06/03/2026

Mês: agosto 2014

長崎市と姉妹都市提携を結ぶサントス市の日本人会(関谷忠機アルシーデス会長)による『第5回平和記念式典』が、小雨の降る9日午前9時、ロベルト・マーリオ・サンチーニ公園の日本移民上陸記念碑前で執り行われた。サントス市は長崎原爆投下日の8月9日を『核兵器廃絶運動の日』と定めている。日本人会会員を始め、市関係者や日本語学校の生徒など約150人が参加。原爆の投下された午前11時には、参加者らが記念碑を囲んで手を取りあい、原爆の犠牲者に黙祷を捧げた。 来賓として同市のエスタジオ・アルベス・ペレイラ・フィリョ副市長やブラジル被爆者平和協会の盆小原国彦副会長、ブラジル長崎県人会の栗崎邦彦会長ら各氏が訪れた。 エスタジオ副市長は「世界中で戦争の緊張感が増している。サントスから世界へ平和への思いを発信することに深い意義を感じる」と話し、関谷会長は「若い人たちへ核兵器の恐ろしさを知ってもらう為に活動していきたい」と挨拶した。 栗崎会長は「サントス市の取り組みはとても有難い。原爆の悲惨さを忘れないよう伝えていきたい」と述べ、盆小原副会長も同市に感謝を述べた後、「若い世代に広島、長崎の悲劇を伝えていかなければ」と訴えた。 『核兵器廃絶運動の日』の制定、同式典開催提案者の中井貞夫市会議長は、「伯国は戦争経験が少なく、若者は原爆の悲惨さを知らない。核兵器廃絶は全世界が関心を持って進めていく必要がある」とのべた。 式典では生長の家のコーラス隊や同市日本語学校の生徒が歌を披露し、サントス厚生ホームの安次富ジョルジ委員長(72、二世)が剣舞を行った。ブラジル健康表現体操協会員らは、長崎名物の皿踊りと健康体操を披露した。 同市日本語学校生徒のブルーノ・エイゾさん(29、四世)は、「若い人たちは当時を知らない。式典は知る良い機会だ」と式典の意義を再確認し、ハファエル・マルチンスさん(21)も、「長崎のことは歴史の授業で知っていたけど、式典に参加するまで忘れていた。二度と起こらないようにしなければと強く感じた」との感想を語った。 式典後には、サントス日本人会館で被爆体験を描いた長編アニメーション『NAGASAKI1945 アンゼラスの鐘』の上映会が行われ地元住民ら40人が観賞した。
ブラジル都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は14日、来年の「日本祭り(フェスティバル・ド・ジャポン)」開催の賛否を問う臨時代表者会議を開き、賛成多数で来年の開催が決定した。 44の各県人会の代表者が集まった同会では、評決に先立ち山田康夫暫定実行委員長、市川利雄暫定実行委員から、来年の開催に予想される予算等の説明が行われた。 はじめに、会場は例年通りイミグランテス展示場を使い、費用は計67万3000レアルになることが伝えられた。会場側は今年の同祭に対し「よくこれだけの人が来るな」との「別格の反応」があったという。提示された費用は45%引きの値段で、他会場と比較しても最適と判断された。 また、同祭全体の収支目標はマイナス約17万レアルとなり、山田氏は「今年は25万レアルの赤字目標で黒字になったが、来年はそれより楽だと安心してはいけない」と念を押した。今年は選挙があるため不確かとなる州議からの助成金を、今年の3分の1の額で計算したことも説明。協力してくれる当選者が多ければ黒字になる可能性も示唆した。 各県人会の負担額が今年の2000レアル(電気代込み)から3500レアル(電気・ガス代別)に値上がりすることも再確認され、山田氏は「各県人会に実際にかかっている費用は1万6500レアル。これまでは差額を県連が負担していたが、負担が大きかった」と理由を説明し、理解を求めた。 さらに、「来年は日伯修好120周年のため、同祭が行われればサンパウロでの関連記念行事の目玉になるだろう。その年に中止という判断は避けたい」との実情も伝えられた。 そして行われた評決では、開催賛成者は挙手をして意思表示することとなり、その結果、目算でほぼ満場一致、賛成多数で来年の開催を可決した。 会終了後、群馬県人会の小渕民雄会長は取材に対し、「大切なのは今日やるということが決まったこと。今年は(サッカー)ワールドカップがあったのにあれだけ多くの人が来たのだから、今後何があっても怖くない」と力強く述べ、市川氏も、「この勢いで120周年に向かっていきたい」と意気込み、「今後黒字にするためには今年の選挙が重要。協力してくれる日系議員を選ぶことも大切」との考えを示した。 山田氏は開催決定を受け、「去年は約3分の1が開催に反対だったが、今年は各県人会の負担が大きくなることを承知の上でほとんどの人が賛成してくれた」と喜び、「来年は120周年をテーマにするつもり。まずは企業に協力してもらえるように働きかけていきたい」と来年に向けて意気込んだ。 2014年8月16日付
