06/03/2026

Dia: 29 de julho de 2013

ニッケイ新聞 2013年7月26日  県連日本祭りの屋内展示場では、被災地招聘交流事業によって来伯した大和田加代子、松本康裕、天野和彦の3氏による『復興写真展』が開かれ、多くの非日系人を含め来場者が熱心に見入っていた。  灰色の煙を上げる黒い波の塊が民家を飲み込む瞬間や、瓦葺の屋根を残して倒壊した家屋にさらに別の家の屋根が覆いかぶさっている様子など、震災直後を記した写真に加え、震災の前と後、直後と4カ月後など定点を観測したもの、復興に向けた被災者の活動を記録したものなど42点が展示された。  非日系のレアンドロ・ナルシーゾさん(34)は独学で学んだ日本語で松本さんに熱心に質問を投げかけ、「僕は日本の文化が大好き。震災の後ずっと心配していたけど、こちらにはなかなか生の情報が入ってこなかった。津波に家をのまれたという話は本当に衝撃的だった」との感想を漏らし、「まだまだ大変なことは多いようだけど、前向きに明るく生きていく意志を彼の言葉から感じた。自分も頑張ろうという気持ちが沸いてきた」などと、しみじみ語った。  一枚一枚、時間をかけてじっくりと写真を覗き込んでいたジャイメ・フレイレさん(27)は、「とにかく衝撃的」と前置きし、「被災地のことは前から気になっていたが、この写真展で初めて本当の被害規模が分かった気がする。このような展示はどんどんやってほしい」と強く要望した。  ブース内では、宮城県名取市の箱塚桜仮設住宅に居住する被災者らが作った布製の地蔵マスコットも販売され、用意した40個が完売した。 同地での支援活動に二度参加し、当地に地蔵を持ち込んでいた留学生の山本宗一郎さん(30、東京)が、ボランティアとしてブース出展に協力したことが販売のきっかけ。山本さんは「日系人だけでなく、多くの非日系の方々も関心を示し、購入してくれたことは本当に嬉しい」と笑顔を浮かべた。
ニッケイ新聞 2013年7月26日  『第26回郷土祭り・ミス琉装』が28日午前10時から、ジアデマのブラジル沖縄文化センター(Av.7 de Setembro, 1670)で開催される。沖縄県人会と同センターの共催。入場無料。 午前に郷土祭り、午後1時半からミス琉装が行われる。エイサーダンス、琉球国祭り太鼓、三線など余興のほか、沖縄そば、足てびち、ヒージャー汁(山羊汁)など郷土料理も楽しめる。 問い合わせは同県人会(11・3106・8823)、同センター(11・4057・2275)まで。
ニッケイ新聞 2013年7月25日  ブラジル日本都道府県人会連合会が主催する講演会『東北大震災から2年余、伝えておきたいこと』が23日夜、聖市の宮城県人会館で行われた。岩手、宮城、福島の3県からそれぞれ招聘された大和田加代子、松本康裕、天野和彦の3氏が壇上に立ち、生々しい被災体験と現在に至るまでの状況を切迫感溢れる様子で講演し、集まった約200人は引き込まれるように聞き入り、あちこちで涙を流しながら頷く姿が見られた。  「家族が行方不明になった人は、町内84カ所の避難所を一つ一つ回って、それでも見つからないと、遺体収容所を探します。そこで何百ものご遺体を見なければならなかった皆さんのお気持ちは、どのようなものであったか…」。大和田さんが目に涙を浮かべながら、そう2年前の様子を振ると会場からはすすり泣く声が聞こえた。 陸前高田市では3千以上の家屋が津波で全壊し、小中学校5校も全半壊、市役所や体育館など主だった建物は何一つ残らなかった。「この日以来、『壊滅的な』という言葉とともに市は語られるようになった」と声を震わせながら説明した。 仮設住宅では現在でも「隣の住人がトイレットペーパーを引く音が聞こえるほど壁が薄い」という環境に、「4人家族で4畳半2間」が住んでいるという多くの住人がストレスを抱える現状だという。 過酷な状況の中でも「手を動かしていれば気が紛れる」という同住民の声からボランティア団体を立ち上げ、被災者による手作りのドレスタオル等の製作・販売のルートを確立すると、主体的に行動する住民が増えた。「被災者を元気にするのは『まだ自分は必要とされている』という誇りだと改めて感じた」と感慨深げに話した。 現在進む高台の開発にも触れ「住めるようになるまでにあと5年はかかると見ている。それが多くの高齢者にとってはどれだけ長い期間か、皆さんもわかるはず」と会場に語りかけた。最後に「日本人として、皆様の誇りとなれるような復興を目指したい。もうしばらく、被災地を心の片隅に置いておいて欲しい」と訴えかけた。  宮城県名取市の閖上について、松本さんが映像で、津波がガレキや土砂を巻き込み、民家を押し流す場面を見せると会場からは驚嘆の声が漏れた。被災者の多くが「もう一度頑張ろう、と皆で励まし合っている」という前向き姿勢であることを強調した。  最後に天野さんは、2年以上経った今も原子力災害が続き、「いまだ復興を語れない、先が見えない状況」であることを繰り返した。特に福島第一原発の周辺地域では、放射線問題を抱えており、「普通の生活が奪われるとともに、今まさに〃ふるさと〃が奪われようとしている人がたくさんいる」と訴えかけた。 震災後に被災者が自殺した例を挙げ、「そういった時に必要になるのは人と人がつながり続けること。人は寂しいと死んでしまう」ということを強調した。「今の福島に必要なのは〃心の復興〃。人の心が弱っていては本当の復興はあり得ない」と熱弁を振るった。  来場者の村松エドワルドさん(16、三世)、エリキさん(14、同)の兄弟は「本当にショック。今でも信じられない。友人たちにもこの事実を伝えていきたい」と感想を語った。講演後、多くの人が3人に駆け寄って話込む姿が見られ、「ぜひ来年も講演会をやってほしい」との感想が方々で聞かれた。   コラム【大耳小耳】  陸前高田市から来伯した大和田さんによれば、震災により亡くなった人の遺体を探す作業は困難を極めた。4つの収容所に安置された遺体のうち見た目や装飾品で判別できないものは、DNA鑑定に回された。彼女の知人の中には、子どももなく、兄弟が高齢かつ遠方に住んでいたため検体を用意出来ず、はっきりと本人だということを確かめる術がなかったという。その他、妻と思わしき遺体が「本人とは断定できない」とされたものの、「このままでは子どもに母が亡くなったことを理解させることも、骨を拾わせることも出来ない」と引渡しを強く要求した人もいたという。