06/03/2026

Mês: julho 2014

W杯で勝つには歴史が必要 サッカー元日本代表の中田英寿氏(37、山梨)が中心となり、サンパウロ(聖)市に期間限定でオープンした「nakata.net cafe(ナカタドットネットカフェ)」(現在は終了)。内装はカフェというより、スタイリッシュなバー。木目を生かしたカウンターには、和食の創作料理が美しく盛り付けられ、日本各地の日本酒が並ぶ。いかにも和風な空間を選ばないところにも中田氏のこだわりが見てとれる。同カフェオープンに先駆けて行われたレセプション開会直前、本紙のインタビューに応じた中田氏に、同氏の価値観やサッカーについて話を聞いた。(夏目祐介記者) 今回で来伯は10回ほどになるという中田氏。ブラジルへの印象を聞くと、「地方によって全く異なるため、一括りにはできない。サンパウロは急成長している大都市で洗練されているイメージがありますね」と語る。 その聖市でオープンした同カフェ。日本の食や文化の発信が主な目的だったが、中田氏が伝えたい日本らしさとは何か。「僕は『らしさ』という言葉が好きではありません。なぜならそれは発信側が定義することではなく、受け取る側が決めることだからです」。そう前置きして同氏は続ける。「なので今回(のnakata. net cafe)も、僕が良いと信じた『日本』をブラジルに紹介していますが、正しいかどうかは分からない。足を運んでくれた人それぞれに判断してもらいたいです」 話題をサッカー・ワールドカップ(W杯)に移す。まずはデモについて。W杯ブラジル大会も閉幕が近づき、幸い際立った惨事はまだないが、同氏は「デモは世界中どの都市でも行われるものだけれど、W杯でその話題が先行するのは残念。ブラジルの良いものを見せるチャンスなのに、外国人としては不安で、マイナス材料になるわけですから」と考えを述べた。 中田氏は現役時代3度のW杯に出場。ずばりW杯で勝つためには何が必要だと思うか。「歴史ですね。過去の大会でも新興国が好成績を残すケースは多くない。W杯で上位を目指すには、経験を積み重ねて、自分たちの勝つスタイルを確立しなければならない」 同氏を取材したのはW杯開幕前。日本代表の選手たちが大会敗退後、「自分たちのサッカー」ができなかったと反省を口にしたが、同氏は戦う前からそれを実行する難しさを語っていた。 そして今大会の優勝国予想は、希望も込めてブラジルだ。「64年ぶりの自国開催での優勝は、ブラジルサッカーの歴史的にもふさわしいでしょう」 最後に、中田氏のサッカー界復帰の可能性を尋ねた。「今でもチャリティマッチなどで、サッカーとかかわっていますよ。でも根本的にサッカーは自分にとってプレーして楽しいもの。サッカーで金もうけは考えていないです。監督やコーチも含めてね」 日本祭りにも来場文化知らせる活動に共感 7月4〜6日まで聖市で開催された第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)。主催の県連が目玉の一つと語っていたのが、nakata.net cafeの日本酒ブース出展だった。そして5日には、同祭りに中田英寿氏が参加。郷土食ブースにも足を運んだ。 中田氏はまず、同カフェブースに来場。日本酒「作(ざく)」を注文し、ブラジル人女性のスタッフにブースの様子を確認した。 両氏は互いに日本酒ソムリエの資格を有し、話題は専門的に。女性が「(同カフェに)参加して教えてもらうまで、冷蔵せずに日本酒を保存していました」と打...
ニッケイ新聞 2014年7月9日 愛知は味噌串カツと味噌煮込みうどんで郷土の味を表現。特製味噌をつけた串カツは、肉好きな非日系にも大好評だった。小松ジェニー元会長は「味噌汁などが伯人にも広く知られたおかげ。中には味噌をつけずに食べる人もいるけど、肉自体にも味噌味を付けてあるんです。愛知の人には邪道だと思われるけどね」と工夫も明かした。また、カニ足付きの豊川稲荷弁当(30レ)も好評だった。市営市場で仕入れたカニの足を2本ずつつけた所、大人気。小松さんは「値段は少し高めだったけど、土曜は午前のうちに売り切れた。変わったものを求める来場者が多くなってきたのでは」と予想した。広島は、広島風お好み焼きを22レで販売。とんかつソースをお好み焼き用にアレンジした。バンカでは20人が忙しく鉄板と向きあう。キャベツは金曜の夕方から婦人部総出で大型80個を千切りにしたという。石井公男理事は「今日はコッパ(W杯)の影響もあって、人出は昨年の土曜日より少ないかな」と周囲を見渡したが、「売れ行きは好調ですよ」と微笑んだ。「三陸わかめうどん」を販売した岩手県人会は、今夏の水不足で馴染みの製麺所が営業を停止したため、うどんの調達に苦労したそうだ。千田曠曉会長は「売れ行きは順調。