06/03/2026

Dia: 6 de setembro de 2013

ニッケイ新聞 2013年9月4日  岐阜県人ブラジル移住100周年と同県人会創立75周年を記念した式典が25日、聖市の広島県人会館で開催され、母県からの慶祝団40人余りを含めて、約200人が節目を祝った。式典に先立ち、仏教連盟の6僧侶が先亡者追悼法要を行い、全員が焼香した後、仏連会長の松峯慈晄導師(西本願寺)が法話をした。  両国歌斉唱の後、山田彦次県人会長が挨拶し、1913年3月の若狭丸の11家族から始まり、戦前戦後を通して計629家族が移住し、現在までに1万人と推計されるとのべ、式典出席者に感謝した途端に言葉につまり、落涙した。  高原剛副知事は「農業高校生や警察の語学研修生の受け入れなど、故郷岐阜県との様々な交流に深いご理解と献身的なご支援を長年にわたり戴いている」と礼をのべ、会の発展を祈念した。さらに渡辺真県議会議長、細江茂光岐阜市長が続いた。  岐阜新聞の杉山幹夫会長は40年前の60周年式典で初めて来伯して感激した時以来の経緯をユーモアたっぷりに振返り、「何とかもう一度ドカンと花火をやりたいという夢を持っている」と語りかけると、会場から喝采が湧いた。  在ブラジル日本国大使館の高杉優弘公使、県連の園田昭憲会長、安部順二下議らも祝辞をのべた。母県側と県人会で相互に感謝や記念品を交換し、岐阜県民歌を斉唱、なごやかに昼食を囲んだ。午後は母県からの歌手・山田かおりさんが故郷の歌をプレゼントした。
ニッケイ新聞 2013年9月4日  三重県が岐阜県と共催し、先月20日に聖市で開催した「ビジネスセミナー&意見交換交流会」。地方自治体による中堅中小企業の海外進出支援の新たな形が垣間見えた。  自治体首長に同行する経済ミッションの交流会は、通常蓋を開けるまで、お互いにどんな企業に会えるのかはわからず、何の下準備もなくその場で名刺交換と立ち話をして終わるケースがほとんどだった。もしブラジル企業が興味を持ったとしても、帰国後ポルトガル語や英語のやり取りが難しいため、次のステップに進めずに終わってしまっていた。  そこで、県内企業による伯国進出の中長期的な支援をめざす三重県では、その轍を踏まないように現地コンサルタント会社と組んだ。事前にコンサルタントが参加企業の事業内容に関するヒヤリングを行うとともに、ブラジルで展開したい商品も絞り、ポルトガル語で説明書を作成。  それをもとに、ピンポイントで商談につながりそうな同業界のブラジル企業と来場交渉。事前にお互いの情報を交換した上で、意見交換交流会に臨んだ。その結果、交流会会場ではお互いの事業内容、技術概要に関する熱のこもった説明が展開されるとともに、間に入った現地コンサルタントの誘導のもと、具体的な商談へとスムーズに繋がっていったようだ。  例えば、ブラジルを代表する大手自動車部品(主にライティング)会社ARTEBは「エバ工業」(員弁郡)の持つ自動化技術に興味を持ち、今後具体的な提案や図面を渡し、それをもとにエバ工業が設計・見積もりを提出することになった。「江南化工」(四日市市)は、完全な同業であるブラジル大手企業DPV社と商談。具体的に3案件で見積もりを提出するとともに、輸出または技術提携に向けて、商談を進める。  「スエヒロEPM」(四日市市)も、製粉・搾油関連のブラジル大手企業IDUGEL社と商談。スエヒロの持つ技術や商品がブラジルにはないということで、ぜひブラジル用にカスタマイズして販売したいということになり、今回の経済団の団長でもあるスエヒロEPM佐久間裕之代表取締役会長は「お互いの技術をもっとよく知るために、営業部長を近くブラジルに派遣する」と今後の展開に期待を寄せる。  今回の交流会成功の大きな要因は、両国の事情に詳しい海外産業人材育成協会(HIDA)サンパウロ、BRABIC(ブラジルビジネス情報センター)などがコーディネート役を務めたことで、この後もBRABICサンパウロ事務所にて、継続的に商談のフォローアップをし、さらに具体的な成果へと落とし込む予定だという。  今回の交流会でわかったことは、ブラジルの大手企業で日本の技術に関心を持っている会社が極めて多いこと、そして日本の地方の中小・中堅企業の技術はブラジルでも十分通用すること。ただし、これらがお互いだけで出会うことは稀なので、現地に詳しいコンサルタントによる橋渡しが重要となってくる。HIDAサンパウロ会長の平井パウロ氏は「ブラジルは、輸入関税も高く、税金も複雑なうえ、言葉の壁もあり、日本の中堅中小企業が単独で進出するのは難しい。今回の商談も専門家による今後のフォローが重要」と述べている。  今回の三重のチャレンジは、地元経済の活性化が重要課題となっている他自治体にとっても大いに参考になる事例と言えそうだ。
