06/03/2026

Mês: setembro 2014

ニッケイ新聞 2014年9月25日 ブラジル沖縄県人会(田場ジョルジ会長)主催の『第27回支部対抗歌謡カラオケ大会』が21日、沖縄県人会本部で開かれた。20支部から320人が参加し、朝7時半から夜遅くまでにぎわった。カテゴリーは34に分かれ、ちびっ子たちから年配者まで老若男女が自慢の喉を披露し、会場からも惜しみない拍手が送られた。旗を振って応援していたパトリアルカ支部の島袋吉春さん(66、二世)は「毎年楽しみにしている。仲間うちで楽しむだけだと上達しないが、こういう機会だとみんな練習して頑張る」と笑顔を見せた。「瀬戸の花嫁を歌った」と照れくさそうに笑うのは、南麻州カンポグンデ支部の志良堂ニウトン会長(58、三世)。「今回もバスを仕立てて43人で来た。サンパウロでの買い物も楽しみの人も多い」と話した。実行委員長の西原正三さん(77、二世)は会場を見回し、「みんな元気に楽しんでくれている。今回は過去最高の参加者を迎え嬉しい限り。今後も続けていければ」と喜んでいた。
ニッケイ新聞 2014年9月19日 埼玉県とブラジルの交流を模索するために、埼玉県議会議員の諸井真英さん(45、埼玉)が3日に来伯した。これまで計10回以上、県議当選後の8年間だけで5回目の来伯となる。諸井さんは「埼玉県は他県と比べてあまりこちらに目を向けない県。もっとブラジルに目を向けるよう何かできないだろうかと常々考えている。まず埼玉県人会が何を求めているかを理解した上で、今後の交流の方法を模索していきたい」と意欲を見せた。同伴した同県人会の森田泰司さんは、「来年の県連日本祭りにおいて、埼玉県の支援をいただけるように取り組んでいければ」との可能性に期待を寄せた。また、諸井さんは大学生時代の91年にサッカー留学のためブラジルに渡伯、96年から2年間はサンパウロ新聞記者として経験を積んだことに触れ、来伯中の留学生について「いろんな経験をして視野を広げてほしい。外から見た日本の姿を意識できる貴重な機会、これを生涯の財産にしてほしい」と述べた。諸井さんは98年に帰国後、中川昭一国会議員秘書を経て埼玉県議会議員に当選し、現在2期目を務める。12日まで滞伯した。
埼玉県議会議員で同県議会日伯友好議員連盟の事務局長を務める諸井真英氏(自民党、45、埼玉)が3日に単独で来伯し、10日間の予定で滞在した。5日、ブラジル埼玉県人会(飯島秀昭会長)の尾崎眞司、森田泰司両副会長とあいさつに来社した。 県議に就任して2期8年目の諸井氏は大学生時代にブラジルへサッカー留学、1996年から2年間弊紙記者として働いた経歴の持ち主。2008年にはブラジル県人会50周年記念式典へ参加し、12年には同議員連盟で伯国各地を訪問するなど、伯国と深い関係を持っている。 2年振りの来伯となった今回はサンパウロとリオを訪問。東京オリンピックのサッカー会場に埼玉県のスタジアムが決定しているため、そこへ向けブラジルのサッカースタジアムなどを視察した。 また、尾崎、森田各氏らは諸井県議に対し、フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)への同県や企業の参加・支援をはじめ、04年に廃止された県費留学制度の復活やそれに代わる留学制度の新設を同県議会に提言してもらえるように要請した。 それに対し諸井県議は、「県知事は日本祭りの存在すら知らないし、伝えていかなくてはいけない。まずは来年4月の選挙に勝てるように頑張ります」と話した。 2014年9月20日付
