奥野ともえさんが昨年訪日高岡市の小学校で5か月間研修 聖州と友好提携を結んでいる富山県が2009年度から実施している「多文化共生推進研修員受け入れ」制度で、昨年7月末から同12月までの5か月間、同県で研修を行った奥野オールダリアともえさん(49、2世)が任期を終え帰国し、6日に富山県人会(市川利雄会長)会員らが催した報告会に出席した。奥野さんはブラジルの教育現場で21年間の指導経験を持つ。デカセギ日系人など外国人の多い同県高岡市の小学校に派遣され、外国人児童や教育現場が抱える問題に直面した。帰国して間もない奥野さんに日本で見聞した5か月間を振り返ってもらった。 今回が3回目の実施となった同制度は、日系人の多い同県高岡市の小中学校へ聖州から選出された教育経験のある人材が配置されるもの。日本の教育制度を知り、教育現場で外国人児童に対する学習指導を行うことを目的としており、これまで毎年1人、計3人が派遣されている。 奥野さんは聖州サンジョゼ・ドス・カンポス市の小学校で教鞭を執る教諭。ブラジルで定年を迎えることを望んでいるため、この時期の研修が現役で行ける最後の機会だと考えた。そこで11年度の研修生として名乗りを上げ、昨年1月に派遣が決定した。 奥野さんが派遣されたのは同市立野村小学校。全校児童約800人のうち約30人が外国人。その多くがデカセギのため日本へ来たブラジル国籍の日系人子弟だった。 同校では、日本語の習得度が低いため年齢に相当する学年の授業についていけない外国人児童向けの時間割が組んである。その時間割にある「日本語指導教室」の時間は、外国人児童二十数人が集まり学年の下の教科書で学習する。所属する学年の学習内容の理解を目指すが「付いていけず、追いつくのは難しい」。 奥野さんによると同小学校に通う児童の家族は、家庭でポルトガル語を話す。小さな子どもの中には、会話ができてもポルトガル語の読み書きができない子もいるという。「そういった子はブラジルへ戻っても大変だと思う」と悲しそうな表情を浮かべた。 また家庭でポルトガル語を身に付けた場合、難しい語彙(ごい)を理解できないという落とし穴があると指摘した。指導した児童の中には、奥野さんがポルトガル語で話しても「Não entendi」と返す子がいたという。 そのほか、日本語、ポルトガル語どちらも十分に話せない男子児童がいた。彼は自分の意思を伝えられず相手の言うことも理解できないため、どうしたらいいの か分からずイライラした素振りで暴れることもあったという。奥野さんは「言葉をきちんと知らなければこうなる、という現状を間近で見た」と振り返った。 研修期間中は、毎日午前8時から午後5時まで同校で勤めた。学校で過ごす時間以外にブラジル人家庭を訪問し、宿題の相談に乗ったこともある。 「親は宿題のやり方を知らない。教え方を実際に示して伝えた」とブラジル人児童の家庭環境も学習の理解に影響していることを説明した。 研修が始まって日が浅い頃、奥野さんは4年生のあるブラジル人児童に「私が帰国するまでに九九を覚えるように」と伝えた。本来、九九は小学2年生の学習内容に含まれている。その児童は最初九九を学ぶ姿勢が見られなかったが、頑張って九九を暗記したという。 帰国が迫ったころ、日本人の児童から「奥野先生のことを一生忘れない」と言われたことが印象に残っているという。指導したブラジル人児童は「ブラジルに帰ったら、私たちのこと忘れちゃうね」と寂しそうに言った。 そんな児童へ奥野さんは「日本語で手紙を書くから勉強しなくちゃいけないよ」と言い残し帰国した。「学校は新学期が10日に始まるんですよ。今週頑張って書かなければ」と児童の顔が浮かんだのか、日本を思い出したようだった。 2012年1月10日付
Ano: 2012