開催できたのは、若い人の協力のおかげ。売り上げの一部を何かの形で還元したい」と若者の活躍に顔をほころばせた。チキン南蛮串を千本用意した宮崎県人会は、県費留学で本場の味を知る青年部20人が主体となって運営。柔らかいモモ肉のから揚げに、手作りのタルタルソースがぴったりマッチ。クリスチャーネ・紘美・田代さん(25、三世)は「嫌になるほど鳥肉を切った」と苦笑いしながらも、「県費留学で知り合った皆と会えるのは、日本祭りだけだからね」と楽しそうだった。鶏の被り物をして客寄せを行った桐野リカルドさん(30、二世)も「先輩たちの活動のおかげで県人会が続いている。評判もいいので来年もやりたい」と意気込みを語った。
ニッケイ新聞 2014年7月9日 日本祭りの屋内展示場であった『富士山写真展~世界文化遺産になった日本人の魂と文化』には、多くが訪れた。富士山の世界文化遺産登録1周年を記念し、ニッケイ新聞と静岡新聞(本社・静岡市)が共催した。様々な表情を捉えた40点は、日本、日系、ブラジル人全ての心を捉え、写真の購入を希望する人、詳しい説明を求める人、記念撮影を行う人など、高い関心を呼んだ。在サンパウロ日本国総領事館と富士山を世界遺産にする国民会議の後援、国際交流基金サンパウロ文化センター、HOTMA、イカイ(沼津市)が協賛した。 「モンテ・フジの名前は知っていたけど、これほど凄いとは…」と驚いた表情を見せるのは、タイス・アウレリアーノさん(21)。母のルシアさん(50)も「本当に綺麗。もっとこの山のことを知りたい」と興奮気味に話し、共に訪日を誓っていた。ソロカバ市のトヨタ自動車の工場で働くフランシスコ・エリオリさん(30)は、「訪日旅行を考えていたけど、行先の一つに静岡を加えたい。直接自分の目で確かめたい」。14歳で移住し、グァタパラ移住地に住む吉永利行さん(65、佐賀)は、「7年前に帰国した際、御殿場市まで行ったけど天候不良ではっきりと拝めなかった。これが私にとっての初富士。念願叶いました」と笑顔を見せた。名古屋市で2年間働いた経験がある藤永エドワルドさん(23、二世)は、「東京に向かう電車の中で見た衝撃が今も忘れられない。改めて様々な富士山が見られたのは本当に嬉しい」と感慨深げ。旅行会社に勤務し、ブラジル人旅行者を連れて毎年富士山を訪れる松村照明さん(71、熊本)も、「これだけ様々な角度で富士山を見られる機会はない。素晴らしい企画」と太鼓判を押した。今回の企画で初来伯した静岡新聞・営業局広報センターの大林寛副部長(46、静岡)は、「日本をテーマにしたこれほどのイベントが行われているとは」と日本祭りの規模に驚き、「富士山を誇らしく思うとともに、ブラジルの人に静岡を身近に感じてもらえれば」と嬉しそうな表情を見せていた。
ニッケイ新聞 2014年7月8日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)主催の『第17回日本祭り』が聖市イミグランテス会場で4~6日にあった。W杯と日程が重なったことで人出を危ぶむ声もあったが、前年同様、約18万人が来場した。特設舞台では太鼓やダンスなど約100演目が披露され、ミスニッケイコンテスト、コスプレ大会も行われ来場者を楽しませた。43都道府県のブースでは郷土食約300品目に大行列ができ、160社・団体が出展した。 4日午前11時からの開会式には、日系団体、スポンサー企業代表者、安部順二、大田慶子、飯星ワルテル連邦下議らも来賓として参加し、それぞれ祝辞を述べた。 挨拶に立った本橋会長は「一度に様々な郷土料理を楽しめる場所は日本にもない。日本祭り、弥栄!」と拳を突き上げ、開催を祝した。 全国の郷土食が一堂に会した「食の広場」は連日大盛況。毎年、郷土食を目当てに家族で来場しているというヴァニアン・セキネさん(31、三世)は「今年は東京の牛丼と宮崎のチキン南蛮が美味しかった」と満足気。 初めて来場したルイス・カルロス・メーロさん(31)は、友人6人と食の広場を巡り、からし蓮根や海鮮焼きそば、大山おこわ、広島お好み焼きなどを堪能した。「文化と料理を一度に楽しめる素晴らしいイベント」と話した。 生け花や茶道など多くの日本文化体験スペースが設けられ、初めて書道教室に参加したリカルド・クベロさん(34)は「集中力と繊細さ、勢いも必要で難しい。普段使わない筆で、初めて知る漢字を書く。非常に新鮮」と笑顔を見せた。 特設ステージでは、沖縄民謡や安来節などの伝統芸能からヒップホップダンスやコスプレ大会まで、三日間で約100演目が披露され来場者を楽しませた。日本から招かれた「Zoomadanke」がけんだまでパフォーマンス、アカペラバンド「INSPi」のステージ中、客席で立ち上がり踊っていた松尾キョウコさん(72、二世)は「二日連続で楽しめた。