記念体育館の落成式も挙行 西川知事ら母県から慶祝団が参列 宮本由太郎元福井県人会会長が日本移民50周年の記念事業としてブラジルに「福井村」を建設しようと発案し、母県とともに移住振興会社(現・国際協力機構)が建設したサンミゲル・アルカンジョ市のコロニア・ピニャール―。同村は1962年12月に3家族14人が初めて同地に入植し、開拓営農を始めてから今年で50年を迎えた。コロニア・ピニャール文化体育協会(西川修治会長)は入植50周年を記念した式典(山下治実行委員長)を5日午前9時から同村内の文化センター・ホールで開催し、式典には母県から西川一誠知事をはじめ、県議、県農協五連、県経済団体連合会、日伯友好協会などの代表者らが来伯して参列した。また、この日は母県からの援助によって建設していた約1100平方メートルの敷地面積を持つ50周年記念体育館の落成式も行われ、同体育館で祝賀会が行われた。さらには、50周年記念誌(徳久俊行編集長)も刊行され、参列者に配布された。 【なせば成る。なさねば成らぬ何事も】記念式典に先立ち午前9時から高橋健治導師による先没者慰霊法要が挙行され、コロニア・ピニャールにゆかりのある約300人の参列者が、同地に眠る65人の霊に花を手向け冥福を祈った。 日伯両国国歌斉唱後、山下実行委員長は「コロニア・ピニャールは福井県、農協、南伯、JICAの協力があってできた村で、我々に理想郷建設への夢と希望を与えてくれた。数ある日系移住地のモデルだ」と話し、「なせば成る。なさねば成らぬ何事も。成らぬは人のなさぬなりけり」と上杉鷹山の格言で絞めくくると万雷の拍手が会場に鳴り響いた。 これを受けて西川知事も「福井は日本一幸せな県と言われている。これからも福井とピニャールの関係を発展させて、友好を深めていきたい」とあいさつし、両者の変わらぬ関係を強調した。 このほか、壇上に上がった多くの来賓を代表して、サンパウロ日本国総領事館の星野元宏総領事代理、福井県議会の松井拓夫副議長、福井県農協五連の山田俊臣会長、福井県経済団体連合会の川田達男会長、JICAブラジルの室沢智史所長、福井県日伯議員連盟の前田康博会長、日伯援護協会の菊地義治会長、聖南西文化体育連盟の山村敏明会長、サンミゲル・アルカンジョ市のアントニオ・セウソ・モシーン市長、安部順二連邦下院議員があいさつし、50周年という大きなる1日を祝った。 【たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時】このうち、福井県経団連の川田会長は福井市出身の歌人、橘曙覧(たちばなのあけみ)の歌「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」を紹介し、「これからも互いに昨日までなかった花を咲かせていきましょう」と笑顔を見せた。 このあと、壇上では福井県知事、県議会議長、福井県農協五連、福井県経団連、日伯友好協会から協力金と祝儀が同村に対して贈られた。さらに西川知事や安部議員、セウソモシン市長、西川ピニャール文協会長から感謝状が多くの人に対して贈られた。 【50年は通過点。さらなる交流を約束】式典の最後に徳久俊行ピニャール文協副会長が「50年は通過点。さらなる交流を約束」と力強く宣言すると、涙を浮かべる高齢者の姿もあった。 記念植樹に続いて行われた50周年記念体育館の落成式では、日伯両国の来賓がテープカットを行い、参列者は真新しい体育館を見渡しながら足を踏み入れて いた。福井県は小中学生の体力が全国トップクラスにあり、同村でも体育館の完成によって子どもたちの体力向上へ期待が持たれている。体育館で行われた祝賀 会では同村日本語モデル校の生徒と婦人会による合唱や太鼓部「飛翔」33人による太鼓演奏が行われ会場を湧かせた。 2012年8月7日付
Ano: 2012
ニッケイ新聞 2012年8月7日付け ピニャール移住地入植50周年式典が5日、サンミゲル・アルカンジョ市内のコロニア・ピニャール文化センターで開かれた。西川一誠・福井県知事を始めとする慶祝団21人が来伯したほか、在聖日本国総領事館の星野元宏領事、同市のアントニオ・セウソ・モシン市長、安部順二連邦下院議員ら来賓を含む約400人が出席した。式典後には記念事業の一環として建設された体育館の落成式が行われ、盛大に祝賀会も催された。 先亡者慰霊法要後、午前10時から式典が始まった。コロニア・ピニャール文化体育協会の西川修治会長による開会宣言、日伯両国国歌が斉唱された。