06/03/2026

Dia: 29 de agosto de 2014

ニッケイ新聞 2014年8月27日 高知県人会青年部(武田アウグスト部長)は23、24の両日、聖市アグア・ブランカ公園内アリーナで『第3回土佐祭り』を開催した。両日とも晴天に恵まれ、高知県の郷土料理や特設ステージで披露された47演目のショーを楽しみに約3万人が訪れた。武田部長は協力者への感謝を述べ、「土佐祭りの認知度も広まってきた。次回はもっと高知らしさを出したお祭りにしたい」と意気込みを語った。 23日午後2時に行われた開会式には、高知県人会片山アルナルド会長、羽藤ジョージ聖州議、アウレリオ野村、羽藤ジェオルジ両聖市議、水野龍の息子の水野龍三郎さんらが出席した。21日に来伯し、同祭を視察に訪れた「高知県ブラジル販路開拓経済ミッション団」の岡林富士男さんも壇上に上がり、祝辞を述べた。広場に設置された特設ステージでは、空手や合気道など武道に加え、和太鼓、ストリート・ダンス、時代劇、映画「トランスフォーマー」のキャラクターショーなど様々な余興が披露された。砂地のアリーナでは、子供用の高さ約3メートルの滑り台やサッカーコートが用意され子供連れの来場者に好評だった。また、イベントを聞きつけてやってきたコスプレグループも公園内をパレードし、雰囲気を盛り上げた。特設ステージ向かって左には、屋台コーナーとバンカが並び、昼時には行列ができた。同県人会は、鯛蒸し、姿寿司、鰹のたたきなど郷土食を販売した。初めて鰹のたたきを食べたジョアナ・ビョトロスカ(34)、ジョタエリ・ヤンさん(35)は「普通のお刺身より好き。ポン酢がとても美味しい。スーパーで売られるようになったら買いたい」と高知の名産品が気に入ったようだ。日本から取り寄せた土佐茶、柚子のど飴、などの県産品も日系人を中心に好評だった。販売を担当した同県人会の大森順子事務局長は「郷土料理は長年出し続けてきたから人気がある。県産品もブラジル人に親しまれるよう長い時間をかけて宣伝していきたい」と意欲を語った。同祭は同県人会の活性化を目指して青年部が企画したもので、青年部とその友人ボランティア、あわせて70人が運営を行った。県人会のバンカで朝から晩まで料理の手伝いをした雁田ダニエラさん(22、四世)は「沢山の人と会えるから楽しい。高知のことで知っているのは料理だけ。将来は県費留学で他の事も知りたい」と笑顔で話した。ミッション団の一員で同県国際交流化課の與名良主幹は「県人会の熱心さは、知っていたが二、三世の参加人数の多さに感動。県費研修経験者も多く、県との交流事業が同祭の開催に繋がっていることが嬉しい」と話した。
ニッケイ新聞 2014年8月27日 宮崎県人会(高橋久子会長)がモジ市立劇場「CEMFORPE」で25日夜、『高千穂の夜神楽 ブラジル特別公演』を行なった。前日の『県人移住百周年および県人会創立65周年式典』に派遣され、伯国で初となる一般公演に臨んだ10人の舞手は、約500人の観衆を楽しませた。「創立式典だけでなく、日系人の多い地域でも」という互いの願いから、モジ市での一般公演が実現。昨年10月に事故死した谷広海前県人会長の強い希望を汲み、日本側で発起人となった丸山裕次郎県議(45、宮崎)は、「式典での公演では、幕開けしたときに涙が出そうだった。谷さんの思いを果たすことが出来た」と充実の表情。会場を見渡し「予想以上に多くの市民が足を運んでくれ感謝」と喜んだ。 本来、33演目を一晩かけて奉納する神事だが、「戸取りの舞」「ご神体の舞」など、厳選5演目を披露した。伝統芸能の理解に不安を抱く舞手だったが、場内には多くの拍手が響いた。市内在住の山本マルシオさん(43、二世)は「非常に美しい。初めて見たが、独特の雰囲気や昔ながらの日本感じた」と笑顔で話した。派遣団唯一の海外公演経験者だった甲斐晃一郎団長(78、宮崎)は、「感無量、大満足の出来。県人関係者、一般市民向けに披露できた。継承のため若手にとっても励みとなった」と、貴重な機会を喜んだ。
