06/03/2026

Dia: 24 de outubro de 2013

 南米ブラジルで、日本から移住した人が出身地ごとに作る県人会のうち最も古くに創立された鹿児島県人会が、ことしで創立100年を迎え、現地で記念式典が開かれました。  ブラジル最大の都市サンパウロで20日に開かれた式典には、鹿児島県から80人以上の訪問団をはじめ、合わせて500人余りが参加しました。 式では、まず日本からブラジルに移住して亡くなった人たちに対して黙とうがささげられました。 続いて、県人会の園田昭憲会長が「100年を祝うことができるのは先人の努力と思いの集積です。100周年は次の100周年へのスタートでもあり、次世代に継承していきたい」とあいさつしました。 このあと祝賀会が開かれ、地元の人たちによるサンバが披露されました。 日本から移住した人たちが出身地ごとに作る県人会のうち、最も古くに創立された鹿児島県人会は、1913年8月にサンパウロで発足し、会員数およそ4000人となっています。 移住者の高齢化などにより、会員数の減少が懸念されていて、県人会をどう継承するかが課題となっています。
ニッケイ新聞 2013年10月22日  ブラジル鹿児島県人会創立100周年及び、移民105周年記念式典が20日、聖州議会で行われた。母県からは副知事の布袋(ほうたい)嘉之氏、海外移住家族会の川畑隆会長ら85人の慶祝団と、在サンパウロ日本国総領事の福嶌教輝氏、日系三団体、近隣諸国からパラグアイ同県人会の園田義人会長らも祝福に駆けつけ、約600人の県人が節目の年を祝った。  同県人会の園田昭憲会長は冒頭、「日系社会最古の団体として前人未到の歴史を迎えた。これも隣人、家族愛をモットーにした先人たちの努力の賜物。これまでの100年を重要な財産として継承し、次の100年へのスタートを切りたい」と述べ、同県人会の谷口雅治書記の司会進行によって来賓が紹介された。 聖州議の羽藤ジョージ氏に続いて連邦下議の安部順二氏は、「日本式の教育はブラジル発展に貢献した。この教育は父母、祖父母のおかげ。日系人はこれからも日伯の文化交流の中心として活動していく」と語った。 伊藤祐一郎知事はビデオメッセージを寄せ、「故郷を遠く離れながら熱き希望、志、郷土愛を胸に異文化に立ち向かい、乗り越えた苦難の道は並大抵ではない」と称えた。県知事、県人会から各表彰が行われ、80歳以上の高齢者72人、渡伯70年以上39人、戦後移住50年以上149人などが受賞した。記念事業として西郷隆盛の記念切手の発行された。 その後、第二部の昼食会で親睦を深めた。南九州市出身の福本フミコさん(76)と津高エツさん(83)は渡伯半世紀を数える。「こういった式典に参加できたことは名誉なこと。日本を恋しく思う日もあったがブラジルにきてよかった」と笑顔で語った。 慶祝団の内村ナツエさん(66、志布志市)は初来伯で、「兄弟に会いに来た。貴重な機会に立ち会えて光栄」と話した。聖市在住の鮫島サク子さん(81、宮崎)は父が同県出身で、家族呼び寄せにより1960年に渡伯。「曽祖父母の本家が日本から参加すると決まり、私も喜んで式典に出席した。遠い親戚でも家族と同様のよう」と結束の強さを示した。 鏡割り、ケーキカットに加え、約50人のサンバ隊が登場し、会場が熱気に包まれる中、式典が終了した。園田会長は「実行委員会発足から5年、きりがないほど苦労した。だが無事に終了し役目を果たしたよ」と胸をなでおろした。 母県からは布袋副知事のほか、県議会の池畑憲一議長、鹿児島市の森博幸市長、阿久根市の西平良将市長、南九州市の霜出勘平(シモイデカンペイ)市長、伊佐市の隈元新(くまもとしん)市長らが慶祝に訪れた。   コラム【大耳小耳】  笑顔に包まれた鹿児島県人会創立100周年式典。その中で四六時中対応に追われたのが県人会事務局だ。来場者の受付に始まり、高齢者など表彰者の受賞品受け渡し、また土産品として来場者には「故郷を忘れないでほしい」との願いから、桜島のマット絵と手ぬぐいが用意され、その配布にも走りまわった。一部関係者からは「お昼ごはんを食べる暇もない」といった声も。準備段階から支えてきたであろう事務局の皆さんにも、労いの言葉を贈りたい。