06/03/2026

Mês: maio 2014

福島県人会(永山八郎会長)は、25日午前11時からサンパウロ市リベルダーデ区の同会館(Rua da Gloria, 721)で「第6回喜多方ラーメン祭り」を開催する。ラーメンを通じて福島の文化を普及させることが目的。 喜多方ラーメンは札幌ラーメン、博多ラーメンと並び、日本3大ラーメンに数えられる。昨年は約2時間で300食の販売があるほどの人気ぶりだったという。 価格は前売りで1杯18レアル、当日は20レアル。持ち帰りも可能。なお、余興としてビンゴやカラオケも行われる。 永山会長と曽我部威同県人会事務局長は「今年からようやく留学生派遣などが平常に行えるようになった。若い人も加わりにぎやかになりますので、ぜひお越しください」と来場を呼び掛けた。 予約・問い合わせは、同県人会事務局(電話11・3208・8499)まで。 2014年5月13日付
ブラジルとパラグアイを訪問したの松島みどり経済産業省副大臣は3日、サンパウロ市イビラブエラ公園内の開拓先没者慰霊碑を参拝、献花し、その後日本館を訪れた。 同氏は午前9時過ぎに福嶌教輝総領事ら関係者らと同碑を訪れ、本橋幹久県連会長、原島義弘同副会長、菊地義治援協会長らから慰霊碑建立の経緯や移民の歴史の説明を受けた。 慰霊碑の礎石の下にある霊廟では、線香をたいて般若心経を読経した同氏に対し、福嶌総領事は「お経を読み上げた方は初めてでは」と驚いて喜んだ。 続いて日本館では、中島エドアルド剛文協事務局長、松尾治同副会長、中野ロザナ日伯文化連盟財務第2副理事長らによって案内を受け、小泉純一郎元首相による記念植樹の前では「安倍首相にも(こういうものがあったと)ぜひ伝えたい」とした。 最後には日系3団体の会長と中野氏から各団体の活動説明が行われ、その後取材に応じた副大臣は、「先輩方に対する鎮魂の気持ちを持って読経した。苦労された方々があって今の160万人近い日系社会がある。だがそれを知る世代が日本に少なくなってきており、どれだけの歴史を持ってきたか、サッカー・ワールドカップや五輪をきっかけに日本のメディアが取り上げないといけない」と語った。 今回の訪問は、税制や労働法制の改善、スマートコミュニティーなどの電力事業について政府間で協議を行い、また、海洋油田開発における日系企業の利権の拡大や維持、造船会社の進出支援などを目的とした。法整備では、日本からの医療機器輸入規制の緩和を図るとしており、援協などの日系団体にも側面支援を呼び掛けた。 2014年5月9日付
【ドウラードス発・川口裕貴記者】4月27日にサンパウロ市内で開催された在伯和歌山県人会連合会の創立60周年記念式典への出席をメーンに、5日間の日程で来伯した仁坂吉伸和歌山県知事、山田正彦県議会議長をはじめとする母県使節団一行。24~26日には多くの和歌山県民が移住したマット・グロッソ・ド・スル(南マ)州ドウラードス市を同県知事として初めて訪れた。25日に南マ州和歌山県人会支部(谷口史郎代表)主催による知事来訪に合わせた歓迎式典が行われ、使節団56人と母県移住者やその子弟約200人が出席して盛大に催された。 ドウラードス市への和歌山県民の移住は、戦前移住していた故・松原安太郎氏(日高郡みなべ町出身)が戦後、ブラジル政府と交渉して同市から65キロ離れた地に69家族の日本人を入植させた「松原移民」に端を発する。うち同県民は56家族に及び、その後も近郊のクルパイや共栄といった移住地にも多くの県民が移住した。累計で112家族の県民が周辺地域に移住し、現在約230家族の子弟がいるとされる。 使節団が同市を訪れた24日、午後8時から同市主催による式典が同市議会で行われ、ムリーロ・ザウイス市長(PSB)、オディロン・アザンブジャ副市長(PMDB)をはじめ議員ら20人が出席して来訪を祝福した。ザウイス市長は「ドウラードスには和歌山にルーツを持つ子弟が多く、こうした関係上これからも文化、経済、観光の面で太い関係で結ばれていくと思う」と祝辞を述べ、記念品の交換や記念撮影を行った。 翌25日午前11時からは同市内のドウラードス日伯文化体育協会会館で歓迎記念式典が開催され、ザウイス市長、同市議約10人も出席。谷口代表、仁坂知事、県議ら約20人とともに会場前方の席に並んだ。式は両国国歌斉唱、先亡者に対する黙とう、花束贈呈と続いた。 あいさつで谷口代表は「ようこそご訪問くださいました」と使節団来訪に対して感謝の言葉を述べ、「私たちの今があるのも今は亡き先人たちの汗と涙の結晶であり、感謝とともに冥福を申し上げる」と同県民を代表して祝辞を述べた。 