ニッケイ新聞 2014年8月27日 「晴天ならボクは生まれなかったかも」。陸軍南西方面軍参謀司令官の池田リュウゾウ少将は7月半ばに、聖市の広島文化センターを訪れ、3階にある原爆展示を見ながら、そう語ったという。案内した広島県人会理事の平崎靖之さんによれば、少将の両親は福岡県出身の戦後移民。少将は「母は口癖のように『原爆は小倉に落とされる予定だったが、たまたま当日曇っていたので、広島に変更された。もし天気が良かったら、あんたは産まれていなかった』と言っていた」とのこと。平崎さんがドキュメンタリー映画『Hiroshima』(BBC制作)を少将に貸すと、わざわざ広島と長崎の原爆投下の間、8月8日に同司令部の幹部全員に見せた。「みんなショックを受け、こんな悲劇は二度と繰り返してはいけないと語りあった」という。同センターの原爆展示は無料で、誰でも閲覧可能。8月だけに、興味のある方はどうぞ。(深)
ニッケイ新聞 2014年8月26日 ブラジル宮崎県人会(高橋久子会長)が24日、聖市の北海道協会で『県人移住100周年および県人会創立65周年式典』を行なった。在聖総領事館の福嶌教輝総領事、羽藤ジョージ聖州議、野村アウレリオ聖市議、日系団体代表者の来賓に、母県から稲用博美副知事、福田作弥議会議長ら74人の慶祝団を迎え、約400人が節目を祝った。国指定重要無形民俗文化財「高千穂の夜神楽」の使節団14人も駆けつけ、初の伯国公演を実現し式典に花を添えた。 式典に先立ち南米神宮による慰霊法要と、夜神楽奉納が行なわれた。式典実行委員長の山元治彦さんは、神楽派遣を強く希望した谷広海前県人会長の突然の死もあって、「伯国公演実現でき感動的」と喜んだ。冒頭あいさつに立った稲用博美(ひろみ)副知事は、「初来伯だが県人移住者らと触れ合い、宮崎に対する熱い思いが伝わった。益々の交流活性化が必要だと感じた」と述べ、河野俊嗣知事の祝辞を代読した。続いて福田議会議長、宮崎市の田村俊彦副市長らも祝辞を重ねた。福嶌総領事は「宮崎県人の活躍は、留学・研修制度などを続ける母県の理解あってこそ」と称えた。母県から功労者22人、80歳以上の高齢者60人への記念表彰、県人会からは母県功労者へも感謝状が贈られた。移住百年を記念し、先駆者の甲斐長蔵氏(川南町)へも記念表彰。また元留学・研修生を代表し、中村さゆり、土田オスカルさんが「祖父母のルーツを知ることができ感謝。自然に囲まれた豊かな生活は忘れられない」と謝辞を述べた。記念品交換や慶祝団から日系福祉団体へ金一封贈呈、その後は日舞やカラオケ、サンバといった余興を楽しみお開きに。県人会元理事の松原四雄さん(83、宮崎)は「会員らの協力で創立式典が盛大に催され、そのたびに感動。里帰り事業では母県が温かく歓迎してくれた」と感謝した。式典を終え稲用副知事は、「式典運営に活躍する留学・研修OB・OGの姿を見て、制度はこれからも続けるべきと強く感じた。ルーツのある宮崎に関心を持つ若者が多く応募することを願う」と期待した。
ニッケイ新聞 2014年8月26日 元県連会長の羽田宗義さんが23日午後7時ごろ、急性肺炎のため聖市モッカ区のサントマギオレ病院(プレヴェント・セニョール)で亡くなった。享年88。26年1月、愛知県半田市生まれ。58年10月に移住した。愛知県人会の3代目会長を84年から16年間務め、現在は愛知県人会名誉会長。その時代に県連会長も務めた。それ以外に日伯音楽文化協会顧問、文協評議員なども歴任した。今月17日の『第14回日本人の心の歌チャリティーショー』(文協)にも出演予定だったが、体調不調のため見送り。18日から入院し、葬儀は24日に行なわれた。初七日法要は30日午後3時から曹洞宗南米別院仏心寺(Rua Sao Joaquim, 285, Liberdade)で行われる。
ニッケイ新聞 2014年8月26日 鹿児島県人会の元スザノ支部長で、ニッケイ新聞編集部の制作部責任者の馬場典昭さんが、25日午前9時頃、入院先のモジ市のサンターナ病院で亡くなった。享年66。葬儀は26日午後2時からスザノ本願寺(Av.Tiradentes, 411)、その後、同市サンセバスチャン墓地に埋葬される。18日朝、スザノ市の自宅で脳動脈瘤により倒れ、同市のサンタカーザ病院に運ばれたが、脳外科の専門家のいる現在の病院に移され、UTIで治療を受けていた。馬場さんは1947年10月に鹿児島で生まれ、1978年に機械設計技師として工業移住し、日立マクセル、NSKなどで勤務した後、ニッケイ新聞で働いていた。その傍ら鹿児島県人会で一時期、監査やスザノ支部長を務めていた。
