06/03/2026

Dia: 27 de fevereiro de 2014

裁判問題の進捗状況を説明 神奈川文化援護協会の定期総会が2日、サンパウロ市ビラ・マリアーナ区にある同会館で開かれ、2010年に発生した偽弁護士による約60万レアルの詐欺横領事件や前会館売却問題での裁判(刑事及び民事)など同協会が抱えている5件のうち民事裁判問題4件について担当弁護士から説明があった。なお、総会では2期4年を務めた永田淳氏に代わり、白又タカノリ氏が新会長に選任された。 神奈川文化援護協会では、(1)偽弁護士への刑事裁判(2)前会館売却の際に書類をそろえた仲介者から訴えられた民事裁判(3)前会館売却に際しての不動産会社に対する民事裁判(4)協会の許可なく預金を引き出させた、当時のサンタンデール銀行に対する民事裁判(5)偽弁護士事件発生当時の会長と副会長に対する証明書提出を求める民事裁判、の5件を抱えている。 (1)は、2日の総会に担当弁護士が出席しなかったことから詳細は不明だが、協会関係者によると昨年の第1審で協会側が勝訴している。しかし、偽弁護士だった浅川マルセロ被告が行方不明の状態が続いているという。 (2)は、ビラ・マダレナ区にあった前会館売却で必要書類をそろえた仲介者の森西ユタカ氏から訴えられ、協会では既に支払っている5万レアルに加え、さらに9万4000レアルの支払いが求められていた。協会と森西氏両者の弁護士同士の話し合いの結果、協会が森西氏に約7万7000レアルを支払うことで解決したという。 (3)は、前会館売却の際に通した不動産会社「メガ・ブラジル」に協会から手数料が払われたが、同社から森西氏に払われるべき金額が払われなかったために、森西氏がメガ・ブラジルと協会を相手取り、訴訟を起こしたもの。その後、森西氏は「メガ・ブラジル」への裁判は取り下げ、協会が不動産会社を訴えていたところ、昨年の第1審では協会が勝訴。しかし、不動産会社がその後控訴し、現在第2審で係争中。 (4)は、第1審で協会が敗訴したが控訴しており、第2審での判決を待っている状態だ。 (5)は、当時会長だった村田洋氏と同副会長だった高村純氏に対して第1審では協会が勝訴しているが、両氏側が現在、第2審への控訴手続きを進めているという。 同協会では、これらの裁判の結果が出しだい、改めて発表する考えを示している。 2014年2月27日付
日系団体共催による三輪昭在ブラジル日本国全権大使の送別会が、24日午後7時30分からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル2階貴賓室で開催され、日系団体代表者ら約150人が出席した。 貴賓室壇上には日系議員と日系5団体各代表、このみ大使夫人、山田彰外務相中南米局長、福嶌教輝在サンパウロ日本国総領事が並んだ。 日伯両国歌斉唱後、日系団体を代表して木多喜八郎文協会長があいさつし「4年間、大変お世話になりました。今後ますますのご活躍を私ども日系団体一同、心からお祈りします」と述べ、特に記憶に残っている出来事として「東日本大震災の支援金活動をサンパウロ州知事公邸で開催した際、わざわざブラジリアからお越し下さったことで、日伯関係の強いきずなを結んだ」と印象を語った。 その後、感謝状を日系団体と日系議員連盟が三輪大使に贈呈し、日系団体を代表して中谷アンセルモ氏日伯文化連盟理事長(ポ語)、藤井晋介商工会議所会頭(日語)、議員連盟を代表して安部順二連邦下議がそれぞれ感謝状を読み上げた。また日系団体からは画家の半田知雄氏の作品が三輪大使に贈られた。 あいさつに立った三輪大使は「慣れ親しんだ文協での別れの言葉が私の最後の仕事となりました」と話を切り出し、在任中の出来事について「東日本大震災では日系人はもちろん、日系人以外の方からも温かい支援をいただいたことが強く心に残っている」とし、日伯社会保障協定、商用ビザ発効が実現したことなどを挙げ、「やり残した仕事はあるが、後任にしっかり引き継がせたい。