【一部既報】このたびの安倍晋三首相夫妻の来伯に際して、日系団体から要望書が首相あてに提出された。慣例では文協、援協、県連など「御三家」から提出されるはずだが、今回実際に要望書を提出したのは県連(本橋幹久会長)とブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)の2団体のみだった。 両団体の要望書の内容を紹介する。 県連は、(1)「県受入れ留学生、研修員制度の強化」事業(2)「第18回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)=日伯120年の絆」での「ジャパン・プレゼンテーションと日本地域産業文化紹介展」事業への協力の2点を要望。 (1)では、1959年に岡山県での留学受け入れから始まって以来、昨年までの各県での県費留学生・技術研修生での訪日者数が5900人にも達している中、現在は両制度を実施している県は7県で、留学生か研修生のどちらかの受け入れを行っている県は16県である現状などを説明。今後の同制度の展開として、県が発信する観光情報の広報、地域の特産物の紹介や「日本祭り」などでの物産展、県内企業へのブラジル事情の発信及び視察などの人物交流の世話、輸入手続きなど日本の地域(県)活性化にかかわる業務により、母県と県人会のきずなを深める考えだ。 (2)は、来年の日伯修好120周年を交流深化の年として、日本祭り(フェスティバル・ド・ジャポン)の効果的利用を提案。「移民と故郷」「もの造りの日本」「夢とアニメ、コスプレ」「平和と暮らし」「日本地域産業文化紹介展」を副題に、日本祭りでの県の特産品のアンテナショップの設置など日本と各県の紹介をより積極的に行っていく効果を提案し、これらのための協力を要望している。 一方、今年7月に創立30周年を迎えた被爆者平和協会からは、安倍首相と昭恵夫人にそれぞれ要望書が提出された。 安倍首相に対しては、首相の父親で1985年の来伯当時外務大臣だった安倍晋太郎氏が同協会からの要請で健康診断を目的にした2年に1回の医師団派遣を約束実施したものの、いまだに在外被爆者の現地治療が実施されていない点を訴えている。 また、同協会が「核と人間は共存できない」ことをモットーに活動していることを強調。「日本の原発技術をブラジルに押し付けないでほしい」と要望している。 さらに、昭恵夫人に対しても現在のブラジルでは医療費が高く、高齢化する在外被爆者にとって日本での治療は難しい現状をつづっている。その上で、旧日本病院だったサンタ・クルス病院での診察・治療の実現への協力と理解を求め、「人間として人権問題、核問題など話し合って解決できる時代を願って止みません」と締めくくっている。 2014年8月13日付
ニッケイ新聞 2014年8月12日 宮崎県人会(高橋久子会長)が24日、北海道協会で『県人移住百周年および県人会創立65周年式典』を行なう。午前9時から先没者慰霊法要、同10時から式典を行なう。河野俊嗣知事、県議会議長はじめ50人以上の慶祝団が駆けつける予定。昨年10月に交通事故で亡くなった谷広海さんの意思を受け継ぎ、14人の芸能団を母県から迎えて伝統芸能「高千穂の夜神楽」も披露される。案内のため来社した高橋会長と山元治彦実行委員長によれば、「せっかく来伯するのだから日系人が多い地域でもう1カ所」との両者の思いで、式典翌日の25日午後7時半からはモジ市立劇場「CEMFORPE」(Rua Antenor Leite da Cunha, 55)でも公演することに。入場無料だが、保存食1キロを呼びかけている。式典、公演の問い合わせは同県人会(11・3208・4689)まで。
ニッケイ新聞 2014年8月12日 北海道協会婦人部「はまなす会」(鈴木妙子会長)が17日午前11時から、『第18回ラーメン祭り』を同会館(R. Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で開催する。前売り券は18レ、当日は20レ。麺、スープともに日本から取り寄せたものを使用するが、スープは豚骨や鶏がらを2日前から煮込んだ特製の醤油味スープと合わせてさらにコクを出す。おこわやイチゴ大福、あんみつなども販売。ビンゴ大会や青年部によるYOSAKOIソーランも披露される。同会から鈴木会長、柳生エレナ副会長、相談役の田辺富佐子さんが来社し、「全540食心を込めて作ります。ラーメン以外も盛り沢山なので、楽しい1日を過ごしてください」と呼びかけた。問い合わせ、前売り券の購入は同協会(11・5084・6422)まで。
