06/03/2026

Ano: 2012

サンミゲル・アルカンジョ市のピニャール移住地は今年、入植50周年を迎える。記念式典は8月5日に行われ、西川一誠福井県知事、西村正日伯友好協会理事長のほか、一般の慶祝団も式典に参加する。場所はコロニア・ピニャール文化体育協会会館。時間は午前9時から。また、50周年記念誌も作成する予定だという。 案内のために本紙を訪れた山下治50周年記念式典実行委員長と徳久俊行記念誌編集長は「記念誌の作成は40周年以来。より現在の状況を重視したものにする」と話す。 同移住地は戦後、日本人の移住の再開により移住振興会社(現・国際協力機構)が伯国各地に造成した移住地の一つ。当時の宮本由太郎福井県人会会長が日本移民 50周年の記念事業としてブラジル福井村を建設したいと進言し母県の賛同を得たことが始まりで、1962年12月、3家族14人が初めて同地に入植し開拓営農を始めた。 その後、南伯農協中央会の企画による第2ピニャールが隣接地に造成され、双方合わせた村づくりが推進された。これまで母県からは県人入植者に対し土地代金の一部補助、電気の導入、会館及び日本語教師宅建設などの援助を受けている。 現在は同地の51家族が文協の会員。これまで手狭だった小中学校が6月に完成するほか、8月には文協敷地内に母県からの資金援助を受け、約1100平方メートルの敷地面積を持つ体育館が完成する。 2012年2月16日付
広島日伯協会主催のアンドウ・ゼンパチ展(共催=ブラジル日本文化福祉協会、ブラジル日本移民史料館。後援=広島県地域政策局、教育委員会、中国新聞社)が、1月17~31日まで広島県庁本館2階の県民ギャラリーで開催された。 広島県出身のアンドウ氏(本名=安藤潔、1983年に83歳で死去)は1924年5月、「大毎移民」の輸送助監督として神戸港を出港。渡伯後は「伯剌西爾時報」記者、「日伯新聞」編集長や日本語教師などを務め、人文研の前身だった「土曜会」メンバーでもあった。 同展は、アンドウ氏の地元での開催を以前から関係者らが検討し、ようやく実現したもの。聖市では2010年11月下旬から翌11年1月下旬までの2か月間、リベルダーデ区のブラジル日本移民史料館9階で展示された。 同史料館では、戦前の移民船展などについても日本の関係機関(JICA横浜移民資料館、日伯協会、各都道府県の日伯協会)と連携をさらに深め、協力していくことなどを目的に同展を企画。3月には神戸市の「海外移住と文化の交流センター」での開催も予定されている。 一時帰国した際、同展を視察し関係者と会ったという前史料館運営委員長の栗原猛氏は「今回のアンドウ・ゼンパチ展は、彼が広島出身であるので大きな反響を期待していましたが、主催者の話では入場者は少なく、ゼンパチはもとより移民への関心が残念ながら少ないがゆえに、今一つ盛り上がらなかったとのことです」と会場の様子を本紙に伝えてくれた。 また、会場が県庁のギャラリーだったため若い人たちを集めにくかったことや、写真パネルのみの展示で物品の展示がなかったことも一因している。そのほか、人文研理事の古杉征己氏が資料集めから執筆まで1年間をかけて制作した労作の小冊子『アンドウ・ゼンパチ』が置かれなかったことなどもあり、今後の巡回展示の反省材料となりそうだ。 2012年2月16日付
県人会最年少会長が誕生新会長に38歳の小松ジェニー氏 愛知県人会は12日、同県人会館で定期総会と新年祝賀会を開催し、新会長に38歳の小松清香ジェニー氏が決定した。小松会長はこれまでの4年間、副会長として豊田瑠美前会長を支えてきた。同県人会では2世会長が3代続いており、新執行部の約半数が女性の役員となる。就任あいさつに立った小松会長は涙ぐみながら「愛知県人会は他の県人会からうらやましがられる県人会だ。4年間副会長として、たくさんの人に支えられてきた。私は2歳の子どもの母親でエンジニアとして働く女性でもある。これからはママイ(母親)の目線で、家族に優しい県人会にしていきたい」と自らのビジョンを掲げた。 本紙の取材に対し小松会長は「愛知県人会は事務局が素晴らしい。私は2歳の母親で、現在2人目がお腹の中にいる。到底私一人では何もできない。