踊りたくなるほど上手」と満足した様子。 本橋会長は「今までの積み重ねで日本文化が根付いたのか、年々ブラジル人来場者が増えている」と喜んだ。 白熱勝負! コスプレ大会=優勝者は世界大会へ  来年日本で行われる「ワールド・コスプレ・サミット」の出場権を賭けたコスプレ大会が、日本祭りの最終演目として行われた。衣装だけでなく、原作のシーンを再現する派手な演技も注目を集め、満場となった会場は大いに沸いた。 コスプレとは、漫画やゲームの登場人物に扮する「コスチューム・プレイ」の略称。漫画・アニメ・ゲームの人気の高まりに伴い、当地でも益々愛好者が増えている。 優勝したのは、テレビゲーム「ファイアー・エムブレム」の登場人物を演じたディエゴ・ペレイラさん(25)とフェルナンド・エンリケ・メデイロスさん(22)=マット・グロッソ州=。今年で3回目の出場という二人は「勝てるとは思わなかった。凄く嬉しい。伯国代表という責任を感じる」と喜びを語った。 審査員を務めた国際交流基金サンパウロ日本文化センター・深沢陽所長は「コスプレが多くの人に受け入れられていると実感した。日本文化の一つとして認識を改めなければ」と話した。
ニッケイ新聞 2014年7月8日  日本祭り目玉の一つは、各県人会の提供する「郷土食」。地元名産の自慢の一品を販売した。海の幸やデザートなどなど、ニッケイ新聞取材班が各自気になったバンカを食べ歩き取材した様子を2回に分けて紹介する。 北海道といえば、海の幸。焼きたてのイカやニシンの芳しい香りに惹かれてか、同協会のブースの前には朝早くから人だかりができた。 「土曜日は4時すぎに売り切れた。ニシンなどは独特の味だけど、非日系にも人気です」と青年部リーダーの鈴木幸(29、二世)さん。「非日系も他県系人も大歓迎」という、同協会で活動するYOSAKOIソーランの若手メンバーが販売活動を支えている。祭りを通してチームワークも一層強化されたよう。 富山県人会のブースの前では、「ここの天ぷらはエビ5匹いり!」「コロッケっていうのは…」と客寄せに精を出す平松修副会長の姿が。 試食しては改良を繰り返した自慢のレシピとか。中身はほくほく、衣はさくさくという好バランスの一品だ。威勢の良い宣伝活動が功を奏してか売れ行きも上々、土曜日だけでコロッケ800個を売り切った。 森の幸が豊富な長野では、「椎茸ご飯」を初出品。椎茸を贅沢に使って出汁をとったコク旨ご飯だ。非日系にも喜ばれ、土曜日だけで160パックを売り上げた。 京都県人会のお馴染み「みたらし団子」は、漫画好きの非日系に人気を呼んだ。同会の販売活動に協力した力行会の福島清美理事は、「コスプレした若者が『漫画で見て団子に憧れた』と言って、よく食べに来たわ」と思いがけない漫画の影響力に目を見張った。 深夜3時から仕込んだという鳥取県人会の大山おこわは、栗や鳥肉、牛蒡など具沢山の逸品で、午後1時には売切れてしまうほどの人気ぶり。「甘すぎない味付けが難しかった」と話すおこわ担当の末長勇美子さん(63、熊本)は、好調な売れ行きに満足した様子だった。 香川は名物の讃岐うどんを販売。麺は輸入ものだが、ダシは県人会長の母・香川ツネヨさん(77、二世)が仕込んだ。煮干、カツオ、昆布にしいたけ等で出汁をとる秘伝のレシピだ。「毎年好評を得ている出汁の配分は私の塩梅です。今年も上々の出来じゃないかしら」とはにかんだ。  
18万人来場で各ブースは長蛇の列 第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り、主催=ブラジル日本都道府県人会連合会)が4~6日、サンパウロ(聖)市のイミグランテス展示場で開催され、連日の晴天の中、約18万人(主催者発表)が来場した。今年の同祭テーマには「三方良し」が掲げられ、「売り手、買い手、世間」の三方が満足する祭りを目指した運営が行われた。今年はサッカー・ワールドカップ(W杯)準々決勝4試合の日程と重なったこともあり、会場にはユニホーム姿の人や日本から来伯中の人も見受けられた。屋内会場の各日本企業や日系団体のブースではそれぞれの製品やサービス、食品などが紹介され、屋外の郷土食コーナーには計50の各県人会・団体が出店し、今年も大繁盛となった。 今年の同祭初日はW杯のブラジル対コロンビアの試合日だったため、試合開始1時間前の午後4時から終日入場無料として集客が図られ、メーンステージ脇に設置された大型テレビで試合観戦が行われた。午後4時半ごろに会場を訪れた梅田邦夫駐ブラジル大使夫妻、佐野浩明在聖総領事館首席領事らは本橋幹久県連会長の案内で会場全体を回り、試合前半途中から観戦した。 梅田大使は、「これだけ大きい規模でできることは素晴らしい。