大型船も着くサンセバスチャン
よく晴れた3月16日の日曜、朝日に輝く水面は美しく午前10時のホテル出発前には早起きしてビーチを散歩する参加者も大勢いた。この日は海岸沿いの道路を30分ほど走った先にあるサンセバスチャンに向かうということで、記者はどうも海の街と聞くと男のロマンがそそられてしまう。
海水浴場がひしめくカラグアタツーバの海とは違い、ここサンセバスチャンの海は水深が深いため、世界各国からタンカーなどの大型船が出入りできる港があることで有名だ。
「こんなに大勢の人が来るのは初めてで今日は大忙しだ」とサンセバスチャン日本人会の人が口をそろえながら我々一行を歓迎してくれた。それもそのはずで、126人という大所帯で訪問したらどこであっても大変なはずだが、同日本人会の現在の会員は30家族と多くない。
森孝子会長(70、2世)は、「いつものイベントなどでは小さい鍋を使っているが、今日は大きな鍋を用意して気持ちを込めて作った」といい、さらには「トイレが1960年に会館が造られた当時のままだったのでこれを機に新しくすることを決めた」そうで、何とその工事は前日に終わったばかり。我々一行を迎えるためにわざわざ行われた。
サンセバスチャンは84年に青森県鯵ヶ沢(あじがさわ)町と姉妹提携を結んだそうで、会館には同町出身の舞の海(元相撲力士)の手形色紙や結成5周年の記念プレートが飾られていた。
鯵(あじ)という地名からも海とのかかわりを想像できるが、日本海に面した鯵ヶ沢町の内陸には世界遺産となっている白神山地があり、海と山に囲まれた町としての類似性もあるようだ。
またその隣のプレートに書かれた「16・3・1636」の文字が気になった記者。そう、その日はちょうど3月16日だったからだ。会場にいた同市 役員のオズワルドさんによると「今日は町の誕生日。元の町から分かれて街ができた日」だそうで、中心街では祭りも行われているということだった。
40年前にこの町に移り住んできたという藤田倭文子さん(80、2世)は、大きな港の近くに海が見えるレストランを夫と一緒に経営している。コーヒーや野 菜を作る農家の長女としてリンスで生まれた藤田さんは家族で各地を転々とした後、モジ・ダス・クルーゼスで結婚してサンパウロへ移ったが、空気が悪く子ど もがぜんそくになったためにサンセバスチャンに移り住んできたそうだ。
現在店の仕事は別の人に任せているというが、昔を振り返っ て「世界中からやってくる船の乗組員たちが来店しては、色々な国の食べ物や魚をくれたり、船に乗せてくれたりするのが楽しかった」といい、「世界一大きな 船がやって来たこともあって近くまで見に行った。本当に大きくてびっくりした」と話す明るい表情の藤田さんが印象的だった。
最近 は日本船がやって来ることはほとんどないというが、20年ほど前までは日本からやってきた船員がよくレストランに来てくれていたそうだ。藤田さんは日本で 約4年間東京のデパートや名古屋の自動車工場で働いていたこともあるといい、ほかにも旅行などでアジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米などの国々を計 12カ国行ったことがあるそうだ。海外に足しげく飛び立つのも港町でのさまざまな国の人との触れ合いが心を駆り立てたのだろう。
ほかにも日本で働いて帰ってきたという2人の日系3世がおり、ファビオさん(32、3世)はブラジルが不景気だった2000年に静岡県浜松市へ渡り、自動 車工場で4年間働いていたという。「日本にいるのに店長や係長は皆ブラジル人だったから日本語を覚えられなかった」といい、仕事はほとんどポルトガル語で できたそうだ。そのためサンセバスチャンに帰って来てからは日本人会などで日本語を勉強しているという。
同じく日本で働いていたというマルセロさん(30、3世)は、2年間群馬県の自動車工場で働いていた。
2人が言うのは「こっちは住むにはいいけど仕事がない」ということ。今は仕事に就くために勉強しているという2人は決して無能には見えず素敵な人たちだった。自然に溢れ素敵な町だけに、満足のいく仕事の機会がないために廃れていくということがあってほしくないと思う。
一行は大きな鍋で一生懸命作ってくれた煮物やみそ汁などのほか、刺し身や餅をごちそうになり、午後2時前に会館を出ることとなった。
帰り道のバスの中からは、インジアの悲しい恋物語の伝説があるセーラ・ダ・マンチケーラと呼ばれる山が見えていた。マンチケーラという名前はインジオの言 葉で「雨のしずく」を意味し、山の表面を走る幾筋もの小さな滝がまるで涙のように流れ落ちている様子から「インジアの涙」と呼ばれる伝説が作られた。太陽 に恋をするインジアの娘とそれに嫉妬(しっと)する月。一日中太陽があっては草木が枯れてしまうためにインジアの娘の父は山を盛り上げて太陽を隠してしま い、太陽に会えなくなったインジアの娘が今でも泣いているのだとか。
今年の夏は雨が少なく暑い日が続いたのだから、きっとインジアの娘は喜んでいたに違いない。
(つづく、倉茂孝明記者)
2014年4月17日付
