06/03/2026

Dia: 24 de julho de 2013

心配された天候にも恵まれ  第16回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り、主催=ブラジル日本都道府県人会連合会)が19~21日、サンパウロ市のイミグランテス展示場で開催され、主催者発表によると約18万人が来場した。期間中は天候に恵まれ、来場者は各催しを楽しんだ。今年は同祭テーマに「地球に優しい技術と進歩」を掲げ、屋内会場一角の日本企業・団体を集約した「日本パビリオン」では、日本関連のさまざまな機械、サービス、食品などが紹介されていた。また53の各県人会・団体が出店した郷土食ブースは今年も大繁盛で、3日間を通じて来場者は日本の技術、食、文化を五感で感じていた。  20日正午からメーンステージで行われた開会式には、日系議員、日本政府関係者、各スポンサー代表や日系団体代表ら28人が壇上に上がり、開会を祝った。県連の園田昭憲会長は「皆さんの協力があって今年も無事開催することができました。心配された天気も問題ありません。サンペドロのお陰でしょう」とあいさつし、式典最後は来賓らが「たる酒」を割って同祭の成功を祈願した。  式典後早速、歌手のマルシアさんが公演を行い、凱旋(がいせん)公演を一目見ようと立ち見客も合わせて推定3000人の人で溢れた。自身最大のヒット曲「ふりむけば横浜」や「時のいたずら」など計6曲を披露。圧巻の歌声と切れのある踊り、ポ語の語りに観客はステージに食い入り、歌い終えるたびに割れんばかりの拍手が起きた。 また「ただいま」と観客に向かって手を振り、自身の生い立ちや歌の最中に涙ぐむ姿も見られた。最後は鳥取県人会コーラス部と一緒にNHK東日本大震災復興テーマソング「花は咲く」を歌い、「また会えますように」と観客に言い残しステージを去った。  同ステージ上では連日、主に若者を対象とした日本人出演者が会場を盛り上げ、日本からフリースタイルフットボール選手の徳田耕太郎さんと、日系ブラジル人ケイ・エドワルドさんによる技の競演や邦楽グループ「和力」の舞台が披露。ツバサさん、井上祐見さんらも出演した。  20日午後9時から開催された「ミス日系コンテスト」は、伯国各地から選ばれた22人の日系美女が全伯一の美をドレスや水着姿で競い、審査員に よって美しさ、調和、カリスマ性、教養、親近感の部門で審査された。その結果、マット・グロッソ州のナガタ・ユミ・パトリシアさん(22)が今年のミス日 系の栄冠に輝いた。  一方、53の県人会と団体が出店した郷土食は例年通りの大盛況。特に20、21日両日の昼時は人気のブースに長蛇の列ができ、混雑する時間帯が続いた。主催者側の情報によると、今年は特に大きな問題はなく各県人会・団体はスムーズに運営できたという。  屋内会場ではトヨタ、ホンダ、ヤマハが大きくブースを設け、一角の「日本パビリオンでは」日本の観光庁やJICA、国際交流基金など政府のブースも目立っ た。また県連が設けた「東日本大震災復興写真展」のブースでは、写真や映像を用いて被災地の様子が説明され、来場者は神妙な面持ちで眺めていた。  そのほか、SANJO(サンジョアキン日系農協)やAPPC(パウリスタ柿生産者協会)といった日系果樹組合が販売する生産物を買い求める人や、会場数カ 所で用意された畳に寝転がる人。健康コーナーでマッサージを受けてリラックスする人や、折り紙や書道体験を通じて日本文化を知る人など来場者は思い思いの 時間を過ごしていた。  同祭を終え園田会長は「表の華やかさとは異なり、期間中は水も飲めないほど多忙だった。昨年と同じく、駐車場やステージ進行の遅れなど細かい問題はあったが、来場したほとんどの人が喜んでくれたと思う」と総括した。   コラム【モザイク】...
