安倍晋三首相は2日午後、日系団体との懇談・歓迎会に出席するため聖市の文協ビルを訪れた。現役首相としては10年ぶりの聖市訪問に、会場となった文協大講堂はほぼ満員、1千人を超える来場者が埋め尽くした。コロニアの手厚い歓迎を受けた安倍首相は壇上で「海外で活躍する日系人にとって、誇りがもてる日本であり続けたい」との思いを語った。 安倍首相は同日、聖市のイビラプエラ公園の開拓先没者慰霊碑参拝、日本館視察の後、文協ビルには午後3時半過ぎ、昭恵夫人と共に到着した。入り口には「歓迎 安倍晋三内閣総理大臣」と書かれた垂れ幕が下がり、午後1時から文協前には長蛇の列ができた。首相はまず正門前で待ち構えていた人々の握手に笑顔で応え、平成学院など日系校の生徒が両国旗を振る中、階段に敷かれた赤絨毯を、手を振りながら上った。9階での日系団体、日系議員らとの懇談の後、大講堂に入った首相は来場者総立ちの拍手で迎えられ、文協婦人コーラスの合唱の中、壇上の席に着いた。首相は「政治家として人前で涙を見せることはなかった祖父が、『あの時は、初めて流れる涙を止めることができなかった』と言っていました」と1959年に当地を訪問した岸信介元首相の知られざる話を披露した。「大変な苦労の中、この地で頑張った一世、日本人の守るべきものを守りながら受け継いできた子孫に敬意を表したい」とした上で、「〃ジャポネース・ガランチード〃(信用できる日本人)は、私達日本で暮らす日本人も大切にすべきもの」と続けた。東日本大震災への義捐金として当地から6億円相当の金額が送られたことに触れ、謝意を表明すると同時に「それだけ日本のことを思ってくれていると感激しました」との気持ちをのべた。今後の日系社会との関係について「日本人の信用を高めて頂いている日系人の皆さんとの関係をさらに深めていきたい」と明言。種々の活動の支援に加え、来年の日伯外交樹立120周年にあたり「日本語教育の普及にも力を入れたい」とした。具体的にはJICA日系社会青年・シニアボランティアの派遣を現状の60人から100人に増員する予定を挙げ、「様々な策を通じ、日系社会との繋がりをより太くしていくことを約束する」とした。最後に「日系人の存在のおかげで、日本とブラジルが魂と魂の交流を続けて行くことができる。今後も両国関係のために全力を尽くすことを誓い、皆様がお元気で、各分野でますます活躍されることを祈念したい」と締めくくった。首相は夫人とともに子供達から花束を受け取り、自身の強い意向で予定時刻を過ぎるまで来場者全員との記念撮影を行った。来場者の尾迫幸平さん(86、鹿児島)は「やっぱり総理だけのことはある。いい話を聞かせてもらった」、徳力洋子さん(70、千葉)も「もっと話を聞きたかった。日本語普及に力を入れてくださるとの話、とても嬉しい」、前田進さん(68、富山)は「コチア青年も来年60周年、外交樹立120周年と共に盛り上げたい」と述べた。西丸俊子さん(85、香川)は「感心しました」と感動した様子で、「日本語教育に力を入れて、研修生や留学生制度など交流を絶やさないで頂きたい」と話した。
Dia: 6 de agosto de 2014
2014年8月5日 「ボン・ジア」――。安倍晋三首相は2日午前、そう聖市内ホテルで記者会見を始めた。「成長著しい中南米と日本は深い友情を育んできた」と語り、チリにおける最大の投資国は日本であることを強調した。さらに「180万人の日系人がおり、日本と中南米を結ぶ大きな懸け橋となっている。今回たくさんの日系人にも会うことができた。苦難の歴史を乗り越え、今や経済、科学、政治などあらゆる分野で活躍されている姿に、身の引き締まる思いがする」と述べた。「ブラジルにはジャポネス・ガランチード、信頼できる日本人という言葉がある。この言葉こそ、中南米を新たな故郷だと思い定め、その発展のために身を尽くしてきた、日本人とその子孫たちの百年以上にわたる、汗と涙の結晶に他なりません。日本と中南米との歴史的な絆を、更なる高みへと発展させていく、今回の訪問は日本と中南米との戦略的なパートナーシップの新たな夜明けとなった」との考えを披露した。今回訪問した5カ国に関し、自由民主主義や基本的人権、法の支配といった価値を共有し、国際社会で影響力を高めている中南米は、私の〃地球儀を俯瞰する外交〃において欠かすことのできないパートナーです」と位置づけた。「6億人の人口と豊富な資源を持つ中南米が大きく成長している姿を目の当たりにした。日本にはそのニーズにこたえる技術がある。