続いて南マ州日伯文化連合会の小野享右会長が「山紫水明の和歌山の郷土に生まれた者同士が当地に生活の本拠を構えて、お互いに助け励まし合ってきた者同士がこの会場に集まっております。県知事、議長さんをお迎えして、感激が会場にあふれています」とあいさつした。 仁坂知事は母県移住者らを前に「和歌山県民がマット・グロッソの発展に貢献したことを和歌山県民として大変誇りに思います。こんなに大勢集まってもらい大変感激しております」と伝えた。 式はその後、同県出身者80歳以上の高齢者(27人)を仁坂知事が表彰、ケーキカットを行い昼食に移行。同県出身者でクルパイ移民の小中吉晴さん(68) が乾杯の音頭を取り始まった昼食会では、「共栄母の会」による大正琴の演奏や同市日本語モデル校生徒による舞踊の披露が行われた。その間、各テーブルでは 使節団と移住者が、用意された日本食を口にしながら会話を楽しんでいた。 小中さんは「知事が来てくれて本当にうれしい気持ちだが、長旅で疲れてるんじゃないかな」と体調を心配した様子で本紙の取材に答えた。余興で歌を披露した同じくクルパイ移民の中田一男さん(70)は「緊張したけど知事の前で歌えてよかった」とうれしそうに語った。 使節団一行は滞在期間中、松原、共栄各移住地の訪問や、母県移住者と夕食会を通じて入植当時の話に聞き入り、当時に思いをはせながら交流を深めていた。 2014年5月8日付
ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)は、4日午前11時からサンパウロ市パカエンブー区の同会館で5月度定例役員会を開催し、役員ら18人が出席した。 会の冒頭、園田会長が「会館売却に伴いここで行う役員会は今回で最後になるであろう。この決断には腹をくくっていることを理解してほしい。本日はじっくり話し合いましょう」とあいさつした。 松村滋樹副会長が議長を務め開始した役員会では、各議題についての話し合い、4月度の事業・会計報告、5月度の事業予定確認などが行われた。 今回最も時間を割いた「会館売却と購入」の議題については、まず現会館の売却価格が200万レアルとの発表の後、リベルダーデ区内の二つの候補地について運営収支や内部設備を争点に意見交換がなされた。 園田会長は「新会館は小さくてもよい。とにかく、これから後の世代が継ぎやすい県人会にしたい」と同役員会を振り返った。 2014年5月8日付
ブラジル岩手県人会(千田曠暁会長)が『第8回わんこそば祭り』を25日午前11時から、同県人会館(R. Tomas Gonzaga, 95)で開く。前売り券18レアル、当日券20レ。子供は各3レアル引き。そばは食べ放題、餃子一皿付き。千田会長が「美味しくなるものを全て入れた」という同会特製の出汁は毎年好評を得ている。去年は約300人が来場し、競技には25人が参加した。年齢や性別ごとにグループに分かれ、3分間で食べた皿数を競う。過去最高記録は106杯。優勝者には記念品が贈られる。千田会長は「郷土を知るには郷土食を食べるのが1番。食欲に自信のある方も、ゆっくり食べたい方もぜひ」と呼びかけた。競技は当日参加も可能だが、できるだけ前売り券購入時に申し込むこと。申込みは同県人会(11・3207・2383)まで。
【既報関連】サンパウロ(聖)州のグァタパラ移住地で7月19、20日に開催される移住地祭りに向け、ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)がバスツアーを企画している。募集ツアーは日帰りと1泊2日の2通り。 日帰りツアーは、18日午後11時に聖市リベルダーデ広場のマクドナルド前に集合し、グァタパラへ向け出発。翌日午前7時に到着予定で慰霊祭に参加。午後3時に現地をたち、同8時にリベルダーデ広場へ戻り解散となる。費用は175レアル。 1泊2日ツアーの日程は、18日午後1時半に聖市リベルダーデ広場のマクドナルド前に集合し、リべイロン・プレットへ向け出発。同6時に到着予定で、「ホテル・モンレアレ・リべイロン・プレット」に宿泊。翌朝6時に同ホテルのレストランで朝食を取り、午前8時にグァタパラへ向け出発。同9時半に到着後、グァタパラ移住地祭りと慰霊祭に参加する。午後3時半に聖市リベルダーデ広場へ向け出発。同9時に到着予定。費用は278レアル。 両ツアーとも6月末日まで参加者を募り、35人に満たない場合は中止。希望者は各自で訪問することとなる。 問い合わせや詳細はグローバル・ツーリズモ(電話11・3572・8990)まで。 2014年5月7日付
