06/03/2026

Ano: 2012

ニッケイ新聞 2012年1月25日付け 「世界若者ウチナーンチュ連合会本部」は昨年10月に設立され、若者を中心に30人が所属。他国では、北米、南米4カ国、イギリスなど8支部がある。メンバーらは昨年のウチナーンチュ大会では若者交流プログラムの企画・運営を行ったそう。今年7月に伯国で開催される若者ウチナーンチュ大会は、来年は米国、続いてイギリス、フィリピンで開催を予定。若干24歳の玉元三奈美局長からは、おっとりした口調ながらも「事業を通じて世界平和を実現したい」と内に秘めた若者らしい熱さを感じた。
ニッケイ新聞 2012年1月25日付け 土曜日(28日) 和楽団「ジャパン・マーベラス」サンパウロ公演、午後7時半、文協大講堂(Rua Sao Joaquim, 381, Liberdade) 日曜日(29日) 茨城県人会定期総会、午前9時半(第1次招集)、同会(Rua Bueno de Andrade, 756, Aclimacao)◎福島県人会定期総会、午前10時(第1次招集)、同会(Rua da Gloria, 721)◎福井県人会総会、午前10時(第1次召集)、同会(Rua...
ニッケイ新聞 2012年1月25日付け 南米に住む沖縄県系人の若者の交流、沖縄文化の継承など目的に07年に始まり、今年で5回目を迎える『ニセーターツアー』が今月19~29日までサンパウロで実施されており、開会式が20日夜、リベルダーデ区の沖縄県人会館ホールで開かれた。各国の県人会が毎年持ち回りで行っており、今回はブラジル沖縄県人会が後援。研修や留学等を経験した若者が主体で、11人のブラジル人、1人のアルゼンチン人の若者が実行委員を務める。今回は亜国から5人、ボリビアから7人、ペルーから2人、地元伯国からは聖州各地、カンポグランデなどから43人が参加しているほか、日本から「世界若者ウチナーンチュ連合会沖縄本部」事務局長の玉元三奈美さん(24、うるま市)ら5人が来伯した。一行は23日までサンパウロの沖縄県人宅にホームステイし、24日からジアデーマの沖縄文化センターに移動、寝食をともにし、様々なプログラムを行う。20日朝から県人会本部に集合し、午後から、会議室で各国代表者がそれぞれの国をパワーポイントで紹介した。玉元さんは「小さな島だが素晴らしいところ」と話し、沖縄の歴史や自然、世界遺産、伝統芸能などを紹介した。「エイサーをやっている人は?」との質問には複数の手が挙がり、「カチャーシーはかき混ぜるという意味です」と説明され、参加者は立ち上がって実際やってみるなど、和やかな雰囲気に包まれた。その後、参加者はホールに下り記念撮影を行い、一人ひとり自己紹介した後、夕食を楽しんだ。初来伯したという沖縄県文化観光スポーツ部交流推進課の横山貴彦主任(36、山口)は、ツアーに同行する一方で、7月に実施予定の海外県系人子弟を沖縄に招待するジュニアスタディーツアーのための視察や、交流事業全般について県人会幹部と協議する。「南米の人はバイタリティがあって刺激になる」と感想をのべ、「日系社会とのネットワークを作ることが県の政策課題」と意欲を見せた。「友達をたくさん作りたい」と期待を膨らませるカンピーナス在住のクシ・ミユキさん(18、三世)は、「ウチナーンチュの文化を知りたい」と友人6人で参加。太鼓のグループに12年所属しており「夢は沖縄に行くこと」と満面の笑顔を見せた。玉元さんらの来伯は、今年7月に予定されている「ブラジル・若者ウチナーンチュ大会」の事前視察も兼ねており、「南米の方が沖縄らしいとよく言われているが、それを肌で感じたかった」と思いを語り、大会へ繋げる考えだ。
福井県が体育館を寄贈 【吉永拓哉福岡支局長】福井県の移住者たちが開拓した聖州コロニア・ピニャール(福井村)が今年入植50周年を迎える。8月5日の50周年式典に合わせ、同地に建設中の福井村体育館の落成式が行われる予定だ。 母県では入植50周年にあたって同体育館への補助金を送り、今年は30人の訪伯慶祝団を編成するという。現在、福井村では26家族の福井県人が暮らしており、母県との絆(きずな)を次世代へと託そうと、県人子弟の後継者の育成に励んでいる。 母県にある福井県日伯友好協会(前田康博会長)の山本達雄事務局長は、入植50周年に際し「今年は一人でも多くブラジルへお祝いに行こうと思っている。そして、同体育館への寄付金をもっと集めて、福井村の皆さんを喜ばせたい」と張り切っている。 2012年1月25日付
