07/03/2026

Ano: 2012

 国連持続可能な開発会議(リオプラス20)への出席などを目的に、公益財団法人オイスカ会長でオイスカ・インターナショナル総裁の中野良子氏が来伯した。23日午前8時から聖市リベルダーデ区のニッケイパレスホテルに集まった日系団体関係者約30人を前に、東日本大震災復興を目的とした「海岸林再生プロジェクト」の取り組みなどを説明した。集まりには同震災で被災し、宮城県「名取市海岸再生林の会」の鈴木英二会長(71)たちも参加。「失って初めて、ありがたみが分かった」と海岸林再生の必要性を強調していた。 同計画は、東日本大震災で3600ヘクタールに及ぶ600万本のクロマツが被害を受けた中、10年かけて100ヘクタール50万本を再生し、10億円の寄付を内外から募るというもの。昨年3月から開始された募金は同9月下旬の半年間の時点で約5000万円が集められており、「1年で1億円のペースで集める」(オイスカ関係者)ことが目標だ。 あいさつに立った中野総裁は、20日~22日にリオ市で開催された「リオプラス20」で同計画やオイスカの活動についてスピーチしたことなどに触れた。その上で、「今年は『ふるさと』をテーマにし、絆を持って支えあって生きていきたい」と述べ、「ブラジルの皆様が日本を心の支えにしていただいていることを忘れずにやっていきたい」と今後の抱負を語った。 オイスカ副理事長で同計画最高責任者の渡邉忠氏によると、同法人は自助努力している団体及び組織に協力する方法を取っており、同計画は名取市の地元の人々から「我々も頑張るから(海岸林再生に)協力してほしい」との声を反映して実施しているという。 この日の集まりでは、20日午後1時から行われたリオプラス20でも講演した「名取市海岸再生林の会」の鈴木会長が、自ら津波で被災した写真を見せながら震災当時の様子を説明。宮城県内で80%のシェアを誇り、売り上げ2億円の「ちんげん菜」農家(約100世帯)が「(津波被害による)一瞬の出来事ですべてを失った」という。 また、海岸林の高さによって津波の水の流れが違ったことや、海岸林がなくなった後、風害、塩害や砂などの被害に悩まされている現状を伝え、「いかに松の木(海岸林)が大事であったか、失って初めて分かった」と強調。「自分たちの生活の再建は松の木にかかっている」と、同計画に懸ける思いを訴えた。 さらに、福島第1原発事故の影響による風評被害や日本政府によるちぐはぐな補償問題についても触れ、「天災プラス人災が加わって二重の苦しみ」と震災から1年以上がたっても進まない復興支援に怒りをあらわにしていた。 そうした中、今年3月に種まきを行ったクロマツの苗が現在、5~6センチの高さに育っているとし、その苗を植えるまでに最低3年かかることも説明。根気の いる作業を続ける上で「皆様からの支えを受けながら、出来上がった時にはぜひ報告させていただきたい」と支援への感謝の意を示した。 集まりには、同じく名取市で被災し、現在同市内のアパートに母親と夫の3人で住んでいるという森かづ子さん(63)も出席。「今まで当たり前だと思っていたクロマツのありがたさが改めて分かった」と話していた。 この後、オイスカ一行と鈴木会長たちはブラジル・ニッポン移住者協会(小山昭朗会長)が実施する「日伯絆の森」計画の一環としてカルモ自然公園に場所を 移し、中野総裁が20年前にアチバイアの中沢宏一宮城県人会会長宅に植えたという白イペーから取れた苗木を、同公園内に植樹した。  なお、同計画の概要はウェブサイト(www. oisca.org./kaiganrin/)で見ることができる。 2012年6月26日付
【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】福岡県海外移住家族会(武藤英治会長)の平成24年度総会が13日、福岡市内のアクロス福岡で開かれた。 総会には武藤会長はじめ、田中俊太福岡県国際交流センター専務理事ら県職員、同県内の4地区家族会会員、県費留学生らが出席した。 同家族会は今年で創立50年を迎えた。節目の年となった今年は、会員たちにとってうれしいことがある。1966年から始まった県費留学生度を通じてブラジルから留学した福岡県人会子弟たちが、現地でOB会を立ち上げた。 武藤会長は総会のあいさつで、9月1日にサンパウロ市で同OB会の設立記念式典が開催されることを会員らに伝え、「皆でブラジルへ行きましょう」と慶祝訪問団への参加者を呼び掛けた。 また、来年は福岡県で2度目となる海外福岡県人会世界大会が開催されることを受け、武藤会長は「世界に21カ所ある福岡県人会のネットワークのさらなる強化を」と意気込んだ。 総会では昨年度の事業実績と決算、本年度の事業計画及び予算案がともに承認され、閉会後は昼食を取りながら今年の県費留学生10人と懇親を深め合った。 2012年6月26日付