ニッケイ新聞 2014年5月6日付け  松島みどり経済産業省副大臣(58、大阪)が伯国とパラグアイ政府関係者との協議のため、1日に来伯し、3日に聖市イビラプエラ公園内にある開拓先没者慰霊碑を参拝した。その後、同公園内にある日本館を見学し、日系4団体の代表と会談を行った。会談後、副大臣は「W杯と五輪をきっかけに日本のメディアにも日本移民の歴史、日系人の功績を取り上げてほしい」と話した。  松島副大臣は「子供時代の東京五輪開会式でブラジル代表が入場した際の大歓声を今でも覚えている」と話し、「今の日本政府はアフリカへ目を向けがち」と述べ、南米諸国とより強い関係構築の重要性を語った。 松島氏は福嶌教輝在聖総領事ら関係者と共に、3日午前9時にイビラプエラ公園内の慰霊碑を訪れた。県連から本橋幹久会長と原島義弘副会長、援協から菊地義治会長が慰霊碑前で出迎えた。副大臣は慰霊碑に献花した。神戸と横浜の移民関連資料館にも前もって行ってきたという副大臣は、原島氏からの慰霊碑設置の経緯を熱心に聞いた。 慰霊碑裏に設けられた仏間で線香をあげると、先没者の名が記された過去帳を読み、横に置かれていた般若心経を自ら読経し、冥福を祈った。本橋会長は「お経まで唱えてくれた人は初めて」と驚きながら喜んだ。 記帳を終えると日本館を訪問し、同館を管理する文協の木多喜八郎会長らが案内を行った。庭には小泉純一郎元総理の記念植樹があり、その様子を観察すると「小泉さんに成長を伝えます」と話した。 館内を見学し、園内の錦鯉へ餌やりを終えると、県連、援協、文協の3会長に日伯文化連盟の中野ロザナ副理事長を加え会談を行った。懇談では主に各団体の事業説明が行われた。 菊地援協会長から医療機器の輸入制限緩和について問われると、「前日の日系企業代表者会合でも議題にあがった」と話し、「日本の審査を受ければ伯国の審査を受けないで済む様にしたい」と答え、日系社会の側面協力を頼んだ。今回はエネルギー問題を協議する目的のほか、海上油田開発の足場建設などの利権維持拡大がテーマの一つであることも明かした。 松島氏は80年に東京大学経済学部を卒業。同年朝日新聞社に入社。経済部の記者として活躍した。96年に第41回衆議院議員総選挙に東京14区より出馬するも落選。 00年の衆議院選挙で初当選を果たし、06年の安倍内閣で外務大臣政務官、07年の安倍改造内閣では国土交通副大臣を務めた。
ニッケイ新聞 2014年5月6日付け  「搗き立ての餅が食べたくて来ました」。聖市の新潟県人会(朝妻エレナ秀子会長)では4月26日、そんな声が終日次々に聞かれた。2、3カ月に一度、運営費集めに行われている「餅つきフェイジョアーダ会」の一場面だ。朝妻会長も「30人ぐらい手伝いに来てくれているみなさんのおかげ」と感謝する。  もう一つの看板料理フェイジョアーダは、南雲良治元会長が「今朝3時に起きて90人分煮込んだよ」という逸品。近くに住む小田久馬さん(85、山口)は「日本人好みの味で楽しみ。もう4回目かな」という。  当日は、新潟県の泉田裕彦知事一行が昨年来伯した時に県人会から依頼したハッピ50着が年末に到着しており、県旗と同じ赤色の新調ハッピが今回お披露目された。次回開催日は未定だが、7月の日本祭りでも笹団子や白餅を出す予定。(深)
在伯和歌山県人会連合会創立60周年記念式典が盛大に開催されましたことに、心からお祝い申し上げます。 60周年という晴れの式典に、和歌山県内に住んでいる人たちとともにぜひブラジルに行こうと、訪問させていただきました。 私は5年前に続いてブラジルは2回目の訪問となりました。前回はマット・グロッソ・ド・スル州ドウラードスの和歌山県人会の方々がたくさんサンパウロの式典に来られましたが、今回は我々自身がドウラードスに行こうということで、皆さんと交歓を深めようと訪問させてもらいました。 谷口史郎和歌山県人会ドウラードス支部長をはじめとする会員の皆様とお会いし、日本語モデル校校長の城田志津子さんをはじめ、たくさんの方々に感動を覚える話を聞かせていただきました。 和歌山県は皆さんご存知のように海に面しておりますが、この海をたどっていきますといずれはブラジルに到着すると思います。100年以上も昔から何人もの和歌山県民の方々が海外で活躍されていると聞き、海を渡っていかれました。時々海を見ては、我々の同胞が海外で活躍されていることを常々感じております。 私は和歌山県知事になる前にボルネオ島にあるブルネイという国で大使をしておりました。そのブルネイには原生林が多く、時々その原生林の中に入り、それがいかにすごいものか、人間にとっていかに困難であるものか肌で感じておりました。 