ニッケイ新聞 2012年1月24日付け  ブラジル愛知県人会(豊田瑠美会長)が『定期総会および新年祝賀会』を、2月12日午前10時(9時半受付)から同県人会館大サロン(Rua Santa Luia 74, Liberdade)で開催する。 祝賀会の参加費は一人25レアル、70歳以上は20レ。申込み締め切り2月8日。抽選会用に、家庭の不利用品の持ち寄り協力を呼びかけている。 議題は2011年度事業および会計報告、12年度事業および予算審議、役員改選。 祝賀会では弁当や雑煮が振舞われ、エトアール楽団による歌謡ショー、花柳流なでしこ会による舞踊、抽選会やビンゴなど余興、1袋(400グラム)5レアルで白餅の販売もある(8日までに要予約)。 年会費の支払いも当日受け付ける。75歳未満は60レ、75歳以上30レ。 申込みは同県人会(11・3241・2782、3104・8392)まで。
ニッケイ新聞 2012年1月24日付け  ブラジル岩手県人会(千田曠曉会長)は、定期総会を22日、聖市の同会館で行った。一次召集の午前9時半には会員が集まらず、10時45分から開始。総会には25人が出席した。 千田会長は冒頭の挨拶で昨年3月に母県を襲った東日本大震災を振り返りつつ、義捐金活動などに協力した会員に感謝の意を述べた。 同会の昨年度の収入は約9万レアル、支出は約8万8500レだった。母県からの補助金は震災の影響でなかったため、50周年記念式典の余剰金1万ドルを補填。会館貸出しを積極的に行うなどして黒字となった。 今年度予算は10万レを計上。5月に開催する「わんこそば大会」では、岩手日報社の協力による震災復興写真展を計画。また、昨年12月に催した餅つき大会を発展させ、9月に「餅祭り」を行う予定だ。 11年度事業・収支報告、12年度事業計画・予算案ともに拍手で承認された。 役員からは、県人会基金の創設が提案された。イベントの収益を積み立てて、会員旅行の費用などに充てるというもので「特に若い人達はいつも手伝ってもらっている。会員に還元したい」と千田会長は理由を述べた。 反対意見はなかったが、会員からは「意見がまだ出切っていない。慎重に決めるべき」との声もあり、創設時期や規模については今後話し合われる。 総会後の新年会には約50人が訪れ、太鼓の演奏やビンゴを楽しみながら、会員が持ち寄った料理を囲み談笑した。
来年伯国で第1回若者大会決まる 南米のウチナーンチュの子孫に、沖縄の文化や習慣などを継承してもらうことを目的に2007年から開催されている「ニーセーターツアー」が19日からサンパウロで開かれている。この催しに「世界若者ウチナーンチュ連合会」の沖縄本部若者・学生事務局長の玉元三奈美さん(24)と広報の宮城祥さん(25)が参加している。 同連合会は11年10月に海外23か国2地域から約5200人が集まり開催された「第5回世界のウチナーンチュ大会」をきっかけに設立されたもので、「若者ウチナーンチュ大会」を毎年、大陸ごとに開催することを目指しており、来年ブラジルで第1回大会を開催する。 このほか、ウチナーフィルムフェスティバル(映画祭)、ウチナーグチ世界大会、沖縄ゆいまーるコレクション(ファッションショー)、カチャーシー大会など沖縄文化のオリンピックにあたるウチーナーンピックの開催構想を掲げている。 初めてブラジルを訪れた玉元さんと宮城さんは、若者・学生事務局設立の経緯を「ウチナーンチュ大会は5年に1回しかなく、1回の大会が打ち上げ花火で終わっているという印象を感じていた。第4回大会からアイデンティティーの継承が掲げられたが、それにはもっと世界中の若者の交流が活発でなければならない。毎年開催する若者のウチナーンチュ大会とネットワークの確立が必要だと感じた」と熱く語る。 