50周年記念事業委員会の山下治委員長の挨拶では、移住地開設の経緯とともに、創設・発展に携わった関係者への感謝の言葉が述べられた。記念事業の一環として建設された体育館については「五輪に出場できるような人材の輩出を夢見ながら活用していきたい」と話し、会場を沸かせた。今回が初めての同移住地への訪問となった西川知事は「福井県民を代表して、幾多の試練を乗り越え、今日の伯国社会の礎を築いてきた先駆者に、心から感謝と敬意を表します。今後も福井県とコロニア・ピニャールとの関係を着実に発展させ、日本とブラジルとの友好交流に寄与していきたい」と話した。来賓各人からの祝辞が述べられた後には、日本側の慶祝団とブラジル側双方からの感謝状の授与と、慶祝団への記念品の贈呈もあった。続いて参列者は揃って体育館の前に移動し、記念植樹並びに落成式が行われた。7本の杉とコッケイロの木が植えられた後に、真新しい体育館の戸が開けられ、西川知事らによってテープカットがなされると、参列者の間から大きな拍手と歓声が上がった。体育館で開かれた祝賀会では、同移住地日本語学校の和太鼓グループによる演奏や、同校生徒らによる合唱曲などの余興が披露され、午後3時頃まで賑やかに会食が行われた。1962年に第一期移民として同移住地に入った織田真由美さん(76、福井)は「あっという間の50年だった。これからも生涯現役で、死ぬまで頑張りたい」と笑顔で話した。
A 34ª Festa das Cerejeiras em Flor no Parque do Carmo, localizado na zona leste da capital,...
ニッケイ新聞 2012年8月4日付け 【既報関連】先月25~29日にサンパウロで開催された「第1回世界若者ウチナーンチュ大会」は28日夜、沖縄県人会館ホールで賑やかに閉会した。同日、聖州議会で世界7カ国約150人が参加して若者国際会議が開かれ、ウチナーネットワークの持続的活用やウチナーグチの普及などをテーマに6時間にわたって議論。閉会式ではそこで合意された「若者宣言」が採択され、各国の代表者が3カ国語で読み上げた。宣言書は一行が帰国後、仲井真弘多知事、野田佳彦首相、国際連合に提出される予定だ。 「成功に終わった」―。世界若者ウチナーンチュ連合会沖縄本部副代表の津嘉山エリカさん(29、ボリビア生まれ)=沖縄市在住=はこう安堵の声を漏らしたが、同時に今後の課題も浮き彫りになったよう。沖縄とブラジル以外の出身者から「自分達も準備に関わりたかった」という声があったり、最終的にはまとまったものの言語の違いもあり会議では意見が合わず、統一が困難だった。今大会では日本語とスペイン語を共通言語に設定したが、ブラジルからの参加者が50人以上と多数を占めたため、ポルトガル語に変わる場面が多々あった。そのため、ゆくゆくはウチナーグチを共通言語にしたい考えだという。本大会のサポート役として来伯した琉球大学「産学官連携推進機構」特命准教授、宮里大八さん(38、国頭郡本部町)は、連合会発足当時からアドバイザーを務める。「これだけ人が集まって、とにかく開催できてよかった。これからがスタート。自分達の力でできたという自信で、新たな試みが生まれれば」と期待を込めた。「南米の若者が自分達のルーツを再確認し、沖縄本部のメンバーも何らかの気づきを得たと思う」。同じような考えを持つ若者が5日間ともに過ごし、様々な交流をしたことは互いにとってよかったはず、と宮里さんはみる。夕食後、最後は各国代表者が一人ひとり挨拶し、大会3日目に行われた「ウチナーグチのど自慢大会」で優勝したペルーのメンバーが「島唄」を披露。全員がカチャーシーを踊った。 ■ 「若者宣言」の内容は次の通り。(1)県費留学生・市町村研修生のサポート体制を各国と沖縄が創る。(2)世界のウチナーンチュの情報データベースをつくる。(3)次回の世界若者ウチナーンチュ大会はアメリカ合衆国で開催する。(4)若者がウチナーグチの勉強に興味を持てる場を提供する。(5)教師派遣再開に向け海外県人会からのサポートを引き続き要請する。(6)若者に沖縄文化への興味を持たせるため世代間の交流の機会を提供する。
ブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)主催の都山流尺八、岳人山(がくじんざん)師範による演奏会が7月28日午後2時から同4時まで聖市リベルダーデ区の同県人会館サロンで催され、当日は尺八愛好家など約100人の来場があった。 同演奏会は2部構成で進行し、第1部では都山流尺八ブラジル支部による演奏や、正絃社美和会による琴の演奏、コーラス大刀ミリアングループの合唱や民謡、踊りなどが演じられた。第2部で同師範による演奏が行われ、会場を訪れた人は独特な尺八の音色に聴き入っていた。 また演奏会前の同日午前10時から尺八の講習会も行われ、尺八ブラジル支部の会員や愛好家、約50人が参加した。 演奏を終えた同師範は「日系の人たちは人生を謳歌(おうか)していて愛嬌がある。また演奏する機会があればぜひ訪れたい」と笑顔で語った。 同師範は国内外で年間200回以上の演奏会を行っており、愛媛大学教育学部非常勤講師やCM音楽の提供なども行い、過去には演歌歌手の石川さゆり氏と共演したほか、上海万博でも演奏している。 2012年8月4日付
ニッケイ新聞 2012年8月2日付け ■今週末の催し 土曜日(4日) 桜祭り、午前9時半、カンポスさくらホーム(Av. Tassaburo Yamaguchi, 2173, V. Albertina)、日曜日も◎桜祭り、午前10時、カルモ公園(Av. Afonso de Sampaio e Souza, 951, Itaquera)。日曜日も◎子ども図画展覧会、終日、文協ビル内日系美術館(Rua Sao...
ニッケイ新聞 2012年8月1日付け 先月末に行われた『第34回サンパウロ仙台七夕祭り 文芸コンクール』の入賞者発表会が、3日午後6時から宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で行われる。入賞者は次の通り。 【俳句の部】特選=栃沢秋穂、鈴木文子、佐藤孝子。秀逸=古賀マリア、藤田朝日子、猪野ミツエ、青柳マス、中沢宏一。佳作=浜田すみえ、菊池信子、猪野ミツエ、杉本紘一、纐纈みつえ、浜田一穴、青柳マス。【短歌の部】寺田芳子、栃沢千秋、西田はるの。秀逸=鈴木文子。【ポ語の部】1位=ネイデ・ローシャ・ポルトガル、2位=フケ・マスミ・イレーネ、3位=サトウ・ユミ・ダニエラ(敬称略)。
ニッケイ新聞 2012年8月1日付け 宮城県人会で3日に開かれる『サンパウロ仙台七夕祭り 文芸コンクール』の入賞者発表会だが、同県人会の中沢宏一会長によれば、応募者の連絡先を必須記入事項としていなかったため、入賞者に直接発表会についてのお知らせが出来ないのだとか。つまり本日の記事を見逃した入賞者は、自分が賞をとったことも会があることもわからないということだ。募集を計画する段階で当然気が付くことだと思うのだが…。 ◎ 先月26日付7面の「若者ウチナーンチュが集結!」記事中紹介した、カンポ・グランデ在住の比嘉敏夫さん。「かつてブラジルに住む沖縄県人と沖縄県をつなぐ民間親善大使を務めていた」と記載したが、ご本人から「現在も民間大使」との指摘があった。1990年8月、第1回世界のウチナーンチュ大会の開催を機に県が「ウチナー民間大使制度」を創設し、496人を認証。2004年度から定員や任期を廃止し、主に海外で活躍し、沖縄との交流の架け橋となりうる人を随時認証するという新たな制度に移行している。ちなみに、沖縄県のHPによれば沖縄県人会の与那嶺真次会長や島袋安雄副会長も民間大使だ。
北伯地方では、静岡出身の日本人が始めたスーパーマーケットがチェーン展開している。店名は日本名だが、店内で働く従業員に日系人らしい人は見当たらない。 パラー州ベレンに今年発足した北伯県人会協会の山本陽三会長と越知恭子副会長によると、「シェッフェ(主任)クラスなら日系人も居るだろうが、従業員的な仕事に携わる人は少なく、労働者として働く人は居ない」。同スーパーに限らず、どこの会社でも同様のことが言えるという。 同地は他の日系移住地にも見られるように、1世の親は子どもの教育に力を入れたそうだ。ほとんどの日系人が大学に進学。両氏は「学歴が高校までという人は少ないね」と顔を見合わせた。 越知副会長によると、以前は医者や建築技師、会計士、歯科医など「すぐお金になる職業」に就く日系人が多かったが、ここ20年は職業の多様化が進んでいる。近年はコンピューター関連の業種に従事する人も多くみられるほか、連邦大学の総長を務める日系人もいるそうだ。 また、最近の傾向として公務員が増えてきているという。越知副会長は「5年ほど前まで日系人の警察官はまったく居なかったが、最近その分野の人も見かける」と話す。 ただ政治面には弱く、パラー州には現役の日系市長が3人居るが、両氏は「もっと出てほしい」と感じている。 