにブラジルで大きく羽ばたけば大変うれしいこと。そのためにはより良い練習場所と(龍の)保管場所が欲しい」として、理解のある企業や団体に場所の提供を申し込みたいと考えている。 龍踊りは、数千年前に中国で雨乞いの儀式として行われていたもので、龍を担ぐ龍衆(じゃしゅう)が龍に玉を追わせて乱舞する。玉は太陽や月を表し、龍が玉を飲むことによって、空は暗転し雨雲を呼び雨を降らせると信じられている。 龍踊りは日照りに苦しむ農民の祈りから始まったが、その後は慶事や祭りに行われるようになった。日本では長崎の唐人屋敷で、毎年正月15日に行われてきた。享保年間に隣接する本篭町(もとかごまち)の町民が習って長崎最大の祭り「おくんち」の奉納踊となった。明治になると諏訪町に伝わり、最近では筑後町や五島町も出し物としている。 最近では鶴鳴学園長崎女子高校や長崎大学に「龍踊り部」が創設されており、若い世代が積極的に伝統芸能へ参加している。川添会長も「どなたかブラジルまで本格的な龍踊りを指導に来てもらえないだろうか」と龍踊りを通じた新たな日伯交流を期待している。 2012年12月25日付
Dia: 29 de dezembro de 2012
31日の餅つき祭りで演奏 ACAL(リベルダーデ文化福祉協会、池崎博文会長)と日系5団体が主催する年末恒例の「餅つき祭り」に、全伯和太鼓大会で優勝のサンミゲル天龍和太鼓チームが参加し、全伯一の腕前を披露する。案内に来社した池崎会長は「本当に素晴らしいことだ」と同チームの演奏が聞けることを喜んだ。同チームは来年3月に金沢市で開かれる全日本青少年和太鼓選手権大会にブラジル代表として出場する。 ACALでは来年度、和太鼓部を発足させたいとの計画があり、案内に同席したブラジル太鼓協会の矢野ペードロ名誉会長は「ありがたいこと」と計画を喜んでいた。 2012年12月27日付
ブラジル岩手県人会(千田曠曉会長)は、「第19回いわて餅まつり」を16日午前11時から午後3時まで聖市リベルダーデ区の同会館で開催した。会場には正午を中心に約500人が押し掛け、来場者はつきたての餅に舌鼓を打っていた。 今回使用された餅米は、聖州レジストロ市イグアッペ在住の高橋義明さんの提供によるもの。予約販売された1袋(500グラム)の白餅は、90キログラムの販売を予定していたが、予想以上に予約が増え30キログラムを追加。計120キログラムを販売し、すべて完売した。 会場内で販売された料理は、餅入りの雑煮や、白餅にあんこ、きなこ、砂糖じょうゆ、黒ゴマ、納豆、大根のタレをかける定番の味付けから、東北地方の郷土料理で枝豆をつぶし、砂糖を混ぜて餅にまぶす「ずんだ餅」も販売され、味の多さに購入者はどれにするか悩んでいた。 姉といとこの3人で聖市内から訪れた為広郁子さん(69)は「購入した餅は正月に使います。雑煮は味にこだわっていておいしい」と餅を食べながら楽しそうに雑談していた。千田会長は「楽しみにしている人たちの期待に応えられて良かった。来年も開催できるように努力したい」と満足気な様子だった。 2012年12月25日付
文協、援協、県連、商工会議所、日文連の日系5団体共催による2013年度新年祝賀会が、1月1日午前10時から聖市リベルダーデ区の文協記念講堂(Rua Sao Joaquim, 381)で開催される。 当日は、文協合唱団リードによる国歌斉唱、木多喜八郎文協会長あいさつ、福嶌教輝在聖総領事祝辞、万歳三唱、「一月一日」の歌合唱、会場を大サロンに移しての乾杯に続き祝賀パーティーが行われる。 2012年12月25日付