日本とこの地域は経済成長のパートナーである」とした。「ブラジルではサンパウロの地下鉄工事を日本の企業が受注した」とトップセールスの手ごたえを報告し、「世界でもトップクラスのシェアを持つ広島や新潟、埼玉や東京の物作り中堅・中小企業にも参加いただいた。地域で頑張っている中堅・中小企業の活躍の舞台を世界へと広げる、それをこれからも支援していきたい」と強調した。ヴァロール紙記者からのメルコスルとの経済連携に関する質問に対し、「中南米には180万人の日系人が生活している。日系人が培ってきたそれぞれの国や日本との信頼関係を土台として、ともに発展・啓発していくことができると確信している」などと答え、「日本経済における中南米の重要性が増大しており、もっと大きくなっていくと思っている。連携をこれまで以上に強める必要ある。日本とブラジルとの自由貿易協定に関しては突っ込んだ議論がされている。創造力のある提言を期待している」との思いを語り、「日本と中南米との新しい歴史が始まったと思っている」と締めくくった。
ニッケイ新聞 2014年8月2日 アラブ首長国連邦、南アフリカ、ブラジルの3国における要人との会談のため、木原稔防衛大臣政務官(45、熊本)が2日に日本を発つ。滞伯は6日から9日まで。初日はブラジリアで伯国防省要人と会談し、翌日は聖市でエンブラル社の視察とイビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑への献花を行う。8日はリオ・デ・ジャネイロで海軍工廠を視察、9日の朝、帰国する。
日本語教育普及でボランティア増員へ 安倍晋三首相は1日、中南米外遊最後の訪問国ブラジルを訪れ、同日夜にブラジリアからサンパウロ(聖)に政府専用機で降り立った。聖市では、2日午前9時半からのイビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑参拝をはじめ、コロニアとの交流を主に公式行事が行われた。午後4時半にリベルダーデ区の文協大講堂で日系団体主催歓迎会に出席した首相は、来場した1100人の前であいさつし、各分野における日伯交流に貢献した日系人に対する感謝の言葉と、これからの日伯間のつながりを強化したい考えを強調。文協ではそのほか、大講堂横のサロンで安倍首相の提案により急きょ用意されたという来場者との記念撮影を通じて交流を深めたほか、日系議員や団体代表者との懇談も行われた。時間の制約上、分刻みの行程となった10年ぶりの首相来伯は政府、歓迎側ともに慌ただしさのもと予定がこなされたが特に目立った混乱は無く、一行は同日夜に帰国の途に就いた。 安倍首相は2日午前9時半にイビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑を参拝・献花し、慰霊碑に隣接する日本館敷地内での植樹を皮切りにサンパウロでの公式行事を開始した。 午前11時38分にはピニェイロス区のローザ・ロザルン施設でJETRO(日本貿易振興機構)主催による「日伯医療セミナー」、午後0時20分には「ビジネス・セミナー」に顔を出し、それぞれスピーチを行った。また同施設を訪れたアルキミン聖州知事と約10分間にわたり対談した。 リベルダーデ区の文協ビルに首相が到着したのは午後3時30分。ビルの壁には来伯を歓迎する垂れ幕が掲げられ、首相を乗せた車がビルの入り口に横付けされると、赤間学園ピオネイロ校、平成学院、アルモニア学園の生徒約150人が日伯両国旗を振り、入場する首相を囲んで歓迎した。 移民史料館を約10分間視察した後、午後3時40分からは史料館9階で安倍首相と複数の日系団体による懇談会が実施。懇談会は日系議員、日系4団 体、サンパウロ大学生援護連盟(ABEUNI)、青年文協会員、JICA研修員OB会(ABJICA)、山口県人会関係者、日系青年など3回に分けて行わ れ、それぞれの代表者が安倍首相に向け歓迎のあいさつや活動紹介を行った。 懇談の中で安倍首相は「1908年以来、大変 なご苦労があったと思います」と移民史料館見学直後の感想を述べた後、「皆さん(日系人)の存在はさらに太い日伯関係形成において非常に心強い。どうかお 元気で、これからも頑張ってください」とさらなる日系社会の発展を祈った。 山口県人会の要田武会長が「1985年にお父様(安倍晋太郎元外相)からいただいたレーザーカラオケセットはありがとうございました」と切り出すと、安倍首相が笑顔で応えるなど和やかな場面も多く見られた。 2014年8月5日付