戦前戦後に皆さんがブラジルの原始林を開拓したご努力、ご苦労は大変なものであったことを肌で感じております。 また前回の訪問で移民史料館を拝見させていただきましたが、その時大変印象に残ったのは、生活の大変苦しい中であっても皆さんのご先祖は教育には本当に手を抜かず熱心に子弟を教育されたことでした。農園をどんどん切り開き、ブラジルの国力を高めるとともに立派な人材をブラジルの各界に輩出し、現在のブラジル発展に導かれました。 今回、ドウラードス市長が歓迎の宴を開いてくれた時、「我々が今あるのは、和歌山県民の方々が努力してジャングルを開いてくれたからだ」とお聞きし、同じ和歌山県人として大変誇りに感じました。 正直、勤勉、そして忍耐という日本人の持つ美徳を皆さんがブラジル社会で十分発揮し、今日を築かれた素晴らしいご先祖あるいは同胞のご努力を心から尊敬し、たたえたいと思います。 最後に、県人会の皆様のますますのご繁栄とご健勝をお祈りし、私のあいさつとさせていただきます。 2014年5月3日付
このたび、遠路はるばるご来伯いただきました仁坂吉伸県知事はじめ、山田正彦県議会議長ほか10人の県議会議員ご一行の皆様、公益財団法人和歌山県国際交流協会の樫畑直尚理事長、和歌山県中名米交流協会主宰によります民間慶祝団33人の方々、さらには19人のビジネス・ミッションの方々をお迎えし、ブラジル側のご来賓と日系団体及び各県人会長の皆様、県人会会員の皆様のご列席のもとに盛大に創立60周年記念式典が開催されましたことに関係者のご尽力の賜物と衷心より感謝申し上げます。 当県人会は1954年4月8日に会員各位の親睦を図ることと、県民の移住振興を推進することを主な目的に創設され、この60年で紆余曲折をたどりながらも母県の温かいご支援と会員、役員、関係者のご協力によって向上発展してまいりました。 2000年に改築されました会館は会員の心の拠り所として、種々の文化活動の場として大いに利用されております。60周年を記念して俳句愛好会「くろしお句会」による句集が発刊されたのもその一例であります。 特に近年は、県連が主催しこれまで16回行われている「日本祭り」に回を重ねるごとにボランティアとして協力していただける会員が100人を超す状態となり、まさに県人会の活性化に大いに役立たせていただいています。 また、長年にわたって実施されてきました県費留学生・技術研修生制度で学んできた研修生OBはその見聞と体験を生かし、ブラジル社会の多岐にわたる分野でその成果を発揮しているのも事実であります。 現在は県、公益財団法人和歌山県国際交流協会ならびに中南米交流協会による「生活体験事業」として形を変え、県人子弟の青少年を受け入れていただいておりますが、とてもありがたいと感謝しております。 近年においては日本、ブラジルとも社会情勢が大きく変化し、相互依存がさらに必要となってきました。今回、75人から構成される多くの慶祝団の方々に直にブラジルを見ていただいたことは時期に相応したものであり、これからの人的・物的交流の活性化に大いに寄与するものと信じます。事実このように大勢のお客様とお迎えしたのは過去に例がありませんでしたが、60年を経た今日、第二の人生に例えれば、これからは出発点であります。 世代は代わりますが紀州人としての誇りを持って互恵の精神を深め、県人活動の活性化、母県と県人会ひいては日本とブラジルの親善と交流が一層発展するよう努めてまいる所存です。 最後になりましたが、母県の一層の発展と皆様のご健康を祈念申し上げ、あいさつとさせていただきます。 2014年5月3日付
アルゼンチン和歌山県県人会の会計を担当し、首都ブエノスアイレスから一人でやってきたという佐藤アレハンドロ太二さん(24、2世)は、母親が和歌山県出身の1世。同県人会は現在約100人が在籍し、佐藤さんはこれまでイベントのみの参加が多かったが、今年から役員を任されたという。ブラジルでの和歌山県人会の記念式典に初めて出席し、「自分と同じルーツを持っている人々に会えて感動した」と話していた。 ブラジルでの大正琴普及に尽力した畑美琴峰氏は、「15年ほど前に初めてブラジルに来た時に木原会長を紹介されましたが、同じ紀の川市出身で今では兄弟みたいにさせていただいています」と3年ぶりの来伯を喜んでいた。 100歳長寿表彰を受けた聖州アチバイア市在住の東喜三さん(104)は、同じアチバイア市に住む平松三(ひらまつ・かずみ)さん(82)らと一緒に参加。1929年に聖州チエテ移住地(現・ペレイラ・バレット市)に入植し、ペナーポリス市での日本語学校教師を経て、戦後にアチバイアに転住した東さんは同地で初期のころからイチゴ生産を行ってきたという。「チエテ時代から野球をやっていたが、ペナーポリスにいた時には野球を指導したチームがノロエステ大会で優勝したこともあった」と当時を懐かしんでいた。 平松さんはコチア青年1次4回として56年に渡伯。その後、アチバイアに移り花卉栽培やイチゴ、桃、ブドウなどの果樹を生産してきた。「木原(会長)さんにどうしても東さんを連れてきてほしいと頼まれたので、今日は一緒に来た。東さんとは今でも一緒にペスカ(釣り)に行ったりもしているよ」と笑顔を見せていた。 2014年5月3日付