日本祭りの会場に試合を見に来ているブラジル人も多く、いかに受け入れられているかの証拠だ。今後継続していくためには官、民、日系が三位一体となってやっていくことが大切だろう」と感想を述べた。 5日午前11時からはメーンステージで開会式が行われ、日系議員、日本政府関係者、各スポンサー代表や日系団体代表ら約25人が壇上に上がり、開会を祝った。福嶌教輝在聖総領事はあいさつで、日ごろの協力とW杯での日本チームへのホームさながらの大きな応援について礼が述べられ、「日本が負けた今、今度は日本がブラジルを応援する番だ」とあいさつすると会場は大きな拍手に包まれた。 屋内会場では今年も多くの日本企業がブースを設け、JICAや総領事館、国際交流基金など日本政府のブースも開かれた。2回目の参加となったダイソーでは、行列ができて入場制限がされるほどのにぎわいを見せていた。援協やサンタ・クルス病院のブースにも無料診察を受けようと朝早くから行列ができており、文協ブースでの里帰りプロジェクトの説明では涙を流しながら母国を思う1世の姿も見受けられた。遠方からはパラー州ベレン市にある汎アマゾニア日伯協会が参加して同地の熱帯果樹加工食品などが販売された。 今年初参加の団体として、自動車部品メーカーのデンソーや、元サッカー日本代表の中田英寿氏が聖市で期間限定で開催していた「nakata.net Cafe」などがあり、5日午後4時過ぎには中田氏本人も来場して郷土食コーナーで出身地の山梨県の「ほうとう」や、援協の自閉症学級支援(PIPA)のブースの焼き鳥を食べるなどして会場を回った。 郷土食コーナーには今年は計50の県人会と団体が出店し、連日人気ブースの前には長蛇の列ができる例年通りの大盛況となった。今年は初日がブラジルの試合日だったため、少なめに食材を用意するなど各団体は工夫していたようだが、結果としては「思っていたよりも売れた」という声が多く聞かれ、最終日の昼過ぎごろから人気食品が売り切れとなる県人会も見られた。 2014年7月8日付
5日午後7時ごろからは「ミス日系コンテスト」が開催。ブラジル各地から選ばれた23人の日系美女が水着、ドレス姿で伯国一の美を競い合い、会場は特製の横段幕や応援グッズなどを持って応援に来た友人や家族らによって熱気に包まれていた。 審査員による審査の結果、サンパウロ州マリリア地域代表のアマンダ・ミユキ・ミズカワさん(15、2世)が今年のミス日系の栄冠に輝き、「とても、うれしいです。今後の目標はモデルと医者になることです」と取材に応えた。 また、6日午後6時半ごろから「第5回ブラジルコスプレ大会」が行われ、計11組のペアが出場。世界大会出場を懸けたブラジル1位を決めるパフォーマンスを一目見ようと、メーンステージの周りには同祭で一番と思われる多くの人が集まる盛り上がりを見せていた。 優勝したのは3度目の出場となるミナス・ジェライス州在住のフェルナンド・ペレイラさん(22)とディエゴ・ペレイラさん(25)の伯人男性2人組。「レベルの高い大会で本当に優勝できると思っていなかったのでとても幸せです」と答え、「責任を感じるが世界大会へのやる気も十分」と意気込んだ。 そのほか、同祭にはアカペラグループ「INSPi」、けん玉パフォーマーの「ZOOMADANKE」、フリースタイルフットボール現日本王者の「ALEG―Re」などが日本から招待され、「人間離れ」した驚きのパフォーマンスに会場は大歓声に包まれていた。 6日にはジェラルド・アルキミン聖州知事、前知事のジョゼ・セーラ氏ほか、ブラジル社会民主党(PSDB)の大統領選候補アエシオ・ネベス上議が会場を訪れた。 同祭を終えた本橋県連会長は「会長として初めての祭りで責任を感じながらの祭りとなった。開催に当たり金銭面など色々と問題はあるが、皆が協力してくれたことでこうして無事終えられたことが何より。来年は今年以上に大変になるだろうが、今後に向けまた積極的に動いていきたい」と総括した。 2014年7月8日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)主催の『第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)』が4日正午、聖市のイミグランテス展示場(Rod . dos Imigrantes, km 1,5)で開幕する。開幕前日の3日、注目の郷土食会場で意気込みを聞いた。 お馴染みの大鳥居をくぐって右手に抜けると、各県人会自慢の逸品が一堂に会する「食の広場」がある。3日朝8時40分に一番乗りで設営準備を始めたのは、本橋県連会長率いる鳥取県人会だった。栗と鶏肉の入った「大山おこわ」を筆頭に和牛を使った牛丼、大きな野菜かき揚などを販売する。