ニッケイ新聞 2013年9月4日  県連主催の『第16回日本祭』で、日本から取材班が来伯し、マルシアの凱旋公演や、屋内展示場内に設けられた東日本震災復興支援ブースを取材していたNHK。県連の本橋幹久副会長が担当者に確認したところ、ブラジルでの放映時間は今月11日の午前10時からになるとのこと。番組名は「花は咲くスペシャル~世界へ羽ばたく復興の歌~」。当日会場にいた人は、もしかしたら映っているかも。
外交・公用ビザ免除措置に  2日から5日までブラジルを訪問した日本の岸田文雄外相(56)。2日午後にはブラジリアでフィゲイレド・アルベルト外相と会談しその際、外交・公用査証(ビザ)免除措置に係る書簡の署名式が両外相の間で交わされた(外務省発表)。3日にサンパウロを訪れた岸田外相は、東山農場視察やイビラプエラ公園内の慰霊碑参拝などを行い、4日午後7時にはサンパウロ市リベルダーデ区の文協貴賓室で約200人が集った日系団体主催の懇談歓迎会にも出席した。また同歓迎会前の約10分間、邦字紙からの質問に岸田外相が応えた。  今回の外相会談の概要は、ジルマ大統領訪日の早期実現に向けた両国政府の調整と、海洋資源開発など経済分野の連携の確認などで、両国が特別な信頼関係であることの共通認識で一致したという。また、両国間の外交・公用査免措置の署名が行われたことにより、受刑者移送条約が実質合意に至った。  歓迎会で岸田外相は「日本とブラジル日系人との関係を友好かつ強固にし、日系社会の発展、団結に協力していきたい」とあいさつ。乾杯の後、大勢の出席者が岸田外相を取り囲み、握手や写真撮影を行った。  歓迎会に出席した山田彰同省中南米局長によると「多忙な大臣が一国に3日間もとどまるのは異例」らしく、7日にアルゼンチンで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会への出席が主な目的での来伯とはいえ、ブラジルに注目する日本政府の姿勢がうかがえた。  本紙が行った岸田外相との質疑応答全内容は次の通り。 ―ブラジリアでフィゲイレド外相と行った会談の内容について。 「まず日本とブラジルは民主主義ですとか、法の支配ですとか基本的な価値観を共有する大切なパートナーです。そのブラジルの新しいフィゲイレド外相と初の外相会談をさせていただきました。こ のアジア、太平洋地域、あるいは中南米地域、こうした地域の繁栄と平和のために率直な意見交換ができ、大変有意義な会談だったと振り返って思います。日本 とブラジルの2国間の問題、さまざまな具体的な課題について意見交換をし提案をさせていただき、国連をはじめ国際条理における協力について意見交換させて いただきました。こうした両国の連携については今後ぜひ、首脳会談にもつなげていきたいと考えています。5日の(サンクトペテルブルクでの)G20(首脳 会議)の場でも日伯首脳会談が予定されております。そしてジルマ大統領の訪日も今は延期ということになっています。しかしぜひ、近いうちにそれを実現しよ うとフィゲイレド外相とも合意していますので、こうした首脳の意思疎通にもしっかりこの外相会談の成果につなげていきたいと思います」 ―ブラジルは来年のワールドカップや2016年のオリンピックなど大きなイベントを目前としている中で、日伯間でのビザ免除協定の必要性が高まっている。同件について外相会談でどのような論議が行われたか。また、岸田外相自身のビザ免除に関する見解について。 「査証免除については両国の国民が交流を図る上で大変重要な課題だと思います。ご指摘のように世界から注目される大きな行事が予定されています。こういっ た中ですので人の行き来は大変重要で、そのために査証免除の問題は大変大きな課題だと思っております。こうした問題意識についてはフィゲイレド外相とも しっかり認識を一致させたわけであります。ですので今後とも査証免除については両国のさまざまな状況、そしてさまざまな課題を総合的に考えた上で判断して...