8月26~29日にかけて愛知県弁護士会の国際委員会に所属する10人が来伯し、期間中、各日系団体を訪問した。委員はブラジル人に関連した事件や相談を日頃から多く扱っており、日系社会を知り今後の弁護士業務に活かすのが来伯の目的。29日にサンパウロ市リベルダーデ区の愛知県人会館を訪問し、応対した沢田功会長、小松清香ジェニー、林アンドレ両元会長と懇談を行った。 滞在約1時間の間に県人会の歴史について沢田会長と小松氏が、弁護士の林氏がブラジルの弁護士事情についてそれぞれ説明した。最後は一行から県人会に対して記念品が渡され、参加者全員で写真を撮り、交流を深めていた。 2014年9月20日付
将来を担う世代への贈り物 ブラジル沖縄県人会(田場ジョルジ会長)が移民100周年事業の一つとして編集を続けてきた記念誌「写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史」と、別冊「笠戸丸県人移民325名の名簿及び簡単な足跡」がこのほど完成した。5年余りの時間をかけて出版の日を迎えた同書は、第1回笠戸丸移民から現在まで、ブラジルにおける県系人社会の歴史を伝える写真1500枚を収録。日ポ両語で説明文を付け、将来の世代に残す記念誌となっている。24日の出版祝賀会に先立ち、16日、編集委員会(宮城あきら委員長)、関係者が会見した。 第1回ブラジル移民の約4割を占めた沖縄県人。現在、サンパウロ(聖)市・州内、南マット・グロッソ州カンポ・グランデをはじめ、パラナ、ブラジリアなど国内各地に暮らす県系人口は全日系人口の1割を占めると言われる。 同事業の始まりは、100周年の数年前。当時、県人会には多くの過去の写真が保管されていたが、何の説明もないものが多かった。そこで山城勇元会長が、「先輩が元気なうちにこうした写真をまとめて1冊の本に」と理事会で提案、100周年事業として動き始めた。 11人からなる編集委員会が資料収集を開始。県人会内の写真に加え、笠戸丸移民の子孫など会員家族の所蔵資料、委員が各地に足を運んで調査発掘したものなど3000枚以上の写真から整理、選考して編集された。 資金不足で出版が危ぶまれた時期もあったが、同事業の趣旨に賛同した西本エリオ聖州議の協力で州文化局が13万レアルを支援。ページ数の都合で別冊となった「笠戸丸―」は県人会・会員の協力により出版された。 「写真―」は計384ページ。農場労働から、聖州サントス・ジュキア線やノロエステ鉄道建設後のカンポ・グランデに移って集団地を形成した移民初期。球陽 協会の設立。聖州奥地、北パラナへ広がった戦前から、戦中の移民空白期、戦場となった戦後の母県救援活動とそこから生まれた現県人会・支部。県人社会を助 けたブラジル人。母県からの来訪者。移民50周年から100周年までの式典。初期移民のころから受け継がれてきた音楽・舞踊などの文化活動など、県人、県 系人1世紀の足跡を伝える写真を、日ポ両語の説明とともに掲載した。 「笠戸丸―」には、第1回県人移民325人の氏名や足跡などを再調査、記録したほか、90人の写真が掲載されている。 委員の中には完成を前に亡くなった人や、大きな病気を患った人もいた。宮城委員長は会見で、県人会や写真の提供者、支部、各編集委員など協力者へ感謝。 「(同書の中に)赤い糸のように貫かれているウチナーンチュの心を、ブラジルに生まれた新しい世代に視覚的、実感的に伝えることを目指した。この2冊は1 世から21世紀を担う若き世代への贈り物。本日発表することができてうれしく思う」と喜びを表した。 100周年祭典実行 委員長を務めた与儀昭雄元会長は、編集委員の尽力をねぎらうとともに、「写真が多くあっても、若い人には意味が分からない。箱に入れたまま忘れてしまう可 能性があった」と同事業が始まったころを回顧。「その時の約束を果たすことができ、安心し、喜んでいる」と語った。...