同事務局は現在、20人のボランティアスタッフで運営しており、「若者ウチナーンチュ大会」の開催に向けて、県内で様々なイベントや講演会などを行っている。 今回初めてブラジルを訪れたのは、ウチナーンチュネットワークを強固なものにし、「第1回若者ウチナーンチュ大会inブラジル」の企画や運営についても話し合うため。 2人は「南米の若者と出会ったばかりだが、私たちはポルトガル語が話せない。これは大きな課題。すでに事務局内では日本語と英語とウチナーグチ(沖縄方言)の三つの言葉に加えて、さらにもう1か国語を話せなくてはいけないだろうという結論に達している」とネットワーク構築には多言語の必要性があると再認識していた。 沖縄県は同事務局からウチーナーンピックの開催提言などを受け取っており、今回のニーセーターツアーにも文化観光スポーツ部交流推進課の横山貴彦さんが視察に訪れた。横山氏は「県も世界中の沖縄県系との方との交流は大きな施策の一つ。今回は視察として参加したが、今後継続的な交換留学などができれば」と声を弾ませた。 同事務局は海外の若者とソーシャルネットワークメディア「フェイスブック」などを使い連携を促進しており、すでに「世界若者ウチナーンチュ連合会」への登録者は760人を超えた。それに応えるかのように、ペルー、ボリビアなど南米各国でウチナーンチュ連合青年会が発足している。ブラジルでも活動が活発になっており、今回のニーセーターツアーが発足の足がかりになるかもしれない。 2012年1月24日付
ロベルト・ノリオ学園の訪日団 ブラジル・サンパウロで日系の小学生らが通う「ロベルト・ノリオ学園」校長の山内和子さん(69)と児童らが17日、来県した。昨年10月にサンパウロで開かれたブラジル新潟県人会創55 周年記念式典の本県からの参加者らを訪ね、新潟市江南区の北方文化博物館を訪れた。20日まで上越市内に滞在し、雪遊びなどを楽しむ予定。 県人会には山内さんの夫の淳さん(80)が所属。淳さんの母親が現在の魚沼市出身という。また、山内さんは長男のロベルト・則夫さん(享年18)を1991年に白血病で亡くしたが、則夫さんが新潟市内の病院に入院していたため、同市に半年間滞在した縁もある。 一行は山内さんと小学校4、5年の3人、教職員の1人の計5人。同学園が以前から交流のある福島県会津坂下町の小学校と交流後、来県した。 同博物館では、いろりにあたりながら建物の説明を受け、100畳の大広間などを見て回った。山内さんは「子どもたちにはブラジルで体験できない雪国の生活を知って、国際理解に役立ててほしい」と話していた。 スノボ、そり滑り満喫 雪国の生活や文化を学ぶためブラジル・サンパウロから来日中の日系児童ら5人が19日、上越市安塚区のキューピットバレイスキー場で雪遊びを体験した。晴れ渡ったゲレンデでそり遊びやスノーボードを楽しみ、歓声を響かせた。 訪れたのは、ロベルト・ノリオ学園のレイラ・タカハシ・ハジバさん(10)とリラさん(9)の姉妹、ビトール・ヒデキ・シミズ君(9)の児童3人と、校長の山内和子さん(69)、教職員のシンチャ・ルミ・青木さん(30)。 子どもたちは一面の銀世界を見て「ブラジルと全然景色が違う」と目を丸くし、そり遊びで約30度の斜面を滑り降りると「面白い」と大はしゃぎ。転びながら繰り返し滑った。スノーボードは、バランスを取るのに苦労しながら果敢に挑戦した。 ハジバさんとリラさんは「そりは怖くなかったし、スノーボードも2年ぶりで面白かった」と話し、シミズ君は「スノーボードは初めてだったけど、最高に面白かった」と笑顔を見せた。 一行は昨年10月にサンパウロで開かれたブラジル新潟県人会創立55周年記念式典が縁で来県し、以前から交流を続けている福島県会津坂下町の小学校を訪ね、17日に新潟入り。20日まで安塚に滞在し、21日に帰国する予定。 2012年1月24日付
「世界若者ウチナーンチュ連合会」の沖縄本部若者・学生事務局長の玉元さんは社会人で、宮城さんは学生。それぞれ本業とのかけ持ちで毎日忙しい日々を過ごす。宮城さんはウチナーンチュ大会で海外の若者と接すると「沖縄の若者の方がアイデンティティーが弱い」と指摘を受け、「悔しくて今はたくさん勉強している」そうだ。海外でネットワークを作るのと同様に、今後は県内の人材育成も大事な仕事の一つになるだろう。彼らの挑戦は大きい。だが、若い彼らの心に宿った家族と豊かな自然を大切に思う沖縄の真心「チムグクル」がすべてを動かすだろう。 2012年1月24日付