 ブラジル日本戦後移民60周年祭に全国都道府県知事代表として出席した泉田裕彦新潟県知事の歓迎会が、ブラジル新潟県人会(浅妻エレナ秀子会長)の主催により19日午後7時半からサンパウロ市リベルダーデ区のニッケイパレスホテルで開催され、県人会員ら約80人が出席した。  歓迎会では泉田県知事があいさつ。「こうして温かく迎えていただいたことをありがたく思います。ブラジルと日本の懸け橋となっている皆様が築いてこられた歴史や功績は、新潟でも必ず伝えていきたい」と話し、移住者を中心にブラジルから日本へ行われた震災復興支援にも感謝の意を示した。  歓迎会の中では、県人会に貢献のあった功労者と80歳を迎えた高齢者の表彰も行われ、功労者の3人に賞状が、高齢者の2人に賞状と金杯がそれぞれ泉田知事から手渡されたほか、同県人会には新潟県特産の「鎚起銅器(ついきどうき)」が贈呈された。 また出席者の手元には、知事らが持参した新潟県を代表する銘酒「越乃寒梅」が注がれ、山内淳氏の音頭で祝杯が挙げられた。  乾杯後、会場では終始和やかな雰囲気で知事と県人会員らによる懇談が行われた。歓迎会で司会を務めた南雲良治副会長は、「参院選の最中、移民60周年祭に全国の都道府県知事の中で出席してくださったのは、泉田知事ただ一人」と述べ、「お忙しい中、わざわざブラジルまで来てくれた知事をこうして無事にお迎えすることができて良かった」と安堵(あんど)した表情を見せた。 2013年7月24日付
8カ国40人の学生が参加  「地球に優しい技術と進歩」と題された今年の日本祭り。サンパウロ総合大学理工学部主催の「IDC国際親善ロボットコンテスト」が、19日午後2時から企業ブースの一角で開催され、今年で24回目を迎える同大会にはブラジルのほか、日本、シンガポール、モロッコ、フランスなど8カ国から理工系の学生約40人が参加した。  同大会では1チーム5人の国籍混成チームが編成され、学生たちは英語などで意思疎通を図りながら、それぞれのチームが特徴のある3台のロボットを製作して大会に臨んだ。  日本から学生を引率した東京工業大学の山北昌毅准教授によると、同コンテストの特色は次の2点にあるという。第1点は、この手のロボットコンテストにありがちな各大学や各国対抗の競技ではないこと。2点目は、コンテスト開催の2週間前に学生たちが顔合わせをするまで、グループの振り分けはおろか、競技方式、材料の一切が学生たちには知らされないこと。  山北准教授はこの2点について、「異なる文化や教育を受けてきた学生たちが協力し合うことで刺激的なものなる」「全くの公平が図られ、学生一人一人のポテンシャル(潜在能力)が試される」と、同コンテストの趣旨を語った。  今大会の競技方式は3台のロボットを活用し、球や筒を所定の箱に入れ、得点を競うというもの。学生たちは試合寸前までロボットの調整を続け、時には相手チームのロボットを邪魔しながら白熱した試合を繰り広げた。 会場には約80人が詰め掛け、特設されたスタンドから声援を送った。とりわけ、客席で目立ったのは子供たちの姿だった。子供たちは、ロボットの一挙一動を興奮した面持ちで見つめ、大きな歓声を上げていた。  準決勝では優勝候補筆頭のチームがマシントラブルで敗れるという波乱も起きた今大会。午後6時から始まった決勝戦では、レッドチームが接戦の末に勝利し、 栄冠に輝いた。山北准教授はレッドチームの優勝について「アイデア、ロボット操縦の練度ともに申し分なかった」と一言。  メンバーの一人で東京電機大学3年生の芹澤卓哉さん(21)は本紙の取材に対し、「英語があまりうまくないのでコミュニケーションには苦労したが、自分にとってとても良い経験になった。優勝してうれしい」と話し、満面の笑みを見せた。 2013年7月24日付
 サンパウロ絵手紙友の会(石井恵子会長)と熟年クラブ連合会(五十嵐司会長)は、30日午前9時から同11時までサンパウロ市パライゾ区の石川県人会館(Rua Tom疽 Carvalhal, 84)で合同絵手紙教室を開催する。終了後には昼食会が予定されており、主催者側では参加者に1品ずつ料理の持ち寄りを希望している。  同教室でワークショップを行うため、日本絵手紙協会の公認講師である峯譽(みね・たかし)(72、大阪)、寺前ヒサエ(69、大阪)両氏が18日に2度目の来伯を果たした。筆や顔彩、はがきなどの必要材料は両氏の厚意で日本から取り寄せたものが寄付された。そのため参加者は各自で道具を用意する必要がなく、気軽に絵手紙を始めることができる。  峯氏は「絵手紙は、上手に描けなくても気持ちが伝わり、味が出るもの」と説明し、「たくさんの方に絵手紙の良さを味わってほしい」と参加を呼び掛けた。 入場無料。問い合わせは石井会長(電話11・3289・3405)まで。 2013年7月24日付