ブラジル福島県人会(小島友四郎会長)は29日、2012年度総会を開催する。第1次招集が午前10時。第2次招集が午前10時半。場所は同県人会館(聖市リベルダーデ区グロリア街721番)。 議題は昨年度事業および会計報告、今年度事業計画および予算案審議など。終了後は新年会を催す。会費は30レアル。新年会参加希望者は事前に連絡が必要。 同県人会は今年、県人会創立95周年を迎えるが、東日本大震災で甚大な被害を受けた母県に対する招待は考えていない。本紙を訪れた曽我部事務局長は「予算も自分たちで獲得していかなければならない。今年、喜多方ラーメン祭りは3月と10月に2回開催する予定だ」と話した。問い合わせは同会(11・3208・8499)まで。 2012年1月10日付
富山県が実施する「多文化共生推進研修員受け入れ」制度で昨年訪日し、5か月間日本で過ごした奥野さんは年末京都へ小旅行に出かけた。清水寺でポルトガル語を話す人がいたので声をかけるとブラジル人だったという。「金閣寺にはスペイン語を話す人もいたので外国からの観光客が多いのだとばかり思っていた」が、翌12月20日はサッカーのトヨタ・クラブワールドカップ(W杯)決勝戦。「祖国からサッカー観戦に訪れたのね」と納得。同大会の日程を把握していなかったという奥野さんは、日本にいながらブラジル人のサッカー熱にびっくりしたという。 ◎ また、昨年夏を2回経験した奥野さんは「汗をかくのに日本ではどこへ行くにも化粧をしなければいけないので困った」と日本の印象を話した。研修先の小学校では女子バレー部の練習風景に驚いたという。「大人が行う程厳しい練習だったが、真面目にボールを受けようと取り組んでいた。監督も子ども相手だからといって力を抜かない」と練習に励む同部の姿を回想し、17年前日本へ技術研修へ行ったという富山県人会員の北谷セルマ美恵子さん(40、3世)と「何でも1位を目指さなければならず、競争力が強い」と日本の精神を語り合っていた。 2012年1月10日付
宮城県人会(中沢宏一会長)は恒例の「金曜親睦会」を13日から再開する。同県人会の相沢光子事務員によると、同会は毎年1月の第2金曜日から催しており、今年は例年通りの日程で行う。「金曜親睦会」は、毎週金曜日午後6時から同県人会館(聖市リベルダーデ区ファグンデス街152番)の屋上で開かれる。 2012年1月7日付
ニッケイ新聞 2012年1月6日付け 岩手県人会が発行する会報「岩手県人会ニュース」の176号(12月発行)から、小紙と同様にルビが振られるようになった。会員の約3割が二、三世。もちろんポ語欄もあるのだが、漢字以外は読める人が多いこともあり、二世役員の強い要望で始めたという。千田曠暁会長は「作業は大変ですが、日本語の啓蒙の意味もある。少しでも親しんでもらえれば」と話している。
約80本の桜を各通りに植樹 「東洋人街で花見をしよう」と平成の「花咲か爺さん」が頑張っている。昨年6月から数回にわたり、聖市の東洋人街リベルダーデ区で街路樹として桜の木が植えられた。本紙でもその都度報じてきたが、「誰がやっているの」「どこに植えたの」との質問も多い。植樹された桜はまだ、2メートル足らずで桜並木と呼ばれるまで10年以上はかかりそうだ。この息の長い運動を追ってみた。 同計画は元々、2008年の日本移民100周年祭の事業として聖市役所が立案し、レストラン街で知られるトマス・ゴンザガ街が候補地として挙がったという。聖市環境教育課係長のアレシャンドレ・シュッチ氏が具体化しようとしたが、政治的な圧力で実現できなかった。 昨年、聖市が進める環境整備のために推進している緑化運動の一環としてリベルダーデ区の街路樹整備「リベルダーデ・ベルデ」が策定された。 シュッチ係長は、移民100周年時に実現できなかった桜の植樹を考えたものの予算が少なく、頓挫していた。