25日の「サンパウロ市制記念日」に休業となる日系団体は以下の通り。在サンパウロ総領事館、文協、援協、県連、ブラジル日本商工会議所。県連事務局の伊東信比古さんによると、各県人会の事務局の多くも25日は休業するという。また、文協は全館休館となるため25日の利用は受け付けないほか、援協傘下の日伯友好病院は、緊急患者のみの受け付けとなる。 2012年1月21日付
いよいよコロニアの各団体の総会シーズンに入る。今年は22日に開かれる岩手県人会を皮切りに、3月までほぼ毎週続く。まだ開催日が未定の団体もあるが、現在のところ最も総会が多く開催されるのが1月29日で、青森、秋田、宮城、福島、茨城、群馬、栃木、福井、長野、和歌山、長崎、熊本の各県人会で開催される。また、役員改選が行われるのは、青森、宮城、秋田、栃木、千葉、東京、神奈川、愛知、三重、大阪、岡山、香川、高知、福岡、佐賀、長崎、大分など。今年の改選では元会長が継続すると思われる県がほとんどだが、新たな世代にバトンを託す県もある。また、議題の内容によっては総会が紛糾するであろう県もある。コロニアの熱いドラマは夏に起こる。 2012年1月21日付
1か月400~500レが相場 昨年1年間の不動産価格動向を示すFipeZap指数によると、大サンパウロ都市圏はアパートの1平方メートル当たり平均価格は27%の上昇率を記録した。現在、そのあおりを受ける形で、比較的安い価格で賃貸できる各県人会の宿泊施設がこれまで以上に注目を浴びているようだ。ほとんどの県人会が満室になっており、利用者は県人会の子弟や地方から聖市に出てきた大学生が多い。 長期で滞在者が多いのが特徴だ。しかし、物価上昇に合わせて値上げを行う県人会も多い。(本文中の宿泊料金は1か月単位) 現在、宿泊施設を持っている県人会は北海道、青森、宮城、秋田、茨城、栃木、群馬、千葉、神奈川、山梨、岐阜、静岡、愛知、滋賀、和歌山、広島、山口、香川、福岡、鹿児島の20団体。このうち空室があるのは、茨城、群馬、和歌山にそれぞれ1室ある程度で、「あっと言う間に埋まってしまう」という。 地下鉄アナ・ローザ駅から徒歩5分に位置するの北海道会館の関係者は「うちは女子寮で6部屋個室があるが、空室になることはない。長い人は10年以上住んでいる。主にサンパウロで働いている人が多い。昨年12月まで340レアルだったが、5年ぶりに値上げをした。現在の家賃は1か月420レアル」と話す。 また、リベルダーデに近く立地の良い青森県人会館も女子専用。5部屋あり、すべて相部屋だが空きはない。昨年2月までは350レアルだったが、今年2月からは380レアルになる。玉城道子会長は「値上げはインフレに合わせて半年に1度行っている。最近は値上がりがすごいので、できれば学生さんに住んでほしい。長く住んでいる人から順に入れ替わってもらうようにする」と話す。同県人会では図書館も併設されており、勉強に利用できる。地下鉄サンジョアキン駅まで徒歩5分というのも人気の原因だ。 同じく、リベルダーデ大通り沿いにある静岡県人会館も5部屋すべてが満室。住居者はアパートと比べて安い価格に引かれた社会人だという。家賃は500レアル。事務局は「この時期は入学式の時期なので、学生からの問い合わせも多い」と言う。 長期滞在者やバックパッカーが多いのはパカエンブー区にある鹿児島県人会館。現在15人が宿泊しており、満室だ。市内中心部に近いことで人気が高い。家賃は平均480レアル。プールもありこの時期は宿泊者の人気を博している。 このほか、栃木県人会館は相部屋で1人300レアル。広島文化会館は個室で400レアル。どちらも満室だ。和歌山県人会館は3部屋あり個室で400レアル。最近は利用者の要望に応え、インターネットの無線ランなどを設置する県人会も増えてきている。また、メトロの駅に近い県人会ほど人気が高いようだ。 ある県人会関係者は「電気、ガス、水道の料金も含まれて入るので人気は当分続くだろう。ただ、家賃の値上げも続くだろう」と話した。 2012年1月20日付