事務局や役員の皆さんの協力がなければ会長職を引き受けることはできなかった」と流ちょうな日本語で答えた。 小松会長は、県費留学生として1997年に兵庫県の流通科学大学に留学。2002年には文部科学省のプログラムで京都大学大学院に通い、修士号を修得。現在はエンジニアとして多忙な日々を送っている。 就任あいさつで流した涙の理由については「4年間の副会長時代を思い出し、楽しいことと悲しいことが混ざり合って涙になった。また、県人会の会長に選ばれて光栄だという気持ちもあった」と述べた。同県人会は羽田宗義氏、林アンドレ氏、伊藤アンテノール氏、豊田瑠美氏など歴代の会長らが脇を固めて、若い新会長を支えており、小松会長は「新しいことにもどんどん挑戦できる環境」と感謝の意を示した。 また、総会で前会長として最後のあいさつをした豊田氏は「愛知県人会の婦人部は頑張り屋。すべての県人会の中で一番だろう。青年部も新たな会長にも力添えしてほしい」と会員を鼓舞。豊田氏によると「現在も過去の県費留学生などが県人会員として入会してくれて、会員が増えている」という。 さらに、同県人会は子どもを中心に据えた新たな絆を紡ぐ取り組みを開始。この取り組みは豊田前会長が発案し小松新会長が実行委員長となり実施し、「家族で日本語」という子育てイベントを成功に導いた。イベントでは日本昔話の読み聞かせや口腔衛生教室、チャンバラ劇の上映など子育て世代の要望に応え、これまでの県人会になかったイベントは各方面で話題を呼んだ。今年度の開催(8月19日)も総会で決定され、さらに大きな催しとなるとみられる。 このほか総会では11年度事業報告と12年度事業計画を承認し、11年度会計報告と12年度予算案審議も可決された。11年度の支出は13万8607・92レアル。12年度への繰越金は9501・68レアル。12年度予算は14万7200レアル。 同県人会は収入のほとんどを県人会館のサーラや駐車場の貸し出しで捻出しているが、会館のINSSの支払いなどで財政の立て直しは急務とされており、昨年一時期は会館の売却のうわさも上がった。小松会長は「県人会の雰囲気は家族のようなものにするが、運営に関してはシビアに考えなくてはならない」と表情を引き締めた。 2012年2月16日付
2012年度の総会が行われた栃木県人会館を取材すると、100人以上収容できる広い同会館は会員であふれ返っていた。同県人会が20年以上主催している「焼きそば祭りは、きょうだったかしら」と思ってしまう程の人数に驚いた。特に若い世代の参加者が多いことに感心していると、坂本会長は「彼女は研修生OGの○○さん、彼は県費留学生OBの○○さん」と県人子弟を何人も紹介してくれた。各人の名前を覚えることは大変なことだが、どうりで若い世代に人気があるわけだ。 ◎ 坂本会長自身も県費留学生として母県を訪問したことがある。県人会が推薦し、母県からの補助を受け日本で学んだ若者の帰国後の姿勢については、複数の県人会が頭を抱えているようだ。県人会側は総会や催しへの参加、県人会への理解を求める一方、留学生や研修生のOB、OGは仕事や育児で忙しいといった理由から、なかなか県人会とかかわりを持てないという現状がある。坂本会長は「1世を敬い、母県を思っている」と口には出さないが、1世が築き継承し続けてきた県人会を守り、受け継いでいきたいという気持ちが伝わってくる。若い世代の支持を確立し、活気にあふれている栃木県人会。今後も日系団体がたどるべき道の一つを示してくれることと期待したい。 2012年2月15日付
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 〃福井村〃として知られる聖州サンミゲル・アルカンジョ市のコロニア・ピニャール移住地が今年で入植50年目を迎えるにあたり、ピニャール文化体育協会(西川修治会長、約50家族)は『入植50周年記念式典』を8月5日、同地文協会館で開催する。JICAの前身である移住振興会社の直轄移住地として開発された同地。62年12月に福井県から3家族14人が第一陣として入植したことから歴史が始まった。先没者法要後、記念式典に移り、功労者並びに高齢者表彰をおこなう。また50周年を記念し、体育館が会館の隣に建設が進められており、式典後に落成式が挙行される。体育館内で昼食会後、記念演芸会を行う。日本からは西川一誠福井県知事と田中敏幸同県会議長、福井県日伯友好協会会長らが出席する。また、現在移住地に住む会員家族の写真などを載せた記念誌の作成を進めており、式典当日に配布される。日ポ両語で500部を印刷する。案内のため来社した徳久俊行副会長、山下治祭典実行委員長は「今年は市内の学校も複数新設、改装されるなど全体で盛り上がりを見せる。縁のある人に多く訪れてほしい」と出席を呼びかけている。