ガロータ・ド・ベルデ号が優勝 今年で第20回目を迎えたサンパウロ・ジョッキークラブと日本中央競馬会(JRA)の交換レース「ジャパン・カップ」が9日、サンパウロ市モルンビー区の同ジョッキークラブで開催された。同カップは午後3時30分の第4レースで5頭が出走し、ガロータ・ド・ベルデ号が優勝を果たした。当日はJRAニューヨーク駐在員事務所から古谷淳所長(44、茨城)と三橋亮一氏(39、青森)も会場に訪れ、1995年の日伯修好100周年を記念して始まった日伯友好カップの節目を祝った。 ジャパン・カップで優勝したガロータ・ド・ベルデ号には、オーナーが6人いる。 そのうちの1人であるフラビオ・ベリボーニさん(52)は、「(優勝馬の共同所有者である)友人たちと共に勝利を分かち合えてうれしい。レースの感動は、友情で味わう感動と通じるところがある」と喜びを表していた。 また、ジャパンカップレースのほか、6レースで日系社会関連のレース名が付けられ、ブラジル日本文化福祉協会杯、ブラジル日本都道府県人会連合会杯、桜井一男杯、サンパウロ総領事館杯、JRA杯、サンパウロ新聞社杯がそれぞれ行われた。 来賓には、佐野浩明在サンパウロ総領事館首席領事、木多喜八郎文協会長、松尾治文協副会長、本橋幹久県連会長、尾西貞夫援協副会長、「劇団1980」の柴田義之代表、水本エレナ本紙社主などが招待された。 会場では、伯国内の日系コロニアに敬意を表して日本文化を紹介するイベントも開催。 福岡県人会から貸し出された27匹のこいのぼりが競馬場を彩ったほか、各レースの合間には鳥取しゃんしゃん傘踊りとレキオス芸能同好会がそれぞれ傘踊りとエイサー太鼓を披露し大会を盛り上げた。 JRAニューヨーク駐在員事務所の古谷所長は「質も高く良いレースが多かった。楽しめました」と同大会を振り返った。 また、今後の日伯競馬界の展望に関して同所長は、「多くの関係者と知り合うこともできたので、今後情報交換を行っていく。次回以降もぜひ参加したい」と語った。 同事務所の三橋氏は「各レースの合間にショーがあるのは珍しい」と驚きながらも、傘踊りのメンバーらと記念写真を撮るなど親睦を深めていた。 60年以上も競馬ファンを続け、当日の3レース目には自らの名前を冠したレースも行われた桜井一男氏(78、2世)は、現在もサンパウロ・ジョッキークラ ブで行われるレースはほとんど観戦するという。日系競馬界の象徴的存在である同氏に競馬の魅力を尋ねると「(競馬を通じて)いろんな人と出会うことができ た。新しい馬が出てくるから毎年楽しめる」と感慨深げに語った。 同大会は毎年8月に行われており、10月には日本で「ブラジルカップ」が例年通り行われる予定。 2014年8月12日付
長崎に原爆が投下されて69年を迎えた9日、姉妹都市提携を結ぶサントス市でも、核兵器廃絶平和記念式典が執り行われた。 午前9時半、日本移民ブラジル上陸記念碑(記念碑)があるロベルト・サンチーニ公園には、小雨が降りしきる中、約150人の来場者が集まり平和への祈りを捧げた。 式典では、サントス日本語学校の生徒や生長の家会員によるコーラス、ブラジル健康表現体操協会員らが皿踊りなどを披露。サントス日本人会の関谷アルシデス会長は、当時の長崎の悲惨な状況を説明し、「我々には、平和と核の根絶を訴え続ける義務がある」と強調し、「式典が市の年間行事であることにも意義がある」と述べた。 続けて、サントス市のエウスタジオ・アルベス・ペレイラ・フィリョ副市長や同パウラ・クァリャート国際交流担当部長が演説し、長崎市との交流を深め核問題解決にも取り組む姿勢を示すと、長崎県人会の栗崎邦彦会長は「平和は失って初めて気付くもの。今、何十万人の尊い命が失われた事実を風化させてはいけない」と戒めた。 その後あいさつした盆子原国彦ブラジル被爆者平和協会副会長は、「広島、長崎の悲劇を若い世代にも伝えなければならない」と話していたが、当日はサントス日本語学校の生徒を中心に、若い参列者も見られた。 宮平シモーネさん(33、2世)は「自分の家族や友人をはじめ、平和の輪を広げる活動をしなければならない」と誓いを新たにした。 式典提唱者の中井貞夫サントス市議会議長は「核は不要。8月9日を戦争の恐ろしさを伝える日にしなければならない」と語気を強めた。 最後は来場者全員が移民上陸記念像を囲んで手をつなぎ、原爆犠牲者に1分間の黙とうを捧げた。◎   ◎サントス市と長崎市は、1972年から姉妹都市提携。2012年には提携40周年と長崎県人会創立50周年を迎え、長崎市は今年の10月に路面電車車両をサントス市に寄贈予定。また県人会には「龍(じゃ)踊り」に使用する龍が贈られる。 2014年8月12日付
