サンパウロ・大阪姉妹都市提携45周年を記念して大阪ジュニアバンドが来伯し、17日に聖市のブラジル日本文化福祉協会の小講堂で演奏会を行い、約200席が満席になった。同バンドは10歳から15歳までの約150人の小、中学生で編成され、5、6年に一度の割合で海外公演を行っている。今回はその中から楽器、バトン(ダンス)合わせて26人が来伯し、創価学会女子部ノーバエラ鼓笛隊、青年部太陽音楽隊と共演した。まず日伯両国歌がジュニアバンドによって演奏され、続いてノーバエラ鼓笛隊、太陽音楽隊がそれぞれ演奏を行い、最後にジュニアバンドが再登場した。緊張の面持ちで「ルパン三世」の演奏から始まり、軽快な音楽に合わせて5人の少女達がダンスを踊ると客席から手拍子が起こった。一曲終わるごとに立ち上がって拍手を送る観客もおり、〃小さな親善大使〃を温かく歓迎した。音楽、ダンス合わせて計5曲を演奏し本編を終了したが、すぐさまアンコールが起こり、伯国の国歌を演奏すると皆立ち上がって斉唱し、最後には観客からの大歓声が沸き起こっていた。アンコールの最後には創価学会音楽隊と一緒に「ふるさと」を演奏し、口ずさむ人や声援を送る人もいて、観客の熱い反響に子供らも感動、興奮した様子だった。リーダーであり、トランペットの独奏も行った嶋村星哉さん(15)は、「みんなのまとめ役と自分の独奏もあって両立が大変だったが、全員が徐々に良くなってきたので上手く行ったと思う。大きな声援を貰えて本当に感動した。今日の事は発表会の度に思い出すと思う」と異国での歓声に感激していた。同バンドの指導者の上垣康則(51)、副指導者の小田剛史(たけし)(27)さんは「観客の反応が日本と違っていて本当に感動、鳥肌が立った。『日本もこんな風になればいいのに』と子供達と話していた。距離も時差もあり子供達は大変だったと思うが、それぞれが持つ力に感動させられた。私達も楽しかったし上手く行ったと思う」と満足した様子だった。閉演後は、同バンドと創価学会の両音楽隊員との交流会も行われた。日本から持参した団扇や子供達手書きの書など贈り、ポ語で挨拶した後、けん玉を披露、ここでも歓声を浴びていた。その遊び方を指導しながら、短時間だったが充実したひと時を楽しんでいた。交流を終えて同バンドの豊田紫裕(とよたしゆ)さん(12)は「ブラジル人は陽気で楽しい。演奏も交流会もとても上手く行ったと思う」と満足そうに話した。同バンドの山内武治副会長は、「一日毎に上達している子供達に驚いた。海外演奏旅行は非日常なので、出来るだけ多くの体験をして、充実した気持ちで今回の旅程を終えて欲しい」とのべ、日伯関係について「今は2年後に伯国で五輪が開催され、その4年後に日本で開催されるという好機にある。今回の演奏会でお互いの国に興味を持って、その時に繋げて行ければいい。音楽は素晴らしい世界の共通語なので、それを身に付けている子供達にぜひ頑張って欲しい」と語った。同バンドは45周年記念式典にも参加し、過密日程の中、イグアスの滝観光などを終え、20日、日本に帰国した。
Dia: 25 de agosto de 2014
福井県大野市の還暦軟式野球チーム「G.C大野」と、ソフトボールチーム「大野クラブ」などのメンバー16人が21日に交流試合のため来伯し、同日本紙を訪れ意気込みを語った。女子ソフトボールの指導者で主将の近森聖功さん(64、高知)は「子どもたちとの指導講習会も予定しているので、経験を生かして技術向上に努めたい」、監督の杉山敏雄さん(67、福井)は「初めての海外交流。中々ない機会なので、楽しくプレーできれば」と話した。2007年パン・アメリカン大会で、伯国女子ソフトボール代表の臨時コーチを務めた水上健次郎代表(72、高知)は、「より強固な交流を継続するため、2、3年おきにでもチーム往来を実践したい。両国の架け橋になりたい」と期待に胸を膨らませた。一団は23日にコーペルコチアの野球チーム、24日にオザスコのソフトボールチームと親善試合や指導会を行なう。会場はコーペルコチア・アトレチコ・クラブ(Rua Valentim Nicolai, s/ n – Parque Ipe)で、開始はそれぞれ午前9時を予定。問い合わせは同クラブ(11・8105・9731)まで。