同地で日本語教育に携わっている越知副会長は、「アマゾンでは日系人に対する信用がものすごくある」と強調。非日系の保護者が「日系人が経営しているから預ける」と、子どもを日本語学校に通わせる例もあるほどで、日本文化も受け入れられているという。 以前行われた日本語学校の文化祭を参観した母親からは「すごく良かった。誇りに思う」と称賛の声が上がったそうだ。 また、日本語を学ぶ生徒の中には「絶対日本へ行きたい」と留学を目標に日本語学習に励む人も少なくない。教師らは複数の機関が実施している訪日事業や研修を紹介し、生徒を後押ししている。 そういった背景がある同地で発足した北伯県人会協会。県人会の発展と存続を掲げる同団体が、同地の日系人や地域とどのように連帯を図っていくのか、今後の動向に注目したい。(おわり、鮫島由里穂記者) 2012年7月31日付
日本祭りの関連イベントとして29日、「第1回日伯ロードレース&ジョッキング」(主催=県連、園田昭憲会長)が聖市内の特設コースで開催され、秋晴れに恵まれた空の下、約1500人のランナーがさわやかな汗を流した。 これは、104年目を迎えた日系社会をブラジルに対してアピールするために実施したもので、今年が初めての試みとなる。「MACPlan」社が県 連に企画を持ち込み採用された。大会はセー歴史地区、リベルダーデ駅周辺を回る3キロ、5キロ、10キロの3コースが用意され、各県人会からも若者や高齢 者が参加した。 非日系の参加者も多く、友人らとそろいの日の丸の鉢巻きを締めて走るなど、ジョギングを楽しんでいた。大会に参加した女性は「完走できて良かった。普段は車が走っている大通りの真ん中を走ると、景色も違って気持ちがいい」と息を弾ませながら話していた。 この日、スタートの合図となるホーンを鳴らした園田会長は「非常に評判が良かった。できれば来年も開催できればいいが、まだ未定だ」と話していた。 2012年7月31日付
No próximo dia 5 de agosto, às 19h, será realizado o II Tooro Nagashi – Luzes da...
今年4月1日パラー州ベレンに発足した北伯県人会協会(以下、北県協、山本陽三会長)は現在、事務室に非常勤の事務員を1人配置している。事務員は必要 に応じて活動しているため、会長ら役員も応対している状態だという。山本会長は「午前中だけでも常勤の事務員を配属したい」と述べた。 また北県協では、県人会が組織されていない県の出身者の現状をあまり把握できていない。そのため、人数の少ない県出身者を探して個人単位でも参加 できるような体制を整えたいとしている。山本会長は「日本などから個人に関する問い合わせがあっても、所属していなければ答えられない」と話し、個人で参 加する人は会費を割安にするとした。 同地では毎年、汎アマゾニア日伯協会(生田勇治会長)の主催で26年間続く「セマナ・ド・ジャポン(日本週間)」が開かれている。同催しは毎年9 月第2週目に行われる。10年ごとの周年時には規模を広げて行っており、期間中3万人が来場した年もあった。今年も9月10~15日までの日程で行われる 予定。 山本会長と越知恭子副会長によると、これまで同地の県人会は同催しにかかわっていなかった。だが今回は、北県協名義で参加したい考えだ。実現すれば北県協として初めての事業となる。 今回両氏が来聖した目的の一つは、同催しに向けての日本祭り視察。サンパウロに到着した12日午前に県連の園田昭憲会長を含む県連役員との懇談も実現した。 越知副会長は懇談を振り返り、「遠い北伯に北県協ができてうれしいと喜ばれた」と報告。「県連の資料を過去2年分見せてもらい、良く分かりました」と満足した様子で話した。 また、園田県連会長へ日本週間の招待状を渡した両氏は、「『ぜひ行きたい』とのことだったので、おそらく来てもらえるのでは」(山本会長)、「民族舞踊などがパラー州にはないので、必要なら派遣しても良いと言ってもらえた」(越知副会長)と笑顔を見せた。 また日本週間では、北県協に未加入の4県人会とも連携したい考えだ。山本会長は「協力してもらえるならぜひ来てほしい。そして、徐々に北県協に入ってもらえたら」と構想を話した。(つづく、鮫島由里穂記者) 2012年7月28日付
“Ao contrário do que muita gente pensa, a Yassuragui Home não vai fechar”. O esclarecimento foi feito...