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 東日本大震災で失われた宮城県名取市の海岸林の再生を目指し、公益財団法人オイスカ(中野良子会長)が『海岸林再生プロジェクト10カ年計画』を実施している。10年間で50万本の植林を目指す。海岸を覆う松林は長年、飛砂、塩害、強風、高潮から住民を守ってきたが、「今では潮風が直撃し、買ったばかりの自転車や10円玉がさびるほど」と来社した渡邊忠副理事長は話す。「海岸に近い仙台空港は東北の流通の中心。この状態では生活だけでなく、復興にも支障をきたす」と危機感を募らせる。悪化する被害に海岸林の必要性を痛感した住民からも「自分たちの手で林の復活を」との声が届くようになり、昨年5月に事業を開始した。被害面積は約3600ヘクタール、再生には約600万本の苗木が必要と見込まれている。まずは50万本を目指し苗木を生産。事業を担う農家に資金や資機材を支援し、被災者の生計支援にも繋げる。「目標は10年間で10億円を集めること。6月に開かれる国連持続可能な開発会議(リオ+20)でも事業を紹介する」。海外メディアも利用し、様々な機会を通じて呼びかける方針だ。マツは育苗でも3年、植樹後成木するまで約20~30年はかかると言われることから「次の世代に残す、生きた遺産と思って地道にやる。日系社会の皆さんにも協力して頂きたい」と協力を呼びかける。当地資金集めの窓口となる宮城県人会の中沢宏一会長は「被害を受けた他の地域にとってもモデルケースとなる」と話している。事業内容はサイト=www.oisca.org/kaiganrinでも確認できる。
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 【ミナス発】今月3~5日にミナス州ベロオリゾンテであった『第1回日本祭り』を主催したミナス日伯文化協会(高根昭秀会長)。同市や近郊に住む人を中心に約240家族の会員がおり、日語モデル校の運営、文化祭、食祭、運動会、敬老会を開催するなど日本文化を市民に紹介し、継承に励んでいる。ミナス州内には約20の日系団体があり、互いにイベントに招待するなど交流が行なわれている。 会員は二、三世が中心で非日系もいる。婦人部、青年部もあり、ソフトボール、剣道、居合道、コーラス、踊り、カラオケなど文武両面で活動している。日本祭りではそれぞれが日頃の練習の成果を披露、太鼓グループ「雷鬼太鼓」は3日連続で舞台に立ち、トリを飾るなど大いに注目を集めた。グループの大半を占める非日系のメンバーは「日本文化に興味がある」と目を輝かせる。モデル校の生徒は日系、非日系が約半数ずつだが、長年教師を務める宮本君代さん(66、兵庫)は「子供の数が減って非日系が増え、彼らのほうが熱心」と話す。年初に登録する人は毎年100人前後に上るほどの人気だ。また州内の日語学校5校を集め、年に2回勉強会も開いている。会館内には複数の教室、職員室を設け、宮本さん含め3人の教師がいる。希望者が一定数集まれば、そろばん、習字、折り紙などの教室も開く。会館は市内の高台にあり、08年には百周年を記念して、親日家だったウジミナス社の元社長、故リナルド・カンポス・ソアーレス氏の呼びかけで、複数の日系企業からの寄付による舞台や会議室のある建物が新築された。フットサルコートやプールもあり、主な活動の場となっている。赤木文雄副会長(73、熊本)は「小さいながらも活動は盛んですね」と笑顔を見せる。来年の日本祭りは、市の観光局とウィルソン・ブルーメル在ベロオリゾンテ名誉総領事が、すでに開催を宣言している。