「紀州人の誇りを持って」仁坂知事ら75人の大型慶祝団が来伯 「紀州人の誇りを持って母県と県人会の日伯親善に努めていきたい」―。1954年に発足した在伯和歌山県人会連合会の創立60周年記念式典が、4月27日午前10時からサンパウロ(聖)市ビラ・マリアーナ区の北海道協会会館で開催され、木原好規会長は式典あいさつの中でこう強調した。式典には、母県から仁坂吉伸県知事、山田正彦県議会議長をはじめとする県議団・県庁関係者、ビジネス・ミッション及び民間などで構成される合計75人の大型慶祝団も来伯して出席し、地元ブラジルやアルゼンチンなどの県人関係者ら約500人が一堂に会した。 和歌山県人のブラジル移住は1916年に始まり、戦前戦後を通じて1416家族5819人が渡伯し、県系人とその子弟は現在約4万人に及ぶと推定されている。 この日の記念式典ではサンパウロ州軍楽隊による日伯両国歌吹奏、先亡者の御霊(みたま)に対する黙とう、来賓紹介の後、木原会長があいさつ。紆余曲折を経ながら県人会が母県の支援と会員の協力により継続発展してきたことに触れ、今年の60周年の機会に俳句愛好会「くろしお会」による句集発刊と毎年恒例の日本祭りに今や県人会から100人以上のボランティアが参加している状況を説明。また、長年の県費留学生・技術研修生制度から現在は県の交流協会や中南米協会の協力で「生活体験事業(県人子弟受け入れ事業)」として形を変えて県人子弟の受け入れを行ってくれていることに感謝した。さらに、今回75人もの慶祝団が来伯したことに、「過去にこれだけの人たちを受け入れたことがない」と喜びを表し、今後のさらなる日伯親善に努めていく考えを示した。 仁坂知事は、今回知事として初訪問したマット・グロッソ・ド・スル州の松原移住地での入植当時の原始林開拓に思いをはせ、厳しい環境条件の中でも県人移民たちが子弟教育に力を注ぎ、ブラジルの国力を高めてきたことに「同じ和歌山県民として誇りを感じる」と敬意を表した。 引き続き、山田県会議長、谷洋一和歌山県議会南北アメリカ諸国友好議員連盟会長、福嶌教輝在サンパウロ総領事、樫畑直尚公益財団法人和歌山県国際 交流協会理事長、迫間(はざま)脩和歌山県中南米交流協会代表、野村アウレリオ聖市議、羽藤ジョージ聖州議、安部順二下議、下本八郎元聖州議、アルゼンチ ン和歌山県人会の佐藤アレハンドロ代表、本橋幹久県連会長がそれぞれ祝辞を述べた。 祝電披露の後、100歳長寿者表彰として大宅武男さんと東喜三さん(ともに104歳)に仁坂知事と山田県会議長から表彰状と記念品が贈呈された。 また、80歳以上110人の会員への高齢者表彰に続いて、モジ・ダス・クルーゼス市ビリチバ・ミリン在住の梅田幸治氏(90)と、聖州バストス市在住の薮田修氏(72)への功労者表彰も行われた。 高齢者を代表して謝辞を述べた橋詰真八郎氏(80、2世)は、自身らへの表彰とともに長女が25年前に県費留学生として母県に世話になったこと、また、昨年孫が生活体験事業で訪日したことへの感謝を表した。 連邦議会、聖州議会、聖市議会からの功労賞及び賞状授与、記念品交換、日系3団体への寄付に続き、今年の県人子弟受け入れ事業に参加した中野カリナさんが「和歌山は親切で心の温かい人が多いと感じた。今後もこのような事業を続けてほしい」と謝辞を述べた。 和歌山県議会南北アメリカ諸国友好議員連盟の中村裕一事務局長の発声による万歳三唱後に記念祝賀会に移行。舞台下では、仁坂県知事、山田県会議長、木原会長らを中心に記念のケーキカットが行われた。 午後からはアトラクションとして大正琴の演奏が行われ、慶祝団の一員で15年前にサンパウロで大正琴を指導普及した畑美琴峰(はた・びきんほう)氏が見守 る中、琴聖会のメンバーが「浜千鳥」をはじめ、「里の秋」や「荒城の月」などを披露。その後、有志による「安来節」やリズム体操に続いてサンバショーが行 われ、慶祝団と県人が一緒になって会場内を踊り歩いた。 和歌山県人会連合会創立60周年 サンパウロ新聞 PDF版...