そのことを知ったのが、宮城県人会の中沢宏一会長だった。発想力と行動力に定評のある中沢氏は、かつて桜の植樹を一緒に展開した小山昭朗ブラジル・ニッポン移住者協会会長、菊地義治サンパウロ日伯援護協会会長に相談した。昨年6月のことだった。 この3人は03年の戦後移住50周年記念式典を実現させた三羽烏。記念事業として2500本の桜をサンパウロ大学構内はじめ各地に植樹した実績があり、即座に行動に移した。 「時期的に桜を移植するには遅かったため、各方面に相談する時間的余裕がなく、3人が発起人となり、桜の苗木購入の費用はそれぞれが負担した」と振り返る。 用意された桜は、ヒマラヤ桜、ゆきわり桜、沖縄桜で、最初に小山、菊地両氏が用意したヒマラヤ桜約30本はリベルダーデ大通り、サンジョアキン街に植えられた。すでに、新芽が吹いており、根付くかどうか心配されたが順調に生育しているという。中沢氏が用意したゆきわり桜、沖縄桜は35本。宮城県人会館のあるファグンデス街に植えられた。 そのほかにもバロン・デ・イグアペ街5本、タグア街5本、グロリア街1本。そして、ガルボン・ブエノ街に面したアパートの庭にも2本の沖縄桜が植えられている。 街路樹として植樹されるのは昨年末で一段落しており、今後は管理が問題となる。植樹に関しては市役所が穴掘りや植樹場所の選定などを行ったが、管理まで行き届かないため、中沢氏は、それぞれの街路の住民や関係者を巻き込んでいくことを考えている。 最も多く桜が植樹されたファグンデス街は、苗木の青葉が真夏の太陽に照らされ、すくすくと育っている。今年6月から7月には花を咲かせるが、見上げるような桜並木に育つまで10年以上はかかるという。 2012年1月6日付
【大中和之マリンガ支局長】熊本県人会マリンガ支部(安永修道支部長)は、同支部創立50周年記念式典を昨年12月18日にマリンガ西本願寺で行った。会場には来賓、会員など約80人が出席し、先亡者法要が行われた。 続いて、最高齢者片山マツミさんをはじめ80歳以上の高齢者に表彰状、記念品が贈られ、会員の長寿を祝った。式典終了後、各自一品持ち寄りで昼食会が開かれ、1年を振り返るとともに今後の支部運営などを話し合った。午後からは、ビンゴ、カラオケ大会などで楽しいひと時を過ごし、午後4時過ぎに散会した。 なお、同支部の役員は次の通り。会長=安永修道、副会長=沿道修、黒田キヨ子、事務局=片山フジ子、嘉悦タカオ、会計=平田テル子、高橋アキオ、理事=源田愛子、相談役=田ノ上又男。 2012年1月6日付
餅米はレジストロ産が最高 富山県人会(市川利雄会長)は昨年12月30日、聖市アクリマソン区の同会館で年末恒例の餅つきを行った。同県人会の餅つきはその年の暦や会員の都合も影響するが、ほぼ毎年12月30日に行われている。 多くの県人会はついた餅を一般の人にも販売するが、同県人会は購入者を会員のみとしており、会員らはレクリエーションのような感覚で餅つきを楽しんでいるという。 使用する餅米は、中尾契信事務局長が10月頃にリベルダーデ区の日本食材店を訪れ、店頭価格を確認し店員への聞き取り調査を行った上で、毎年レジストロ産で安価なものを10月末から11月初旬に購入している。 中尾事務局長によると、「その時期を逃すと値上がりしてしまう」とのことで、同氏が事務局長を務めるこの3年間は同じ流れで餅つきを行っている。また、価格調査の結果は11月の会報に掲載して会員に知らせている。 当日は、午前6時から午後5時過ぎまで同県人会の所有する餅つき機2台を稼働し、餅米102キロ分の餅つきが行われた。同県人会の餅つきでは、餅を購入する会員がついた餅を各自で形成する。中尾事務局長は「関東風のお雑煮に入れる角餅にしたい人は、容器を持参して形を作っている」と説明した。 今回は餅米3キロ分の餅、約7キロを35レアルで販売した。購入した16家族の中には、餅米12キロ分の餅を持ち帰った人もいたという。同県人会員はミランドポリス市の第3アリアンサ出身者も多く、県人会でついた餅を手に年末年始故郷へ里帰りする人も少なくない。 同県人会では、年末の餅つきのほか新年会と敬老会でも餅をついている。新年会は年に一度の総会に合わせて開かれ、今年の総会は定款に沿って2月12日の招集を予定している。 2012年1月6日付