現場責任者歴5年目になる末長正副会長は、「牛丼はデカセギ帰りの人に人気。大山おこわも自慢の品。ぜひ来て下さい」とアピールした。長野県人会の準備作業も気合が入っていた。先頭切って働いている様子の高橋恒治さん(65、山形)は、「開催日の天気が良いことに一安心」とか。同県人会の北澤一家が作る「野沢菜漬け」も順調に漬け込まれており、「各地で日本祭りは開かれるけれど、野沢菜漬けを食べられるのはここだけ。椎茸ごはん、花梅漬けもあるのでぜひ」と高橋さんは来場を呼びかけた。 展示スペースの中央通路奥の左手には、本紙と静岡新聞が主催する富士山写真展が3日中に設営を終えた。見ごたえのある霊峰の姿に、忙しいはずの作業関係者もしばし足を止めて見入る光景も見られた。 山田康夫同祭実行委員長は、忙しく会場を駆け回りながらも「準備は終わりました。後は皆さんに『三方良し』で楽しんでもらうだけです」と会場費の値上げなど苦労の多かった今回の日本祭りの成功を祈った。 開催時間は4日正午12時~午後9時、5日午前10時~午後9時、6日午前10時~午後6時まで。5日には「ミス・ニッケイコンテスト」、6日には「コスプレ大会」も行われる。各種ワークショップや和太鼓、YOSAKOIソーランなどのショーもある。期間中、地下鉄ジャバクアラ駅から会場への無料バスが出る。駅の各所で赤い法被を着たボランティアの案内が目印。入場料は12レアルだが、8歳以下または65歳以上は無料。詳細、問い合わせは県連(11・3277・8569/secretaria@festivaldojapao.com/www.festivaldojapao.com )まで。
リベルダーデ周辺でも各県人会館で前日準備に大忙し。宮崎、青森、岩手、和歌山、山口などが婦人部、青年部ら総動員で郷土料理の下準備に追われた。和歌山県人会(木原好規会長)は毎年、長蛇の列ができる「関西風お好み焼き」の下ごしらえにひたすらキャベツを切り刻む。総数は約500個で婦人部、会員らが約30人体制で千切りにし、3日間で最大5千食の販売を予定。「こういう時しかお手伝いできないけど」という20代から、80歳近いベテランまで総動員で準備した。「猫の手も借りたいほど」と木原会長も言うように開催期間中も多忙を極めるが、日本祭りの目玉食品とあってうれしい悲鳴だ。 宮崎県人会(高橋久子会長)で注目は、チキン南蛮と日向ラーメン。金曜に販売するラーメンはあっさりしょう油味で200食を仕込んだ。チキン南蛮は青年部を中心に調理したという。会館で準備に汗を流す婦人らは、「郷土食に加え特製甘酒も用意します」と笑顔を見せた。 リンゴが名産の青森県人会(玉城道子会長)はサンタカタリーナ州サンジョアキンのリンゴを使用し、ゼリーとケーキを用意した。玉城会長は「100%ジュースもおすすめ」と自信を見せた。 バリバリ焼きそばなどを提供する山口県人会(要田武会長)は、午後から会員など6人で下ごしらえ。自慢のイチゴ大は、「餡が21キロ、イチゴはアチバイアから取り寄せた3200個を使用します」と伊藤紀美子事務局長。当日は青年部中心に30人が販売を行なうという。 岩手県人会(千田曠曉会長)は三陸わかめうどんを仕込んだ。千田会長による特製ダシはいりこ、カツオ節、昆布にしいたけも加えた丁寧な一品。錦糸卵にナルト、天ぷらを乗せて提供する。
ニッケイ新聞 2014年7月3日 ブラジル日本交流協会(二宮正人会長)が東日本大震災の被災地支援活動とし、「布地蔵販売会」を今週末の県連日本祭りで行う。震災後、現在も宮城県名取市箱塚桜団地仮設住宅で暮らす人々が手作りした地蔵のぬいぐるみで、1体20レアル。同仮説住宅の住民が元々住んでいた同市ゆりあげ地区は、震災によって死者911人・行方不明者40人、半壊以上の建物5千棟以上と甚大な被害を受けた。震災から3年が経った今も、約240人が同仮設住宅に暮らしている。布地蔵はゆりあげ地区の名前の由来ともなった、「千年前の大津波で浜辺にゆりあげられたお地蔵様」がモチーフ。制作した住民らは、「お地蔵さまは作っても、もらっても心が癒される」「支援してくれた方々へ『ありがとう』と感謝の気持ちを込めた」と話している。同協会の岸本和生さんは「何もせず部屋に1人でいると、自分の行く先を考え込んでしまう方がいる。集会所に集まってみんなで作業すると気持ちも明るくなるそうです。被災地の現状を伝えるための写真展も行います。関心のある方はぜひ」と来場を呼び掛けた。