ニッケイ新聞 2014年9月18日  沖縄県人会(田場ジョルジ会長)が県人移民100周年記念事業として取り組んできた写真集『写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史』(全384頁フルカラー)の記者会見が16日、同会館で行われ、編集委員ら13人が喜びの報告を行った。24日午後7時には、同写真集と別冊付録『笠戸丸沖縄県人移民325名名簿及び簡単な足跡』(66頁)の出版祝賀会が同会会館行なわれる。  両書には、笠戸丸移民末裔家族からの提供写真や、編集委員が全伯各地を自費で訪ねて発見した写真など、合わせて約1500枚が掲載されている。与儀昭雄県人移民100周年祭典実行委員長は、「貴重な写真も意味が理解されなければ、処分されてしまう。多くの写真を載せることが出来て良かった」と出来栄えを喜んだ。 3500部印刷され、県人会員を初め、各支部や沖縄県庁、各市町村、海外県人移住地、人文研などの関係機関へ無料で送られる。出版費用は13万レアルかかったが、西本エリオ聖州議の働きかけにより、聖州から全額が補助された。 宮城あきら編集委員長は「カンポ・グランデやパラナなどの関係者を訪ねて集めたこれらの写真は、我々の血と汗と涙の結晶。笠戸丸移民家族から、今まで見たことなかった貴重な写真を譲り受けた時は、言葉に出来ないほど感動した。一世から21世紀を担う若い世代への贈り物です」と記念誌編纂に6年かけた熱い想いを語った。 別添付録の名簿には、笠戸丸で移民した沖縄県人325人分の生年月日や出身地、足跡が記載されている。宮城委員長は「各種名簿を再検証して正確を期した。顔写真付きで90人分を掲載したのは、かつてないこと」と自信をのぞかせた。 24日午後7時には、会員、関係者を招いての出版祝賀会が同県人会館で行われる。
ニッケイ新聞 2014年9月18日  中国地方5県による「中国ブロック敬老会」が14日午前11時から、広島文化センターで開かれた。約200人が会場ホールを埋め、歌に踊りと県を越え交流をし、楽しいひと時を過ごした。 同ブロックは、運動会、ピクニック、敬老会を合同で行なっており、敬老会は今回で10回目。今年は山口県人会が当番のため、要田武同県人会会長の開会の辞で始まり、移住先没者への黙祷を行った。 昼は、いなり寿司やおにぎりなど多数の料理に舌鼓を打ちながら親睦を深め、各県人会による演芸会を楽しんだ。 島根県人会の高橋やちえさん(97)は、ドンパン節にあわせた日本舞踊を披露、岡山県人会からはリュウ・ジャクソン君が出演して熱唱し、マイケル・ジャクソンの『smooth criminal』のダンスを披露、会場を大いに沸かせた。 また、同日、同会場体育館にてワンワン会も80歳以上の会員を祝う「傘寿祝賀会」を開催した。料理に舌鼓を打ちながら、親睦を深め合った。
ニッケイ新聞 2014年9月12日  沖縄県人会ビラ・カロン支部(上原テーリオ会長)が主催した県系最大級のイベント『第12回おきなわ祭り』が、6、7の両日午前11時から市営サッカー場(Praca Haroldo Daltro, s/ n, V. Manchester)で開催された。 両日とも天気に恵まれ、終日、千人以上の出演者が沖縄民謡や舞踊、沖縄太鼓、盆踊り、祭りダンスなど余興を披露し祭りを盛り上げたほか、約100のブースが食品や手芸品等を販売し、訪れた人々を楽しませた。聖市東部ビラ・カロンの同会館近くの会場には延べ3万人が来場した。 今年から初の試みとして、留学生・研修生OBで作る「うりずん会」が生け花、うちなー口等のワークショップおよび、三線、エイサー、紅型等、沖縄文化をテーマにした講演会も実施され、多くの人が参加し、留学生の話に耳をかたむけた。 ステージでは沖縄小林流空手が披露され、総勢100人が登場。フラビオ・ビセンテ・デ・ソウザ支部長(7段)の掛け声に合わせ、一つ一つの技やトンファーを用いた技も披露され、緊迫した演武で会場を大いに盛り上げた。 ステージ終了後、ソウザさんは「沖縄祭りで披露できてよかった。ありがとうございました」と、宮本ヤン・フィリップくん(6)は「楽しかった」とうれしそうに語り、緊張しながらも堂々と披露できたことに満足げだった。 最後は冬の夜空に大輪の花火が打ち上げられ、2日に及ぶ〃ウチナーンチュの祭典〃は幕を閉じた。