毎年、年末に餅つきを行っている富山県人会の中尾事務局長は「餅つき用の餅米は、タイ産のものもいいと思っているが、富山県人会員はレジストロ産が良いというこだわりを持っている。ブラジル生まれの2、3世にとって、当地産であることは大事なんだろうなぁ」とつぶやいた。日本人は「MADE IN JAPAN」「国産」の表示に安心感を覚える。それと同じで、ブラジル出身の日系人にとって伯国産であることは信頼の証なのだと痛感した。 ◎ 年が明け、総会シーズンに入ろうとしている。まだ総会の日程が決まっていない県もあるが、1月最終週がピークのようだ。今年、県人会で節目の年を迎えるのは福島、千葉、石川、静岡、京都、鳥取、山口、長崎、大分の9県。このうち長崎は記念誌の発刊も予定しており、3月の県議会の承認を経て、正式に予算計上される見込み。ただし同県人会の川添博会長は「記念誌作成の予算は小額なので、作るとしても簡易なものになるだろう」と話している。同県人会は35周年時に記念誌を刊行し、40周年時には会員の住所や家族構成などの調査を実施し、纏(まと)めている。 2012年1月6日付
ニッケイ新聞 2012年1月5日付け 土曜日(7日) 懐メロ合唱の集い、正午、老ク連会館(Dr. Siqueira Canpos, 134, Liberdade) 日曜日(8日) 藤間流「第51回新春日本舞踊踊り初めの会」、午後1時、文協大講堂(Rua Sao Joaquim, 381, Liberdade)◎NAK主催「第20回北川親睦歌謡祭」、午前8時、静岡県人会館(Rua Vergueiro, 193, Liberdadde)
ニッケイ新聞 2012年1月5日付け 岐阜県人会が昨年10月にHP(http://www.gifukenjinkai.com.br/)を立ち上げた。歴史や役員名簿、写真のほか、県庁や交流を続ける高校のHPともリンク。毎月発行の会報『ブラジル岐阜県人会便り』も掲載される。「『HP上で見るから郵送しなくていい』という会員の方は、知らせて欲しい」と同会(11・3209・8073/坂野、guifukai2nethall.com.br)は呼びかけている。
2日間で180キロを30人で分担 ブラジル新潟県人会(南雲良治会長)は、昨年12月29、30日の両日、聖市アクリマソン区の同会館で年末恒例の餅つきを催した。朝妻エレーナ・ヒデコ第1副会長によると、同県人会の餅つきは25年ほど続く伝統行事で、毎年約30人が訪れて餅つきに参加するという。 今回も両日それぞれ20人を超える会員が集まり、2日間で用意した約180キロの餅米をついた。長年参加しているという女性会員は「機械が変わると手順も変わるが、おいしい餅を食べてもらおうと頑張っている」と朗らかに話し、「上手く丸められるように研究しています」とこだわりを語った。 着伯して78年になるという大田ミヨコさん(88、熊本)は、年末になると渡航中のことを思い出すと話した。10歳で来伯した大田さんは渡航する船上で年を越した。年末、南アフリカのケープタウンに船が一泊したことが印象に残っているという。「ケープタウンからサントスまでは11日かかった。約300家族が同乗していたが、各地に散らばった。毎年この時期は、移民船で過ごした年末を思い返す」と語った。 餅つきに息子と参加した大田さんは、「新潟県人会の餅は焼いて醤油で食べるほか、色々楽しめる。孫も好んで食べます」とうれしそうだった。 また同県人会は、15年続けて援協傘下のサントス厚生ホームへ雑煮用の餅を提供している。今回も29日の朝一番についた餅10キロ以上を当日同施設へ届けた。 2012年1月5日付