ニッケイ新聞 2012年12月22日付け コロニアの発展に尽くしてきた方が今年も多くこの世を去った。新聞で訃報記事をお伝えした物故者に限り、追悼の意を表し、掲載します。(敬称略) 【2月】陣内衛(ATSツール元社長)、杉本有朋(ガリンペイロ体験記著者)、高清(オザスコ文協元会長) 【3月】土井理一パウロ(神父)、櫻庭喜太郎(ブラジル民謡協会、秋田県人会元会長)、小松ロッケ(聖州元判事) 【4月】宝田豊蔵(篤志家) 【5月】米谷享子(スナック「つがる」店主)、内山瑞英(日舞、華道指導者)、池本八千代(日舞指導者)、尾山多門(ジュートの父尾山良太の三男) 【6月】清谷益次(歌人) 【8月】高梨一男(汎ズットラ花卉生産者協会元会長)、金子庫則(ピニェイロス親睦会役員)、古田川英雄(島根県人会元会長)、山田唯資(ブラジル日本商工会議所元監事会議長) 【9月】沼田信一(パラナ日伯文化連盟相談役)、小川和己(ラーモス移住地原爆被爆者子孫の会代表)、神田大民(本紙元社会部長) 【10月】鈴木康夫(野球指導員)、青木宏悦(青木建設元社長)、上芝原実夫(ピラール文協日語学校校長)、ジョルジ・ヒロジ・オリタ(聖州ぺドラ・ベラ市長)、小野敏郎(歌手小野リサの父)、山里アウグスト(コロニア作家)、住吉義作(本紙代理人) 【11月】平中信行(アチバイア・オルトランジャ協会会長)
ニッケイ新聞 2012年12月22日付け ブラジル日本都道府県人会(園田昭憲会長)主催で今年7月にあった『第15回日本祭り』の関連企画『第1回日伯ロードレース』。 一般企業に外注する形で決行が決まっていたイベントだが、開催日の延期や、申し込み方法に関するトラブルが頻発するなかでの実施となり、予定参加者数も約1500人の不調におわった。 17万5千レという大赤字の会計報告に、代表者会議は紛糾。「最大の要因は大口のスポンサーが開催直前に出資を見合わせたこと」との執行部の弁明に、各県人会の代表らから「そんな莫大な費用がかかるなんて聞いていない」「名前を貸すだけではなかったのか」と批判の声が上がった。 最終的には園田会長が「説明責任を果たさないままイベントの開催に踏み切ったことは私のミス」と謝罪する事態にまで発展し、非を認めた。来年以降の開催は中止となった。実施するイベントの是非や、責任の所在が改めて問われる結果となった。
ニッケイ新聞 2012年12月22日付け 日本食ブームに関連して、日本酒に対する関心が高まっていることを受け、日本側でもブラジルを新たな市場と見込んでいるようだ。 7月の県連主催『第15回日本祭り』には三重県の清水醸造と寒紅梅酒造の2社が出品、11月には秋田県からエムアンドエム社が訪れ日本酒の試飲会を実施した。 東日本大震災の影響によりサントス港で日本食品が出荷足止めとなるなか、日本酒は輸入増を達成。日ポ両語で情報発信し講習会に飛び回る日本酒普及の草分け、飯田龍也アレシャンドレさん(酒蔵「アデガ・デ・サケ」店主)は、全伯各地への宅配サービスなど新たな手法で月に5百~1千本を売りさばくという。
ニッケイ新聞 2012年12月22日付け JICAが造成した戦後移住地の代表格、グァタパラ、ピニャールの両移住地が、揃って入植50周年を迎えた。 1千人が参加したグァタパラでの式典では、島根県庁から職員が派遣されたほか、同移住地に入植した7県の知事から祝辞がおくられるなど盛大に節目の日が祝われた。 祭典委員長を務めた川上淳・文協会長は「今後も新しい実業精神と新たな時代の生き方を求めて行きたい。時代が移り、思想が変ってもこの信念は不変」と話した。 ピニャールの式典には母県・福井から西川一誠県知事を含む21人の慶祝団が出席。400人の関係者が内外から訪れる中、記念事業の目玉となる新設の体育館の落成式も行われ、西川知事らによってテープカットがなされた。 半世紀を迎え、移住世代は減少。今後の担い手である若い世代の移住地離れも進む。〃理想郷〃づくりの道は未だ半ばとの見方も地元に強い。