今後は全伯的な催しに 熊本県文化交流協会(小山田祥雄会長)は、「第10回熊本県出身先亡者追悼法要」を17日午前10時から聖市ビラ・マリアーナ区の同会館で営んだ。会場には老若男女約100人が参列し、祭壇には亡くなった同県人の位牌が並んだ。 法要では熊本出身で南米本願寺ブラジル別院(東本願寺)の菊池顕正導師が阿弥陀経を唱え、参席者はそれぞれ焼香をして先祖の霊を弔った。 あいさつに立った小山田会長は「先祖は我々の産みの親で、現在の日系社会の基礎となった」と先人の功績をたたえると同時に、「今年は熊本文化交流協会は有馬逸策副会長と藤本ユリ子元婦人部長を亡くした。我々は大きな悲しみに暮れている」と会員の死を悔やんだ。 続いて、菊池導師は「我々は皆、ご縁によって結ばれている。見えない力に支えられていることに感謝しましょう」と説いた。 同協会は、来年は11回目の法要を開催するに当たり、サンパウロ在住者だけの法要にするのでなく全伯的な催しにしたいと考えており、5月25日から約20人がパラー州ベレンやトメアスーなどに住む北伯の同県人を訪ねて、来年の法要などについて話し合いを行っている。 法要後は同協会婦人部による昼食が振る舞われ、参席者は伝統的な日本料理に舌鼓を打っていた。 2012年6月23日付
団体のあり方を問いかけ 聖市アクリマソン区の老朽化した会館の売却に伴い、岐阜県人会(山田彦次会長)は今月11日から同市リベルダーデ区グロリア街279番2階に事務所を移転し、改めて活動を行っている。来年は同県人ブラジル移住100周年の節目を迎えるが、新会館を建設するかどうかなど今後の具体的な方向性は決まっていないという。20年以上にわたって会長職を務める山田会長に県人会活動への思いなどを聞いた。 会館の売却は昨年11月下旬の臨時総会で会員からの承認を得ており、今年3月の定期総会でも確認されている。 このことについては、会員、賛助会員及び新会館建設のために資金を提供してくれている協力者すべてに通知し、今後の活動についても報告する考えだという。 しかし、新会館建設については「会員が100人なら100人とも意見が違い、案が多過ぎて現実的な話が進められていない」(山田会長)とし、意見がまとまらないようだ。 山田会長は5、6年程前からサンパウロ近郊での会館建設案を提示したこともあるが、多数の会員の同意を得ることができていないという。かといって、聖市内で具体的にどの場所に新会館を建設するのかも会員によって主張が違い、以前から幾度にもわたって会館建設について意見を交わしてきたにもかかわらず、具体的な方向性が決まっていない。 山田会長は常々、県人会の役割について「岐阜県人会と名前が付いている以上、岐阜県とブラジルに住む岐阜出身者やその子弟との交流事業をやることがメーンになる」と主張してきた。 「岐阜県と交流するためには当然言葉は日本語でなければならない。また母県から補助金をもらっている関係上、県から入る情報をどのようにブラジルで伝え役に立たせるかを考えている」 これまで山田会長は、毎月発行している会報でもそうした主張を繰り返してきた。しかし、一般的に「次世代へのバトンタッチ」と日系各団体の課題として掲げられているが、若い世代にこれらの思いが十分に伝わっていないのが現状だ。 母県と県人会との交流事業が以前より縮小傾向にあることは否めないものの、岐阜県人会では現在でも県費留学生制度や今年で34回目となる岐阜県農業高校生の伯国研修などが継続されている。 山田会長は「アソシアソン(協会)」の役員が一切の報酬を受け取ってはならないことが伯国の法律で決められている以上、会員数が少なくなる現状の中、従 来のままの団体運営では継続できないことを指摘する。子弟に日本や母県への憧れを持たせるようなやり方で、「クラブ化」することも一つの方向性として考慮 している。 「今後、県人会をどのような形でやっていくのか。知恵を出してもらわない限り、いくら議論してもやってはいけない」と会員及び若い世代に今後の県人会のあり方を問いかけている。 今後の会館建設や来年の県人移住100周年の具体案については現在、未定だという。 なお、新事務所の電話番号は以前の通り(11・3209・8073)。 2012年6月23日付
