06/03/2026

Dia: 1 de setembro de 2014

ニッケイ新聞 2014年8月29日 集中豪雨で20日に発生した大規模土砂災害で死者・行方不明者約90人という甚大な被害が及んでいる広島市に対し、コロニアから義捐金を送ろうと、ブラジル広島県人会が中心になり義捐金キャンペーンを始めた。日系社会を代表するブラジル都道府県人会連合会、ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、日伯文化連盟が協力する。広島県人会の大西博巳会長、石井公男、小田繁雄両理事、県連の本橋幹久会長が来社し、「NHK、ブラジルの報道の通り広島の状況は刻々とひどくなっている。あらゆる形での支援が必要だが、遠く離れた我々にできることは義捐金を送ることでは。母県、祖国への思いを届けてほしい」と多くの協力を呼びかけている。義捐金用の口座は現在開設中。詳しくは広島県人会(11・3207・5476)まで。
ニッケイ新聞 2014年8月29日 姉妹都市45周年の機会に大阪市の田中正剛副市長、床田正勝市会議長を始めとする代表団15人が来伯した機会に、大阪サンパウロ姉妹都市協会(吉川秀隆会長)は26日、同45周年記念レセプションを聖市南部の「ビュッフェ・コロニアル」で開いた。聖市側からはジョゼス・ポリシネット市会議員、福嶌教輝在聖総領事、日系団体や企業の代表者ら約40人が出席し両市の友好を祝った。 24日に来聖した一行は翌25日に聖市副市長、環境局、都市計画局と治安問題などを意見交換した。その後、市役所内でセミナーを開催し、特区制度を活用した大阪市の経済戦略、都市再生に向けた取組み、環境先進都市としての取組み等煮について発表を行なった。26日夜の記念レセプションでは、吉川会長(タカラベルモント社代表取締役会長兼社長)が「祖父も父も姉妹都市協会の会長を務めた。これからも会員一丸となって両市の交流に貢献していきたい」と意気込みを語り、田中副市長も「行政はもちろん、市民レベルでの交流を進めていきたい」と挨拶した。福嶌総領事は「聖市と大阪市には多くの共通点がある。先日の安倍晋三首相来伯で日伯関係はより近いものになったが、文化、経済など両市の益々の交流を願っています」と話し、ジョゼス市議は「大阪を発展させたのは自由な民間の力。聖市では官民相反する状態が続いている。見習わなければならない」と語った。同日午前8時から聖市内ホテルで大阪市代表団による記者会見が行われ、床田市会議長は「こちらの市民のバイタリティの強さは大阪と共通するものがあるが、街全体から発せられる発展への貪欲な思いは見習わなければならない」と感想を語った。福田賢治市議は「日系人の方々に大阪に来ていただきたい。そのためにもビザの緩和が必要。行政として声を上げていきたい」と話した。6年振り2度目の来伯となる北野妙子市議は、「物価は上昇しているが活気が溢れている」と語り、北山良三市議は「市役所や家々の防犯対策の厳しさに聖市の実情を感じる」と話した。大阪市の代表団は27日深夜に帰路についた。
ニッケイ新聞 2014年8月29日 国際交流基金サンパウロ日本文化センター(深沢陽所長)が「国立劇場おきなわ」と共催し、20日に聖市ガゼッタ劇場で男性舞踊家11人を招いて公演『琉球の新風(みーかじ)』を行なった。会場は660人の来場で満席に。大半は沖縄県系とみられ、約2時間の故郷の本格芸能に酔いしれた。国立劇場おきなわは、2004年に組踊や琉球舞踊、音楽など芸能の継承を目的に創立。琉球王国時代に中国の使者をもてなすために生まれた「組踊」は、ユネスコ世界無形文化財リストにも登録されている。