多文化共生に一役買う日本で時間厳守の大切さ学ぶ 1年間の日本での留学を終えたレモス・エベルソンさん(34、聖市出身)は、ブラジルに帰国しサンパウロ総合大学に復学。卒業後は在学中から勤めていた設計会社で4年間働いた。 JETプログラムで再び日本へ渡り、国際交流員(CIR)として活動し始めた当初のことを「組織の厳しさや堅さ、物事は計画に沿って最後まで行うことなど、色々びっくりした。柔軟性がないと感じることもあった」と振り返るが、今ではその方針に慣れたという。 日本、ブラジル両国の職場を経験して「ブラジルは役員と従業員の間の距離が大きいように感じる。日本ではコミュニケーションが滑らかに行われており、距離が少ないと思う」と職場環境の違いを述べた。 エベルソンさんによると所属している富山県庁の国際・日本海政策課には30人の職員がいるが、一人ひとりが県庁の状況を把握しているという。「日本人は課長から部下まで個々の繋がりを大事にしている」と話し、「ブラジルの職場では自分のことしか分からないという人が多いのでは」と分析する。 日本では、富山県に限らずブラジル人の多い地域では「多文化共生」に力を入れている。日本人と外国人が同じ地域で生活すると摩擦や問題が生じることが多いが、自治体はより良い状況を作り、互いの付き合いが有意義なものになるよう努めている。 エベルソンさんはブラジル人のための教室を開いたり、相談を受けたりして在日外国人の生活を支援しているほか、日本人へブラジルの文化や習慣を紹介する活動も行っている。 日本で留学生と県庁職員として過ごしたエベルソンさんは「日本で仕事を始めて時間を守ることの大切さを実感した。また、仕事では失敗後の結果が大きい。合気道で技を失敗したとしても、まだ学んでいる途中なので許される。しかし仕事だと同じ失敗を繰り返すと仕事の機会を失ってしまう」と話し、仕事には常に緊張感が付きまとうと述べた。 JETプログラムでの契約は最長5年となっているため、2007年から勤めているエベルソンさんは3月末で任期満了となる。「今から就活です」というエベルソンさんは、4月以降も富山県内での就業を希望している。 日系2世の妻、梓さん(32)は製薬会社で通訳として勤めており、エベルソンさんも再就職に向けて週に1度金沢市へ英語の勉強に通っている。 今後についてエベルソンさんは「日本語の上手な外国人職員は日本に10年ほど滞在している。もっと日本語を身に付けるため、あと5年くらいは日本にいたい」と日本に留まることを希望する一方、「1週間程度で構わないので、年に1度はブラジルに戻りたい」と母国への思いを語った。(おわり) 2012年1月20日付
園田氏が出なければ山田副会長か 「県連会長の続投を拒否しているのが本心なのか」―。園田会長は、これまでも「辞める、辞める」と口では言いながら鹿児島県人会長を続けてきていることから、「本心では続投意欲がありながら、自分の売り時を考えているのではないか」と勘繰られるのだ。確かに、この口癖は以前からのものなのだが、昨年の言動は本音だと言える。だが、鹿児島県人会も県連もきざな言い方だが、「我を捨てて義を取った」。もし、園田氏が会長を続投するとしたら、同じ思いしかないだろう。 執行部が園田氏を口説けなければ、山田康夫氏(滋賀県人会会長)が立候補の意思表示をすることは間違いない。ただ、執行部内で山田氏の評価は分かれているため、山田氏でまとまるとは難しいと見たほうがいいだろう。 県連は事務所を移転し、新たな船出をした。この事務所移転を決めたのは、現執行部だ。フェスティバル・ド・ジャポンも順調に純益を上げ、基金創設も実現させた。執行部がまとまっているからに他ならない。この中で園田会長が支持されるのは、意見集約が上手で、独断で物事を決めず、協議する姿勢を貫いているからだろう。園田会長は目立つことを嫌い、根回しをしながらコツコツと実績を積み上げるタイプだ。 これだけの実績を残し、執行部の団結が固いとなると、中沢宏一氏(宮城県人会長)と言えど、立候補を躊躇せざるを得ない。