ニッケイ新聞 2014年9月12日 長野県人会北パラナ支部(木村保支部長)が7月20日、毎年恒例の親睦会をロンドリーナ市のインテグラーダ農協で開催し、会員やその家族約80人が集まった。木村会長によれば、同支部も他県人会と同様高齢者が多く、会員は年々減少、会費を払っているのは30人程度という。毎年7月に行う親睦会と、80歳以上の高齢者を祝う敬老会だけが今も続いている。今年も「皆で集まると必ず歌う」という県歌を斉唱し、シュラスコ、持ち寄った食事を食べながら親睦を深め、ビンゴなどで楽しんだ。同会長は「研修、留学制度は続いているが、若い人は年に一回の親睦会にも参加しない。日本のこと、長野のことを知ってもらい、繋がりを保ちたい。それに尽きる」と母県への想いを吐露し、「なかなか人が集まらないので新しいイベントはできないが、親睦会はできるだけ続けていきたい」と話した。
ニッケイ新聞 2014年9月11日  死者73人を出した広島の土砂災害から、10日で3週間がたつ。未だ100人余りが避難所生活を余儀なくされる厳しい状況が続いている。そんな広島市に対し、コロニアから義捐金を送ろうと、広島県人会が中心となって特別口座を開設し、ブラジル都道府県人会連合会、ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、日伯文化連盟が協力して義捐金キャンペーンを始めた。  広島県人会の大西博巳会長は、「広島ではまだひどい状況が続いている。あらゆる形での支援が必要だが、遠く離れた我々にできることは何といっても義捐金を送ること。ぜひ協力をお願いしたい。母県、祖国への思いを届けてほしい」と呼びかけている。  義捐金用の特別口座はサンタンデール銀行ガルボン・ブエノ支店(Agencia 4551 )の名義「CENTRO CULTURAL HIROSHIMA DO BRASIL」、口座番号「4551―130036673」まで。また、銀行振り込み以外にも「広島県人会に直接持ってきても構いません」と大西会長は呼びかけた。詳しくは同県人会(11・3207・5476)まで。
ニッケイ新聞 2014年9月6日 日本最大の日系ブラジル人集住地・愛知県の弁護士会国際委員会から10人が先月25日に来伯し、聖市を中心に日系団体や司法機関を訪れた。この視察結果を在日日系人への対応および、今後増えると想定される伯国進出企業の支援に活かすという。同弁護士会には会員約1700人、国際委員会には約100人が所属する。国際関係の事件や外国人事件を数多く取り扱っており、海外視察に毎年赴くという。 同委員会に所属する大嶽達哉さんが2012年にCIATE(国外就労者情報援護センター)の専務理事に就任したこともあり、初の伯国視察が実現した。同弁護士会会員には日系ブラジル人支援に熱心な人が多く、小川晶露代表によれば「我々の業界で1週間の休みを取るのは大変難しいが、10人も集まって驚いた」というほど関心が高かった。また、小川代表は「特に四世は入管法の立場が不安定なので、定住ビザが取りにくい」と指摘する。在聖総領事館に問い合わせた所、たとえ日本で生まれ育っても、成人後親の扶養を離れて無職になった場合やビザの更新が遅れた場合、刑事事件で有罪判決を受けた場合などは、強制退去の対象となる。また成人した四世が再入国許可を取らずに帰伯したり、国外滞在中に再入国許可が切れてから日本に再入国する場合、非日系伯人と同様の扱いになる。二世や三世と異なり、「四世であること」が在留資格を保証しない不安定さがある。