沖縄ポップス歌手として東京を中心に活動するナシルさん(38、沖縄)が、6月26日から来伯している。 同氏は2000年に実妹と2人組みで音楽活動を開始。07年からはソロ活動及び三線を使った音楽活動を始めた。近年では沖縄出身のバンドBEGIN(ビギン)のメンバーである島袋優氏プロデュースによる楽曲のリリースや、自身のラジオ番組を持つなど幅広い活動を行っている。 今回の来伯では、既に文協桜祭りや日系コロニアとの交流の中で歌声を披露したほか、日本祭りでもステージに立つ予定だという。また、三線の寄付や、沖縄の絵葉書などの配布を通じ沖縄文化の発信を行う。 同氏はブラジルの印象について「気候や人が沖縄に似ている」と笑みを交えて述べ、「音楽を通して沖縄の風を届けたい。来年も来ると既に約束した」と今後の展望を語った。 日本祭りでの同氏のステージは、6日午前11時45分の予定。 2014年7月5日付
ラジオTV日系が、昨日から開催しているフェスティバル・ド・ジャポンでブースを出している。 同ブースでは、エスタソン・リベルダーデ出版社やサトリ出版社の書籍、コンチネンタル・ホームビデオ社の邦画をポ語に翻訳して紹介。一部販売もあるという。 また同ブース内にスタジオを設け、同社の宮城パウロ社長と瀬名波美恵子さんによる政治家などへの公開インタビューも行われる。 2014年7月5日付
北澤氏の思い継ぎ今年も販売 郷土食コーナーに出展する各県人会は趣向を凝らして母県の味を表現しているが、毎年種を日本から取り寄せ、栽培、仕込みまでを工程して販売するのは長野県人会(高田アルマンド隆男会長)から出品される「野沢菜漬け」くらいではないか。同県人会の野沢菜漬けは日本祭りの前身「郷土食祭り」時代からほぼ欠かすことなく出品されている定番品で、毎回、早い時間帯での売り切れが必至の品だ。 6月30日、高田会長ら役員と会員8人が野沢菜が植えてあるモジ・ダス・クルーゼス市管内ビリチーバ・ミリンにある故・北澤重喜さんの息子、マリオさん(51)とアウグストさん(44)が管理する北澤農園を訪れ、同農園で働く従業員や北澤さんの親族約10人と共に野沢菜の漬け込み作業に励んだ。 これまで野沢菜の管理を一手に引き受けていた前会長の重喜さんが今年2月に他界。今年の出品が危ぶまれたが、種をまく時期が迫った4月に高田会長ら県人会役員数人が北澤農園に出向き、今年も野沢菜漬けを販売する意向をマリオさんら親族に伝えた。マリオさんによると、「冬の時期はそんなに忙しくないし、問題ない」と承諾したという。 昨年の取材で重喜さんは1世の高齢化や栽培の難しさを理由に野沢菜の管理を「今年でやめる」と発言していた。また、手伝いに役員が参加しなかった状況について「2世の役員も参加して大変さを分かってほしかったんだが」と複雑な胸の内を語っていた。 皮肉にも重喜さんが亡くなってから2世が率先して行動し、今年も販売を続けることを選んだ。 今年の野沢菜は重喜さんが生前に母県在住の叔母に頼んで送ってもらった種が残っており、それを使用。5月初旬に発芽させ、発芽後2週間してから北澤農園一角、2000平方メートルの畑に定植した。定植後、50日で収穫を迎えたが消毒、潅水、施肥などの管理は親族と従業員が引き受けた。 同日午前9時前に北澤農園を訪れると従業員が既に収穫を済ませた後で、収穫された約300キロの野沢菜は葉野菜出荷場に運ばれた。訪れた役員、会員らは葉の選別と水洗い、大樽に塩漬けする作業を親族らと一緒になって午後3時ごろまで続けた。 参加した同県人会元会長の新井均さん(79)は「2世の輪がまとまってきているね。今年も続けてくれてありがたく、1世はもうサイドから応援するくらいでいいんじゃないかな」と取材に対してコメントし、今年も野沢菜漬けが販売されることを喜んでいた。 マリオさんは、親族、会員らが一緒になって樽に野沢菜を漬け込む様子を見ながら「まあ2世は漬物をあんまり食べないけど、来年も続けてもいいかな」とつぶやき、野沢菜の管理を来年以降も継続する意向を示した。 この日、塩漬けされた野沢菜はピンガ、砂糖、味の素など独自の味付けを行った後、袋詰めされる。長野県人会のブースはプラッサ・ミツビシの40番。今年も昨年と同様に800袋ほどの野沢菜漬けのほか、パステル、ドラ焼きなどを販売する予定だ。(おわり、川口裕貴記者) 2014年7月4日付
山口県山口市にあるロータリークラブ(RC)は6月24日、山口県人会(要田武会長)の仲介でサンパウロ市リベルダーデ区にある同県人会会館で知的障害者援護施設「希望の家」にブラジル米800キロを贈呈した。 贈られた米は、山口県人会がRCからの支援金10万円で購入したもの。要田会長によると、RCから毎年行われてきたブラジルへの寄付は今回で20年目。当初はブラジルの孤児院に向けて援助していたが、10年目を境に同施設へ米の贈呈が始まった。 米は毎年1トンを目標に購入していたが、今年はW杯の影響で米の値段が高騰。今回は目標を上回る贈呈はできなかったという。また、今回で同施設への寄付が10回目という区切りを迎えた理由から寄付が最後との発表もあった。 要田会長は「山口市のロータリークラブのように、もっと日系コロニアに目を向ける団体が出てくれれば。県人会としても新たな支援活動を行いたい」と今後の展望について述べた。 同施設の近澤マリナ理事は、「ありがたい。本当にお世話になりました」と10年間に及ぶ寄付に感謝の言葉を述べた。 近澤理事によると、現在同施設には平均年齢50歳以上の約70人が入居しており、半分が日系人だという。 2014年7月4日付