静岡県立磐田農業高校による「第3回ブラジル生徒派遣交流事業」が実施され、生徒2人と教員2人が16日に来伯した。一行は着伯したその足で静岡県人会による歓迎昼食会に参加、約40人の会員らの歓迎を受けた。同県人会の杉本教雄会長は、「県人をお迎えでき、うれしい。手を取り合って交流の輪を広げましょう」と挨拶した。引率者として2度目の来伯となった滝井徹校長は、「いつも協力して下さる方々に感謝。花卉や水耕栽培、関連機関を回って学んだことを持ち帰り、600人の生徒、70人の教諭に伝えたい」と意欲を示した。来年迎える同校の120周年式典でも、事業の大切さをアピールしたいと話した。生産科学科3年の石川ヴィトリア翠霞(すいか、日本生まれの四世)さんは、曽祖父母が約70年前にブラジルに移住した。「ブラジルにルーツがあるのに文化や習慣を知らないから」と参加を希望。「何かしらの形で日伯をつなげる役目を果たしたい」と意気込んだ。食品科学科3年の杉山美月さんは「海外を体験したくて応募した。治安の悪さに両親はすごく反対しましたけど」と笑い、「いろんな人と交流して見聞を広めたい」と話した。一行はイビウナやモジの農家視察や、聖州立ピラシカーバ農大を訪問し、23日に離伯する。
サンパウロ市議会で19日夜、「大阪・サンパウロ姉妹都市45周年記念式典」が行われ、参加した約150人が両市の友好を祝った。大阪市からは木下吉伸、新田孝両市議が、聖市からは野村アウレリオ市議、ブラジル日本文化福祉協会の木多喜八郎会長、在聖総領事館の佐野浩明首席領事ら11人が出席した。15日に来伯し、聖市内の日系団体施設を巡った「大阪ジュニアバンド」のメンバー約30人も列席し、ここでも見事な演奏を披露した。主催はサンパウロ大阪姉妹都市協会(高木ラウル会長)。 大阪ジュニアバンドの日伯両国歌、大阪市歌演奏で、午後7時半に始まった。高木会長は関係者に感謝を述べた後、大阪ジュニアバンドの子供たちに「長旅の疲れは、休めば無くなりますが、当地での経験は残り続けるでしょう。あなた達の将来を応援しています」と挨拶した。野村市議は「先日の安倍晋三首相来伯で、日伯関係は新たな段階に入った。大阪市と聖市もこれから益々関係が深まっていくだろう」と喜びを語り、木下市議は「これから先、姉妹都市の交流が強固になっていくことを疑わない。次の世代へ交流が受け継がれていくように努めていきます」との意気込みを話した。大阪ジュニアバンドを代表して登壇した寺田和哉くん(13、大阪)は「一番に感じたことは、この国の人の優しさです。初対面の私たちにどの人も友達のように笑顔で接してくれました。日本に帰ったら『人に優しくする』という大事なことを実行していきたいと思います」と話した。その後、同バンドの子供らは、日本文化紹介として剣玉について説明したポ語文を懸命に読み上げ、実物を聖市へ寄付した。17日に聖市文協で同バンドと共演し、同式典でも「マスケナーダ」など2曲を披露したブラジル創価学会太陽音楽隊のヒカルド中曽根さん(32、二世)は、「皆まだ子供なのに楽器が上手で驚いた。また共演したい」と話した。19日に同バンドが訪問して交流した聖市立オオサカ小学校のルシアナ・ニナ校長は、「生徒にとって、とても有意義な経験になった。あまりに時間が短くて残念だった。子供たちのこの交流が長く続いてほしい」と話した。
南麻州カンポ・グランデ市と、ボリビアでの沖縄県民入植記念式典に合わせ来伯した稲嶺進名護市長ら5人の慶祝団を招き、ブラジル名護市親睦会(末吉業幸会長)が15日夜、ニッケイパラセホテルで歓迎会を行なった。名護市出身者やその子弟約50人が出席し、〃名護んちゅ〃の友好を深め合った。あいさつに立った稲峰市長は「温かい歓迎に感謝。これからも深く長く付き合いたい。故郷を忘れることなく見守って下さい」と話した。続いて、同市から80歳以上の高齢者約20人を対象に表彰が行われた。稲嶺市長は一人一人とがっちり握手を交わし、長寿の祝福と健康を祈った。宮城安子さん(89)は、「まさかこんな機会があるなんて夢のような気持ち。来た甲斐があった」と喜んだ。長田栄治さん(96)と、子弟研修制度を利用した前田みゆきさん(30、三世)から稲嶺市長に記念品が贈られた。長田さんは「長生きして良かった」と微笑んだ。末吉会長は「準備期間が短く、金曜開催で大人数とはいかなかったが、華やかな歓迎会を実施できた」と充実の表情を見せた。また、同会長は市長に対し、①文化、技術分野以外にスポーツ交流の実施、②研修制度に関し現行の2人から3人(伯国1、その他南米地域2)への増枠の2点を盛り込んだ要望書を手渡した。