昨年末、2日間にわたり行われた新潟県人会の餅つきで、ひときわ大きく杵を振っていたのは妻の両親が新潟出身というマルシオ・セリカッコさん(38、3世)。同県人会の餅つきにはここ5年間参加していると語り、額には手ぬぐいを巻き慣れた手つきで参加していた。同県人会員らは「日本祭りでも頼りになる存在」と口を揃える。2日とも参加した大野昇二さん(85、北海道)らと談笑しながら年末の恒例行事を楽しんでいた。 ◎ 新潟県人会の餅つきでは最後に2本の杵を使い湯を練りこむ。杵を持つ2人が息を合わせないと餅と湯が混ざらないという難儀な作業だが、このひと手間で柔らかさが増すという。ただ、日本と季節が逆の当地では「この時期は保存に注意しないと、すぐにカビが生えてしまう」と関係者は注意を呼びかけた。 ◎ 昨年10月に行われた県連主催の第5回弁論大会で優勝した、ピラール・ド・スール日本語学校卒業生の鐙野獅珠雄(あぶの・しずお)さん(16、3世)が同大会優勝の副賞で訪日中、鹿児島県を訪れた。鐙野さんは同県子弟ではないが、同校へ鹿児島ブラジル実習生が5年連続で日本語教師として派遣されていることから「ぜひ鹿児島へ行きお礼を伝えたい」との希望があったため訪問が実現した。鹿児島では同地にある南日本新聞社を表敬訪問。昨年12月27日付の同紙に「ラーメンがおいしかった」と鹿児島の印象を述べたことと共に写真入りで紹介された。 ◎ 鹿児島県庁観光交流局国際交流課からの連絡で鐙野さんの鹿児島訪問を知ったという同県人会長で県連会長の園田昭憲氏は、「県連では日本に到着した後の動向を関知していなかったが鹿児島を訪問してくれた。私も鹿児島のとんこつラーメンが好きなのでうれしい」と一報を喜んだ。 2012年1月5日付
Escrito por Célia Abe Oi Qua, 04 de Janeiro de 2012 15:22 Cerca de 400 pessoas prestigiaram...
ニッケイ新聞 2012年1月4日付け 南パラナ福岡県人会(井本ラウル会長)は11日、クリチーバ市内の教会で恒例の忘年会を開催し、パラナ州各地から300人以上の参加者が訪れた。おにぎりやシュラスコ、寿司の婦人会手製の料理が並び、ロンドリーナの三味太鼓「JISHIN」の発表、ビンゴ大会で盛り上がった。忘年会の他のメインイベントは90歳以上を対象にした高齢者表彰と故人の顕彰。90歳を迎えた別府ヤスユキさん(福岡県旧浮羽郡吉井町)と井本スミコさん(二世)が高齢者表彰を受けたほか、故前田猛さんに名誉賞が贈られ、出席した家族に記念プレートが手渡された。またスライドの発表で3人の人生が紹介された。別府さんは副会長を長年務めるなど30年以上同県人会の発展に尽くし、現在は名誉会長。上野アントニオ氏の父であり同県出身の米蔵さんと共に州内の福岡県人を集めて回るなど、同県人会の発足に力を注いだ。前田さんはカストロの市会議員を務め、日系社会だけでなく、地元社会に広く貢献したことが紹介され、現在多くの孫、曾孫に恵まれたスミコさんは夫、家族を見守り常に支えてきた母親としての在り方が称えられた。井本会長は「特別な活動を行った人だけでなく、困難を乗り越えてきた全ての人生の成功者を表彰していきたい。こういった人達の存在を忘れないようにしたい」と表彰の意義を話していた。多くの来場者で賑わった忘年会は午前10時から開始され、午後8時まで盛り上がりを見せた。来場者によって集まった食品や衣類、玩具など1トン以上の寄付の品は会場となったノッサ・セニョーラ・アパレシータ教会へと寄付された。(長村裕佳子クリチーバ通信員)