赤木副会長によれば、今年の日本祭りは概算で赤字は出なかったといい、来年に向けては「今回は準備日数が少なく州内の日系団体が参加できなかったが、次は参加を呼びかけていきたい」と展望を語った。 日本移民、企業の歴史が一冊に=ミナス文協が百年史を発行 ミナスジェライス州に根付いた日本移民や日系企業の歴史をまとめた書籍『A Presenca Japonesa em Minas Gerais – Imigracao e investimento 1908-2008』が昨年4月、ミナス日伯文化協会から刊行された。全420頁で、全編ポ語。08年の移民百周年にあたり、同地でも記念事業を行なおうと州内日系団体代表が話し合い様々な意見が出たが、日本庭園の建設、移民史の発刊にしぼることに決まり、執筆が進められてきた。「ミナスでの日本移民」「ミナスへの日系企業の投資」の2部構成。戦前、戦後のミナスの日本人移住史、日伯の経済関係、日系企業の経済活動などが網羅されており、年代ごとに詳しくまとめられている。同文協理事で著者の岡崎みち子氏(二世)は長年大学で教鞭を取っており、ミナス州の工業連盟に勤務していた経験もある。ミナス州の図書館や日系団体、サンパウロの文協に無償で提供され、ミナス文協で販売している。価格は45レアル。希望者は文協(電話=31・3428・1690、メール=contato@amcnb.com.br、日本語可)で注文できる。
【大阪発】沖縄振興に尽力した関係者への感謝と沖縄本土復帰40周年を記念した観光イベント「沖縄ナイト」が、1月26日午後6時から大阪市梅田のザ・リッツカールトン大阪で開催され、沖縄県の仲井眞弘多県知事をはじめ、旅行・行政や沖縄及び関西在住の県人関係者など約800人が出席した。 同イベントは、沖縄県の観光宣伝を目的とし、今年復帰40周年を迎える同県の観光産業の需要促進強化を図るために大阪と東京(1月27日)の2か所で開かれた。 大阪のイベントでは、会場正面舞台には今年の干支(えと)にちなんで「龍」の図柄があしらわれ、後方では沖縄名産の各種「泡盛」の試飲も行われた。また、舞台上では関西系お笑い芸人による抽選会も行われ、出席した人たちは和やかな雰囲気の中で泡盛やオリオン・ビールを飲みながらの交流を楽しんだ。 あいさつに立った仲井眞県知事は、昨年3月の東日本大震災による被害を振り返った上で「旅行業界にとっても苦しい1年だったが、沖縄の特産品をさらにアピールしていくことを目的に、皆さんと一緒に努力していきたい」と述べ、関係者へのさらなる協力を呼びかけた。 仲間とともに出席した大阪沖縄県人会連合会名誉顧問の屋良朝光(やら・ちょうこう)さん(85)は、13歳で沖縄県を離れ大阪に出てきたという。「当時は言葉や習慣も違い、我々ウチナーンチュに対して偏見があったことも仕方がないと思っている。現在、(普天間)基地問題などが大きな話題となっているが、平和を守っていくという意味でも沖縄県に対する大きな評価になっているのでは」と屋良さんは自身の考えを示した上で、同イベントなどで沖縄県産品が広く一般に広がっていることを喜んでいた。 2012年2月15日付
【一部既報】1月29日に行われた在伯栃木県人会(坂本アウグスト進会長)の2012年度総会及び新年祝賀会には、家族連れで出席する会員の姿が多くみられた。 総会で5期目の就任が決まった坂本会長は、同県の県費留学生OB。総会当日は、坂本会長と同様に県費留学の経験がある県人子弟のほか、研修生や技術研修生として日本で学んだ若者も多数来場した。 坂本会長によると、昨年1年間に死去した同県人会の1世は現職の役員を含めて6人。坂本会長は「1世の人はだんだん会に来られなくなったり、亡くなったりして寂しくなってきている」と声を落とした。また、栃木県はかつて移民として渡伯した県人数が少ないため、1世の数は年を追うごとに減っている。 そういった状況下で県人会のかじ取りを担っている2世の坂本会長は、「母県からは若い世代の育成を頼まれている」と説明し、2世以降の県人子弟が参加しやすい県人会作りを目指しているとした。そんな会長に対して会員からは「日本を思う気持ちと県人会を思う気持ちは同じ。坂本会長だと安心できる」といった声も聞こえてくる。その声に比例するかのように総会の出席者は毎年増えており、4年ほど前からは会員の6割以上に相当する約130人が出席しているという。 また同県人会の青年部には、聖市内や聖市近郊在住の県人子弟約150人が所属し、半数の約80人が県人会の催しに毎回参加している。年間行事の中には、青年部が音頭を取る催しもある。また、今年の総会後に行われたビンゴでは役員が青年部員へ協力を呼びかけ、集まった若者が手際良く進行した。ある1世の役員は「2世の会長だと、2世以降が集まってくる」と話し、多くの若い世代の参加を歓迎していた。 2012年2月15日付
