北澤氏の思い継ぎ今年も販売
郷土食コーナーに出展する各県人会は趣向を凝らして母県の味を表現しているが、毎年種を日本から取り寄せ、栽培、仕込みまでを工程して販売するのは長野県人会(高田アルマンド隆男会長)から出品される「野沢菜漬け」くらいではないか。同県人会の野沢菜漬けは日本祭りの前身「郷土食祭り」時代からほぼ欠かすことなく出品されている定番品で、毎回、早い時間帯での売り切れが必至の品だ。
6月30日、高田会長ら役員と会員8人が野沢菜が植えてあるモジ・ダス・クルーゼス市管内ビリチーバ・ミリンにある故・北澤重喜さんの息子、マリオさん(51)とアウグストさん(44)が管理する北澤農園を訪れ、同農園で働く従業員や北澤さんの親族約10人と共に野沢菜の漬け込み作業に励んだ。
これまで野沢菜の管理を一手に引き受けていた前会長の重喜さんが今年2月に他界。今年の出品が危ぶまれたが、種をまく時期が迫った4月に高田会長ら県人会役員数人が北澤農園に出向き、今年も野沢菜漬けを販売する意向をマリオさんら親族に伝えた。マリオさんによると、「冬の時期はそんなに忙しくないし、問題ない」と承諾したという。
昨年の取材で重喜さんは1世の高齢化や栽培の難しさを理由に野沢菜の管理を「今年でやめる」と発言していた。また、手伝いに役員が参加しなかった状況について「2世の役員も参加して大変さを分かってほしかったんだが」と複雑な胸の内を語っていた。
皮肉にも重喜さんが亡くなってから2世が率先して行動し、今年も販売を続けることを選んだ。
今年の野沢菜は重喜さんが生前に母県在住の叔母に頼んで送ってもらった種が残っており、それを使用。5月初旬に発芽させ、発芽後2週間してから北澤農園一角、2000平方メートルの畑に定植した。定植後、50日で収穫を迎えたが消毒、潅水、施肥などの管理は親族と従業員が引き受けた。
同日午前9時前に北澤農園を訪れると従業員が既に収穫を済ませた後で、収穫された約300キロの野沢菜は葉野菜出荷場に運ばれた。訪れた役員、会員らは葉の選別と水洗い、大樽に塩漬けする作業を親族らと一緒になって午後3時ごろまで続けた。
参加した同県人会元会長の新井均さん(79)は「2世の輪がまとまってきているね。今年も続けてくれてありがたく、1世はもうサイドから応援するくらいでいいんじゃないかな」と取材に対してコメントし、今年も野沢菜漬けが販売されることを喜んでいた。
マリオさんは、親族、会員らが一緒になって樽に野沢菜を漬け込む様子を見ながら「まあ2世は漬物をあんまり食べないけど、来年も続けてもいいかな」とつぶやき、野沢菜の管理を来年以降も継続する意向を示した。
この日、塩漬けされた野沢菜はピンガ、砂糖、味の素など独自の味付けを行った後、袋詰めされる。長野県人会のブースはプラッサ・ミツビシの40番。今年も昨年と同様に800袋ほどの野沢菜漬けのほか、パステル、ドラ焼きなどを販売する予定だ。(おわり、川口裕貴記者)
2014年7月4日付