皆さんこんにちは、安倍晋三でございます。今日はいろいろとご用事のある中、また遠くからもたくさんの皆様がこうしてお集りをいただいたことを熱く、御礼を申し上げます。55年前に私の祖父、岸信介が総理大臣として当地を訪問した際には多くの日系人の方々にお出迎いをいただき、政治家として人前で涙を流したことなかったんですけれど、初めて流れる涙を止めることができなかったと言っておりました。 文協(移民史料館)において1908年に始まった移民の歴史を大変短い時間ではございますが教えていただきました。大変なご苦労の中でこの地で頑張った1世の皆さん、そして世代を通じて日本人の守るべきものをしっかりと守りながら受け継ぎ、引き継いで来た2世、3世、4世の皆さんに心から敬意を表したいと思います。 ジェポネス・ガランチードという言葉がありますが、これは正に皆さんが築いて来られたものであります。ジェポネース・ガランチードとは何かと私は考えて、それはまさに私たち日本人も日本で暮らす日本人も大切にしなければならないものだと思います。 我々は2011年3月11日、東日本大震災に襲われました。とても辛く悲しい経験ではありましたが、同時にさまざまなことを学ぶことができました。ブラジルの日系人の皆さんは日本になんと6億円の義援金を送っていただきました。ブラジルをはじめ多くの方々が日本のことを思っていただいていることに感激いたしました。被災に遭ってとても大変な状況にあって、被災した人たちは助け合い、労り合い、協力し合い、礼儀正しく復興しようと頑張って来られた。そのことが世界から敬意を集めることができました。私はこれもジェポネス・ガランチードだと思います。 私の友人、年を取っているのですが、ジョージ・アリヨシさんという方。ブラジル移民ではなく、ハワイに移民され、後に州知事になった人物であります。彼は日本が戦争に負けた後、米占領軍の一員として東京にやって来ました。 そして占領軍の一員として彼が勤務しているビルの前に何人かの子供たちが靴磨きをしてお金を稼いでいました。その中の7歳の1人の少年とアリヨシさんが親しくなり、その少年はやせっぽっちで身なりも貧しく、いつもお腹を減らし、同情して食堂でパンにジャムを塗ってサンドイッチを作ってその少年に渡しました。 その少年に渡すとぺこりとお辞儀をして、そのサンドイッチを食べずに大切そうにハンカチで包んで装具箱にしまったと言います。すぐに食べない少年の姿を見てアリヨシさんは『恥ずかしがらずに食べていいよ』と言いました。そうしたら少年はせっかく貰ったサンドイッチは『家に持って帰って3歳の妹と2人で食べる』と言います。『僕には妹しか家族が居ません』と言い深くお辞儀をしたと言います。 アリヨシさんはこの少年のお腹を減らしていても妹に対する優しさを、忘れない姿に大変感動をしました。身なりはみすぼらしくても、礼儀正しい態度 に感動しました。アリヨシさんは戦争に負けた祖国に対してコンプレックスを持っていましたが、どんなに貧しくても威厳、優しさを忘れない少年の姿を見て自 分に日本人の血が流れていることを再び誇りに思えたと私に語ってくれました。 私たちはこのように海外で活躍しておられる日系人の皆さんにとって誇りの持てる国になっていきたいと思います。そして今後、ブラジルで活躍しておられる、そして日本人の信用を高めていただいている日系人の皆さんとの関係をさらに強めていきたいと思います。 日本文化伝承、日本語教育、スポーツ、医療、社会福祉などの活動で非常に貢献されています。日本政府は今後もこうした活動を支援していきます。来年は日、 ブラジル修好120年を迎えるわけでありますが、交流を盛り上げて、日本語教育の普及も支援していきます。毎年JICAが派遣する日系社会青年、シニアボ ランティアが約60名います。日本語、日本文化、スポーツを通じて活躍していますがこれを100名に大幅増員いたします。 今後、さまざまな施策を通じて日本と日系社会の関係絆をより太くしていくとお約束申し上げます。安倍内閣の財務大臣は日伯議員連盟の会長、麻生太郎でもあります。 本日はこうしてたくさんの皆様にお集りいただきました。お目にかかったこの感激を私も決して忘れることはありません。日系人の皆様がおられることによって 日本とブラジルはまさに魂と魂の交流を続けているといえます。これからも両国関係のために全力を尽くしていくことをお伝え申し上げ、皆様がお元気で、そし...