草の根協力の署名式の場で大部一秋総領事に、非公式で行われた先日の日系団体と日本企業の懇親会の目的を聞くと「互いの信頼関係を構築するため」という返答だった。日系社会と日本企業。双方の要望(ニーズ)がかみ合っていない現状を打破するために、まずはコミュニケーションを図ろうという狙いだ。さて、いち早く双方の思いが重なり、飛躍の時を迎えようとしているのが「フェスティバル・ド・ジャポン」。特に今年は企業側の要望に応えたイベントに発展し、国内外への発信力も高まるだろう。企業もいち早く支援を決めているようだ。もちろん、そこには県連執行部の熱意と営業努力も忘れてはならない。 ◎ そうした中、モザイク子は駐在員と日系人は草の根協力ならぬ、草の根交流を生活レベルで行っていくことを提案したい。双方が求める要望を考えてみると、きっかけはあるはず。駐在員の家族は、サンパウロでの生活や子育てなどについて悩みが無いはずはない。絆は母親同士の交わりから生まれることが多い。愛知県人会では、昨年から子どもを中心とした心温まる催しが始まった。この催しは子育て真っ盛りの両親や子育てを終えた高齢者が気楽に集うもので、参加者は子育ての喜びと悩みを分かち合い、高齢者は知恵を授ける代わりに孤独を忘れ、さらには新たな絆が生まれるという機能を持つ。同県人会の新たな試みに対し、世代間や日系社会での新たな交流を促進する可能性を感じている。 2012年2月14日
ニッケイ新聞 2012年2月14日付け 鳥取県人会は記念植樹事業「鳥取の森」をモジ市に設置することを検討している。聖州環境局森林院の元総裁、山添源二副会長の企画によるもので、約60樹種を植樹、「伐採せずに森林の恵みを利用することで運営する多目的林業のモデルケースを目指す」とか。昨年県に打診したが、色よい返事はなかった。本橋幹久会長は「百周年を目指し頑張る。次の世代に残す財産だから、県と一緒にやってこそ意味がある」と40年後を見据える。確かに県人会がなくなっても森は残る!?
ニッケイ新聞 2012年2月14日付け ブラジル佐賀県文化協会(吉村幸之会長)は「定期総会」を26日午前10時半(第1次召集)、同会会館(Rua Pandia Calogeras, 108, Aclimacao)で開く。昨年度の事業・決算報告、本年度事業計画・予算案審議のほか、役員改選。終了後は新年祝賀会(会費15レアル)がある。役員改選にあたり、希望者は17日までにシャッパを事務局に提出のこと。詳細は同会(11・3208・7254)まで。
ニッケイ新聞 2012年2月14日付け 鳥取県人会(本橋幹久会長)は12日、同会館で定期総会を開き約70人が出席した。今年創立から60周年を迎えるにあたり、11月11日に式典が催されるほか、記念事業として会館の増改築と消火設備の完備、記念植樹が検討されている。本橋会長は増改築の理由として、外観の傷み、事務所が2階にあることによる使い難さや狭さを挙げた。また、約10年前の増改築で、防火設備が義務付けられる敷地の広さ750平方米を上回ったため「設備を整えていない団体は多いが、公の機関としてやるべき」と負担増を覚悟で決議した。完成予定は築20年を迎える3年半後。県からは予算の4分の1が補助される見込み。記念植樹事業は「ただ式典をやるだけではなく、日本から来た人の想いが残せるように」との願いから実施を決めた。なお、同県の青少年サッカークラブ「ガイナーレ鳥取」がG2に参入したことを機に、伯国のクラブとの交流も検討中だという。昨年度の収入は約35万3600レアル、支出は約18万8300レ、約16万5300レが本年度会計に繰り越される。総会後は新年親睦会が開かれ、約150人が集い食事やアトラクションを楽しんだ。
