コンスタンサ移住地からサント・ドミンゴ市内に戻った一行は、またもや中華レストランで夕食を取ることに。料理はバイキング方式で、アルコール類以外のソフトドリンクとともに自由にお代わりできるのがうれしい。
一緒のテーブルに座った浜口洋さん(69、三重)は、ふるさと巡り旅行に既に十数回以上参加しているというベテラン。工業移住者としてブラジルの通信関係会社などで働いてきた同氏は、「今までブラジル社会にずっと居たので、コロニア(日系社会)のことを知りたいと思った」と、そのきっかけを話す。
また、コチア青年1次15回生の神林義明さん(77、長野)は趣味で短歌を行っており、コンスタンサ移住地で同じく歌を作っている有山ムツ子さん(86、鹿児島)に出会えたことが一番の収穫だったという。
「有山さんには、一人で寂しいならいくつでもいいから(ブラジル短歌同人誌の)『椰子樹』に送ってほしいと言いました」と国は違っても同じ文芸仲間であることを喜んでいた。
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5日目、4日間泊まったサント・ドミンゴ市内の「バルセロ・サント・ドミンゴ」ホテルをチェックアウトして、午前8時に出発。同市内にある日本人開拓者が眠る慰霊碑を参拝することに。
午前9時、「クリスト・レデントール」という大型バスごと乗り入れることができるほどの大きな墓地に到着。慰霊碑参拝は、ドミニカ日系人協会が主催し、嶽釜徹会長らが一行を迎えてくれたほか、2日目のサント・ドミンゴ市での夕食懇談会に出席できなかった佐藤宗一日本国大使が朝からの炎天下で汗がしたたり落ちる暑さの中、黒い背広を着て出席した。
2010年10月に着任して既に3年がたつという佐藤大使は一行に気さくに声を掛け、聞けば前日の夜に日本から戻ってきたばかりだという。
真っ白な慰霊碑には、「慰霊碑」と書かれた塔の左横に日本海外移住家族会連合会会長で文部大臣だった田中龍夫氏(故人)の名前も記されている。また、その中には、人が10人ほど入れる礼拝堂があり、1956年からの物故者の名碑が霊前に置かれていた。
嶽釜会長と本橋幹久団長が霊前に合掌し、続いて参加者が焼香した。
嶽釜会長は慰霊祭のあいさつで、同慰霊碑が80年代後半に建立されたことを説明。慰霊碑には現在、167人の移住者と6人のJICA関係者を合わせた計173人の御霊(みたま)が眠っているという。
慰霊祭は当初、7月29日の第1回移民入植記念日に合わせて法要が行われる予定だったが、ブラジルと同じ11月2日の「死者の日(お盆)」に合わせて慰霊 祭を実施しているとし、その際はドミカ全国の日本人及び日系人たちが一堂に会する。今回、ふるさと巡り一行が訪問したため、特別にこの日に慰霊祭のスケ ジュールを入れてもらったそうだ。
嶽釜会長は「今日は暑い中、皆様にご焼香いただき、亡くなった方々も草葉の陰で喜ばれていると思います」と感謝した。
佐藤大使は「遠いところを来ていただき、ありがとうございます。これをきっかけにドミニカで日本人・日系人が頑張っておられることを知っていただき、ブラジルとドミニカで交流が促進されることを期待しております」とあいさつした。
慰霊碑参拝を終えた一行は、カリブ海沿岸のリゾートホテルを目指し、バスに乗った。(つづく、松本浩治記者)
2013年11月28日付