ニッケイ新聞 2014年7月2日 県連主催の第17回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)が4日から三日間、聖市のイミグランテス展示場で開催される。各県自慢の逸品が集まる郷土物産展に、長野県人会(高田アルマンド隆男会長)は毎年「野沢菜漬け」を提供してきた。しかし、それを主導してきた北澤重喜さんが3月に逝去し、今年は中止かと思われた。ところが彼の思いを継いだ家族らの奮起で先月30日に約400キロ、800袋分の漬け込み作業がビリチバ・ミリン市の北澤農場で行われ、無事販売の準備が整った。 「日本の文化を続けたい気持ちが心の底にあった」と語るのは、重喜さんの長男マリオさん(51、二世)だ。高田会長から野沢菜漬けの協力を頼まれたのは、父重喜さんが亡くなってすぐのことだった。マリオさんは「母や弟は野沢菜漬けをほぼ諦めていた。でも自分はやらなくてはいけないと思い承諾した」と当時の心境を語る。家族に相談したらダメだといわれるのではと考え、独断で野沢菜作りを請け負った形だ。兄妹と共に経営する農業会社の業務を調整し、栽培と収穫を会社で行えるように、まず外堀を埋めた。その上で「大変な作業はこちらでやるから協力してほしい」と家族に頼んだ。母アキエさん(85、北海道)は、夫が亡くなったことと肩と腰の痛みから、今年の野沢菜漬けを諦めていた。でもマリオさんの堅い意志を聞き、驚きながらも「やると言うならやればいいよ」と言った。言葉こそそっけないが、その時のことを語る姿はとても嬉しそう。作業当日も張り切って漬け込みの塩梅を指示していた。最後まで反対したのは弟アウグストさん(44、二世)だった。「父とは同居していたけど、あまりも話をしていなかった」と当時を語る。しかし、アキエさんから強い説得を受け、「母のために、父が大切にしていたものを受け継いであげたい」と思い直した。現在はむしろ、最も積極的に作業を手伝い、マリオさんを驚かせている。聖市から作業を手伝うため同県人会員10人と共に参加した新井均元会長(79、長野)は、「重喜さんには素材から手作りするこだわりがあった。北澤家の協力が無ければ野沢菜漬けを出品する事は出来なかった」と感謝し、「県人会の協力者が高齢化する中、重喜さん本人も野沢菜漬けの継続を半分諦めていた」と振り返った。マリオさんは「若い頃にはわからなかったが、日本文化を継承する事は大切な事。来年もぜひやりましょう」と協力を約束すると、新世代誕生に県人から拍手が起きた。二日ほど塩漬けにして水分を絞り、少々の砂糖やピンガなどで味をつけ、日本祭りのバンカに並ぶ。マリオさんは「今年は柔らかさを重視して早めに収穫しました。味付けも秘伝のレシピで行います。来場した際はぜひ」と自慢の一品をアピール。来場の際は、家族の絆が繋いだ郷土の味を楽しんでみてはいかがか。
ニッケイ新聞 2014年7月2日 宮城県人会館で24日に開かれたW杯日本代表観戦会後、予選リーグ敗退の落胆も忘れ、郷土話に花を咲かせる一団が。W杯のために初来伯した岡部さんと当地の山形出身者だ。40年来のサッカーファンで、娘とその友人の3人で来伯。17日に到着し、クリチーバ、ナタウで日本戦とスペイン戦を観戦した。フェイスブックで初めて宮城県人会の存在を知り、同会での観戦会に参加したという。「天童市・人間将棋大会」「さくらんぼの最新情報」など地元の話題で盛り上がっていた岡部さんは、山形県人会副会長・斉藤保さん(67)から「昨年の県人会60周年記念式典には、県知事や民謡団が来て賑やかだった」と聞くと、意外な日伯の繋がりに感心した様子。「伯国は危険な国だとばかり思っていた。でも、空港やスタジアムでは日系人の方が案内してくれたり、応援用の手袋を下さったりして親切にして頂いた。来て良かった」と一週間の滞在を振り返った。W杯を通じ、日系社会への理解が確かに広がっていると思えた一幕だった。(石)