A assessoria de imprensa da Embaixada do Japão no Brasil disse na manhã desta segunda-feira (30) que...
A equipe Sudoeste, sagrou-se campeã da 76ª Competição Intercolonial de Atletismo, evento realizado nos dias 21 e...
Tendo como destaque a presença do Dr. Carlos Eduardo Gabas, secretário executivo do Ministério de Previdência Social,...
旧聞になる。先日、県連主催で行われた第15回フェスティバル・ド・ジャポンの会場で、県連が蚤(のみ)の市と名付けて県人会が母県訪問者や県人から寄 贈され、県人会が死蔵していた様々な品物が売りに出されていた。いわゆるガラクタ市なのだが、こんなものまで売るのか、と思ったのが日本の総理大臣の色 紙。色あせ、カビまで生えているものを売りに出すとは、商魂逞しいというか、消費者を馬鹿にしているとしか思えなかった▼ だが、間部学の額入りカリグラフや南武鉄器や岩手の漆器など色々なものが並べられていた。価格も安く、間部学の作品は市価の半額程度だったのです ぐに売れると眺めていたが、最終日の午後遅くにようやく売れた。漆器も南武鉄器も最後まで売れ残っていた。漆器は、ブラジル人にプレゼントしてもいいと思 い、最後に半額以下に値切って購入した。この蚤の市を見ていて感じたのは、会場を訪れた人たちが、並んでいる品物の価値を分かっていないことだ。プラス チック製のお椀2個が10レアルも出せば購入できるのに、並んでいた漆器は100レアルの値段がつけられていた。漆器がどのようなものかを知らないブラジ ル人には「こんな高いもの」と価格だけで判断するしかないからだ▼ 「猫に小判」「豚に真珠」と言えば怒られるかもしれないが、少なくても日系人にはその価値を理解してほしいと思う。1979年、文協で絵画即売会 が開かれたことがある。文協に寄贈されたブラジル人画家や日本人画家の作品を競売したのだが、この時、日本人の有名な画家が描いた仏画が日本円に換算して 数十万円で競り落とされた。数万円から始まった競りも最後は2人の日本から進出している駐在員が競り合ったのだ。価値の分からぬ筆者はあっけに取られて見 ていた。せり落とした御仁に聞けば、「安い買い物だった」と満足げに答えたことを記憶している▼ 最近日本から来伯する人たちは100円ショップで買ったような土産しか持参しないが、かつては高価な土産を持参した。それらが今でも日系コロニアには残っている。日系団体は、死蔵しているものがあれば、蚤の市を開いて売ったらどうか。(鈴) 2012年7月28日付
【既報関連】6月20~22日にリオデジャネイロ市で開催された国際持続可能な開発会議(リオプラス20)の一環で日本政府は、東北地方の復興と魅力をアピールする「ジャパンデー」を実施。東日本大震災の影響を受けた東北4県が地域の文化や特産品を紹介した。 外務省の発表では、同20日午後5時から行われた「ジャパンイブニング」には、世界各国から300人以上が来場。東北4県の中で唯一会場に赴いた岩手県人会(千田曠曉会長)は、役員が餅つきを披露して来場者に振る舞った。 同県人会から参加したのは千田会長と照子会長夫人、多田マウロ孝則副会長の3人。千田会長らは同催しの前夜、機材を乗せたバンで聖市を出発。翌日午前4時にリオに到着した。 餅は餡、きなこ、ゴマ、砂糖しょうゆ、納豆の5種類の味で1人に2、3個ずつ提供された。また、同県のわかめを使った料理の試食も行われ、「ニカラグアの環境大臣はお代わりしていた」(千田会長)と好評を得た。 他県の秋田、福島は、地元の日本酒の試飲を行ったほか、宮城は会場内と屋外に七夕飾りを提供。同催しを振り返った千田会長は、「母県と県人会をつなぐ活動ができた」と安心した様子で報告した。 なお、外務省は今回の活動に対して7月4日、広報文化交流部の小野日子(ひかりこ)総合計画課長名義で同県人会へ礼状を交付した。礼状は、県連のウェブサイトで見ることができる。 2012年7月28日付
