母県から56人の大型使節団も
【南マット・グロッソ州カンポ・グランデ市発・川口裕貴記者】南マット・グロッソ(南マ)州カンポ・グランデ沖縄県人入植100周年記念式典(同沖縄県人会主催、志良堂ニルトン・キヨシ会長)が、14日午後7時30分から同会館で開催された。式には母県から高良倉吉副知事をはじめ19の市町村長、議長ら56人の大型使節団や、サンパウロ(聖)、ボリビア、遠くはハワイの県人会代表者らも駆け付け、一般を合わせて約500人が出席する中、盛大に執り行われた。志良堂会長はあいさつで、「苦難、苦労の中でブラジル社会に溶け込み、この地に根を張り、今日の信頼を築き上げて来た先人の日本人移民に対して深く感謝する」と言葉を述べた。式では来賓祝辞、表彰、夕食会と続き、亡き先人に対して敬意を表するとともに、新たな一世紀に向けた飛躍を誓った。
同市における沖縄県人入植の歴史は1900年初頭、聖州ノロエステ線鉄道計画によりポルト・エスペランサ、バウルー両方面から建設が進んでいた線路が14年にカンポ・グランデに連結したことから始まる。鉄道建設には130人ほどの日本人が従事していたとされ、そのまま同市に定住。定住した日本人のほとんどが沖縄移民で、生活が安定すると同県民を次々と呼び寄せ、同市近郊に多くの沖縄植民地を築いた。現在同市には約1万5000人の子弟がいるとされ、その大半が沖縄移民にルーツを持つ。
式典会場の前列に用意された来賓席には、志良堂会長、玉城ジョルジ同評議員長、高良副知事、喜納昌春同県議会議長、飯田茂在聖総領事館領事、アメリコ・カルエイロス同州文化財団会長、翁長雄志那覇市長、稲嶺進名護市長、島袋栄喜ブラジル沖縄県人会副会長らが並んだ。
あいさつで志良堂会長は日本人移民を快く受け入れてくれたブラジルに対する感謝の言葉を捧げ、さらに「100周年を記念して、この地で信頼をつかんできた先駆者の方たちを思い浮かべながら、子孫繁栄に今後とも尽くしていきたい」と、沖縄移民を代表して思いを述べた。
仲井真弘多知事の祝辞を代読した高良副知事は、先駆者に敬意を示すとともに、ブラジル沖縄系子弟に対して「先人たちが長い年月を通じて継承して根付かせた ウチナーンチュの生活は文化が大きく開花し、ブラジルにおいて政治、経済、教育、文化等の分野で活躍し発展に寄与されていることは我々沖縄に暮らすウチ ナーンチュにとっても誇り」と称えた。
また南マ州を代表してカルエイロス氏は「カンポ・グランデの歴史は日本人移民とともに刻まれてきた。100年が過ぎ次世代の日系人が日本人の心を引き継いで価値を見出せばブラジル全体の発展に大きく貢献するでしょう」とあいさつした。
来賓のあいさつ後は、母県から高齢者と功労者に感謝状が高良副知事から手渡され、代表者が受け取ったほか、記念品交換、先亡者に対する黙とうが捧げられた。その後、夕食の部へと移り食事を取りながら、使節団と県民移住者との交流が日付けが変わるころまで続いた。
式に参加した同県人会員の崎浜秀彦さん(70、沖縄)は、61年にボリビアから同市に再移住した。当時について「移住した時は既に戦前移住者が町の基礎を 作っていた。それに乗りかかっただけで、先人には感謝の気持ちでいっぱい。ボリビアでは苦労したからね」とコメントした。
また、親戚の呼び寄せで60年に入植した仲宗根康則さん(79、本部町)に入植100年を迎えた気持ちを聞くと「長いようで、あっという間だったね。1世の人が教育熱心だったから100年たった今でも2世、3世が沖縄人の魂を引き継いでいる」と答えた。
なお、式典前日には100周年を記念して建てられた石碑の除幕が行われたほか、沖縄県、及び同議会代表者が南マ州政庁を公式訪問するなど姉妹都市提携を結ぶ南マ州と沖縄県との今後の交流促進を確認する場にもなった。
2014年8月19日付