南麻州カンポ・グランデ市が沖縄県移民入植百周年――。1914年、聖州と南麻州を結ぶノロエステ線の敷設工事終了とともに、工事に携わった県民の一部が住み着いたのが始まり。今では市の日系人1万5千人のおよそ7割が県系人と言われる。母県から高良倉吉副知事や喜納昌春県議会議長ら約70人の慶祝団が祝福に駆けつけ、14日夜、同地沖縄県人会主催で盛大に記念式典が開かれた。ノロエステ線の駅舎跡近くの公園には百周年記念碑も建立され、前日に除幕式もあった。一同は先人の労苦に感謝を捧げるとともに、同市と沖縄の交流活発化に向けて思いを新たにした。 アメリコ・カリェイロス州文化財団会長、ジョージ・タカハシ市議会議長、在聖総領事館の飯田茂領事ら多くの来賓をはじめ、約600人が会館に参集した。ハワイ、ボリビア、サンパウロからも多数の慶祝団が出席した。志良堂ニウトン会長は沖縄移民の歴史を紹介し、「移民がもたらした勤勉、正直などの伝統は、今も息づいている。困難にも負けず子弟を教育し、様々な分野で活躍している」と先人への感謝を込めて挨拶。喜納県議会議長は「県系人の政財、教育、法曹界などあらゆる面での活躍は、同胞の誇り、喜び。県議会としても友好のため最大限の努力をしたい」と力強く述べた。ジェオルジ・タキモト州議は「沖縄は移民を送り出したことを心から誇りに思うべき。移民たちは国の発展に役立ち、市民から尊敬されている」と話した。高良副知事は仲井眞弘多県知事の挨拶を代読し、「先人が長い年月を通じて継承したウチナーンチュ文化が開花していることは、大きな誇り」と述べた。続いて県人会から慶祝団の代表者に記念プレートが手渡され、母県からは功労者5人および80歳以上の高齢者110人に表彰状が贈られた。ダンスや太鼓など余興の後、会場を移して晩餐会に。翁長雄志那覇市長の「カリー」の威勢のよい音頭で乾杯後、和やかに歓談しながら夜更けまで食事を楽しんだ。宮城久和・国頭村長(71、国頭村)は「どこにいても助け合いながら生きていく沖縄の『ちむぐくる』の精神を感じた。異郷の地でも伝統を根付かせ、ブラジルの人といい国を作っている。県民を受け入れてくれた市の皆さんにも感謝」と同胞の発展を喜んだ。
ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)の2014年度親睦ピクニックが9月21日、行われる。 今年はモジ・ダス・クルーゼス市の「シチオ細谷」「カザロン・ド・シャー」「蘭園オリエンタル」を訪問し、当日は午前8時にサンパウロ市リベルダーデ区の兵庫県人会前(Rua da Gloria, 332)を出発する。 参加費は会員が1人50レアルで、非会員は70レアル。バス、昼食、軽食代が含まれる(飲み物は別)。5歳以下と75歳以上は無料。 申し込み締め切りは9月16日まで。 申し込み、問い合わせは同県人会事務局(電話11・3207・0025)。Eメール(brhyo goken@gmail.com) 2014年8月23日付
母県から56人の大型使節団も 【南マット・グロッソ州カンポ・グランデ市発・川口裕貴記者】南マット・グロッソ(南マ)州カンポ・グランデ沖縄県人入植100周年記念式典(同沖縄県人会主催、志良堂ニルトン・キヨシ会長)が、14日午後7時30分から同会館で開催された。式には母県から高良倉吉副知事をはじめ19の市町村長、議長ら56人の大型使節団や、サンパウロ(聖)、ボリビア、遠くはハワイの県人会代表者らも駆け付け、一般を合わせて約500人が出席する中、盛大に執り行われた。志良堂会長はあいさつで、「苦難、苦労の中でブラジル社会に溶け込み、この地に根を張り、今日の信頼を築き上げて来た先人の日本人移民に対して深く感謝する」と言葉を述べた。式では来賓祝辞、表彰、夕食会と続き、亡き先人に対して敬意を表するとともに、新たな一世紀に向けた飛躍を誓った。 同市における沖縄県人入植の歴史は1900年初頭、聖州ノロエステ線鉄道計画によりポルト・エスペランサ、バウルー両方面から建設が進んでいた線路が14年にカンポ・グランデに連結したことから始まる。鉄道建設には130人ほどの日本人が従事していたとされ、そのまま同市に定住。定住した日本人のほとんどが沖縄移民で、生活が安定すると同県民を次々と呼び寄せ、同市近郊に多くの沖縄植民地を築いた。現在同市には約1万5000人の子弟がいるとされ、その大半が沖縄移民にルーツを持つ。 