「移民のふるさと」と称されるグァタパラ移住地の入植50周年記念祭典が、7月21、22日の両日にわたってグァタパラ農事文化体育協会(川上淳会長)会館を中心に開催され、記念式典、慰霊祭、農産展などが行われる。 祭典の日程は、7月21日午前10時からグァタパラ墓地での慰霊祭の後、同10時40分から市公園と記念モニュメントの除幕式及び譲渡式が実施される。引き続き、記念式典(同11時20分)、昼食会・農産展・作品展(午後1時)、記念演芸会(同2時)、盆踊り大会(同6時)が予定されている。 翌22日は、午前10時から農産展・作品展、午後1時から記念演芸会、同5時から盆踊り・夕食会がそれぞれ行われる予定。半世紀の節目となる今回の祭典では、昨年11月に鳥居が建立されたという同市公園の除幕式と、1964年1月に当時のクビチェック大統領を迎えて行われた入植祭で始動された揚水ポンプを、記念モニュメントとして市に譲渡するセレモニーが注目されそうだ。 また、記念祭典に向けて現在、会館周辺のインフラ整備を行っているほか、来年度には「グァタパラ移住地50年史」の編纂も計画されており、今後編纂委員会を立ち上げる予定だ。 案内に来社した川上会長、総務代行の脇山俊吾、岸田博志の両氏、財務担当の岡田一郎氏の4人によると、60年代の全盛期に135あった移住地の家族数は、現在98家族に減っているという。 川上会長は、「グァタパラを育てていただいた人々への 周年の感謝の気持ちを込めて、7月の祭典には縁のある方々に集まっていただき、小さな移住地なので身の丈に合った記念事業を行いたい」と述べ、関係者の来場と協力を呼びかけている。 2012年2月14日付
ニッケイ新聞 2012年2月11日付け 長崎県人会が昨年6月に開催した『ちゃんぽん祭り』には会員74人が手伝いに参加、一昨年に再結成された婦人部が 中心となって切り盛りした。事情を知る多くの人が会場で麺を啜って〃支援〃した。苦しい台所事情にも関わらず、その純益5千レアルは全額、東日本大震災の義捐金に。今年は式典準備のため、同祭は催されないというが、自利利他を実践した同県人会の活動に今後も期待したい。
ニッケイ新聞 2012年2月11日付け ブラジル高知県人会(片山アルナルド会長)は定期総会を26日午前9時半(第1次召集)、同会会館(Rua dos Miranhas, 196, Pinheiros)で開催する。昨年度会計・事業報告、本年度予算案・事業計画審議、役員・幹事の選出。正午から一品持ち寄りの新年会を開く。詳細は同会(11・3031・6799)まで。
ニッケイ新聞 2012年2月11日付け 「明けない夜はない」――。先月29日にあった長崎県人会の総会で続投が決まった川添博会長は、08年末の会計不祥事に端を発した一連の騒動に、一応の区切りがついたことを宣言した。昨年度会計では約9万レアルの黒字を計上、9月の中村法道知事を招いた『会創立50周年式典』開催に向け、会員一丸となることを呼びかけた。「ようやく活動が正常化する」と出席した約30人の会員らと共に胸を撫で下ろした。 元会計理事らの横領問題発覚後、会の銀行口座残金はわずか1600レ。09年には県の補助金も一時止まり、婦人会は解散、会の存続自体も危ぶまれた。役員らが赤字や活動費を自費で賄う状態が続くなか、会館の貸し出しを決定、リベルダーデ区に事務所を移し、態勢の建て直しを図った。10年末から貸出しを始めた家賃収入が約8万に上ったこともあり、昨年度の収入は約17万2千レ、9万1千レを繰越す黒字会計を報告した。本年度事業計画では、「創立50周年式典」を9月2日に開催をすることを決議。記念誌作成のほか、中村法道知事ら慶祝団の出席が決まった。本年度予算は、50周年事業費12万レを含む27万9千レを計上。母県からは例年の補助金1万5千レに加え、特別助成金が5万7千レ。母県からの強い後押しを受けた格好だ。横領問題に関して、除名処分となった中野恵市元会長、今井千兼子元会計理事らを相手取った民事裁判は、昨年5月に第一審で勝訴。しかし、相手側の控訴で第二審へと進んでいる状況が説明された。川添会長は「皆さんの参加が大切です。50周年を盛り上げましょう」と会長就任あいさつ、今後一層の積極的な協力を呼びかけた。◎【会長】川添博【副会長】第1=栗崎邦彦、第2=大河正夫【会計】第1=森繁親、第2=大河ファッチマ【監査】高木政親、丹生登、山下広(任期2年、敬称略)。
