ニッケイ新聞 2014年8月25日
沖縄県系人の大集団地、南麻州カンポ・グランデ市で沖縄県移民入植百周年が盛大に祝われた。1914年に完成したノロエステ線の敷設工事に携わった県民の一部が住み着いたのが始まり。市の日系人1万5千人のおよそ7割が県系人と言われる。14日は母県から高良倉吉副知事はじめ約80人の慶祝団を迎え、同市沖縄県人会が盛大に記念式典を開催した。ハワイ、ボリビア、聖市からも多数の慶祝団が出席。約600人が一堂に会し、先人の労苦に感謝を捧げるとともに、カンポ・グランデと沖縄県、南麻州との末永い友好を誓った。
志良堂ニウトン沖縄県人会会長は「われわれ子孫は先祖の努力の賜物。先駆者の精神をしのび、これからも家族を大切にしよう」と話し、「にふぇーでーびる」(ありがとうございます)とうちなーぐちで挨拶を締めくくった。
聖市沖縄県人会の島袋栄喜副会長は「カンポ・グランデは一番早く県人会を創設し、苦労を乗り越えてコロニアを築いた。我々もその心意気を受け継ぐ」と話した。
稲嶺名護市長は「『ちむぐくる』『ゆいまーる』(助け合い、相互扶助の意)の精神がこの町にも根付いてほしい」と、うちなーぐちで挨拶し、拍手喝采を浴びた。
続いて県人会から慶祝団に記念プレートが手渡され、母県からは功労者5人および80歳以上の高齢者110人に表彰状が贈られた。芸能発表の後、夜更けまで晩餐会が開かれた。
与那原町議会の識名盛紀議長(62、与那原、しきな・せいき)は、「最高だった! 沖縄ではもううちなーぐちを使わないのに、こちらでは皆が話すので、まるで沖縄全体がブラジルに移った感じ。ここには本物のウチナー文化が残っている。僕の小さい頃のようで、涙が出た」と感極まった様子で話した。