ニッケイ新聞 2012年7月28日付け 広島県人会の発案で昨年、イビラプエラ公園日本館で行なわれた『灯篭流し』。今年は日本ブラジル文化福祉協会と日伯社会文化統合機関 (OSCIP)が共催団体となり8月5日、同公園噴水前で『第2回灯篭流し』を実施する。来場者数予想は6千人。州のカレンダーにも登録された。 文協貴賓室で開催中の『原爆写真・ドキュメンタリー展』の開会式も兼ね、26日に同会場で記者会見が行われた。 山下譲二文協副会長、大西博巳・広島県人会会長や川添博・長崎県人会会長らが出席した。 聖州立プロフェッソーラ・エステル・ガルシア校の生徒らが牛乳パックを材料に灯ろうを制作中。来年に向けて他の公立校にも参加を呼びかけている。1千基以上の灯篭は、当日中に回収されリサイクルされる。 式典は東本願寺が執り行い、寺の鐘にあわせて周辺の教会も鳴鐘する。続いて広島に原爆が投下された時間に合わせ、午後8時15分に黙祷が行なわれる。 山下副会長は「日本人にとって世界平和の出発点は原爆体験。日系人がそれをもっと把握し、ブラジル社会に伝えることが大事。イベントが世界平和を考えるきっかけになれば」と成功を願った。詳細は次の通り。 ■ ◎『原爆写真・ドキュメンタリー展』=文協貴賓室(Rua Sao Joaquim, 381)で8月4日まで開催。午前9時~午後5時まで。灯ろう作りも行なう。 ◎『第2回灯篭流し』は8月5日午後7時から、イビラプエラ公園噴水前(Av. Pedro Alvares Cabral...
山本会長「県人会は日系社会の資産」 【既報関連】今年4月1日に発足した北伯県人会協会(以下、北県協)の山本陽三会長(77、香川)と越知恭子副会長(64、広島)が、 13~15日まで開催された日本祭りに合わせて来聖。聖市に到着した12日、堤剛太北県協事務局長(63、宮崎)の案内で本紙を訪れた。北県協の歩みと同 地の日系社会の現状、日系人の傾向について語った。(鮫島由里穂記者) 北県協には現在、同地で活動する16の県人会が所属。パラー州ベレン市にある汎アマゾニア日伯協会(生田勇治会長)会館内に事務室を設置している。 発足時は14県人会が加入していたが、6月9日に開かれた全体会議で、新たにベレン福岡県人会と愛媛県人会の2県人会の参加が決定。越知副会長は 「20(県人会)になる予定」と話し、将来的にパラー州内で活動しているすべての県人会の参加を視野に入れていることを強調した。 現時点で加盟していない県人会は、家族数が少なかったり前会長が死去したりと、それぞれに事情があるという。山本会長は「すぐにとはいかないが、加入に向けて声を掛けようと思っている」と今後について言及した。 山本会長、越知副会長の両氏によると、同地域の日本移民は農業移住者が多く、関西と四国地方の出身者は少ないという。香川出身の山本会長は「同郷の出身者も居るが主力といえる人数ではない」と話した。 同州の日系社会の規模は、サンパウロとパラナに続き3番目と言われている。県人会の中には、200人近い会員を抱える会もあるそうだ。ところが、 10年ほど前は現在より勢いのあった各県人会が近年弱体化。越知副会長は「若い人が興味を持たなくなっている」と現状を説明した。 北県協の現職役員6人は、5月7日に開かれた第1回役員会で承認された。全員1世だ。加入している県人会の会長も16人中14人が1世だという。現在、会議の使用言語は日本語だが、資料は日ポ両語のものを用意。1世の山本会長は「手間を食うね」と笑った。 越知副会長が会長を務めている北伯広島県人会では、以前こんな出来事があった。リーダー研修で訪日し、母県で1カ月間過ごした会員の青年が帰国 後、報告会を開こうと同地の日系青年に声を掛けた。すると、約10人の若者が集まり「それまで1世の年寄りばかりだった」(越知副会長)会がにぎわったと いう。 両氏は「若い人は県人会が何をしているのか分からない。だが、研修などで日本へ行った人は、また行きたがる」と口をそろえる。 山本会長は「日系団体は1世にとって大事な組織。母県はどこの県も協力しようとしている。研修生を引き受けてくれるほか、相談にも乗ってくれる。...
