さらなる友好親善関係の強化を
「100年にわたって築き上げた先人の功績を胸に、母県との友好交流が揺るぎないものとなるよう願います」―。ブラジル香川県人移住100周年記念式典が、11日午前10時からサンパウロ市ミランドーポリス区の同県人会館で開催され、菅原パウロ農夫男会長はあいさつで冒頭の言葉を強調した。式典には、母県から浜田恵造県知事、水本勝視県議会議長をはじめとする慶祝団16人が来伯して出席。当日の会場には県人会員や関係者及び来賓など約300人が参加し、同県人がブラジルに移住して1世紀となる節目の年を祝った。
香川県人のブラジル移住は1913年10月、「帝国丸」でサントス港に到着した6家族28人に始まり、同県からの移民数は総計2845人。現在までの子孫を含めると、ブラジル在住の同県人関係者は推定約1万6000人にも及ぶという。
この日の式典には菅原会長をはじめ、浜田県知事、水本県議長、平木亨香川県議会南米親善議員連盟会長、多田野榮香川県国際交流協会理事長、福嶌教輝在サンパウロ総領事、園田昭憲県連会長、木多喜八郎文協会長、菊地義治援協会長、飯星ワルテル下議、安部順二下議、羽藤ジョージ聖州議、小松パウロ元陸軍中将、山本陽三北伯香川県人会会長、平井孝吉パラグアイ香川県人会会長らが出席。
式典では、先亡者慰霊法要が南米大神宮の逢坂和男宮司により執り行われ、菅原会長、浜田県知事らが神前で玉串奉納を行った。
日伯両国歌斉唱の後、菅原会長があいさつ。香川県人移住の歴史を振り返り、日本祭りや金毘羅(こんぴら)大祭など県人会活動の中で香川名物の「うどん」 を提供するなど食文化を継承していることにも触れた。その上で、100年にわたって築き上げてきた先人の思いを胸に、今後のブラジル発展と母県との友好交 流を期待。「本日が新たな出発で、歴史として刻まれることを願う」と述べた。
祝辞を述べた浜田県知事は、ブラジルに移住した香川県 人が困難を克服し、伯国の各分野で活躍していることに敬意を表し、落成から16年を迎えた会館が南米の香川県人の活動拠点として活用されていることを喜ん だ。さらに母県の現況を説明し、「日本一小さい県」でありながら、「海と田園と都市の魅力がきらめく香川を目指して取り組んでいく」と強調。ブラジルと香 川県及び日本との友好親善への協力を求めた。
亡き母親が香川県高松市出身で、当初出席する予定だった斉藤準一伯国空軍大将は諸事情のために欠席。そのため本人からのメッセージが代読され、母親の歴史を通じた移民の不屈の精神を省み、「展望と伴う行動こそが未来をつくる」とし、日伯両国の さらなる友好関係強化を願った。
引き続き、2013年度憲法記念日知事表彰に藤本徹也氏、高齢者表彰として蓮井清明、山本弘己、新居喜三夫の3氏、さらに功労者表彰として斉藤準一、浅沼雅恵、坂本豊子、中島佳子の4氏がそれぞれ顕彰された。
表彰者を代表して藤本、蓮井両氏の謝辞に続き、浜岡政晴氏が移住者代表あいさつ。県人会の歴史を年代別に振り返った。
香川ネルソン氏による研修生代表あいさつの後、母県からの補助金贈呈、日系3団体への寄付金贈呈、記念品交換により式典は閉会。場所を2階に移して行われた祝賀会では、鏡割り、乾杯の後にサンバショーがあり、慶祝団及び県人会員を巻き込んだ踊りで盛り上がった。
青年及び婦人による「海を渡って100周年」が合唱され、最後は記念のケーキカットにより締めくくられた。
前日の10日にパラグアイ香川県人会創立40周年を行ったという同会長の平井さん(76)は、浜田県知事一行が同国を訪問して式典を行ったことについて「同じ身内のような気持ちになり、うれしかった」と喜びを表していた。
コラム【モザイク】
ブラジル香川県人移住100周年記念式典で祝辞を述べた浜田県知事は、母県のインフラ整備の状況や伝統工芸品及び郷土料理などの産品について幅広く説明。その中でも特に、産学官が連携して香川県で開発された「希少糖」について「食後の血糖値の上昇を抑え、肥満や糖尿病の予防などに効果があると報告されている」と述べ、今後研究強化及び商品開発支援に取り組み、「一大産業に成長させたい」と意欲を見せていた。肥満の多いブラジルにも「希少糖」を持ち込んで商品開発を行えば、大いに喜ばれそうだが。
◎
祝賀会後に行われたサンバショーでは、身長が180~190センチ近くあるブラジル人ダンサーたちが、自慢のお尻と体を振りながら踊っていた。ダンサーの3分の2ほどの背丈の小柄なお婆さんが写真を撮ろうとすると、サービスとばかりに踊り子の一人が至近距離で踊りだした。お尻だけにそれこそ「ブンブン」と音がしそうなほどの激しい腰振りに、お婆さんが吹き飛ばされるのではないかと心配したほどだった。やはり本場のダンサーは違いますな。
2013年8月13日付