在日日系人には「就業もしない学校も行かないという、中ぶらりんの人が何人もいる」という印象のようだ。滞在資格に問題が起きた場合、在留特別許可を申請するなど方法は限られている。弁護士に法律を変える権限はないため、「運用」で事実上、滞在させるのがやっとのようだ。08年のリーマン・ショックにより、10万人近かった日系伯人の人口は約5万人に半減したが、不就学児童や労働問題、ビザ切れ滞在などの問題が依然継続している。相談件数そのものに目立つ増減はないが、「以前に比べ、質が変わってきた印象。景気が悪くなるとレイオフされる一番のターゲットなので、特に労働問題が増えている。入管問題、離婚時の親権問題も多い」と明かした。同月26日には愛知県人会を尋ね、沢田功会長、小松ジェニ、林アンドレー両元会長の3人と1時間程度の交流を行なった。3人が県人会の成り立ちや存在意義、日系社会の現状などを説明、留学・研修制度による日伯交流の重要性などを伝えた。一行は熱心に耳を傾け、「愛知で長く働いた他県系人は会員になれるのか」「日系人は日本の風習や価値観を今ももっているのか」などと質問し、日系社会の現状に関心を寄せていた。小川代表は「ブラジル側窓口が決まれば何らかの形で交流を続けていきたい」と話した。
ニッケイ新聞 2014年9月4日 在聖総領事館で先月29日、「日ブラジル外交関係樹立120周年記念事業ブラジル実行委員会」の第1回会合が開催された。1998年にサンパウロで開催された「NHKのど自慢ブラジル大会」を来年に再度行なうなどの特別事業案も挙がってきており、皇室のご来伯も視野に入れた特別な年になりそうだ。委員長には梅田邦夫大使が選ばれ、副委員長には各地域の総領事、主だった日系団体代表が選ばれた。10月には、第2回会合が行われ、特別事業が決定する見込み。 120周年特別事業として、すでに候補に挙がっているのは「コシノ・ジュンコ氏プロデュースの花火大会」「ウジミナス製鉄所やセラード開発などの日伯協力事業の展示会」「政治経済に関する学術シンポ」「NHKのど自慢ブラジル大会」など。事業予算は明らかになっていないが、外務省内では、皇室や政府関係者の往来も可能なAランク事業に指定されている。少なくとも2、3千万円以上の予算が計上されるようだ。「皇室のご来伯を実現できれば」と梅田大使は意気込む。委員長以下の人事は、委員長代理に福嶌教輝在聖総領事、高瀬寧在リオ・デ・ジャネイロ総領事。副委員長に日系主要5団体代表、JICA、JETRO事務所長、JBIC首席駐在員、各地域の総領事、聖市以外の会議所会頭に加え、主だった地方日系団体代表だという。梅田大使は「修好100周年時は日本と聖州が主体となって運営したが、今回はW杯支援委員会の経験から、オールブラジルで取り組めるようになった」と委員の顔ぶれを喜んだ。次回会合では特別事業の決定、資金集めやロゴマークの募集、マスコットキャラクター製作など具体的な話し合いが行われる。また、日系団体が催すイベントには、120周年記念事業の表題を冠することが推奨され、委員会へ申請すれば、記念事業として認められるほか、委員会の開設するHPで日程などが告知される。梅田大使は「W杯、安倍総理来伯、五輪と日伯関係強化の潮流がある。120周年を活かして両国の友好関係を確かなものにしたい」と強調した。また、支援が期待される県連日本祭りについては、「120周年記念事業としても取り扱うが、その存続のために別枠での支援も考えている」と語った。
