ブラジル三重県人移住100周年記念式典出席のため、今回初めて来伯したという米国カリフォルニア州ガーデナ市に住む南カリフォルニア三重県人会会長の太田勉さん(67、三重県津市)は、1897年8月にリオ州ペトローポリス市に開設された日本公使館の初代公使を務めた珍田捨巳(ちんだ・すてみ)氏の曾孫に当たる。
「母方の曾じいさんが珍田捨巳でした」と話す太田さんは、珍田氏が駐米公使だった1912年に東京から送られた桜の苗木を珍田夫人とウィリアム・タフト大統領夫人がワシントンのポトマック川畔に植樹したことを説明してくれた。
太田さん自身は1970年に渡米し、現在の会長になって約3年がたつ。北米でもまだ四十数県の県人会があり、南カリフォルニアの三重県人は2003年に移住100周年を迎えたという。戦前は約1000家族を誇った県人会員も現在登録しているのは約100家族で、実際に会に参加しているのは60家族ほど。今年は同県人移住110周年の節目の年となるが、「金が無くて盛大な催しはとてもできない」と苦笑する。
北米では戦時中に敵性外国人として日本人及び日系人が強制収容されており、その時の悪いイメージが次世代に根強く残っているとし、若い日系人たちも日本語を使わない傾向にあるそうだ。
「若い世代が県人会に入ってきてもその場限りで、1世のおじいさんやおばあさんとは話が合わない。そのため、フェイスブックやツイッターなど若い人同士でコンピューター上でコミュニケーションを取っているのが現状」と北米の県人会の状況を説明する太田さん。ブラジルと同じく「今後の県人会をどのように維持していくかが大きな課題」と話していた。
2013年8月20日付