式典会場の前列に用意された来賓席には、志良堂会長、玉城ジョルジ同評議員長、高良副知事、喜納昌春同県議会議長、飯田茂在聖総領事館領事、アメリコ・カルエイロス同州文化財団会長、翁長雄志那覇市長、稲嶺進名護市長、島袋栄喜ブラジル沖縄県人会副会長らが並んだ。 あいさつで志良堂会長は日本人移民を快く受け入れてくれたブラジルに対する感謝の言葉を捧げ、さらに「100周年を記念して、この地で信頼をつかんできた先駆者の方たちを思い浮かべながら、子孫繁栄に今後とも尽くしていきたい」と、沖縄移民を代表して思いを述べた。 仲井真弘多知事の祝辞を代読した高良副知事は、先駆者に敬意を示すとともに、ブラジル沖縄系子弟に対して「先人たちが長い年月を通じて継承して根付かせた ウチナーンチュの生活は文化が大きく開花し、ブラジルにおいて政治、経済、教育、文化等の分野で活躍し発展に寄与されていることは我々沖縄に暮らすウチ ナーンチュにとっても誇り」と称えた。 また南マ州を代表してカルエイロス氏は「カンポ・グランデの歴史は日本人移民とともに刻まれてきた。100年が過ぎ次世代の日系人が日本人の心を引き継いで価値を見出せばブラジル全体の発展に大きく貢献するでしょう」とあいさつした。 来賓のあいさつ後は、母県から高齢者と功労者に感謝状が高良副知事から手渡され、代表者が受け取ったほか、記念品交換、先亡者に対する黙とうが捧げられた。その後、夕食の部へと移り食事を取りながら、使節団と県民移住者との交流が日付けが変わるころまで続いた。 式に参加した同県人会員の崎浜秀彦さん(70、沖縄)は、61年にボリビアから同市に再移住した。当時について「移住した時は既に戦前移住者が町の基礎を 作っていた。それに乗りかかっただけで、先人には感謝の気持ちでいっぱい。ボリビアでは苦労したからね」とコメントした。 また、親戚の呼び寄せで60年に入植した仲宗根康則さん(79、本部町)に入植100年を迎えた気持ちを聞くと「長いようで、あっという間だったね。1世の人が教育熱心だったから100年たった今でも2世、3世が沖縄人の魂を引き継いでいる」と答えた。 なお、式典前日には100周年を記念して建てられた石碑の除幕が行われたほか、沖縄県、及び同議会代表者が南マ州政庁を公式訪問するなど姉妹都市提携を結ぶ南マ州と沖縄県との今後の交流促進を確認する場にもなった。 2014年8月19日付
【既報関連】県人会創立65周年と県民移住100周年を迎える宮崎県人会(高橋久子会長)の記念行事の一環として、宮崎県西臼杵郡高千穂町の民俗芸能「高千穂の夜神楽(よかぐら)」公演が、25日午後7時30分からモジ・ダス・クルーゼス市の市立劇場「Cemforpe」(Rua Antenor Leite da Cunha, 55)で開催される。 夜神楽のブラジル公演は今回が初めてとなり、渡邊道徳団長をはじめとする14人の団員が来伯する。公演は24日の県人会創立65周年記念式典でも行われるが県人会員が対象となり、一般向けは25日のモジ公演のみ。 「高千穂の夜神楽」は、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸に隠れた折に、岩戸の前で天鈿女命(あめのうずめ)が調子面白く舞ったのが始まりとされ、同地方の先祖が長年高千穂宮を中心に神楽を伝承してきたもの。 1978年に日本国の重要無形民俗文化財の指定を受け、80年にはヨーロッパで開催された「国際伝統芸能祭」に招待を受けるなど、全国各地で公演を行っている。毎年11月中旬から翌年2月上旬にかけて町内各地区で33番の神楽を夜を徹して奉納し、秋の実りに対する感謝と翌年の豊穣を祈願しているという。 また高千穂神楽では、71年から40年間にわたって代表的な舞を毎夜奉納していることから、2011年には、「高円宮殿下記念地域伝統芸能賞」を受賞している。 モジ公演では夜神楽をはじめ、ジャパニーズ・ダンスカンパニー「優美」による舞踊、宮崎県出身のソプラノ歌手・黒木(くろぎ)あずささんのショーや日本舞踊など約2時間にわたって披露される。 当日の入場は無料だが、来場者に保存食1キロの持ち寄りを呼び掛けている。 詳細は同県人会(電話11・3208・4689)まで。 なお、24日の記念式典には当初、河野俊嗣県知事が出席する予定だったが、諸事情により稲用(いなもち)博美副知事、福田作弥県議会議長をはじめとする74人の慶祝団が来伯することになった。 2014年8月19日付