物産品の試食試飲も好評 在伯和歌山県人会連合会(木原好規会長)創立60周年祝福のため来伯した和歌山県(仁坂吉伸県知事)慶祝団が4月28日、サンパウロ(聖)市セルケーラ・セザール区のブルーツリープレミアムパウリスタ・ホテルで自県の観光や特産物を紹介する「和歌山セミナー」を開催。来賓やブラジル(伯国)の食品関係者など約100人が来場し、セミナー終了後には地元食品企業による試食試飲会や商談が行われた。 同セミナーでは、在サンパウロ日本国総領事館の福嶌教輝総領事のあいさつと来賓紹介に続き、仁坂県知事が和歌山県観光の見どころを説明。「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録された「高野山」をはじめ、世界的にも珍しい「道」の世界遺産「熊野古道」や、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三つの大社から成る「熊野三山」などを挙げた。 同知事は他にも代表的な工業や製造業、あるいは農業や漁業を紹介し「和歌山県は穏やかな気候と豊かな自然に恵まれ、県民はフレンドリーな人が多い。東京都や大阪府などの都市部からのアクセスも良いため、ぜひ一度訪れてほしい」と来訪を呼び掛けた。 セミナー終了後、仁坂知事は本紙の取材に応じた。まず、和歌山県人会の60周年記念式典に参加した感想を聞くと、「言葉も分からず環境も大いに違う中で、苦労があったと思う。同胞として誇り」と語った。 また観光招致に関連して観光ビザ撤廃の是非を問うと、「和歌山県のみならず、日本の観光分野成長に向けて外務省や首相官邸にノービザを進言している。不法就労は、就労先が取り締まればコントロールでき、ビザの問題ではないだろう」と考えを述べた。 ブラジルと同県の交流の展望については「ブラジルの人は旅行が好きだと聞いている。再度旅行担当者をブラジルに派遣して具体的に話を進めたい。また野菜や魚など食生活が豊かなため、セミナーで紹介したしょうゆや酒の流通にも芽があるだろう」と期待を込めた。 また当日の試食試飲会では、同県の四つの食品企業などが商品を紹介した。 株式会社角長(加納誠社長)は、しょうゆを製造販売。加納恒儀氏は「当社のしょうゆは鎌倉時代の製法で作られる。これにより、原料の大豆の甘味そのままに自然の味を楽しめる」と説明した。同社の一押しは「濁り醤(にごりびしお)匠」。 株式会社九重雜賀(ここのえさいか、雜賀俊光社長)は日本酒や梅酒、酢を製造販売。雜賀社長によれば同社は、「よりよい酸を食卓へ」「主原材料か らの一貫造り」の理念の下、国内外で高い評価を受ける商品を生産している。例えば「純米吟醸雑賀」は、ANA(全日本空輸)国際線のファースト、ビジネス クラスの提供酒に採用された。 中田食品株式会社(中田吉昭社長)は梅干しや梅酒を製造販売。「古城の煌き(きらめき)」が2年前 に日本一の梅酒に選ばれた。醸造事業部海外事業チームリーダーの北村仁嗣氏は「モンドセレクション最高金賞の天然水を割り水に、厳選された完熟梅を使用し ている。そのため砂糖を入れなくても自然な甘みが引き出せ、健康にも良い」と魅力を語った。 合名会社丸正酢醸造元(小坂晴次社 長)は現在23種類の酢製品を製造販売。もち玄米酢の「那智黒(なちくろ)米寿」は2007から7年連続でモンドセレクション最高金賞を受賞している。小...
静岡と茨城が出店不参加  ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)は4月25日、サンパウロ(聖)市リベルダーデ区の同会会議室で4月度代表者会議を開催した。  会長就任後、初めての代表者会議に臨んだ本橋氏は冒頭のあいさつで「役員だけでなく、会員皆で作り上げる県連にしたい」と抱負を述べ、同会議については議長と書記を各県人会長が毎月交代で担当する方針を決めた。  同会では、2014年度の県連運営委員会のメンバーが発表された。同委員会は、「運営管理委員会」「対外活動委員会」「行事実行委員会」「特定事業委員会」「CIATE役員への選出員」の五つで構成され、担当委員は県連の組織運営や行事、あるいは対外的な活動などで率先してかじ取りを行う。  第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)の収支予測については、山田康夫副会長が現状で7、8万レアルの赤字見込みと発表。また諸事情により静岡、茨城両県人会の出店不参加が決定した。ただし入場許可証は同県人会員にも渡される。  同祭については今後5月中旬をめどに広告・宣伝を行う予定で、同月5日までに集まった協賛企業の名前が第一弾のスポンサーとして公表される。  会議では県人会の活性化を目標の一つに掲げる本橋会長が、当日の参加が37の県人会にとどまったことを引き合いに出し、「今後2世、3世に引き渡していかなければならず、県連の活動に参加するモチベーションの醸成をしていきたい」と述べた。それにちなんで、「県連の会議は日本語とポ語両方で行うべきだ」という考えや、「それよりも2世以降の日本離れが深刻な問題であり、ポ語を用いるのでなく、日本の文化や日本語に興味を持たせる方法を検討すべき」などの意見が交わされた。  またJICA主導で、中南米進出を希望する日本の企業が現地を視察する「第3回中南米民間連携調査団」の来伯が発表され、今月19~25日まで滞在するという。同調査団には11の府県から15企業が参加するが、該当府県の県人会長で希望者は、20日午後6時半より意見交換会を行うという。 2014年5月3日付