大阪市とサンパウロ(聖)市が今年姉妹都市提携45周年を迎える。節目の年に当たり、大阪の姉妹都市協会、市、議会関係者からなる訪問団が来聖し、26日に聖市のブッフェ・コロニアルで記念レセプションが開催される。 両市が提携を結んだのは1969年10月。現在は両国での日・ポ語スピーチコンテストや留学生派遣、サッカー・フットサル教室(大阪市)などの事業を行っている。5年前の40周年でも聖市で記念行事が実施された。 今回の訪問団は、大阪・サンパウロ姉妹都市協会の吉川秀隆会長(タカラベルモント社長)、理事ら関係者、大阪市の田中清剛副市長、床田正勝市議長、議員など20人以上。市の経済・環境部局職員や、今年のブラジル派遣留学生も同行する。 滞在中は、聖市役所で副市長表敬、市環境局等との懇談、大阪市プロモーションセミナーなどを行うほか、ブラジル日本商工会議所、ジェトロ、市立オオサカシ小学校、大阪なにわ会の訪問などを予定。26日のレセプションでは聖市・議会、サンパウロ側姉妹都市協会、在聖総領事館、日系団体等の関係者と交流する。 ブラジル側の受け入れ準備を手伝う伯タカラベルモント社の村信政幸、粟嶋裕両ディレクターは「人の交流が大切。改めて大阪市のことを知ってもらう機会になれば」と話した。 2014年8月12日付
ブラジル北海道協会の婦人部「はまなす会」(鈴木好子会長)は、第18回ラーメン祭りを17日午前11時から午後3時まで同会会館(Rua Joaquim Tavora, 605)で開催する。 当日は日本から取り寄せた麺と鶏ガラや豚骨ベースのスープで作る特製しょうゆラーメンのほかに、ひじきおこわやあんみつ、いちご大福などを販売する。また、ステージ上ではビンゴやよさこいソーラン踊りが披露される。 本紙を訪れた鈴木会長、柳生エレーナ副会長、田辺富佐子相談役は「青年部も交えて心を込めて作ったラーメンは絶品です。たくさんの方の来場をお持ちしています」と呼び掛けた。 ラーメン前売券は18レアル(当日20レアル)で同会館で取り扱っている。問い合わせは同協会(電話11・5084・6422)まで。 2014年8月12日付
ニッケイ新聞 2014年8月7日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)の7月度代表者会議が先月31日、文協ビルの県連会議室で開かれ、山田康夫日本祭り実行委員長(滋賀)から第17回日本祭りの暫定収支は黒字だとの朗報がもたらされた。ただし、次回開催を正式決定する件に関しては今月14日の臨時会議で検討されることになった。出席した各県人会の代表者約40人に対し、本橋会長は、安倍晋三首相に対して全県人会長の連名で提出した要望書の内容を説明した。 山田実行委員長は「第17回日本祭り」の詳細な収支報告については、「9月以降に発表する」としながらも「収益はおそらく去年よりも上。迷惑をかけずに済みました」と黒字見込みであることを報告した。赤字にならずに済んだ大きな要因は、日系議員らの働きかけにより市、州、国から合わせて43万レ分の資金、物資の支援を得たことだったという。また、山田実行委員長は、暫定的に来年の第18回日本祭り委員ともなり、同じく暫定委員となった市川利雄氏(富山)とともに次回開催の問題点を説明した。両委員の作成した見積もり表によれば、会場費の値上がりなどから16万1千レの赤字が見込まれ、各県人会に対して来年は「参加費3500レに加え、電気、ガス代を負担してもらわなければならない」と話した。17回の負担金は電気代込みで2千レだった。会場となるイミグランテ展示場の申し込み締め切りが今月20日のため、14日に負担金増額を踏まえた上で参加するかを表明する臨時会議が行われる。山田実行委員長は「各県でしっかり話し合ってもらいたい。不参加多数なら開催中止も覚悟している」と述べた。本橋会長からは、安倍晋三首相に送った要望書についての内容説明が行われた。要望書には、まず日本祭りを毎年確実に開催するための支援要請、次に日本語学習を義務とした二年間の長期研修提案が盛り込まれた。本橋会長は「現行の県費留学制度等とは別に、安倍首相が力を入れる地域創生本部の枠組みの中での留学制度を提案した。日伯交流の活発化は安倍政権の掲げる地方活性化にも通じる」と述べた。今月の収支報告は、会計理事、会計理事補佐が体調不良で欠席のため次回行われることとなった。