日本の「七夕祭り」とブラジルの「フェスタ・ジュニーナ」を併せて初めて開催される「第1回アライアル・ダス・エストレーラス・デ・イタケーラ(イタケー ラ七夕祭り)」が23、24日の2日間、午前10時から午後10時まで聖市地下鉄イタケーラ駅近くの広場(Rua Gregorio Rama lho)で行われる。 開催するにあたり主催者の中沢宏一宮城県人会会長、植田徳良桜とイペーの会会長、ジュリアーノ・セーボ同県人会青年部長が案内のため本紙を訪れた。 初めての開催となる今回の祭りは、開催場所となるイタケーラ区(パウロ・セーザル・マッシモ区長)の意向で多くの地元企業も協賛している。 日伯それぞれの多彩な催し物が行われ、踊りをメインとした内容で太鼓、三味線なども催される。また絵画、俳句や短歌のコンクールも行われるほか、約40店舗の日本食、ブラジル食の出店やバザー、日用品なども販売される。 開催するにあたり中沢会長は「両国の伝統的祭りが一つになった。互いの文化をぜひ見に来てほしい」と語った。 会場に駐車場はなく、地下鉄の場合はイタケーラ駅下車ジョゼ・ピニェイロ・ボルジェス大通りを東側に1キロ程歩く。また専用バスがリベルダーデ区 の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)から運行される。地下鉄ベルゲイロ前経由で午前9時20分、同11時20分、午後1時20分、同5時20分、同7時20分に同会館を出発し往復す る。 詳細は同県人会(電話11・3209・3265)まで。 2012年6月22日付
各種餅製品も人気 石川県人会(小堀勇ジェラルド会長)は16、17日の両日、聖市パライゾ区の同県人会館で第13回文化祭を開催した。同祭では、同県人会を活動の場として いる俳句、謡、陶芸、生け花、水彩画、絵手紙の各教室による作品展示や陶芸品、餅の販売や演目披露、絵手紙のワークショップが行われた。 16日の開会式では約30人の来場があり、謡が披露された。 開会式後、例年大人気の餅が販売。今年は去年の2倍の量の餅が準備され、白餅、餡(あん)餅、汁粉として販売された。今年も例年通り白餅の売れ行きが良く、餅作り責任者の橋本シゲルさんは「今後も毎年餅作りを続けていきたい」と笑顔で話していた。 今年で出展5回目となった絵手紙は約200点展示され、子供や非日系人の作品も飾られ、来場者の目を楽しませていた。絵手紙の指導をしている石井恵子さんは「年々、絵手紙の輪はブラジル国内で確実に広がっているので、さらに広げていきたい」と目を輝かせた。 2012年6月20日付
ニッケイ新聞 2012年6月19日付け  今年も「移民の日」を記念し、日伯司牧協会とブラジル日本文化福祉協会が共催し、18日午前8時から聖市ジョン・メンデス広場のサンゴンサーロ教会で『先没者慰霊ミサ』が執り行われた。  文協の木多喜八郎会長、県連の園田昭憲会長、在聖総領事館の小林雅彦首席領事、ブラジル日本商工会議所の平田藤義事務局長、池崎博文リベルダーデ文化福祉協会会長ら、多くの日系団体代表者を始め約100人が集い、日系社会を築き上げた先没者に深い感謝の念が捧げられた。  ミサは国武アントニオさんが司会を務め、日ポ両語で進められた。儀式を司ったアレッシオ・アントニオ・ブローニング神父は聖書の教えを説き、最 後に「この104年の間、日本人はブラジル社会から多くのことを学んできたし、多くのことを教えて社会の発展に貢献してきた。ブラジル人からは勤勉で正直 と尊敬されている。これから私たち日系人も平和な社会を作るため、力を合わせてがんばりたい」と述べた。  共同祈願では来賓も一人ずつ登壇し、「先駆者の遺徳を偲び深い感謝の念を捧げる」「子どもたちの成長を助けてください」「震災でなくなった方々にも永久の安らぎを」などそれぞれ祈願を行ない、日本的精神や文化の継承をも願った。参列者らも真剣な表情で祈りに耳を傾けた。  続いてコーラスの歌声が響く中、奉納の儀でキリストの血と肉を表すパンとぶどう酒が神父に捧げられ、参列者も恭しく聖体を分かち合った。最後に全員で賛美歌を合唱し、平和を願いながら付近の参加者と握手や抱擁を交し合う交わりの儀でミサを締め括った。