ニッケイ新聞 2012年1月4日付け 日系5団体と在聖日本国総領事館が共催する「新年祝賀会」が元旦午前10時から、文協大講堂で催された。大部一秋総領事ら各団体代表が訪れたほか、約300人が新年を祝った。 冒頭の挨拶で木多喜八郎文協会長は「昨年3月に発生した東日本大震災に対する義捐金活動が温かい協力のお陰で成功裏に終わったことを感謝したい」と振り返った。 大部総領事は「今年は辰年で躍進の年。日伯の交流をあらゆる面で拡大したい」と話した。 文協女声合唱団のリードにより、日伯両国歌を斉唱、ブラジル国歌では栄子総領事夫人も壇上に立って合唱、続けて「一月一日」を唱和した。 園田昭憲県連会長の音頭で万歳三唱。大サロンに会場を移し、菊地義治援協会長の音頭で乾杯となった。日本食やお雑煮が振舞われるなか、歓談が続いた。 日本貿易振興機構(JETRO)サンパウロセンターの澤田吉啓所長は「12年は商用数次ビザの期間延長で大きく前進する」と日系企業の飛躍を期待しつつも「実際の手続きにかかる時間や手間、延長の審査基準など運用面に注視していきたい」と語った。 大学3年生の岩永理恵さん(21、三世)は「声優という夢のため、昨年は休学して訪日したが、ライバルの多さに現実を知り、キッパリ諦められました。今年は会計学をしっかり学びたい」と抱負を語っていた。
ニッケイ新聞 2012年1月4日付け 【らぷらた報知11年12月20日付け】在アルゼンチン県人会連合会主催の「第9回沖縄祭り」が去る10日午後7時過ぎよりうるま園で行われ、約3千人が詰めかけた。この日は天気に恵まれ、観衆が次第に会場を満たして行ったが、日本政府の特派大使として、クリスティナ・フェルナンデス大統領の就任式に派遣された菅直人前総理が、「沖縄祭り」に顔を出されるニュースがいち早く広がり、会場は期待と緊張に包まれていた。現役ではないが、前総理が夏祭りの場に登場するなど、前代未聞のことであった。 午後7時45分、2台のオートバイに先導され、菅前総理に石田仁宏駐亜大使が同行して到着、サイン帖に署名のあと、琉球國祭り太鼓グループの色とりどりの幟(のぼり)の中を万雷の拍手を受けながら招待席へすすんだ。テレビや新聞ニュースでお馴染みの菅前総理であるが、紫色のセーターを着け、すっかりリラックスしてにこやかな顔だった。そのほか、秋吉勝秀公使、植松聡領事、佐藤仁彦情報文化担当官、米須清文FANA会長、松谷暁芸叙勲者会会長、新垣定二沖県連会長、新里孝徳元会長、新里真一元会長が同席した。日本の前総理を前にして、空手道場の型の模範演技では、子どもから成人までいつもより気合の入った実技を披露した。サルミエント日本人会協力の「河内男節」となり、櫓太鼓の勇ましいリズムで観衆も参加して踊り始める。やがて菅前総理、石田大使も踊りの輪に加わる。菅前総理の手つき、足運びは様になっていなかったが、瀬底アリシアさんの指導でだんだん型ができてくる。警備担当サイドから、食事中の写真は遠慮して欲しいという要望があり、それ以外は自然な流れに任せましょうということになっていたが、今は携帯電話でも撮影機能を持っている時代、近くから写真を取る人が増えるだけでなく、気さくな前総理にお願いして一緒の写真に入るとか、警備サイドも落ち着けなかったはずである。食事はアサードが提供され、桜の植樹式のあと菅前総理から次のような挨拶があった。「日本の東日本大震災、津波、原発事故にアルゼンチンの皆様からご支援を受けたことに、改めてお礼申し上げたい。日本人の強い意志で打ち勝って行こうと皆頑張っているところ。