ブラジルで活躍する信州人(長野県出身者)を母県に紹介するため、長野県の民放テレビ局「長野朝日放送」スタッフ一行が8日、伯国入りした。 これは同局が月に1回、火曜午後7時~7時54分に放送している情報番組「おぉ!信州人」の海外取材で、番組では毎回、同局のアナウンサーが国内外を旅し、その地で頑張っている信州人に出会うという企画が組まれている。これまでの海外取材はベトナム、台湾、ネパールなどアジアのみで、今回が初の南米取材となる。 伯国を訪れたのは山口哲顧(てつみ)制作部副部長ほか2人で、北沢重喜長野県人会長の案内で本紙を訪問。「番組が始まる頃から、移住者の多いブラジルは取材候補に挙がっていた」と話す。番組スタッフは21日までブラジルで活躍する信州人を追いかけるためサントス、モジ・ダス・クルーゼス、アチバイア、アリアンサ移住地、リオなどで取材する。なお、ブラジル取材した回の放送日は3月6日を予定している。 2012年2月11日付
ニッケイ新聞 2012年2月10日付け ミナスジェライス州ベロオリゾンテ市の展示場「EXPOMINAS」で今月3~5日に開かれた『第一回日本祭り』の初日、ウジミナス社と日本祭り実行委員会の主催で経済フォーラム「Painel Economico Minas-Japao」が開かれた。両国の企業家、政府関係者ら約420人が集まり、熱心に耳を傾けた。 コーディネーターを務めた同社の浜田ゆかり氏によれば、就任して間もない在ベロオリゾンテ名誉総領事の前ウジミナス社社長、ウィルソン・ブルーメル氏と渡邉優・在リオデジャネイロ総領事やブラジルに進出する日系企業などに対し、ミナス・日本の連携で成功した例や、同州でのビジネスチャンスなどを紹介することが目的。フォーラムは軍警吹奏楽団による日伯両国歌の演奏で幕開け。ウジミナス社の新社長に先月就任したアルゼンチン人のジュリアン・エグレン氏は、同社が今年で創業50年目を迎えるにあたり、「日本と我が州連携の永遠のシンボル。これからも、日本企業とは何年にもわたってともに働きたい」と挨拶した。最初に州経済開発局のドロテア・ウェルネック局長、州工業連盟のオラーボ・マシャード会長が伯国やミナス州への投資のメリットについて講演。ミナス州を「地理的に物流の中心になる地」と説明し、JICAから協力を得ているSENAIを通じた職業訓練、人材育成への取り組みを紹介した。ブルーメル氏は「ミナス州は発展のため全ての条件が揃っている」とした上で、「ミナスの人と日本人は礼儀を重んじたり勤勉だという点で、性質が似ている」と指摘した。日伯セルロース(CENIBRA)のパウロ・ブラント社長は「39年前から日本企業とともにセルロースを生産し、徐々に成長、今ではブラジルで1位となった」と胸を張った。BHから110キロのジェセアバ市でシームレスパイプを製造する住友金属とフランスのVallourecグループの合弁企業「Vallourec & Sumitomo Tubos do Brasil」社の社長、タンクレード・マルチンス氏は同社の事業内容を説明。50億レアルの投資で昨年9月に工場が設立されており、今年度の展望としてマルチンス社長は、「高い技術と省エネルギー、原料の再利用により高品質の製品が生産できる」とアピールし、顧客の評価を得たいとした。ブラジル工業連盟(CNI)のロブソン・ブラーガ会長は「ビジネス継続のためには経済だけでなく、文化交流も重要」などとのべ、「ミナスと日本の関係は最も良い例」と賞賛した。フォーラム終了後はブルーメル氏の名誉総領事就任セレモニーが行なわれ、マルシオ・ラセルダ・ベロオリゾンテ市長、三輪昭在ブラジル大使らが挨拶した後、アントニオ・アナスタジア州知事が「サンパウロ、パラナ州の日系社会は力があるが、ミナスと日本の経済的結びつきも強い。発展は約束されている」と締めくくり、一同で鏡割りを行ない、閉幕した。