先人の冥福とさらなる発展祈願 ブラジル日本移民104周年の記念行事として18日、サンパウロ市内では毎年恒例のサンゴンサーロ教会での慰霊ミサ、イビラプエラ公園内開拓先亡者慰霊碑前と聖市リベルダーデ区の文協記念講堂でそれぞれ仏式法要が執り行われた。各行事には、今月初めの辞令で帰国が決定している大部一秋在サンパウロ総領事をはじめ、文協、援協、県連など各日系団体関係者たちが参列。先人が築き上げてきた貢献をたたえるとともに、今後の日系社会及び伯国社会のさらなる発展を祈願した。 104年前の6月18日、第1回日本移民が移民船「笠戸丸」に乗ってサントス港に上陸した。ブラジル日系社会は今年も聖市内各地で慰霊式典を開催し、午前9時からは聖市セントロ区のサンゴンサーロ教会で「移民104周年先駆者慰霊ミサ」を開催した。 ミサには日系団体関係者や日系信者など約150人が参列。先駆者と東日本大震災の犠牲者の追悼が厳かに執り行われた。フレイ・アレシオ・ブロエリンギ神父は「今日ここには生まれや宗教の異なる人たちが感謝の心を持って集った。日本移民は104年間の間に多くのことを学んだ。新しい平和を作りましょう」と歴史を教訓とした未来への提言を行った。 また、木多喜八郎文協会長ら日系団体代表者7人が日ポ両語で開拓先没者に向けた追悼の言葉と世界平和、明日の社会を担う子どもたちへの願いを読み上げた。その後、「奉納の儀」が行われ、参列者は互いに平和のあいさつを交わし、神父がワインとパンを祭壇に供えると祭壇の前には参列者の長い列ができた。 水野龍三郎氏も来聖出席 県連(園田昭憲会長)とブラジル仏教連合会(コレイア教伯会長)共催の移民104年仏式慰霊法要が、同日午前10時半から聖市イビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑前で厳修され、薄曇りの空に太陽が差す天候の中、各県人会、仏連関係者ら約80人が出席した。 コレイア教伯導師によって進行された法要では導師焼香の後、追悼の辞として園田会長が1975年に建立された開拓先亡者慰霊碑に天皇皇后両陛下をはじめ、日本の政府高官など多数の人々が参拝したことに言及。毎年恒例の同行事を「現在では欠くことのできない公式行事」と位置付けた。その上で、昨年の東日本大震災と福島第1原発事故の影響などでいまだ復興が思うように進まない状況の中、震災犠牲者とともに先人の冥福を祈った。 読経の合間に各宗派代表、大部総領事夫妻をはじめとする来賓など出席した人々の焼香の後、導師あいさつを行ったコレイア教伯氏は、37年間に及ぶ同地での仏式法要の中で先駆者の御霊(みたま)に守られてきたことへの感謝を示した。 前日の17日で89歳の誕生日を迎えたという県連相談役の中村勲さん(福岡)は、毎年同法要に20年以上にわたって出席しており、「年々、出席者が少なくなり、寂しい限り」と話していた。 パラナ州クリチバ市在住で、「移民の父」故水野龍氏の3男に当たる水野龍三郎さん(81、2世)は家族とともに16日から来聖して参加。「生前の父を覚えていることもあり、移民の日は特別の思いがある」と合掌しながら先人への思いをはせていた。 文協大法要はわずか200人 ブラジル日本文化協会(木多喜八郎会長)とブラジル仏教連盟の共催による開拓先亡者追悼大法要が午後2時から聖市リベルダーデ区の文協記念講堂で行われ、開拓先亡者の苦労をしのぶと同時にその功績をたたえ、さらに東日本大震災犠牲者の御霊を慰めた。法要の参列者は昨年(約300人)を下回る約200人にとどまり、会場のほとんどが空席となった。 法要は、婦人コーラス隊による合唱によって開会し、茶道裏千家、生け花協会、美和会、宮城会、都山流による献茶・献花・献楽が行われた。木多文協会長は追悼の辞で「開拓者は幾多の苦労を乗り越えてきた。衷心から哀悼の意を捧げたい。また東日本大震災は心のよりどころだった祖国に深い傷跡を残したが、日系社会ではともすれば希薄になりがちな日本を思う心が強まった。今後、ブラジル日系社会は祖国への継続した支援を行っていきたい」と述べた。 続いて、大部総領事は日本移民の苦闘と栄光の歴史を振り返り、これまで自身が約100都市を訪問した経験を踏まえた上で「日系社会の尊い歴史に最大の敬意と誇りを感じる」と述べ、さらなる発展を期待した。 また、水野龍三郎さんと日系4世で8歳の子どもも壇上で焼香した。 ほぼ毎年、法要に参加しているという国井精さん(76、2世)は「7、8年前までは(講堂の)通路にも人があふれていたが、今は寂しい限り。(法要の開催は)あと5年も持たないだろう。日本語学校の生徒を連れてくるなど、若い世代への刷り込みがなされていない」と現状を憂いた。...
