ニッケイ新聞 2014年3月26日 鳥取の本橋幹久氏が県連会長に――。ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)の選挙シャッパ提出が14日午後5時に締め切られた。本橋現副会長を会長候補とする単一シャッパで、副会長、会計、書記ふくめ12人が明記されている。27日の総会で承認されれば新体制の誕生となる。 電話取材に応じた本橋氏は、「総会で決定するため今はなんとも」と話すに留まりつつ、シャッパ提出を認めた。与儀昭雄氏が11年に沖縄県人会長を退任。定款上、県連会長を辞任したことから、本橋氏が強く推されていたが、健康上の理由で辞退した経緯がある。 その任を受け継ぎ、2期を全うした園田現会長(鹿児島)は、事務所移転、6月のW杯に向けた邦人保護の委員会設立など、「在任中に形を整え、引き継ぎたい」と語ってきた。「裁判問題や毎年の日本祭りが大変だった」と振り返り、「今後は鹿児島県人会のために尽くしたい」と話した。赤字を見込む日本祭りについて、「成功に向けて最後まで協力する」と、新体制を支える考えだ。 日本祭り実行委員長として、新体制発足後も引き続き尽力する山田康夫氏(滋賀)は本橋氏について、「まじめで芯を持って取り組む姿勢をもった人」と印象を語り、副会長の杉本教雄氏(静岡)も「みんなで選んだ人ですから」と信頼を寄せている。
Dia: 26 de março de 2014
ニッケイ新聞 2014年3月21日 大阪なにわ会(下平尾哲男会長)は16日午後に同会館で総会を開き、兼ねてから懸案事項であった会館の第三者への賃貸の件について話し合った。メトロ駅すぐ近くという好立地で、大講堂も備えていることから、次世代をみすえて有効に活用するための議論が以前から行なわれていた。約30人が出席し、会の今後について熱心に話し合った。 開会の辞後に先没者に1分間の黙祷が捧げられ、予定されていた昨年度事業報告の前に、下平尾会長から会館賃貸に関する報告として、「現在は経済的な問題は何もないが、行く先も磐石とは言えない。益々の発展と、代替わりした後の次世代の為に、その準備として会館を第三者に賃貸する事と決めた」との話が飛び出した。以前よりささやかれていたが、会員達の関心もこの件に集中していたようで、それから白熱した質疑応答が繰り返された。移転先の新会館(候補地サンタクルス駅周辺)にも議論は向けられ、移転や改修にかかる費用の捻出、事業縮小化なども心配された。しかし、下平尾会長は「金銭的な面に関しては何も心配する事はない。事業に関してもカラオケ大会などへの会館の貸し出しは出来ない規模だが、会員が今まで通り使う事には何の問題もない」との説明があった。同会館は下平尾会長の父である初代会長、故・数行氏が、私財を投じて建設にこぎ着けた思い出深い建物。この決断は会としても苦汁のものであろうが、「父は会の発足、会館の落成に全精力を捧げた。会館を継続して使う事も大切だが、会の継続が最重要事項、父の遺志を継いで行きたい」と会長が語ると会場から拍手が起きた。なお会館の賃貸は決定事項であるが、その具体的な予定期日は全くの未定。新会館に移転後、現会館の事業を全て移す。下平尾会長は「5年先、10年先になるかもしれない」とした。その他、昨年の会計報告では収入18万6180レ、支出15万5549レ、3万631レが繰り越された。その他、昨年の事業報告、本年度事業計画が説明され、承認を受けた。
ニッケイ新聞 2014年3月21日 元新潟県人会会長の柿島昭三さんが12日、尿道疾患のため逝去した。19日にスザノ市サンセバスチャン墓地に埋葬された。享年85。 戦後の勝ち負け抗争で不和をきたしていた日系社会の融和のため、1956年にカトリック教の修道会「神言会」から5年契約で当地に派遣された。サンパウロ、パラナ州を中心に伝道活動を行った後、60年にスザノ市に移り住み、時計店「ボニファシオ」を30年近く営んだ。 同地文協では2期会長に就任。新潟県人会の創立当初からの会員で、百周年時には会長として日本との交流に尽力した。 初七日ミサは23日午前7時から、同市のサンセバスチャン教会(Praca Joao Pessoa, s/ n, Centro)で執り行われる。
