06/03/2026

Dia: 7 de maio de 2014

【既報関連】サンパウロ(聖)州のグァタパラ移住地で7月19、20日に開催される移住地祭りに向け、ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)がバスツアーを企画している。募集ツアーは日帰りと1泊2日の2通り。 日帰りツアーは、18日午後11時に聖市リベルダーデ広場のマクドナルド前に集合し、グァタパラへ向け出発。翌日午前7時に到着予定で慰霊祭に参加。午後3時に現地をたち、同8時にリベルダーデ広場へ戻り解散となる。費用は175レアル。 1泊2日ツアーの日程は、18日午後1時半に聖市リベルダーデ広場のマクドナルド前に集合し、リべイロン・プレットへ向け出発。同6時に到着予定で、「ホテル・モンレアレ・リべイロン・プレット」に宿泊。翌朝6時に同ホテルのレストランで朝食を取り、午前8時にグァタパラへ向け出発。同9時半に到着後、グァタパラ移住地祭りと慰霊祭に参加する。午後3時半に聖市リベルダーデ広場へ向け出発。同9時に到着予定。費用は278レアル。 両ツアーとも6月末日まで参加者を募り、35人に満たない場合は中止。希望者は各自で訪問することとなる。 問い合わせや詳細はグローバル・ツーリズモ(電話11・3572・8990)まで。 2014年5月7日付
ニッケイ新聞 2014年5月6日付け  松島みどり経済産業省副大臣(58、大阪)が伯国とパラグアイ政府関係者との協議のため、1日に来伯し、3日に聖市イビラプエラ公園内にある開拓先没者慰霊碑を参拝した。その後、同公園内にある日本館を見学し、日系4団体の代表と会談を行った。会談後、副大臣は「W杯と五輪をきっかけに日本のメディアにも日本移民の歴史、日系人の功績を取り上げてほしい」と話した。  松島副大臣は「子供時代の東京五輪開会式でブラジル代表が入場した際の大歓声を今でも覚えている」と話し、「今の日本政府はアフリカへ目を向けがち」と述べ、南米諸国とより強い関係構築の重要性を語った。 松島氏は福嶌教輝在聖総領事ら関係者と共に、3日午前9時にイビラプエラ公園内の慰霊碑を訪れた。県連から本橋幹久会長と原島義弘副会長、援協から菊地義治会長が慰霊碑前で出迎えた。副大臣は慰霊碑に献花した。神戸と横浜の移民関連資料館にも前もって行ってきたという副大臣は、原島氏からの慰霊碑設置の経緯を熱心に聞いた。 慰霊碑裏に設けられた仏間で線香をあげると、先没者の名が記された過去帳を読み、横に置かれていた般若心経を自ら読経し、冥福を祈った。本橋会長は「お経まで唱えてくれた人は初めて」と驚きながら喜んだ。 記帳を終えると日本館を訪問し、同館を管理する文協の木多喜八郎会長らが案内を行った。庭には小泉純一郎元総理の記念植樹があり、その様子を観察すると「小泉さんに成長を伝えます」と話した。 館内を見学し、園内の錦鯉へ餌やりを終えると、県連、援協、文協の3会長に日伯文化連盟の中野ロザナ副理事長を加え会談を行った。懇談では主に各団体の事業説明が行われた。 菊地援協会長から医療機器の輸入制限緩和について問われると、「前日の日系企業代表者会合でも議題にあがった」と話し、「日本の審査を受ければ伯国の審査を受けないで済む様にしたい」と答え、日系社会の側面協力を頼んだ。今回はエネルギー問題を協議する目的のほか、海上油田開発の足場建設などの利権維持拡大がテーマの一つであることも明かした。 松島氏は80年に東京大学経済学部を卒業。同年朝日新聞社に入社。経済部の記者として活躍した。96年に第41回衆議院議員総選挙に東京14区より出馬するも落選。 00年の衆議院選挙で初当選を果たし、06年の安倍内閣で外務大臣政務官、07年の安倍改造内閣では国土交通副大臣を務めた。
ニッケイ新聞 2014年5月6日付け  「搗き立ての餅が食べたくて来ました」。聖市の新潟県人会(朝妻エレナ秀子会長)では4月26日、そんな声が終日次々に聞かれた。2、3カ月に一度、運営費集めに行われている「餅つきフェイジョアーダ会」の一場面だ。朝妻会長も「30人ぐらい手伝いに来てくれているみなさんのおかげ」と感謝する。  もう一つの看板料理フェイジョアーダは、南雲良治元会長が「今朝3時に起きて90人分煮込んだよ」という逸品。近くに住む小田久馬さん(85、山口)は「日本人好みの味で楽しみ。もう4回目かな」という。  当日は、新潟県の泉田裕彦知事一行が昨年来伯した時に県人会から依頼したハッピ50着が年末に到着しており、県旗と同じ赤色の新調ハッピが今回お披露目された。次回開催日は未定だが、7月の日本祭りでも笹団子や白餅を出す予定。(深)