ブラジル長崎県人会(川添博会長)は今年創立50周年を迎えるにあたり、9月2日に 50周年記念式典を開催する。式典には県から中村法道知事をはじめとする慶祝団がブラジルを訪問して同会の節目を祝うが、これに加えて同会では母県から一般の県民の参加を募っている。 これは記念式典を機会に、多くの長崎県人が暮らすブラジルをより身近に感じてもらい、両国間のさらなる交流を促進するもので、ツアーにはリオやイグアスの滝などの観光が組み込まれている。 旅行期間は8月30日~9月7日。費用は税込み45万円程度。ペルーのマチュピチュ観光を追加する場合は9月10日まで。税込み65万円程度。 ツアーを企画した川添会長は「ブラジルは2014年にワールドカップの開催を控えており、世界的にも注目されている。この機会にブラジルの良さを知ってもらえたら」と呼びかけた。  申し込み期限は7月15日まで。問い合わせは、ブラジル長崎県人会(電話11・3203・0949、nagasakibrasil@ gmail.com) 2012年6月16日付
ニッケイ新聞 2012年6月15日付け  サンパウロ州教育局が11月に開く『第1回国際芸術文化展示会』(I Mostra Internacional de Cultura de Arte)に富山県の児童らの作品を受け入れることが決まった。ブラジル人子弟が多い高岡市立野村小学校が「私の知っているブラジル」をテーマに絵画作品 を出品する。聖州と富山県は85年に友好提携協定を結んでおり、同県が毎年開催する『子どもフェスティバル』には2007年から参加していることから、相 互交流が始まった格好だ。  富山県と聖州は、海外技術研修員や留学生の受入れ、日本語教師や南米親善訪問団の派遣など交流活動を続けている。  同フェスティバルには、日本文化をテーマに州内学校の生徒らが描いた絵画作品を出品しており、昨年の参加校数は約50校。各校が2作品を応募するなかから、15点が選ばれ、同県に送付される。昨年から富山県人会会員も審査に参加している。  マリア・サーレス事業責任者は「州内91地方教育局に招待状を送付した。参加校は増加傾向にある」と反響を伝える。  教育局では、毎年日本文化に関連したテーマを設定。今年は「もったいない」。ブラジル人児童が大半だが、「テーマに関連したビデオや読み物など の教材を使って授業で理解を深めるので、生徒たちはとても意欲的に取り組む」とマリア・クリスチーナ・ノゲロル事業担当は話す。同県人会の市川利雄会長を 始め、日本・日系人6人が自身の体験を元に「もったいない」を説明した映像が準備されている。  野村小学校では先月派遣されたブラジル人教師が連絡役を務める。今年は初年度とあり同校のみの参加だが、今後は参加校数を増やしたい考えだ。日本の子供たちに、イメージが沸くようブラジルの人種的多様性をテーマにした映像も制作中だという。...