中沢氏の場合は、県連会長時代に行ったフェスティバル・ド・ジャポンの未払い金が裁判沙汰になっており、県連内部で中沢氏に対する拒否反応がいまだに強いことから、シャッパが組めないと見られている。 このため、谷広海氏(宮崎県人会)と共闘することを考えていた時期があるようだが、谷氏も県連では新人の上、基盤がサンパウロではないため票集めが難しい。その上、谷氏は自分から会長選挙に打って出るという能動的な行動は取らない。文協会長選の時がそうだったが、自分が出たくても出るとは言わず、周囲から押されたために出馬するという形をとる。しかし、今の県連会員では谷氏を押し上げる人はいない。こう考えると、谷氏もよほど強力な支援者が出ない限り、立候補しないと考えていいだろう。2世の会長を擁立する方法もあるが、現執行部では1世会長を推す動きが強く、誰が園田氏の首に鈴をつけるのかが課題になる。 2012年1月27日付
自身の勤める富山県庁について「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)が徹底している」と話す非日系の県庁職員レモス・エベルソンさん。「県民のためには石橋を叩いて渡るのが無難」と日本人でも「性に合わない」という人がいる官庁の役割を理解し、同時に自身の仕事を楽しんでいるようだった。国際交流員としての活動を通じて、1985年の友好提携締結から続いている富山県とサンパウロ州の関係構築に尽力しているが、その温和な人柄と高い言語能力で今後日伯の親善にも寄与してくれることと期待したい。 ◎ どこの県人会宿泊施設でも評判が悪いのは、日本から来た若者たち。「部屋に入ると足の踏み場もないほど散らかし放題。出て行くときもそのままで、どんな教育を受けたのか!」と怒る県人会長が多い。ピッピーまがいのバックパッカーだけではなく、研修生として来伯した女性も結構多い、と嘆く。ブラジルに来て、ちやほやされて有頂天になるので、地に足が着かない生活をするからか。「いや、開発途上国に出て行く若者は向上心がないから仕方がないでしょう」とはある大学の先生の弁。いやな時代になったものである。 2012年1月20日付
ニッケイ新聞 2012年1月19日付け 土曜日(21日) 東京都友会新年会、正午、ニッケイパレスホテル (Rua Galvao Bueno, 425, Liberdade)◎池坊華道会南米支部「初生け新年会」、正午、静岡県人会(Rua Vergueiro, 193, Liberdade) 日曜日(22日) 岩手県人会定期総会・新年会、午前9時半、同県人会(Tomas Gonzaga, 95-M, Liberdade)◎煎茶道静風流ブラジル灯楽会初煎会、午後1時半、大阪なにわ会館(Rua Domingos...
JETプログラムのエベルソン氏USPで日本語を専攻後、日本へ留学 富山県観光・地方振興局国際・日本海政策課には、国際交流員として勤務する非日系ブラジル人がいる。ブラジルで学んだ日本語を流暢に話すレモス・エベルソンさん(34、聖市出身)だ。エベルソンさんを知る富山県人会の中尾契信事務局長は「彼が初めて県人会を訪れたのは1月の暑い日だったが、スーツにネクタイを締めてやって来た。こちらが『ブラジルだからネクタイなんていいんだよ』と言うと、『いいえ、富山県の職員ですから』と誇り高く答えた」という。そんなエベルソンさんへ一時帰国中に話を聞いた。 エベルソンさんは、都道府県などの地方公共団体が主体となって実施している「語学指導等を行う外国青年招致事業」JETプログラムに参加し、富山県庁に派遣された。 JETプログラムは地方公共団体が総務省や外務省、文部科学省、財団法人自治体国際化協会と協力して実施している。1987年度に外国語教育の充実と地域単位での国際交流の進展を図り、日本と諸外国との相互理解の促進と、日本各地の国際化の推進を目的として始まった。25年目となった今年度までにブラジルを含む39か国から4330人を招致している。 職種は小・中・高校で語学指導に従事する外国語指導助手(ALT)と地域において国際交流活動に従事する国際交流員(CIR)、地域でスポーツを通じた国際交流活動に従事するスポーツ国際交流員(SEA)の3種。