崇高な舞で500人の観客を魅了 ブラジル宮崎県人会(高橋久子会長)主催の「高千穂の夜神楽・モジ公演」が、25日午後7時半からサンパウロ(聖)州モジ・ダス・クルーゼス市の市立劇場「Cemforpe」で開催され、約500人の来場者があった。同公演は、ブラジル宮崎県人会創立65周年・県人移住100周年を迎えたことを記念して開催。夜神楽の本場宮崎県高千穂町から来伯した公演団の崇高な舞に、集まった観客は魅了されていた。 高千穂の夜神楽は宮崎県高千穂町に伝承されている伝統芸能。同地では秋の実りへの感謝と次の年の豊穣を祈願するために、毎年11月中旬から翌年2月上旬にかけて町内各地で33番の神楽を夜を徹して行われている。1978年に日本の重要無形民俗文化財に指定。80年には欧州で開催された国際伝統芸能祭へ招かれる等、海外での公演も多数行っている。 今回、ブラジルで初めて披露された公演は、昨年10月に交通事故で不慮の死を遂げた宮崎県人会前会長の谷広海氏が昨年8月に訪日した際に、県側に強く要望して実現したもの。一般を対象にしたモジ公演は、同県人会記念式典実行委員長の山元治彦氏が「夜神楽公演団がブラジルに来るので、どこかで公演をやらなければもったいない」と公演場所を探していたところモジ市が快諾。市は劇場の無料貸し出しに応じたほか、モジ文化協会も支援を行い公演実施の運びとなった。 同公演では、当日用に約1時間の短縮版としてまとめた五番の神楽が披露された。 開幕の「岩潜(いわくぐ)りの舞」は激流を4人の舞手が表現。後半には刀を使用した場面もあるなど、一瞬の気の緩みも許されない緊迫した舞を観客は固唾(かたず)をのんで見守っていた。 「戸取(とと)りの舞」では腕力を象徴する神である手力雄(たぢからお)が力強い舞を披露。日本神話に由来する岩戸を持ち上げる場面では来場者から盛大な拍手が送られた。 最後の「ご神体(しんたい)の舞」は神々の先祖とされるイザナギ、イザナミの男女二神が酒に酔って抱擁し合う内容。人間味溢れるコミカルな舞に観客席は笑顔に包まれた。 その後は宮崎県出身のソプラノ歌手・黒木あすかさんによる歌のショーや、舞踊団体「優美」や「西川陽輔会」による日本舞踊が披露された。 公演終了後には公演団や県人会のメンバーが出口前で列になり待機。観客と握手を交わすなど感謝の気持ちを伝えていた。 今回の神楽舞手代表を務めた甲斐晃一郎氏(79、宮崎)は「ただただ感激。(客席の)皆さんに熱心にご覧いただいて、また拍手もいただいて本当にありがたい」と感慨深げに同公演を振り返った。 モジ市在住で、70年以上も前に宮崎からブラジルに移住したという田久見富子さん(81、宮崎)は「とっても感動しました。懐かしい気持ちになった。また来てほしい」と笑顔を見せていた。 2014年8月28日付
県人移住100周年も祝って 「日伯両国の交流、懸け橋となる留学生・研修制度をこれからも続けていただきたい」―。ブラジル宮崎県人会創立65周年・県人移住100周年記念式典が24日、サンパウロ(聖)市ビラ・マリアーナ区の北海道協会会館で開催され、高橋久子会長はあいさつの中で冒頭の言葉を県側に依頼、強調した。式典には、母県から稲用(いなもち)博美副知事、福田作弥県議会議長をはじめとする74人の大型慶祝団が来伯し、県人会関係者を合わせて約400人が出席した。式典前の県人物故者慰霊法要に続き、ブラジルで初公演となった「高千穂の夜神楽(よかぐら)」も奉納。県人移住100周年を節目に、宮崎県とブラジルとの交流が改めて深められた。 ブラジルへの県人移住は、川南町出身の故・甲斐長蔵(かい・ちょうぞう)氏が1914年、27歳の時にサントス港に上陸したことに始まる。同氏は12年に25歳でペルーのカニエテに入植後、チリを経由してアンデス山脈を越え、アルゼンチンから船で渡伯。南マット・グロッソ州などで牧場経営を行い、97年に90歳で亡くなったという。 24日午前9時から県人物故者慰霊法要が南米大神宮による神式で執り行われ、高橋会長、福嶌教輝在サンパウロ総領事、稲用副知事、福田県会議長らが一人一人玉串奉納を行った。 引き続き、「高千穂の夜神楽」公演が実施。「手力雄(たぢからお)の舞」「鈿女(うずめ)の舞」「戸取(とと)りの舞」の3演目が奉納された。同公演は昨年8月に母県を訪問した県人会の故・谷広海前会長夫妻の強い思いで実現したもので、同10月に交通事故で不慮の死を遂げた谷氏への思いがしのばれた。 