06/03/2026

Dia: 15 de novembro de 2013

『第54回海外日系人大会 歓迎交流会』に県連から園田昭憲会長が出席し、秋篠宮殿下同妃殿下御臨席のもと「日本国民の健康と安全、全世界の平和を祈ります」とあいさつし、乾杯しました。 ◯ 記事と写真はこちらをクリック秋篠宮ご夫妻、海外日系人大会に出席 180人と交流(朝日新聞デジタル)
 ブラジル福島県人会(永山八郎会長)は、2014年度短期研修生を急募している。  福島県主催の同研修の目的は、中南米に移住した県人会員やその子弟と県民との交流を通じて、将来にわたる親善・発展に寄与する人材育成。  今回の研修期間は14年1月末から2月初旬の約2週間。定員は中南米で10人だが、ブラジルからは5人が推薦される予定。東日本大震災後、3年間凍結していた同研修だが、今年2月に福島県で開催された「在外県人会サミット」を機に再会が決定した。  応募資格は、18~40歳の同県人会の会員または会員の子弟であること。日本語能力は問わない。また福島県内に親族がいることも条件で、渡航費、日本国内旅費、宿泊費は福島県庁が負担する。  申し込み締め切りは今月25日。応募者の中から面接などにより選考される。なお現在同県人会員でなくても、これを機に加入することで応募資格を得られる。  来社した永山会長と曽我部威同県人会事務局長は「日本、福島の今を肌で感じる絶好の機会。ぜひとも応募してほしい」と呼び掛けた。  予約・問い合わせは、同県人会事務局(電話11・3208・8499)まで。 2013年11月14日付
 サント・ドミンゴ市内の中華街に到着。昼食は1号車、2号車の一行76人が一緒に取るため、場所の確保が大変だったようだ。  雑然とした雰囲気の中で同席し、「本当はドミニカに行くはずだった」と話してくれたのは、サンパウロ市内に住み本紙ビル内で大正琴教室に通っているという吉瀬(きせ)弘子さん(74、東京)だ。夫の吉瀬教通(のりみち)さん(75、東京)とともに夫婦で参加した。  戦前、満州開拓団として家族で海を渡り、3歳から6歳までを満州で過ごしたという弘子さん。父親の故大久保隆朝さんは「沢村高造」という歌舞伎俳優だったという。しかし、妻からは「役者では食べてはいけない」と諭され、満州開拓団に行くことに。歌舞伎のことが忘れられない隆朝さんは満州にも三味線を持って行ったほどだったという。  しかし、終戦により一家は1945年に日本に引き揚げ、千葉県の開拓団に入ることに。その開拓団で知り合った中に東京都三宅島の人がおり、一時は三宅島にも住んでいた。  戦後の不況の中でドミニカ移民の話があり、弘子さんたちも当初はドミニカに行くことを考えた。しかし、ドミニカから戻って来た移民たちから「ドミニカにはまともな土地もなく、農家として成り立たない」と聞かされ、断念。しかし、大陸の思いが強い弘子さんの家族は、58年に「あるぜんちな丸」でブラジルに渡った。その時の同船者が現在の夫である教通さんだったという。  現在、がんの症状があり、医師の許可を得て参加した弘子さんは「どうしてもドミニカには行ってみたかった」と強調していた。  昼食後、市内の中央市場で各自土産物などを買った後、一行は現地法人・ドミニカ日系人協会(嶽釜徹会長)傘下の日本語学校(上原邑子校長)を訪問した。  市内でも高級住宅地であるピアンティーヌ区にある日本語学校に到着したのは午後3時半。一行が訪問することを聞いたのは数時間前だったらしく、出迎えてくれたのは、同日本語学校教師や高齢者福祉士など今年7月からJICA日系社会青年ボランティアとして派遣されている女性たちだった。  その中の先輩格であり、同地に赴任して1年3カ月が過ぎたという小出知子さん(38、香川)が同校の説明をしてくれた。それによると同校には6~18歳の 日系子弟31人が在籍し、土曜のみ授業が行われているという。それ以外の曜日は日本語教師たちが地方を巡回して教授しているとし、年間行事はお話大会、盆踊りや6月には学期末となる学芸発表会も行われているそうだ。  教師は上原校長を除く現地の日系人教師が2人と、日本からの青年ボランティア6人を含めた計8人。また、成人クラスもあるが、日系人との配偶者であるドミニカ人は対象となるが、非日系人は基本的に受け入れていない。  日本語学校の2階建て立派な建物は日本政府の資金援助などで建設され、隣接する建物内では高齢者福祉施設と日系子弟の学生寮も完備されている。ガイド役の 内藤さんによると、大学に近い治安の良い場所として同校建設地の選定には苦労したと言い、同地から約2キロの場所にはサント・ドミンゴ自治大学(公立)が ある恵まれた環境だ。  また、ドミニカにはJICAの日系社会ボランティア、青年海外協力隊を含めて全体で約70人が派遣されており、ドミニカ日本人移民の日本政府を相手取った裁判での損害賠償請求が少なからず影響しているとの話も聞かされた。  ブラジルでは日本政府からの援助が年々少なくなる中、「有るところには資金援助は有るものだ」とブラジルからの参加者の一部からはため息交じりの声も聞こえた。(つづく、松本浩治記者) 2013年11月14日付