「心の交流ができた」
【既報関連】サッカー日本代表のサポーター集団で東日本大震災の被災地支援を行っている「ちょんまげ隊(角田寛和隊長)」は12日から16日、被災した宮城県牡鹿(おしか)半島の中学生4人をブラジルに招待し、14日行われたサッカー・ワールドカップ(W杯)の日本対コートジボワール戦をペルナンブコ州レシフェ市内の競技場で観戦した。15日には、サンパウロ(聖)市リベルダーデ区の宮城県人会館で角田隊長(51、千葉)から被災地支援報告会が行われ、16日にはサンパウロ日本人学校、聖市サッカーチームのジュベントス、イタケーラ市立ベネジット・カリスト校を訪れ交流を図り、それぞれの場で中学生から被災地支援への礼が述べられた。
今回日本から来た被災地の中学生たちは、古内蓮君(中3、宮城)、松川千紘さん(中2、宮城)、佐藤楓さん(中2、宮城)、古内海希さん(中2、宮城)の4人。14日午後10時からレシフェ市で行われた日本戦を観戦後、夜中の便で聖市に入る厳しいスケジュールの中、15日正午過ぎからは宮城県人会館で懇親会・被災地報告会が行われ、約30人が集まった。
はじめに角田氏からちょんまげ隊の活動と被災地支援の報告が行われ、時に目に涙を浮かべ、時にユーモアと笑いを交えながら被災地の復興の状況を伝える角田氏の話を来場者は真剣な表情で聞いていた。
続いて被災した中学生たち4人から被災当時の様子や、ブラジルや日系社会からの支援に対する礼が述べられ、さらには「感謝の舞」としてソーラン節が披露された。
被災した中学生からの直接のメッセージを受け取った来場者からは温かい拍手が送られ、涙を浮かべて話を聞いていた後藤信子さん(71、宮城)は、「あの時を思って胸がいっぱいになってしまい、一生忘れられないものとなりました。子どもたちは思っていたよりも元気な様子で良かった。これからの世代を背負っていけるように頑張ってほしい」とエールを送った。
16日午前9時半からちょんまげ隊一行は、サンパウロ日本人学校で小学校5年生から中学校3年生までの約100人の生徒たちとの交流会を実施。生徒たちは角田氏や被災した中学生たちの話をうなずいたりしながら終始真剣な表情で聞き入っていた。
また、ちょんまげ隊から「震災支援を忘れていません」という感謝の気持ちが込められた「バレウ(ありがとう)ブラジル!!!」と書かれた青いTシャツが生徒全員にプレゼントされた。
最後に東北の復興と日本のW杯での勝利を祈って「オーオーオー!」と肩を組んで円陣になりながら応援歌を歌って一体となった一同を見て、村石好男校長(55、東京)は「生徒たちの心の交流ができた」と充実した表情で振り返った。
参加した同校生徒の小林優真君(14、栃木)は、「今こうして学校に通うことができていることなど、当たり前に思っていることの大切さに気付きました」と感想を述べた。
サンパウロ日本人学校の後に一行が向かったのは、聖市モッカ区に本拠地を置くサッカークラブ「CAジュベントス」のスタジアム。震災後多くの支援をしたブ ラジルサッカー界への感謝を示すために表敬訪問を行った。このため、元ブラジル代表でJリーグでも活躍したジウベルト・カルロス・ナシメント氏が駆け付 け、芝生のピッチの上で中学生たちはうれしそうな様子で同氏との記念撮影やボールを蹴り合うなどして交流を図った。
中学生たちから同氏に対してポルトガル語で自己紹介や支援に対する感謝の言葉が述べられ、同氏は「子どもたちが来てくれなかったら僕もこんな素晴らしい経験はできなかった。こちらこそありがとう」と終始優しい表情で答えた。
最後に一行は宮城県人会と親交があるイタケーラ市立ベネジット・カリスト校(ジルバーナ・アルメーダ校長)を訪れ、12、13歳のブラジルの生徒たち13人と交流会を行った。
日本の文化を学んでいるという生徒たちは、浴衣姿で踊りや歌を披露し一同を歓迎。角田氏からの被災地報告会も行われ、「今日来ている4人中3人は家を無くした」との話を聞くと生徒たちは驚いた様子で、中には涙を浮かべる生徒もいた。
4人の中学生たちは同所でもソーラン節を披露。締めくくりは会場全員で炭坑節やサンバを踊り、照れくさそうにしていた生徒たちからも明るい笑顔がはじけ飛んだ。
同校生徒のメリサ・ビシェッチ・ナタルさん(13)は、「被災地の話しを聞いて泣きそうになった。お金を持っていたら家を買ってあげたいと思った。言葉が通じたらよかったけど、通じなくても一緒に踊ったりして楽しく交流できた」と感想を述べた。
帰りの空港では涙を流しながら別れを惜しむ中学生もおり、充実したブラジル滞在となったことがうかがえた。
2014年6月18日付