ニッケイ新聞 2014年7月1日 山口ロータリークラブ(河野康志会長)が希望の家福祉協会(上村ジャイロ理事長)に米800キロを寄付するにあたり、24日に山口県人会館で寄贈式を行った。同県人会の要田武会長、伊藤紀美子事務局長、近江稔会計理事、希望の家の近澤マリーナ理事が出席し、地球の裏側からの支援を喜んだ。同クラブの伯国への寄付活動は今年で20年目。希望の家には毎年10万円分の米を寄付しており、今年で10年目を迎えた。しかし、同一団体への寄付は10年を一区切りとする方針から、同施設への支援は今年で終了する見通しだ。山積みにされた米袋を前に、近澤理事は「両団体には10年間本当にお世話になりました」としきりに感謝の言葉を述べた。米は、入居者73人の3カ月分の食事になる。要田会長は「10年間、日伯の橋渡し役が出来たことは誇り」と感慨深げに語り、「日系コロニアの福祉団体はどこも支援を必要としている。日本からの協力者があれば、県人会は協力を惜しみません」と述べた。
ニッケイ新聞 2014年6月28日 日本のシンボル、富士山の雄姿をサンパウロで―。ニッケイ新聞は提携紙の静岡新聞(本社・静岡市)と共催で、来月4~6日に開催される県連・日本祭りのパビリオン会場で『富士山写真展~世界文化遺産になった日本人の魂と文化~』を開く(E-08、出口近く)。日本国民の悲願として富士山がUNESCO世界文化遺産認定されてから、はや1周年。それを記念し、静岡新聞が提供する四季折々の富士山の表情を伝える写真40枚を通じて、〃日本の心〃をブラジル社会に伝える企画だ。 雲海から顔を覗かせる神々しい姿、真っ白な深雪に覆われた寒々とした姿、またあるときは色とりどりの花畑の向こうに聳える心温まる姿など、地元紙・静岡新聞だからこそ切り取れた千変万化する霊峰の表情が一堂に会する。同社ヘリコプター「ジェリコ1号」が空撮した上からの富士は、三保の松原から仰ぎ見る様子とはまったく別の表情を見せる。入り組んだ入り江を持つ伊豆半島側から覗き見る姿、はたまた日本一のパワースポット(元気が出る場所)といわれる山頂の御来光の瞬間、山頂部と太陽が重なる特殊な大気光学「ダイヤモンド富士」が出現する直前に上空に鬼のような影が現れた瞬間を写したものなど、ここでしか観られない世界文化遺産にふさわしい美景が山盛りだ。日本人にとって古くから山岳信仰の代表であり、山頂の浅間大社の鳥居の勇姿も写真展にはある。日本中に350もの「富士」の名を冠する山がある。移民が祖国を恋しく思う時、まず夢に見、心に思い浮かべたのは富士の美しい姿ではないか。北米には「タコマ富士」、聖州にも「レジストロ富士」などその名を冠した山が23カ国・地域に50以上もあるのがその証左だ。古来、日本人は俳句や浮世絵に写し取り、文化的意味を持たせ、自然への敬意、畏怖を維持してきた。昨年、富士山がUNESCOの世界文化遺産に登録されたのは、まさに高くて美しい山というだけでなく、自然と共生してきた日本人の精神性を幅広く知ってもらおうという働きかけの成果でもある。そんな背景も含めた霊峰の姿を子や孫に見てもらうだけでなく、幅広くブラジル社会に知ってもらうために企画された。 後援は在サンパウロ日本国総領事館、国際交流基金サンパウロセンター、富士山を世界遺産にする国民会議の後援。協賛はイカイ(静岡県沼津市)。
日本祭り向けて団結を ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)の月例代表者会議が、6月26日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル5階同会事務所で開かれた。 今週末に控えた第17回日本祭り(フェスティバル・ド・ジャポン)での注意事項の確認のほか、会の終盤では前回同様、県人会活性化に関する懇談の時間が設けられ、出席者が意見を交わした。 日本祭りに関しては、約25万レアルとみられる赤字解消へ「引き続き努力している」と山田康夫同祭実行委員長が現状を説明。目標来場者数は昨年と同じ規模である18万人とした。目標達成のための不安要素として期間中の天候だけでなく、サッカー・ワールドカップのブラジル代表戦が同祭初日にあたる4日に予定されていることを挙げた。 懇談会では、県人会活性化をテーマに話し合いが行われた。 尾西貞夫兵庫県人会長が、県費留学制度への補助金支給を日本政府に要請することを提案。協議の末、8月初旬に実現するとみられる安倍晋三首相の来伯時に要請できるよう、尾西会長が中心となって計画を進めることが承認された。 尾西会長は「(補助金要請は)昨年から言い続けてきた。県費留学生は、留学終了後に県人会とのかかわりが作りやすいのが強み」と述べた。 そのほか、「県人会館のノウハウの共有」や「日本からブラジルに進出した企業をいかに日系社会に参加させるか」が議題として挙げられた。 同会議終了後、本橋会長は日本祭りに向けて「もしかしたらトラブルが起こるかもしれない。その際は文句を言うのではなく、温かい目で見守ってほしい。みんな仲間なのだから」と話し、同祭当日に向け団結の必要性を強調した。 2014年7月3日付