ニッケイ新聞 2014年9月4日 汎ロンドリーナ熊本県人会(西村鉄夫会長)が6月29日、ロンドリーナ市から百キロの高原地にあるマウア・ダ・セーラ市の上村農場を訪れる花見ピクニックを挙行した。同会会員で、マウア文協会長をつとめる上村勇之さんの農場には、2002年に敬宮愛子内親王のご誕生を祝って、中川トミさん(笠戸丸最後の移民)をはじめ、会員らで植樹した桜が植えられている。当時はわずか50センチだった苗木は、大きく成長して満開で一行を迎えた。その後、平山パウロさんと上村会長の案内で、富士山と富士五湖を模した市公園や、街路樹として咲き誇っている桜も鑑賞した。正午からは、大農で知られる会員・上村英臣さんの邸宅で開かれたシュラスコ会に参加。マウア市の日系家族による高齢者の集いも行なわれ、高齢者30人、西村会長の家族を合わせて60人でにぎわった。高齢者会の平山ペードロ会長は、ユーモアあふれる司会で出演者を紹介、日本の懐かしい童謡から民謡、詩吟、浪曲が披露された。英臣さんの邸宅にも雪割桜や沖縄桜約百本が植えられてあり、当日、沖縄桜は見事に咲き誇って、今日のよき日を祝福、文字通りの花を添えていた。ロ市の会員はマウアの会員や高齢者会の温かいもてなしに感謝しながら、午後5時に出発して帰路についた。
都市計画部門での交流を活性化 大阪市とサンパウロ(聖)市が今年姉妹都市提携45周年を迎え、大阪市の田中清剛副市長や床田正勝同市会議長、あるいは大阪・サンパウロ姉妹都市協会の吉川秀隆会長らで構成された24人の訪問団が来聖した。訪問団は、8月25日のセミナーで大阪市の魅力をアピール。また翌26日は、記者会見を開き、記念レセプションでは在聖総領事館、日系団体等の関係者と交流した。 両市は提携以降、行政レベルでの交流のほか、日・ポ語スピーチコンテストや留学生派遣などの事業も行っている。6年前の移民100周年時に、大阪市から来伯した議員もいるが、同市が訪問団を形成し、聖市に派遣するのは20年ぶり。 26日の記者会見では、今回来聖の目的が45周年の慶祝と都市計画部門での意見交換が主だと説明。同部門については、前日のセミナーで具体的に発表があり、自動車に頼らず、公共交通機関、特に鉄道の利用を前提に組み立てる大阪市の都市開発や沿線開発モデルを解説した。 同市都市部では、500メートル歩けばどこかの地下鉄の駅にぶつかり、ラッシュ時には2分に1本電車がやってくる。また電車は5分遅れるだけで遅延証明書が発行されるほど機能している、などの話には100人が集まった会場からどよめきが起こっていた。 聖市も大阪市同様、都市開発で公共交通機関を中心とした民間の力を生かした街づくりを画策しているといい、田中副市長は、「大阪のやり方を、聖市に押し売りするようなことはあってはならない」と前置きしたが、今後継続的に大阪市の技術やノウハウを提供していく。 さらに両市は、環境部門でも6年前から互いに専門家を派遣し技術交流を行っている。今年5月にジョゼ・アメリコ聖市議会議長が大阪市を訪問した際にも話し合われたそうだが、現在聖市のゴミ焼却処理政策において、両市交流の成果が出ているという。 また田中副市長によれば、日本ではここ数年、異常気象による河川の氾濫など、これまでになかった新しい災害への対策が行政課題となっている。同様に聖市でも、河川の洪水が大きな問題となっており、「大阪の河川工事の施策などが使えるのでは」と期待を込めた。 他に、大阪市は観光分野にも注力しており、大阪市と大阪府が共同で大阪観光局を設立し、民間の力による同分野の活性化を促している。大阪市経済戦略 局長の井上雅之氏は「ノービザ協定に向けた働きかけは必要」としながらも、「大阪の粉物などの食、上方歌舞伎や文楽、能などの伝統文化を、大阪のブランド として日系人の方に案内したい」と話した。 訪問団一行はその後の聖市滞在で、大阪なにわ会への訪問や、イビラプエラ公園内の慰霊碑参拝などを行った。 2014年9月6日付