 【ベレン支局】ベレン市近郊に540ヘクタールの自然林を保有する「アマゾン群馬の森」が創立15周年を迎え、その記念式典が8月4日に同地で実施された。アマゾン群馬の森はベレン市から約50キロの近い距離に在り、540ヘクタールの総面積中、74%の400ヘクタールが原始林で、残る140ヘクタールが再生林の森となっている。  開発の進むベレン市近郊で、これだけの広さの原始林が残っているのはまれなことで、政府や大学の研究機関、日本の研究者等による熱帯雨林の研究フィールドとして広く活用されている。  この日、午前10時から行われた式典に先立ち、群馬の森の良き理解者だった故久保田富一郎県議の胸像に、岡島博北伯群馬県人会長より献花が行われた。  引き続き、会館サロンに移り催された式典には群馬県より7人の慶祝団を含め約40人の参加者があり、来賓者を代表して阪野真司在ベレン総領事館領事、生田勇治汎アマゾニア日伯協会長、山中正二パラー日系商工会副会頭、山本陽三北伯県人会協会会長のほか、慶祝団の都丸高志団長らの祝辞が次々に披露されていた。  次いで、参加者一同による記念植樹が群馬の森内の圃場で行われ、この後、群馬県人会が準備した昼食を取りながらの懇談に移っていた。  1992年にリオ市で実施された地球環境サミットを契機に、北伯群馬県人会による群馬の森構想が生まれている。この構想に共鳴した母県側の募金活動で当時、3000万円の資金が集まり、これを基に540ヘクタールの自然林が購入された。  15周年を迎えたアマゾン群馬の森は内外に広く知られ、見学者も後を絶たない状況だが、その一方で広大な森を維持するための日常経費の捻出に頭を痛めているのが現状だ。「母県での民間ベースの支援活動は継続していますが、県庁側は残念ながらこの森に関心が無いようで」と岡島博会長は嘆きながらも、現在、森のスポンサー探しに精力的に奔走している。 2013年9月6日付
大きな喜びの桜高森植民地  岐阜県人移住100周年、岐阜県人会(山田彦次会長)創立75周年記念式典に出席するために来伯していた高原剛副知事、渡辺真県議会議長をはじめとする岐阜県一行約20人は式典翌日の8月26日、サンパウロ(聖)州グァラレマ市にある「岐阜県村」の桜高森植民地を訪問した。日本からの岐阜県関係者が同植民地を訪れるのは約30年ぶりで、一行を出迎えた桜農事文化協会の田中八束(やつか)会長(67、長崎)や第1回入植者の土田加津司(かつし)さん(66、岐阜)らは、大きな喜びを表していた。  一行には岐阜県人会の山田会長、青山高夫副会長も同行し、宿泊していた聖市のホテルを午前8時40分に大型専用バスで出発。バス内では山田会長が桜高森植民地の概要を説明した。  一行は午前10時ごろ同植民地に到着し、田中会長たちの出迎えを受け会館で懇談した。  植民地側から出席したのは田中会長、土田さんと次男の健司さん(29、2世)をはじめ、同文協副会長の関富士夫さん(65、北海道)、岐阜県郡上市出身の山内一豊さん(79)と移住地初の2世である息子の和浩(たかひろ)さん(51)と初の3世で孫の裕吾さん(25)たち。この日の夜に同地の花卉生産者たちがCEAGESP(聖州食糧配給センター)に行くために、田中会長は人数の少ない出迎えであることを説明した。  土田さんの話によると現在同文協には38家族が所属しており、岐阜県出身者は4家族のみ。そのうち農業を営んでいるのは土田さんと山内さんの2家族だけとなっている。1980年に完成した同文協会館落成の際には、岐阜県選出の衆議院議員で在ブラジル日本国大使も歴任した安東義良(あんどう・よしろう)氏が訪問。それ以来、岐阜県関係者の訪問者が無かったが、土田さんは「今年の県人移住100周年と県人会創立75周年に(県関係者に)来てもらいたいと思っていたら、山田会長から皆さんが来られるという話を聞き、非常にうれしかったです」と喜びをあらわにした。  同地に入植して40年になるという田中会長は、「ちょうど村に電気が入った時でしたが、当時は入植者もまだ多かった。40年の間にかなり人数も減 りましたが1世の時代は終わり、今は2世、3世が次のコロニアを背負う立場になっています」と現状を説明。現在、同文協では一行が訪問する前日に開催され た盆踊り大会や、運動会、焼きそば大会など青年たちが主導で実施しており、「最近も会館に入る門も若い人たちが中心になって直すなど、すごく助かっていま す。今年で入植53年になりますが、50年先を見越して文協をつぶさないようにどのようにやっていくか、若い人たちと話しています」と述べた。  長老的存在となっている山内さんは、同村入植者の中で第一号の結婚経験者。当時、安東大使に仲人をしてもらったという。「入植当時は泥壁の家だった。嫁に は来てもらったが、今から思うとどんな気持ちだったのか。本当によく来てもらった」と山内さん。「今は子供や孫に任せて、どうにかこうにか食べている」と 話した。  北海道芦別市出身の関副会長は、炭鉱離職者だった父親が同地入植に応募したという。村では60年代半ばに養鶏が 落ち目になり、鶏糞を使用した果樹生産を行ったが、「(植民地の)気候はいいが、出荷先でよその物とかち合い、お金にならなかった」と当時を振り返る。そ の後、花卉生産を行うようになり、現在の植民地の90%がラン栽培に従事しているとし、「今、皆で一生懸命やっているので伸び始めている」と期待感を示し た。...