ニッケイ新聞 2014年8月7日 静岡県人会やピニェイロス文化親睦会の会長を長年務めた後藤宗治(むねはる)さんが1日午後5時ごろ、老衰のため、聖市ピニェイロス区の自宅でなくなった。享年89。後藤さんは1925年1月に静岡県清水市で生まれ、55年4月に渡伯し、最初はアマゾン河のベルテーラに入植した。翌56年に出聖し、近郊で農業に従事した後、ピニェイロス区で鉄工所を始めた。79年に静岡県人会の第6代会長として9年務め、現会館建設に奔走した。97年にピニェイロス文化親睦会会長も務めた。後藤さんの葬儀は翌2日にヴァラ・アルピーナ墓地で行われ、火葬された。初七日法要は9日(土)午後2時からヴィラ・マリアーナ区の日教寺で行われる。四十九日法要は未定。
ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)の月例代表者会議が、7月31日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビルで行われ、第17、18回目の日本祭りや、安倍首相来伯に合わせて日本政府に提出する要望書の内容などが議題に上がった。 まず、先月行われた第17回日本祭りについて山田康夫実行委員長から、「業者が変わり大変なことはあったが、(損益は)プラスになった。昨年より多分上だ」との報告があった。 また、今年は初日の金曜日がサッカーW杯のブラジル戦と日程が重なったことに触れ、「近年は金曜日の入場者数も増えていたが、今年は去年の3分の1。3日間で(昨年と同じ)18万人が来場したので、試合がなければ20万人までいったのでは」との見方を示した。詳しい会計上の数字は今後報告されることになった。 続いて来年の第18回日本祭りに関して、暫定実行委員長の山田氏、市川利雄氏から情報が公開され、会場の仮予約日は来年7月24から26日、各県人会の負担額は今年の2000レアル(電気代込み)から3500レアル(電気・ガス代別)に値上がりすること、協賛企業や政治家の割り当て金を考慮した現状などが説明された。 来年の開催の是非については会場の予約締め切り日が20日に迫っていることから、14日に臨時代表者会議を開いて決議することとなり、それまでに各県人会で話し合いをして意思を固めるよう促した。 また、安倍首相来伯に合わせた日本政府への要望書の内容についての確認が行われ、要点は主に「県受け入れ留学・研修制度の強化」「日本祭りへの協力」の2点。 前者は、これまで県連で度々言われてきた「県費留学生制度、技術研修員制度」の「復活」ではなく、地方活性化を目指し新しい省を作ろうとしている安倍政権の構想に近い新しい形の研修制度を目指すもの。 後者は、日本祭りが県や県人会の活性化につながるよう、日本という政府が見える形で特産展を開くなどしてやってほしいことなどが盛り込まれた。 なお、この要望書には47都道府県人会すべての代表者が署名。7月31日に福嶌教輝在聖総領事館総領事に手渡された。 2014年8月9日付
日本でも69回目の「原爆の日」を迎えた6日、サンパウロ市シャカラ・イングレーザ区の西本願寺で、ブラジル(伯国)被爆者平和協会(森田隆会長)と伯国広島県人会(大西博巳会長)共催の、原爆犠牲者追悼慰霊法要がしめやかに執り行われた。 午前8時15分、広島に原爆が投下された時刻に半鐘が鳴らされ、安中マルコ僧侶らが読経を開始。集まった19人全員が仏前で焼香を行った。法要中、故人をしのび参列者が目頭を押さえる場面もあった。 法話で安中僧侶は、「時とともに原爆の記憶が薄れていくのは残念であり、恥ずかしいこと」と嘆き、「追悼法要はその悲惨さと亡き人を思う、大切な日」だと説いた。 出席者を代表してあいさつした森田会長は、「今年も8月6日を迎え、日本から遠く離れた伯国から世界平和を祈り、また来年70年目にも、こうして法要できるよう頑張りたい」と決意を新たにした。 広島出身で、69年前の8月6日には学校の運動場にいたという西村ヤスコさん(83)は、「今日はあの日を思い出して手を合わせた。亡くなった人たちにも支えられ、今でも元気でいられます」と話していた。 最後に一同は恩読讃を合唱し、平和を祈りながら法要を終えた。 2014年8月8日付