査証(ビザ)の問題については日系団体からの要望を受けて、岸田外務大臣が努力していますので今しばらくお待ちください」と出席者に伝えた。 同会後は、菊地義治援協会長が乾杯の音頭を取って食事会へと続き、三輪大使を囲みながら雑談し出席者たちは別れを惜しんでいた。 出席したサンタ・カタリーナ州のラーモス移住地文協の本多泉美会長は、昨年11月に三輪大使が同移住地を公式訪問したことについて触れ、「移住地を訪れて、ラーモスを気に入ってくれていただけに大使が代わられるのは残念。でも、次の大使にもラーモスのことをしっかり引き継いでくれると思う」と心境を述べた。 なお、三輪大使の後任には中国公使、南部アジア部長、2012年9月から国際協力局長を務めた梅田邦夫氏(59、広島)が就任する。 2014年2月26日付
2014/02/25(火曜) 15:50 8月、母県から慶祝団迎え=「ソバ祭り」も開催 南マットグロッソ州カンポ・グランデ市で「沖縄県人移住100周年」が8月に開催されるにあたり、主催団体である沖縄県人会支部の志良堂ニウトン会長(58、三世)が、「沖縄県人の功績を広くPRしたい」と張り切っている。沖縄県へも招待状をすでに送付し、姉妹州県を結ぶ同州政府の協力も取り付けた。市無形文化遺産である沖縄そばを前面に押し出し、「SOBAフェスティバル」を企画するなど、県系人の存在感を大きく打ち出す考えだ。 ポルト・エスペランサ、バウルー両方面から延びていた線路が1914年にカンポ・グランデで連結され、ノロエステ線が完成した。7年かかったこの敷設工事に約70人ほどの日本人が工夫として働いた。そのうちの一人、山城興昌氏が野菜作りを始めたのが同地コロニアの草分けとされる。(カンポグランデ日系コロニアの歩み)。 現在、カンポグランデには約1万5千人の日系人が住み、うち約7割が沖縄系といわれる。06年には沖縄そばが市の無形文化財となり、バスターミナルにはモニュメントがあるなど独特の沖縄文化が発展している。 志良堂会長は、「鉄道開通、沖縄の食文化普及を、県人の功績として大きく評価する機会にしたい」と一世紀の節目を位置づける。 鉄道建設に関わった日本人が写った写真がブエノスアイレスの鉄道博物館にあることを伝え聞いていることから、「探して式典の場で披露できれば」と話している。 「アンドレ・プチネリ州知事はかつて訪問した沖縄に、とてもいい印象を持っている。今回の行事にもとても協力的だ」と話し、25日には知事とフェイラ関係者と会合を持ち、「SOBAフェスティバル」の開催も進めている。 志良堂会長は「我々の祖父母は何もなくブラジルに来た。持ってきたのは文化。これを今後も維持していければ」と力を込める。 なお同月、ノロエステ線を通り、開拓に向かったボリビア・オキナワ移住地も創設60周年を迎える。
2014/02/25(火曜) 18:49 広島文化センター(大西博巳会長)は23日午前に総会を開き、会計・事業報告、計画を説明した。約40人が参加した。 昨年の事業報告では、中国ブロックでの運動会、広島フェスタの初開催(3月)、県との連絡内容などが、来年度については通常の活動に加え、会館の修繕作業、15年の県人会創立60周年に向けた準備などが確認された。 会計報告では、本年度の収支が51万4042レ、来年度予算は50万9千レであることが発表、承認された。大西会長は今後の経済状況を心配しながら「一日1600レかかる計算になる。会員のご理解と協力をお願いしたい」と話した。 昨年3月に諸事情で開催が中止されたデイサービス「もみじの会」の再開を求める声が上がった。大西会長は「料理の準備する手が足りなかった」と説明。「お茶菓子でもいい」「みんなが集まる場所を確保してくれれば」との声を受け、大西会長は「再開に向け理事会で検討したい」と話した。平崎靖之副会長も「継続を望む意見を直接役員に届けて」と付け加えた。 続いて、新年会が開かれ、昨年11月に島根県益田市であった「国際神楽フェスティバル」に参加した神楽団の舞台が映像で流されるなか、会員らは料理に舌鼓を打ちながら、親睦を図った。