サント・ドミンゴ市内中華レストランでの夕食懇談会でスペイン語で司会役を務めた上之(うえの)賢三さん(56)は、ドミニカ日系人協会の嶽釜徹会長の実弟に当たり、ドミニカ初の2世になるという。
記者たちの質問に日本語で答えてくれた上之さんは、15歳の時に日本で自動車整備士としての研修を受け、「日本で日本語を覚えた」と話す。その一方で「父親は苦労してこの地で亡くなった。大使館やJICAは信用できなかった」とも。
ドミニカ移民の苦労を切々と聞かされた感じの懇親会だったが、ここでも50年ぶりの再会があった。サンパウロ州モジ・ダス・クルーゼス市から息子と参加した八巻タツさん(87、福島)と笠原ハルエさん(78、福島)は、第1次、第2次の違いはあれど同じダハボン入植者。「まさか、会えると思っていなかったので、夢みたい」と笠原さんは感激していた。
ダハボンに約10年住んだ後、ドミニカ国内を転々とし、72年に子供を置いて1人で日本に出稼ぎに行った経験があるという笠原さん。実家の福島や東京などで民宿の仲居(なかい)として働いた。「日本に住みたいと思ったこともありましたが、子供のためにドミニカに戻りました」と語り、サント・ドミンゴ市に娘と住んで22年になるという。
懇親会の最後は県連事務局の伊東信比古氏のハーモニカの伴奏で参加者全員が恒例の「ふるさと」を合唱。本橋幹久団長は「別れは再会の始まりです。また会いましょう」とあいさつし、お開きとなった。
午後9時45分にホテルに到着すると、コロンビアのボゴタ市に置き去りになっていた約10人分の荷物がようやく届いたとの連絡があった。
3日目、一行はサント・ドミンゴ市から北西に約140キロ離れた日本人移住地ハラバコアへ。同地は標高524メートル。ドミニカ国内の避暑地として有名だという。
この日も快晴で午前7時半にホテルを2台の大型バスで出発した一行だったが、1号車の乗客が1人、バスに乗り遅れるというハプニングが発生。現地ガイドの 内藤さんが急きょホテルに戻ってその人をピックアップし、地元の車をヒッチハイクするなどして昼食時間にはハラバコアに到着するという「離れ業」で事無き を得たことを後で聞かされた。
ビルが建ち並ぶ市内を外れ有料の高速道路に乗ると、バスの車窓からの景色は緑が多くなった。熱帯地域らしく椰子の木が多いが、柑橘類が植えられているところもある。また、ところどころで日本のような水田風景も広がるが、椰子の木と水田とのコントラストが面白い。
午前9時、中間地点のボナオ市でトイレ休憩。簡易レストランや土産物屋もあり、地元の買物を楽しむ人も。
休憩後、バスは国道から山道へと入り、急勾配を上っていく。
午前10時半、ハラバコア市に到着。同地の日本人移民たちが最初に入ったという場所は現在、日本庭園になっており、赤い鳥居が立っていた。(つづく、松本浩治記者)
2013年11月19日付