7月25日から8月2日にかけて行われた安倍晋三首相の中南米歴訪。それに随行していた世耕(せこう)弘成内閣官房副長官(51、大阪)に、サンパウロ市(聖市)での日本食セミナー開催前、話を聞いた。 ブラジル(伯国)訪問は初めてだという世耕氏。「政治都市で、人工的に新しくできたイメージ」のブラジリアと比べ、聖市を「人のにおいがする」と表現し、活気を肌で感じたという。 日系社会に関しては、「ブラジル人の日系人に対する尊敬の念を実感した」といい、その歴史と築き上げた信頼に敬意を表した。 では、日系社会は日本政府に何を求めていると考えるか。世耕氏は「日本が元気でいること」を挙げ、「アベノミクスで経済的にも元気に、また勢力的に各国を回ることで、世界で存在感を高めることも彼らを勇気付けるだろう」と話し、「(今回の来伯のように)国のリーダーが時々やって来て、激励するのは非常に大事だと思う」と述べた。 一方、必要なのは精神的な活気付けだけではない。例えば日本祭りは、経費の増大等で近年開催自体にも厳しさを増す。こういった状況を受け、日本政府の金銭面などでの具体的な支援については「今回はそういった話にまでは発展しなかった。しかし本当に困っているのなら、よく話を聞いて、政府としてできる限りの応援をしたい」と今後の可能性を示唆した。 2日の首相一行の開拓先亡者慰霊碑参拝の折には、世耕氏の選挙区である和歌山県の木原好規会長も同様の話をしたそうで、木原会長は「県連の本橋幹久会長が今月日本へ行く際に、具体的な話をできるようお願いはした」と期待を込めた。 今回の伯国訪問を通じて、精神的にも経済的にも、日本政府が本腰を入れて日系社会の支援に動くことが切望される。 2014年8月7日付
『コンデ・コマ物語』販売も 在伯青森県人会(玉城道子会長)の創立60周年記念式典が、24日午前10時からサンパウロ(聖)市ビラ・マリアーナ区の栃木県人会館(Rua Capitao Cavalcante, 56)で開催される。 式典には母県から佐々木郁夫副県知事をはじめ、約30人の慶祝団が来伯して出席する。当日は昼過ぎから同会場で祝賀会、交流会も行われるという。 同式典への県人関係者の出席を呼び掛けた玉城会長らは、「今までいろんなことがありましたが、どうにか60周年を迎えられました。これを機に今まで県人会から遠ざかっていた方々ともお会いできれば。3、4世といった若い方もぜひ」と当日の来場を促した。 参加希望者は11日までに連絡が必要。なお、80歳以上の人は同県知事から高齢者表彰があるため、出席連絡の際の年齢申告を呼び掛けている。 出席連絡、問い合わせは同県人会(電話11・3207・1599)まで。 ◎   ◎ 同県人会は現在、昨年出版された『コンデ・コマ物語』(著者・三戸建次、発行元・路上社、価格・75レアル)を販売している。 「コンデ・コマ」こと前田光世氏は青森県出身の伝説的柔道家。この度著者の三戸氏が同書を100冊、同県人会の60周年を記念して贈呈したという。 なお、販売利益は同県60周年記念式典の運営費として充てられる。 同書は、聖市リベルダーデ区の高野書店、竹内書店、ブラジル日系文学会事務所で購入可能。 2014年8月7日付
日系社会支援策も決定 このたびブラジルを訪問した安倍晋三首相が、特に日系人及び査証に関して表明・公表した施策は次の通り。 【日系人】(1)2015年が日本とブラジルの外交関係樹立120周年であることから、文化面での交流を盛り上げ、日本語教育の普及支援を行っていく。 (2)毎年JICAが派遣する日系社会青年・シニアボランティア約60人が日本語、日本文化、福祉、スポーツなどの指導を通じて活躍しているが、これを約100人に大幅増員する。 (3)若い世代の日本への関心を高めるべく、次世代日系人指導者招聘制度の一層の拡充、日系社会次世代育成研修の100人への倍増を図る。 (4)日本政府は日系病院に対する支援として「日系社会ボランティア」の新たな派遣、「日系研修員の本邦研修」等を実施する。今後の拡充を検討する中でのブラジルの医療事情の改善にも貢献できるよう支援する。 【ブラジルの一般旅券所持者に対する数次査証の導入】二国間の交流促進に資する取り組みとして、ブラジルの一般旅券所持者に対する数次査証の導入を決定した。 多くのASEAN加盟国については数次査証導入の後、翌年または数年後に査証免除措置を実施することになっており、将来の査証免除措置の導入にとっては、まず数次査証導入が大きなステップとなる。 2014年8月6日付