エベルソンさんは国際交流員として2007年度から5年間の契約で富山県庁に勤めている。 エベルソンさんが日本語に興味を持ったのは中学3年生のころ、学校で知り合った日系人の友人から日本の話を聞いたことがきっかけだった。「日系人といっても日本とのかかわりが薄い人もいるが、友人は祖母と日本へ行ったこともあり日本との繋がりが深かった」。 日本語の勉強はその頃から始めた。最初の4年間は独学で学び、その後サンパウロ総合大学(USP)へ進学。大学では哲学文学人間科学部文学科で日本語とポルトガル語を専攻した。また、大学進学と同時に日本語コースのある私塾へ通い、日本語習得を目指した。 大学3年生の時、日本の文部科学省の奨学金で大阪外国語大学へ1年間留学する機会を得た。ブラジルで習い始め5年間続けていた合気道を極めるべく、留学先では合気道部に入部。「とにかく敬語に厳しかった」という同部では、「上下関係の大切さ」と「頑張るという言葉の意味」を学んだという。 特に印象に残っているのは師範に対する接し方で、「ブラジルでは見たことがないほど皆真剣だった」という。同部で行われた合宿へ参加した際は、師範の食事はいつも最後に出された。食事の部屋の扉はいつも閉ざされていたが、2人の部員が扉付近で足音に耳を澄ませ て待機している。師範が部屋に近付くと「自動ドアのように」扉を開けて迎えるのが部の恒例だったという。「忘れられない出来事」とその光景を話してくれ た。 合宿場では飲み会も開かれ酔うまで酒を飲むこともあったが、翌朝は午前5時に起床し刀を振った。あまりの厳しさに「初めは冗談だと思ったが、自分よりも体力のない部員や女子学生も同じ稽古を行っている姿を見て、頑張る決意ができた」という。 その結果、黒帯取得の夢がかない有段者となった。留学期間が終わりに近付いたころ「また絶対、日本へ戻る。できるだけ早く」と決心して日本を後にした。(つづく) 2012年1月19日付
東日本大震災の発生から間もなく1年になる。日系コロニアでも当日、追悼ミサを実施しようと話が進んでいる。ブラジル都道府県人会連合会は昨年10月から準備を進め、被災県である宮城県人会館を会場に行うことが決定していた。ところが、今年に入りブラジル日本文化福祉協会が県連に共同開催の打診を行った。20日に両団体を含めたサンパウロ日伯援護協会、日伯文化連盟(アリアンサ)、ブラジル日本商工会議所を加えた5団体で会議を行いたいという▼昨年の大震災発生直後に各団体は独自で銀行口座を設置し、義捐金を集めたことは記憶に新しい。しかし、なぜ一本化できなかったのか。今でも不思議で仕方がない。多くの人たちが同じ思いを抱いている。外部には日系コロニアがまとまっておらず、それぞれが目立ちたいために義捐金集めを行ったのではないか、といううがった見方をする向きも少なくなかった。こうしたことを反省材料にするなら追悼ミサは一本化するのが当然だろう▼5団体が会議を開くに当たって考えなければいけないことが二つある。まず、第一はどこが主導権を握って開催するかだ。通常の行事なら文協だろうが、今回は県連が表面に立つのが順当な選択だ。県連は被災県を会員に持ち、都道府県と最も密接な関係にあるからだ。ともすれば、文協は日系団体の頂点という意識が強いのだが、追悼ミサに関しては一歩退き、会場を提供するにとどめたほうが賢明だ。第二は、追悼ミサを契機に今後どのような継続的な支援を行っていくのか、具体策を打ち出さなければならない。こちらのほうが重要だ。昨年、ブラジルから日本に送った義捐金は総額で6億円にも上るという。しかし、日本の人たちにはブラジルや日系コロニアの顔が見えていない。被災地の人々や日系コロニアの人々と同じように被災地を思いやる日本人にも日系コロニアの思いが伝わるような支援策が打ち出せるかどうか▼この2点を明確にし、会議を行うべきだ。そして、もう一つ重要なのは、追悼ミサの会場を満席にしなければ意味がない。毎年の移民法要を見ても文協大講堂は閑古鳥が鳴いている。こんな状態なら、追悼ミサはやらないほうがいい。(鈴) 2012年1月19日