在伯青森県人会(玉城道子会長)の創立60周年記念式典が8月24日、サンパウロ(聖)市ビラ・マリアーナ区の栃木県人会館で開催され、母県から来伯した28人の慶祝団を含む約250人が参加した。 午前10時から行われた式典には、母県側から佐々木郁夫副知事、阿部広悦県議会議長、塩越隆雄県交流協会会長、杉本康雄みちのく銀行会長、伯側から佐野浩明在聖総領事館首席領事、本橋幹久県連会長、菊地義治援協会長、山下譲二文協副会長、飯星ワルテル連邦下議など来賓が出席。日伯両国歌斉唱、先亡者への黙とうに続いて玉城会長が「県人会も60歳になり、今までうれしかったこと、悲しかったこと、いろいろありましたが皆さんのご支援のお陰でここまで来ることができました」とあいさつした。 日伯両国代表者の祝辞に続き高齢者表彰が行われ、森村吉蔵さんが代表で表彰された。森村さんは壇上で、「ブラジルに来て良かった」と自らの半生を振り返りながら県への思いを述べると、会場からは温かい拍手が送られた。 その後は、県費留学生代表あいさつ、日本側から県人会への祝い金贈呈、県人会から日本側への記念品贈呈、県人会から日系コロニア3団体への寄付金贈呈などが行われた。 最後は青森県民の歌「青い森のメッセージ」の斉唱と、中田みちよ第2副会長による閉会の辞で式典は締めくくられた。 式典後、玉城会長は「大勢の人が集まってくれて感謝します。これからは若い人が中心となる県人会を作っていきたい」と話した。 佐々木副知事は「県人会の方が伯国の発展に尽くされている姿に感銘を受けた。こちらも負けないよう良い青森を作っていきたい」と述べた。 この日のためにリオ市から駆け付けたリオ青森県人会の水木久香会長(65、青森)は「自分も60代ということもあり、身近に感じる。感慨深い」と式典を振り返った。 2014年9月6日付
茶を通じた世界平和を祈念 茶道裏千家は1954年にブラジ ル、アルゼンチン、ペルー、メキシコに支部を設置してから今年で布教60周年を迎え、それを記念した「裏千家淡交会中南米大会」を8月29日から31日ま での3日間、サンパウロ(聖)市で開催した。同大会には15代家元・千玄室氏(大宗匠、91、京都)の出席を筆頭に、中南米諸国や日本、北米など世界各地 から約300人の門弟が参集。60周年の節目の年を祝うと共に、「一盌からピースフルネスを」を掲げる千玄室大宗匠は茶を通じた世界平和の実現を祈念した。 茶人・千利休に端を発し、日本の「茶の湯」三千家の一つである茶道裏千家は、現在35カ国107カ所に支部を設ける茶道諸流派中最大の 流派。中南米諸国においては、1954年にサンパウロ市創立400周年記念でイビラプエラ公園を造った際、同園内に建設された日本館の開館式に大宗匠が当 時若宗匠として訪れ、茶を点(た)てたことをきっかけにブラジル協会を設立。続いてアルゼンチン、ペルー、メキシコも訪問して協会を設立した。 それから60年を経た今年、大宗匠は45年ぶり3回目の来伯を果たし、同園内で8月29日午後1時から中南米大会に先立ち行われた「開拓先亡者慰霊碑献茶式」「日本館60周年記念月間開会式」に出席した。 慰霊碑に献茶・献花した大宗匠は、「本当に感無量であります」とあいさつし、同碑を管理する県連の本橋幹久会長から謝辞が述べられた。 日本館へ場所を移した一行は、初めに館内外を回覧。大宗匠は、「思い出すなあ」と口にしながら過去の訪問を懐かしんだ。 式典のあいさつで木多喜八郎文協会長は、同館に長年携わってきた人々への感謝を述べ、「日本館を末永くご利用していただき、日本古来の姿・伝統文化などを通してブラジルと日本の懸け橋となることを願ってやみません」と将来への希望を語った。 大宗匠は、60周年を迎えた喜びを語り、「もういっぺん長生きして、この日本館で皆様方に一服のお茶を差し上げ、日本とブラジルの文化交流に大きな思いを残したい」と笑顔で話すと、会場からは温かい拍手が送られた。 中南米大会は同日午後6時から聖市ブルックリン区グランド・ハイアットホテルで行われた「千玄室大宗匠主催晩餐会」に始まり、大宗匠は各テーブルを回って写真を撮るなど親交を温めた。 翌30日午前10時から茶道裏千家淡交会による「日伯友好・平和祈念献茶式並びに和合の茶会」が聖市モルンビー区のバンデランテス宮殿(聖州政庁)で開催 された。来賓には梅田邦夫在伯日本国大使館特命全権大使、福嶌教輝在聖総領事、羽藤ジョージ聖州議、野村アウレリオ聖市議、日系3団体会長、伯、亜、メキ シコ、ペルーの同淡交会代表らが出席した。...