安倍首相が2日にサンパウロ市リベルダーデ区の文協大講堂で開催された日系団体主催歓迎会で、来場した参加者のコメントは次の通り。 文協元会長の上原幸啓氏は、(ハワイ生まれで後に州知事となった)ジョージ・アリヨシ氏と日本の子供とのエピソードを振り返り、「貧乏をしても子供に教育を与えるという昔の移民の態度を知っていらっしゃると思った。お言葉を聞いて感激しました」と笑顔を浮かべた。 来年は日本人入植100周年の節目を迎える北パラナ。同歓迎会のためロンドリーナから訪れた折笠力己知パラナ日伯文化連合会長(65)は、「ブラジルの日系人を信用してくれ、日系人が恥をかかないようにと言ってもらい、元気が出ました。日本に負けないよう頑張りたい」と話した。 ブルーツリーホテル社長の青木智栄子氏は昼食会で昭恵夫人と交流後、歓迎会にも出席した。首相夫妻の来伯について「ブラジル社会だけでなく、日系社会、特に青年たちにとって大きな刺激になったと思う」と話し、今後の両国経済関係活性化にとっても価値ある訪問だったとの考えを示した。 ADESC(農協婦人部連合会)役員の上芝原初美さん(鹿児島)は文協内で同日、同会主催による児童画展を開催しており、「当日は来場者が少なかった」と状況を説明したが、大講堂での感想を「実物を見て涙が出た。写真撮影では握手もできたし本当に良かった」と興奮気味に話した。 移民史料館9階で約2分間話す機会が与えられたミナス・ジェライス州ジャナウーバ市長の山田勇次さん(北海道)は、今機会について「タイミングが本当に良かったと思う」と語り、「市長になり毎日が慌ただしいですが、このような形で世話になったブラジル社会に恩返しできることは幸せです」と、日本人として生まれ育った誇りを伝えられたという。 小泉純一郎元首相の従兄に当たる井料堅治さん(鹿児島)は、安倍首相のあいさつを聞いて、「講演を聞いて10年前に小泉さんが話した時のことを思い出したが、あの時は会場のみんなが泣いていた。まあ講演というのは今回のようにスラスラと進むのが普通でしょ」とコメントした。 2014年8月6日付
皆さんこんにちは、安倍晋三でございます。今日はいろいろとご用事のある中、また遠くからもたくさんの皆様がこうしてお集りをいただいたことを熱く、御礼を申し上げます。55年前に私の祖父、岸信介が総理大臣として当地を訪問した際には多くの日系人の方々にお出迎いをいただき、政治家として人前で涙を流したことなかったんですけれど、初めて流れる涙を止めることができなかったと言っておりました。 文協(移民史料館)において1908年に始まった移民の歴史を大変短い時間ではございますが教えていただきました。大変なご苦労の中でこの地で頑張った1世の皆さん、そして世代を通じて日本人の守るべきものをしっかりと守りながら受け継ぎ、引き継いで来た2世、3世、4世の皆さんに心から敬意を表したいと思います。 ジェポネス・ガランチードという言葉がありますが、これは正に皆さんが築いて来られたものであります。ジェポネース・ガランチードとは何かと私は考えて、それはまさに私たち日本人も日本で暮らす日本人も大切にしなければならないものだと思います。 我々は2011年3月11日、東日本大震災に襲われました。とても辛く悲しい経験ではありましたが、同時にさまざまなことを学ぶことができました。ブラジルの日系人の皆さんは日本になんと6億円の義援金を送っていただきました。ブラジルをはじめ多くの方々が日本のことを思っていただいていることに感激いたしました。被災に遭ってとても大変な状況にあって、被災した人たちは助け合い、労り合い、協力し合い、礼儀正しく復興しようと頑張って来られた。そのことが世界から敬意を集めることができました。私はこれもジェポネス・ガランチードだと思います。 私の友人、年を取っているのですが、ジョージ・アリヨシさんという方。ブラジル移民ではなく、ハワイに移民され、後に州知事になった人物であります。彼は日本が戦争に負けた後、米占領軍の一員として東京にやって来ました。 そして占領軍の一員として彼が勤務しているビルの前に何人かの子供たちが靴磨きをしてお金を稼いでいました。その中の7歳の1人の少年とアリヨシさんが親しくなり、その少年はやせっぽっちで身なりも貧しく、いつもお腹を減らし、同情して食堂でパンにジャムを塗ってサンドイッチを作ってその少年に渡しました。 その少年に渡すとぺこりとお辞儀をして、そのサンドイッチを食べずに大切そうにハンカチで包んで装具箱にしまったと言います。すぐに食べない少年の姿を見てアリヨシさんは『恥ずかしがらずに食べていいよ』と言いました。そうしたら少年はせっかく貰ったサンドイッチは『家に持って帰って3歳の妹と2人で食べる』と言います。『僕には妹しか家族が居ません』と言い深くお辞儀をしたと言います。 アリヨシさんはこの少年のお腹を減らしていても妹に対する優しさを、忘れない姿に大変感動をしました。身なりはみすぼらしくても、礼儀正しい態度 に感動しました。