同4時30分に大講堂に姿を見せた首相は、満員となった約1100人の来場者に拍手を持って迎えられ、昭恵夫人とともに登壇した。壇上には首相夫妻ほか、梅田邦夫ブラジル特命全権大使夫妻、世耕弘成内閣官房副長官、福嶌教輝在聖日本国総領事館総領事、アンドレ・ラーゴ駐日ブラジル大使館大使、木多喜八郎文協会長が並び、司会を木村太郎衆議院議員が務めた。 壇上中央で約20分間にわたりあいさつした首相は「ジャポネス・ガランチード(信頼ある日本人)」の言葉が生まれた経緯について触れ、「皆さん(日系人)が築いてこられたもので、私たち日本人も大切にしなければならない」と思いを伝えたほか、東日本大震災が発生して日本に対し6億円の義援金を送った日系コロニアに感謝の言葉を伝えていた。 最後は「海外で活躍される日系人に誇りの持てる国にしたい」と語り、日伯の絆をさらに深めていく考えを示した。具体的には来年の日伯修好120周年を迎えるにあたり、日本語教育の普及のためにJICAのボランティアを大幅に増員する政策がその場で伝えられた。あいさつが終わると首相夫妻に対して日系学校の生徒4人から花束が贈られて降壇した。 当初の予定ではその後すぐに文協を出発するはずだったが、首相の要望により来場者との写真の記念撮影を急きょ実施することとなった。大講堂横のサロンで行われた写真撮影には15~20人ほどが首相夫妻を中心になって約50回撮影が行われたことにより、大幅に退場時間が遅れた。 ◆日系選手との懇談や和食セミナーにも出席 文協を後にした安倍首相夫妻はサプライズ(予定外の出来事)で山口県人会館を訪れ、県人会員らに歓迎を受けた。その後、ジャルジン・パウリスタ区のチボリホテルでリオ、東京五輪で各種活躍が期待される日系選手及び関係者との日伯交流を目的に開催された「Sport for Tomorrow」の催しに出席後、日本政府主導で実施された最後の公式行事「和食セミナー」にも出席し、中南米外遊の全日程を終えた。 2014年8月5日付
文協での公式行事を終えた安倍首相夫妻は午後5時半ごろ、今回の公式行事には入っていなかったリベルダーデ区にある山口県人会(要田武会長)の会館をサプライズ訪問し、突然の訪問に一縷(いちる)の期待を寄せて集まっていた約50人の同県人関係者を喜ばせた。 伊藤紀美子事務局長によると安倍首相は、昨年9月に同県人会で開かれた「安倍晋太郎元外務大臣と安倍晋三総理大臣展~1985年思い出のブラジルとふるさと山口(油谷)」展で残っていた母県の写真パネルに見入り「おお、僕の故郷だ」と話していたという。 また、1985年9月に父親で当時の安倍晋太郎外務大臣の秘書官として来伯した写真を県人関係者から見せられた際、「えー、やせていたね」と笑顔を見せ当時を懐かしんでいたそうだ。 突然の県人会館訪問のニュースを首相先導の軍警バイク隊から聞きつけた要田会長ら役員は、文協行事に出席後に慌てて県人会館まで駆け戻り、首相夫妻一行を応対。要田会長は「29年ぶりにようこそ、おいでました」とお国言葉であいさつし、85年に安倍晋太郎外務大臣が来伯した際にレーザーカラオケセットを寄贈されたことにも触れたという。 安倍首相はこの日県人会に詰め掛けていた婦人部や青年部会員ら一人一人と気軽に握手し、会館の隅にいた人にまで自ら積極的に握手を行った。 伊藤事務局長は「事前に県人会にもお寄りいただきたいとの要望は出していましたが、本当に来られるとは思いませんでした。お付きの方に『(来館は)首相ご本人の希望ですか』と聞きましたら、『そうです』と言われたのですごくうれしかったです」と話していた。 2014年8月5日付