予定時刻通り、午前10時半から行われた式典には、日本側から稲用副知事、福田県会議長、田村俊彦宮崎市副市長、椎葉晃充町村会団長、伯側から福 嶌総領事、松尾治文協副会長、尾西貞夫援協副会長、木原好規県連副会長、羽藤ジョージ聖州議、野村アウレリオ聖市議など来賓が出席。日伯両国歌斉唱に続い て高橋会長があいさつし、100年前に甲斐氏がブラジルへの第一歩を踏みしめたこと、49年に創立した県人会が24人の会員から始まり、現在では県人子弟 が約1万5000人存在することなどを説明。その上で、80年に開始された技術研修生制度や県費留学生、農業研修生制度などを通じて学んだことを子弟たち が伯国社会の発展に役立てているとし、「両国の懸け橋となるこれらの制度をこれからも続けていただきたい」と強く願った。 河野俊嗣県知事の祝辞を代読した稲用副知事は、宮崎県からブラジルに計約4000人が移住し、母国とは異なる環境の中でたゆまぬ努力を続け、現在のブラジ ルに貢献していることに敬意を表した。また、今回の「高千穂の夜神楽」公演について「今後のブラジルと宮崎の新しい交流のきっかけになる」とし、県費留学 生・技術研修生制度による息の長い交流を実現させてきた中、「未来を担う若者たちの意見も反映しながらより一層強固な関係を作っていきたい」と述べた。 日伯両国代表者の祝辞に続き、第1回県人先駆者移住100周年記念表彰として、亡き甲斐氏の出身地である川南町の日高昭彦町長に記念プレートが手渡された。 その後、県人会から母県への感謝状、県からの記念表彰として県人会発展功労者(歴代会長ら4人)、県事業功労者(18人)、80歳以上の高齢者60人に表彰状と記念品が寄贈された。 吉加江ネルソン氏、大浦洋人氏、中鶴フジ氏がそれぞれ代表して謝辞を述べ、その後、県費留学生・農業研修生を代表して中村さゆりさんと土田オスカルさんもそれぞれ県への謝辞と思いを語った。 記念品交換、日系福祉団体への寄付の後、山元治彦実行委員長が閉会の辞を述べ、式典は締めくくられた。...
ニッケイ新聞 2014年8月26日 兵庫県人会(尾西貞夫会長)が9月21日、モジ・ダス・クルーゼス市に親睦ピクニックを挙行する。参加費は会員50レアル、非会員70レ(バス代、食費込み)、5歳以下と75歳以上は無料。申込み締切り同月16日。50年間枇杷、アテモイア、ゴイアバなどの果物を栽培し数々の賞を得ている細谷武雄さんの農場、お茶屋敷「カザロン・ド・シャ」、蘭園オリエンタルなどを訪れる。当日午前8時に同県人会前(Rua da Gloria, 332, Liberdade)からバスが出る。申し込みは同県人会(電話=11・3207・0025、Eメール=brhyogoken@gmail.com)まで。
ニッケイ新聞 2014年8月25日 沖縄県系人の大集団地、南麻州カンポ・グランデ市で沖縄県移民入植百周年が盛大に祝われた。1914年に完成したノロエステ線の敷設工事に携わった県民の一部が住み着いたのが始まり。市の日系人1万5千人のおよそ7割が県系人と言われる。14日は母県から高良倉吉副知事はじめ約80人の慶祝団を迎え、同市沖縄県人会が盛大に記念式典を開催した。ハワイ、ボリビア、聖市からも多数の慶祝団が出席。約600人が一堂に会し、先人の労苦に感謝を捧げるとともに、カンポ・グランデと沖縄県、南麻州との末永い友好を誓った。 志良堂ニウトン沖縄県人会会長は「われわれ子孫は先祖の努力の賜物。先駆者の精神をしのび、これからも家族を大切にしよう」と話し、「にふぇーでーびる」(ありがとうございます)とうちなーぐちで挨拶を締めくくった。聖市沖縄県人会の島袋栄喜副会長は「カンポ・グランデは一番早く県人会を創設し、苦労を乗り越えてコロニアを築いた。我々もその心意気を受け継ぐ」と話した。稲嶺名護市長は「『ちむぐくる』『ゆいまーる』(助け合い、相互扶助の意)の精神がこの町にも根付いてほしい」と、うちなーぐちで挨拶し、拍手喝采を浴びた。続いて県人会から慶祝団に記念プレートが手渡され、母県からは功労者5人および80歳以上の高齢者110人に表彰状が贈られた。芸能発表の後、夜更けまで晩餐会が開かれた。与那原町議会の識名盛紀議長(62、与那原、しきな・せいき)は、「最高だった! 沖縄ではもううちなーぐちを使わないのに、こちらでは皆が話すので、まるで沖縄全体がブラジルに移った感じ。ここには本物のウチナー文化が残っている。僕の小さい頃のようで、涙が出た」と感極まった様子で話した。 【続きはこちら】