アリヨシさんは戦争に負けた祖国に対してコンプレックスを持っていましたが、どんなに貧しくても威厳、優しさを忘れない少年の姿を見て自 分に日本人の血が流れていることを再び誇りに思えたと私に語ってくれました。 私たちはこのように海外で活躍しておられる日系人の皆さんにとって誇りの持てる国になっていきたいと思います。そして今後、ブラジルで活躍しておられる、そして日本人の信用を高めていただいている日系人の皆さんとの関係をさらに強めていきたいと思います。 日本文化伝承、日本語教育、スポーツ、医療、社会福祉などの活動で非常に貢献されています。日本政府は今後もこうした活動を支援していきます。来年は日、 ブラジル修好120年を迎えるわけでありますが、交流を盛り上げて、日本語教育の普及も支援していきます。毎年JICAが派遣する日系社会青年、シニアボ ランティアが約60名います。日本語、日本文化、スポーツを通じて活躍していますがこれを100名に大幅増員いたします。 今後、さまざまな施策を通じて日本と日系社会の関係絆をより太くしていくとお約束申し上げます。安倍内閣の財務大臣は日伯議員連盟の会長、麻生太郎でもあります。 本日はこうしてたくさんの皆様にお集りいただきました。お目にかかったこの感激を私も決して忘れることはありません。日系人の皆様がおられることによって 日本とブラジルはまさに魂と魂の交流を続けているといえます。これからも両国関係のために全力を尽くしていくことをお伝え申し上げ、皆様がお元気で、そし...
安倍晋三首相は2日午後、日系団体との懇談・歓迎会に出席するため聖市の文協ビルを訪れた。現役首相としては10年ぶりの聖市訪問に、会場となった文協大講堂はほぼ満員、1千人を超える来場者が埋め尽くした。コロニアの手厚い歓迎を受けた安倍首相は壇上で「海外で活躍する日系人にとって、誇りがもてる日本であり続けたい」との思いを語った。 安倍首相は同日、聖市のイビラプエラ公園の開拓先没者慰霊碑参拝、日本館視察の後、文協ビルには午後3時半過ぎ、昭恵夫人と共に到着した。入り口には「歓迎 安倍晋三内閣総理大臣」と書かれた垂れ幕が下がり、午後1時から文協前には長蛇の列ができた。首相はまず正門前で待ち構えていた人々の握手に笑顔で応え、平成学院など日系校の生徒が両国旗を振る中、階段に敷かれた赤絨毯を、手を振りながら上った。9階での日系団体、日系議員らとの懇談の後、大講堂に入った首相は来場者総立ちの拍手で迎えられ、文協婦人コーラスの合唱の中、壇上の席に着いた。首相は「政治家として人前で涙を見せることはなかった祖父が、『あの時は、初めて流れる涙を止めることができなかった』と言っていました」と1959年に当地を訪問した岸信介元首相の知られざる話を披露した。「大変な苦労の中、この地で頑張った一世、日本人の守るべきものを守りながら受け継いできた子孫に敬意を表したい」とした上で、「〃ジャポネース・ガランチード〃(信用できる日本人)は、私達日本で暮らす日本人も大切にすべきもの」と続けた。東日本大震災への義捐金として当地から6億円相当の金額が送られたことに触れ、謝意を表明すると同時に「それだけ日本のことを思ってくれていると感激しました」との気持ちをのべた。今後の日系社会との関係について「日本人の信用を高めて頂いている日系人の皆さんとの関係をさらに深めていきたい」と明言。種々の活動の支援に加え、来年の日伯外交樹立120周年にあたり「日本語教育の普及にも力を入れたい」とした。具体的にはJICA日系社会青年・シニアボランティアの派遣を現状の60人から100人に増員する予定を挙げ、「様々な策を通じ、日系社会との繋がりをより太くしていくことを約束する」とした。最後に「日系人の存在のおかげで、日本とブラジルが魂と魂の交流を続けて行くことができる。今後も両国関係のために全力を尽くすことを誓い、皆様がお元気で、各分野でますます活躍されることを祈念したい」と締めくくった。首相は夫人とともに子供達から花束を受け取り、自身の強い意向で予定時刻を過ぎるまで来場者全員との記念撮影を行った。来場者の尾迫幸平さん(86、鹿児島)は「やっぱり総理だけのことはある。いい話を聞かせてもらった」、徳力洋子さん(70、千葉)も「もっと話を聞きたかった。日本語普及に力を入れてくださるとの話、とても嬉しい」、前田進さん(68、富山)は「コチア青年も来年60周年、外交樹立120周年と共に盛り上げたい」と述べた。西丸俊子さん(85、香川)は「感心しました」と感動した様子で、「日本語教育に力を入れて、研修生や留学生制度など交流を絶やさないで頂きたい」と話した。