ニッケイ新聞 2012年6月15日付け  今年でそれぞれ設立15周年、10周年を迎えた玉城流小太郎会大峰初枝琉舞道場、レキオス芸能同好会の創立記念祭典「謝縁海渡―夢の共演」 (Shaen Kaito?Elos de Gratidao、上原テーリオ実行委員長)が10日午後、聖市のアニェンビー・コンベンションセンターで盛大に行われた。歌、踊り、太鼓のステージを織 り交ぜた演目で、伝統と現代音楽が融合した豊かな沖縄の芸能・文化が約3時間半にわたって披露され、訪れた2500人の観客を存分に魅了した。聖州文化 局、市観光局、沖縄県人会など38団体が後援し、本場沖縄から約20人が駆けつけ約300人が出演する大舞台となった。  「今後も15周年、20周年に向けて勉強していきたい。ご支援とご指導を―」。フィナーレで感動のあまり言葉を詰まらせながら、両団体を主宰する大峰初枝さん(63、うるま市)はそう決意を新たにし、総立ちとなった会場からは惜しみない拍手が送られた。  「何とも言えない感動。皆さんの温かい支援のおかげで、節目の年を迎えられた」と感無量の様子で来場者に謝意をあらわし、感動の渦の中で公演は幕を閉じた。  大峰さんは12歳で家族とともに移住した。琉舞道場に入門し、95年に沖縄に渡って本場の踊りを学び、2年後に自分の道場を開設した。  2001年にレキオス創作芸団の太鼓に魅せられ沖縄で特訓を受け、翌年「レキオス芸能同好会」の創設主宰者になった。以降2団体の責任者として、ブラジルでの沖縄の芸術・文化の普及にまい進する日々だ。  勇壮な太鼓で人気の高いレキオス。芸能同好会は聖市に本部、州内に4支部あり、日系、非日系問わず多くの若者が練習に取り組む。昨年の世界ウチナーンチュ大会主催の「世界エイサー大会」では3位に輝くほどの実力だ。  予定より1時間遅れで始まった第一部は「かぎやで風節」で幕開け。美しい照明の下、三線と琴の奏者がずらりと並び鮮やかな衣装の踊り手が舞台に 現れ、観客の目が一気に集中した。「創作芸団レキオス」(照屋忠敏主宰)と同好会が披露した「大蛇・獅子の共演」では、ダイナミックでユーモラスでもある 巧みな動きに会場から笑いが起こった。  その後、戦後に生まれたロックと筝曲を組み合わせたエイサーの舞「瀧落し」、沖縄現代民謡の「華ぬ美島」、沖縄の肝心や自然を歌い上げた「島」、エイサーメドレーなど16演目が次々に披露され、多彩な舞台に、終わるたびに大きな拍手が送られた。...
ニッケイ新聞 2012年6月14日付け  13日に歓迎レセプションが行われた「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」に先立つ11、12日、リオ市でのTED×リオ+20で、マリー ナ・シウヴァ元環境相やカナダの日系四世のセヴァン・カリス・スズキ氏らが講演を行い、会衆から喝采を受けたと12、13日付伯国メディアが報じている。  持続可能な開発グッズというべき発明も発表されたTED×リオ+20での講演は、様々な分野で活躍する国内外の専門家によって行われた。  11日に講演を行ったマリーナ氏は、ゴムの木の樹液を集めていた頃の体験なども織り交ぜながら、「現代人は足りないものがないという状態に不 足」し、「過剰消費」という病気にかかっていると指摘。環境や倫理を忘れた経済や開発政策は「我々を未来の抹殺者」にすると警告した。  持続可能な開発は、環境や経済、雇用、食糧確保、貧困撲滅など、あらゆる分野にまたがる考え方で、リオ+20の中心議題は「緑の経済」という言 い方は、環境への関心をそらすものと考える同氏は、「持続可能な開発はクリーンエネルギーの開発だけをさすのではなく、生き方の問題」として、数千年前か らある資源を知恵を用いて使う事の必要性を強調。環境政策は長期展望が必要なものが多く、短期政策と対立する事が多いとの発言は、環境相時代、ルーラ政権 内で生じた確執を思い出させた。  また、12日にビデオカンファレンスを行ったカナダ人の環境活動家セヴァン氏は、1992年の「地球環境サミット」で必要性が認識されたはずの持続可能な開発は、20年後もほとんど進展してないと指摘した。  9歳の時に子供環境運動(ECO)という団体を立ち上げ、自分達でお金を集めて参加した92年の環境会議では、12~13歳の仲間を代表して5分のスピーチを行ったのがセヴァン氏だ。  「私が環境運動をしているのは私自身の将来のため」「ここに立って話をしているのは未来に生きる子供達や世界中の飢えに苦しむ子供達、もう行く ところもなく死に絶えようとしている無数の動物達のため」と語り、「まだ子供の私にはこの危機を救うのに何をしたらいいのかはっきり解らないが、あなたた ち大人も良い解決法を持ってないという事を知って欲しい」「どうやって回復すればよいかわからないものを壊し続けるのはもう止めて」と訴えた12歳の少女 も、今は32歳の2児の母親。  20年の活動を通し、政治家は何も変えてくれない事に気づいたという同氏は、「子供達への愛が、地域社会を動かし、世界を変える行動の原動力」と確信し、「自分達が地域社会に出て行き、自分達が社会を変えていくべき」と訴えた。...