ブラジル宮城県人会の5月度青葉祭りは3日と17日、午前7時ごろからサンパウロ市リベルダーデ区の同会館(Rua Fagundes,152)で開催される。  地下駐車場では、農協婦人部連合会(ADESC)の加工食品、イビウナ、カッポン・ボニート地方の有機野菜、薬草、健康食品などの販売ほか、整体、家紋調査など。屋上の食事コーナーでは天ぷらうどん(3日)、さんま定食(17日)、ハラコ飯、イカ入りソース焼きそば、もち料理等を販売する。  問い合わせは同県人会(電話11・3209・3265)まで。 2014年5月3日付
ニッケイ新聞 2014年5月1日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)の4月度代表者会議が24日、文協ビル県連新会議室で開かれ、「第17回日本祭」準備の進捗状況などが報告された。各県人会の代表者38人が参加した。 先月の報告会で25万レアルの赤字が見込まれていた日本祭について、同祭実行委員長の山田康夫氏(滋賀)は「赤字は7~8万レに縮小した」と進展を報告。安部順二連邦下議からの10万レ寄付に続き、大田慶子連邦下議からも同額の寄付が得られたことが赤字減少の要因という。今後は交渉中のスポンサー契約と諸経費の見直しを進め、さらなる赤字削減を図っていく方針だ。 郷土料理展には、茨城、静岡、島根3県人会が不参加を発表。茨城は「一世の会員が書道や墨絵のコーナーに行ってしまうので、作り手が集まらない」、静岡は「名物うなぎの衛生面が保証出来ない」、島根は「会員の高齢化と、参加費と収益のバランスがとれない」ことを理由としている。 3月度の会計報告では、新会議室の設備工事があったため、収入1万2千914レに対し、支出が2万6千758レで1万3千844レの赤字が報告された。 また議題に先立ち、「県連各種委員会メンバー」の確認も行われた。本橋会長は、各県人会では対処しきれない問題を取り扱う「県人会活性化委員会」(杉本教雄委員長)の利用・協力を強く呼びかけたほか、「第18回日本祭り準備委員会」の設置および、8月に委員の選定を行うことを発表した。「委員会は県連の要。皆さんにはしっかりと認識してもらい、県連の活動を監視してほしい」と述べた。 新愛知県人会会長に就任した沢田功氏(65、二世)の紹介も行われた。
4月13日、ジアデマ市の沖縄県人会運動場にて、広島、岡山、島根、鳥取、山口の中国地方五県の友人や家族・親戚が集まり、「第15回中国ブロック運動会」が開催されました。 前日の雨にもかかわらず、多くの人々、特に5県の日系ブラジル人団体の人々が、この楽しいイベントのためにブラジル沖縄文化センターにやって来ました。 湿って滑りやすくなったグランドゆえに参加者の安全性を心配した主催者は、大半の競技を屋根で覆われているゲートボール場に移動して行なうことにしました。長くて、引き伸ばしたときにゲートボール場に収まりきらない綱引きなどの競技は、外のグランドで行なわれました。 予想されたように、子供たちの徒競走、2人組みで行なうカニ競走、タイヤ転がし、お米の詰まった袋を投げて塔の上にある紙のボールを破裂させる鈴割り競技などでたくさんの転倒がありました。以前の場合と同様、主催者は子供たちが競技と競技の合間も楽しめるように、先生つきの図工や絵のワークショップも設けました。 運動会の活動は主に子供たちを対象としていますが、すべての年齢層の人を含めることができます。 これは、地域社会が主催する形式ばらないイベントであり、すべての人々の参加を必要としています。そのようにして、年齢や世代を超えた接点ができ、つながりが広がり、きずなが深まっていくからです。 この点で、中国ブロック運動会の5県の若者の参加は多くの人々の注意を引くとても美しいものでした。みんな、きちんとユニフォームを着て、主催団体に協力しイベントを盛り上げ、運動会終了後も基礎設備の片付けに従事しました。 最後の競技では、これらの青年部の若者たちが、たくさんの応援とすごい盛り上がりの中、激しいチームリレー競走に参加しました。 運動会のルールに従って、各競技に勝者がいますが、これは地域社会の統合イベントであるのですべての参加者が賞をもらいます。まさに、勝つこと以上に、参加することに意義があるのです。 なぜ中国ブロックなのでしょうか? 中国というのは、広島、岡山、島根、鳥取、山口の5県で構成される日本の地方名です。 日本の最大の島(本州)の西部に位置し、この地方は主要都市から比較的離れています。