また皆様が、アルゼンチンの中で尊敬される日系人として認められていることは、ご苦労と勤勉の大きな成果であり、皆様の努力が両国の友好関係を支えている」。午後9時半過ぎ、菅前副総理は原発問題視察で欧州へ移動するため、空港へ向かった。 ◎ ◎ 前日の9日夜、菅前総理と各日系社会団体代表との懇談会が大使公邸で催された。うるま園でも隣席に座り、説明役としてずっと一緒だった新垣沖県連会長に懇談や歓談の内容を聞くと、「飛行機からアルゼンチンを上から見て、『国土の広さにびっくりした。将来の国だ』として、近いうち奥さんと一緒に来たい、とのことだった」と会話の内容を要約した。
ニッケイ新聞 2012年1月4日付け らぷらた報知の記事によれば、沖縄祭り会場では「生憎、出来るだけ照明の効いた会場にしようとの気遣いが裏目に出て、高い電圧から変圧器がショートを起し明るさが半減、前総理が帰途についたあと平常に戻るハプニングもあった」とのこと。まるで菅政権時代の日本の政局を思わせる?! 野田政権では〃平常〃に戻るか。 ◎ 「JISHIN(ジシン)」―? と関心を引くパラナ福岡県人会で発表した三味太鼓グループの名前には「自信」と「地震」が掛けられている。グループ・コーディネーターの井本ジゼレさん(24、四世)が特に「地震」の字を掲げるのには、地面を震動させるように音楽や踊りで人の心を〝振動〟させたいとの思いが込もっているそう。2003年7月にロンドリーナで結成され、忘年会では三味線、歌、太鼓で日本のポップスを披露した。グループ名にちなみ、震災の悲しみをも吹き飛ばすパワーだ。
雨天でも長蛇の列で賑う ACAL(リベルダーデ文化福祉協会、池崎博文会長)と日系5団体は共催で昨年12月31日、リベルダーデ広場で「第41回餅つき祭り」を開催した。 雨が降る中での開催となったが、会場は非日系を含む多くの来場者でにぎわいを見せた。 当日は午前8時から紅白餅が振る舞われ、同10時から特設会場で開会式と約30人の来賓による餅つきが行われた。ポルトガル語で餅つきを説明する放送が流れる中、来場者や窓から顔をのぞかせた近隣アパートの住民らは日本の年越しの風習をカメラに収めていた。 母と祖母と来場したジョアン・ベップくん(6、3世)は最前列で熱心に写真を撮っていた。 またエスピリト・サント州在住の大内八郎さん(70、静岡)、和美さん(67、福岡)夫妻は、親戚のいる聖市への旅行中に立ち寄ったという。和美さんは「色々あった年だった。2012年は健康を第一に、皆に幸せが訪れる年であってほしい」と新年への希望を述べた。 来場者に配られた2個入りの紅白餅2万袋は、毎年前日の30日にACALに所属しているリベルダーデ・ラジオ体操会(鹿又信一会長)会員らが袋詰めしている。 鹿又会長によると、同会は60~80歳代を中心に活動している。「体操をしているとどんな行事にも参加できる。人生を楽しく全うしている」と生き生きした口調で語った。 また、恒例の雑煮も3千杯が振る舞われた。毎年訪れるという日系の男性は「来場者数は天候によって変動する。今年は雨なので例年より人が少ないようだが、雑煮の列には30分並んだ」と話し、笑顔で雑煮を食べていた。 2012年1月4日付
青葉健康生活協会(中沢宏一会長)主催の1月の「青葉祭り」が、21日午前7時から午後3時まで、宮城県人会館(聖市リベルダーデ区ファグンデス街152番)で行われる。 同祭では、ADESC農協婦人部連合会とイビウナ、カッポン・ボニート地方の有機野菜や、手作りの大豆製品などが販売される。 屋上の食事処では、ずんだ餅やはらこ飯といった宮城の郷土料理のほか、きなこ餅、さんま焼き定食、冷やし中華なども準備される。 1月は第1土曜は休みとなるため、注意が必要。詳細は同県人会(電話11・3209・3265)まで。 2012年1月4日付