沖縄県人会ビラ・カロン支部(翁長清支部長)は「第12回おきなわ祭り」を6日午前11時~午後9時、7日午前11時~午後8時にサンパウロ(聖)市ビラ・カロン区の同支部会館そばの広場(Praca Haroldo Daltro s/n)で開催する。 同祭は例年2万人以上が来場する聖市東部の恒例イベント。今年は飲食店とバザリスタそれぞれ50店、計100店以上が出店し、ヤギ汁、沖縄そば、サーターアンダギ―などの沖縄料理や、衣類雑貨、CDまで多種多様な商品が並ぶ。 ステージでは琉球太鼓、三味線、空手、ダンス、歌や踊りなどさまざまな沖縄芸能が2日間で約60演目が披露されるほか、電化製品、化粧品、食品等が当たる抽選も計10回行われる。 さらに、沖縄に留学経験のある若者が空手、茶道、仏壇、琴などの歴史や成り立ちを説明するブースや、生け花、漫画、日本語などを教えるワークショップも開催する。 案内に来社した多和田セルジオ同祭実行委員長、照屋武吉、上原テーリオ両副支部長は、「初めは小規模だった祭りも今では大勢の人に来ていただけるようになりました。今年も大勢のご来場をお待ちしております」と呼び掛けた。 入場無料だが、保存食品1キロ分の持参が必要。集まった食品の半分は日系団体の施設に、残りの半分はブラジルの施設に寄付される。 問い合わせは同支部(電話11・2296・1120)まで。同祭ウェブサイト=(www.oki nawafestival.com.br) 2014年9月4日付
安倍首相来伯で日系への強い思い 日本の魅力を世界に発信するための拠点となる「ジャパンハウス」をサンパウロ市でも創設する構想があることが1日、日本から来伯していた新居(あらい)雄介外務省大臣官房広報文化外交戦略課長の発表で明らかになった。これは8月初旬に来伯した安倍晋三首相の強い要望によるもので、日本人・日系人のみならずブラジル人に対しても広く日本文化を発信し、サンパウロをはじめとする中南米での「親日派の育成」を行っていくというもの。「ジャパンハウス」はとりあえず世界6カ国で進めていき、具体的な内容についてはこれから進められる予定だが、日本側では来年の日伯修好120周年に合わせて早期に実現させたい考えだ。 ジャパンハウスは海外の主要都市で日本の情報や広報戦略の拠点となる施設で、日本の外務省がこのほど安倍首相の意向などを受けて対外発信予算として500億円を計上。各国でのジャパンハウス創設費及びその他の国での建設の調査費なども含めて52億円の予算が申請されている。 現在、ロンドン(イギリス)、ロサンゼルス(米国)、サンパウロの3都市で同時並行して構想が進められており、ジャカルタ(インドネシア)、香港(中国)、イスタンブール(トルコ)でも下準備が行われているという。 1日午前9時から在サンパウロ総領事館(福嶌教輝総領事)で邦字紙に対して行われた記者会見で新居氏は、「8月にサンパウロを訪問した安倍首相が ブラジルの日系人の方々に強い思いを持ち、ジャパンハウスを世界主要都市6カ所のうちの一つとしてサンパウロで最初にやりたいとの思いがある」と首相から の指示を伝え、早期開設の必要性を強調した。 現在財務省に予算申請を行っている段階で、場所や建物など具体的内容については今後となるが、「人通りの多い場所で、観光客だけでなくサンパウロに住む人々が出入りしやすい所」(新居課長)で物件を賃借することを目指しているという。 現存する国際交流基金サンパウロ事務所との住み分けについて新居課長は、「今後相談する必要があるが、基金にも入ってもらう形を考えている」とし、「日本文化だけでなく、食や観光など総合的な情報発信をジャパンハウスからできれば」と話した。 また、ジャパンハウスは外務省のみならず経済産業省、文化庁など各省庁及び関連機関や今後の民間との連携も含めた「オールジャパン」の体制で取り組んでいくという。さらに、日本からの一方的な情報発信ではなく、ブラジル日系団体との協力での相乗効果も期待している。 来年の日伯修好120周年とジャパンハウスの関連性について新居課長は「ジャパンハウスは、『サンパウロを含めるべき』という安倍首相の強い思いがで進め ているが、結果として来年の日伯修好120周年のタイミングで出来上がればとの思いもあり、そのためにも何とか加速させていきたい」とし、「(ジャパンハ ウスは)日本政府だけではどうにもならない。日系社会、ブラジル社会の協力を得て、ブラジル全土や中南米に発信できれば」と思いを語った。 2014年9月3日付