 19~21日まで開催されたフェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)屋内会場で今年初めて、サンパウロ新聞社と新潟県人会の主催により「新潟物産展」のブースが設けられ、同県に関連した製品や商品の展示・販売が行われた。  同ブース協賛は輸入元のZENDAI、国分をはじめ、亀田製菓、八海醸造、S&B食品各株式会社で、後援に新潟県と新潟日報が加わっての出店となった。 販売されたのは協賛の和菓子や、同県三条市で生産された包丁や砥石(とぎいし)、カレーのルウや日本酒などで日系、非日系を問わず3日間を通して多くの来場者が見物し、購入していた。  19日午後には泉田裕彦新潟県知事も同ブースの視察に訪れた。泉田知事に同県のトップセールスについて聞くと「米、お酒、水、せんべいなど新潟の自然を生かしたおいしい製品がたくさんあります。この機会にぜひ、ブラジルの人に新潟の特産を知ってもらえたら」と同県の魅力を語った。 本紙から同ブースの販売員として参加した人の情報によると特に砥石が日系人に人気で、当初予定していた販売個数を大きく上回り、ブラジルで認知されつつある亀田製菓の「ぽたぽた焼き」や「柿の種」といった和菓子も同様に人気だったという。  サンパウロ州スザノ市から訪れて同ブースで包丁を購入した伊藤信善さん(73、新潟)は「魚をさばくにはブラジル製の包丁じゃだめ。地元新潟の包丁が出品されると聞き、買うのが目的で祭りに来ました」と無事に購入を済ませ、うれしそうに取材に答えた。 また泉田知事は、「今年の販売の様子を参考にして、県として今後は後援ではなく何らかの形で参加できないか検討したい」と語り、来年以降の参加にも前向きな姿勢を示した。 2013年7月24日付
川合会長「ブラジルよ、ありがとう」  第二次世界大戦後、1953年に日本人移住制度が再開されて今年で60周年を迎えることを記念した「戦後移住60周年記念式典(川合昭実行委員長)」が、19日午前10時20分からフェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り、主催=ブラジル日本都道府県人会連合会)の会場であるサンパウロ(聖)市イミグランテス展示場内イペー講演会場で開催された。同式典の趣旨は戦後、ブラジルの発展に貢献した日系団体・企業の表彰で、当日は各分野から36代表が聖州議会から表彰を受けた。会場には、ブラジル日系議員、日本政府関係者、日系団体関係者、一般を含めて400人以上が参加し、60年の節目を祝福した。  式典会場壇上には、主催側の川合実行委員長、園田昭憲県連会長をはじめ、聖州政府を代表してオオタ・ケイコ下院議員、羽藤ジョージ聖州議員や日本側から黒柳俊之国際協力機構(JICA)理事、福嶌教輝在聖総領事、泉田裕彦新潟県知事、若生正博宮城県副知事らが並んだ。 式典ではまず、先亡者に対しての黙とうを行い、川合実行委員長が「ブラジルよありがとう。日系人はこのようにブラジルの発展に尽くしました。この二つのテーマを掲げ記念式典を挙行いたします」と、開会を宣言。その後両国国歌が歌われた。  各来賓のあいさつでは、戦後移住者がブラジルの発展に貢献したことをたたえる内容が目立った。その中で東日本大震災被災地を代表して出 席した若生宮城県副知事が復興の状況を説明した上で、「県人会、日系団体、そしてブラジルの国民から支援を得ました。これは長年築き上げた日本人に対する 厚い信頼があってこそ。被災地を代表して心から感謝を申上げます」と参加者に礼を述べた。  また泉田新潟知事はブラジルの航空機メーカー 「エンブラエル」社について、「戦後、多くの日系技術者が開発に携わり、大きく発展を遂げたことを誇りに思う。新潟でもエンブラエル社製の飛行機が就航し ており、深い絆を感じる」と、同県とブラジルとのかかわりを交えてあいさつした。 日系団体・企業の表彰では羽藤、オオタ各議員らが州政府を代表して記念の盾を36各代表一人一人に手渡し、記念撮影と握手が交わされた。  そのほか、歌手の井上祐見さんが戦後移住50周年式典の際にも歌われた「ソウ・ジャポネーザ」を披露。オーケストラ楽団による「ふるさと」「荒城の月」な どが演奏されるなどして式典を盛り上げた。最後は市川利雄県連副会長の音頭で「ビーバ」「バンザイ」と、参加者全員で万歳を行い、2時間余りで式典を終え た。  式典後の取材で「プロジェクト・ジャナウーバ」のカテゴリーで表彰を受けたミナス・ジェライス州の熱帯果樹栽培園 「BRASNICA」代表で現在同市市長の山田勇次さんは、「まさか表彰を受けるとは。これからも日本人の魂を持って恥じない生き方をしたい」と受章を喜 んでいた。 また川合会長は「(式典は)すべてうまくいった。無事に終えることができてほっとしている。60周年はあくまで通過点で、今後も日系人がブラジルの発展に携わっていく」と総括した。   コラム【モザイク】...