「中国」地方という呼び名の由来ははっきりしていません。一説には古代、畿内を中心に令制国を「近国」「中国」「遠国」に区別したとき、この地方のほとんどが「中国」に相当したからだとされています。 運動会 運動会は、スポーツをまとめたものを意味します。学校、会社(企業)、地域団体(地域社会)などの構成員あるいは関係者が一定のプログラムに従って行う体育的な行事。運動会は、みんなが参加でき、なにか特定のスポーツの実践者である必要はありません。老若男女、日頃運動していない方も楽しめる内容になっています。したがって、マルチスポーツ大会などを、運動会と翻訳することで合意しました。 日本では広く普及していて歴史と人気を持つ運動会ですが、たいてい9月、10月、11月などの秋に開催されます。 ブラジルでは、ほとんどの運動会は偶然にも南半球の秋と一致する、5月から8月の間に行なわれます。ブラジルでは日系ブラジル人団体において、特に日本語学校がある所で開催されます。
去る4月10日(木)19時半より、駐ブラジル日本国特命全権大使に着任された梅田邦夫氏と恵子夫人の歓迎会が文協貴賓室にて執り行なわれました。 「ブラジルへようこそ!そして、日系社会へようこそ!」。日系団体を代表して文協木多喜八郎会長が梅田大使夫妻への歓迎の言葉を述べました。「ブラジルは日本から一番遠い国ですが、現在160万人に達する世界最大の日系社会がある国です。梅田大使は在リマ日本国総領事館総領事としての経験をお持ちということで南米文化もすでに知っておられ、ポルトガル語と同じラテン語に属するスペイン語もお話しになられますので、ブラジルに馴染むのは難しいことではないと思います。ワールドカップ、日伯修好通商航海条約120周年、大統領選挙など、いろいろなイベントが控えておりますが、今後わたしたち日系社会のことをどうかよろしくお願いいたします!」と親しみをこめて挨拶しました。 安部順二下議がその力強い挨拶の中で明かした梅田大使の”サッカー好き”ですが、それは本当のようで、梅田大使の話によると、以前からブラジルが大好きで上司にブラジルへの赴任を直訴していたそうです。そんな梅田大使の挨拶はとても印象に残る、出席者の共感をよぶものでした。まず初めに、盛大な式典を準備した日系社会への感謝を表した後、「ずっとブラジルに行きたかったので、ブラジル大使として今日ここにいられて本当に幸せです」と述べました。 そして、「日系社会のみなさんに3つの感謝と1つのお願いがあります」と述べて聴衆の注意を引き付けました。梅田大使が言及したのは次の4つの点でした。 感謝1ブラジル国における日本人への絶大な信頼日本からブラジルに移り住んだ移民先駆者たち、そしてその後ブラジルで生まれ育った日系人たちが、100年以上の年月をかけて、その勤勉で正直な働きによって築き上げてきたブラジル国内における日本人に対する評価は、日本全体の宝である。現在、日本企業がブラジルに進出しやすい土壌を作った功績は計り知れない。 感謝2日系社会のW杯開催への協力日系主要5団体が迅速にブラジルワールドカップ日本人訪問者サンパウロ支援委員会を立ち上げて、W杯に向けて準備を始め、日本人旅行客への援助を行動に移したことは、日本国内でも高く評価されている。JFA(日本サッカー協会)の小倉純二名誉会長など、日本のサッカー関係者達も日系社会に非常に感謝している。 感謝3日本サッカー界への貢献ネルソン吉村やセルジオ越後はJリーグが出来るずっと以前に日本サッカー界に高い技術をもたらした。1993年に10クラブで開始したJリーグ(日本プロサッカーリーグ)も、1999年からJリーグディビジョン1とディビション2の2部制に移行し、2014年からはJ3リーグ発足と、設立20年で目覚ましい発展を遂げてきたが、それにはブラジル人や日系人の寄与するところが非常に大きい。初期Jリーグで、ジーコ、レオナルド、ドゥンガ、ラモス、ビスマルクなどなど数々の有名ブラジル人選手が活躍し、日本サッカー界を盛り上げ、日本サッカーのレベルを底上げし、日本にサッカーのおもしろさとプロッフェショナルの心構えを教え、サッカーというスポーツを普及させた。 お願い 来る2015年、日伯修好通商航海条約締結120周年でたくさんのイベントを行なう予定なので、実行委員会を早期に立ち上げて準備を進めることで、協力をお願いしたいとのこと 梅田大使はサッカーだけのためにブラジルに来たわけではないことを出席者の笑いを誘いながら強調しました。「首脳レベルの来伯も10年前の2004年、小泉純一郎元首相以来だが、是非とも近い将来に実現させたい」、「日本、ブラジル二国間の政治関係、経済関係、信頼関係もさらに発展させていきたい」と力強く語りました。最後に、日系社会の健勝を祈願し、挨拶の言葉を締めくくりました。 本当に、積極的で、明るくて、自信に満ちた梅田大使に、出席者たちは今後の日系社会の未来に希望と期待を抱くようになったに違いありません。日系社会としても、精一杯梅田大使を支持し、日系社会に活性化に力を合わせて取り組んでいきたいものです。