祝宴の座開きでおなじみの「かぎやで風」で幕開けすると、荘厳な雰囲気の組踊「忠臣身替の巻」や「部の舞」、軽快な踊りが特徴的な「谷茶前(たんちゃめー)」「加那よー天川(かなよーあまかわ)」、民衆の生活を表現した「島唄」など全11種目が2時間に渡って行なわれ、客席からは盛んに歓声や口笛が飛んだ。酒好きな二人の従者が主人の不在を見計らって盗み酒をする喜劇「棒縛」は全てうちなー口で行なわれたが、会場からは終始大爆笑が起きていた。呉屋ハツエさん(61)は、「沖縄の言葉は少ししかわからないけど、とっても良かった」と笑顔を見せた。県系人の親族がいるという前田睦子(75、二世)、国吉康子さん(73、同)姉妹は最前列で迫力の公演を楽しみ、「うちなー口は知らないけど、勘で大体のストーリーはわかった。踊りも歌もすごく良い」と満足げに語った。最後は鳩間島の美しさを歌った民謡「鳩間節」にあわせ、踊り手が舞台から降りて会場を練り歩いた。観客は更に沸きたち、手拍子したりカメラを手に踊り手を囲んだりと楽しんだ。公演後、構成演出を行なった2代目芸術監督の嘉数道彦さん(34、那覇市)は、「沖縄でも、うちなー口はほとんど通じないのが現状。ブラジルでの反応は沖縄以上にすばらしかった」と2度目の来伯の感想を述べた。また、公演に先立ち県人会で行なった交流を振り返り、「地元にいる人間にとっては、南米の皆さんの故郷への強い思いが刺激になる。温かい沖縄の気持ちを大切にしているのが伝わり、芸能以上に精神的に学ぶことが多い」と話した。一行は、22日にリオで公演を行い、その後沖縄移民入植60周年を迎えたボリビアでも初公演を行なった。
ニッケイ新聞 2014年8月28日 今年で創立60周年を迎えた青森県人会(玉城道子会長、会員数約300人)が24日、栃木県人会館で記念式典を開催した。在聖総領事館の佐野浩明首席領事に加え、本橋幹久県連会長ら多数の日系団体代表者、母県から訪れた佐々木郁夫副知事、阿部広悦県議会議長、かねさ株式会社、東奥日報旅行センターの職員など28人の慶祝団を迎え、約250人が節目を祝った。式典後は技術研修生らを招いた交流会が持たれ、制度の意義が再確認された。中田みちよ第二副会長を編集長に記念誌も制作中で、年内刊行を予定している。 青森県民の移住は、日伯修好通商航海条約の締結から2年後の1897年に始まり、約1500人弱が渡伯したといわれる。戦後、母県からの要請を受け、54年10月に39人の有志が集まって県人会が結成された。名和渋川幸子第一副会長の開会の辞、両国歌斉唱と先没者への黙祷に続き、玉城会長が「皆さんの支援と助けでここまで歩んでくることができた」と挨拶した。佐々木副知事は「県では今、世界が認める青森ブランドの確立を目指しているので、60周年を機に県人会との友好を一層深めたい」、阿部県議会議長は「皆さんのご功績は県民にとっても誇り」と祝辞を述べた。続いて80歳以上の高齢者78人に表彰状が贈られ、森村吉蔵さんが代表して受け取った。記念品等の交換も行なわれた。技術研修生代表として、2010年に八戸工業大学で研修した渋川ラファエル君が壇上に立ち、時折涙ぐみながら日本語で研修への感謝を述べた。同制度は1974年に開始し、伯国からは175人が利用した。青森県国際交流協会の塩越隆雄会長によれば、「県費留学制度は廃止されたが、民間が協力的なので研修制度自体はこれからも続く」と継続への見通しは明るい様子だ。県民の歌「青い森のメッセージ」を全員で斉唱して閉会し、祝賀会になった。佐々木副知事は黒田節を、阿部議長はネクタイを頭に巻いて詩吟を披露し、会場を沸かせた。青森銀行県庁支店長の谷津大輔さん(50、青森)は、「ブラジルに来るのは初めてだが、母県と交流したいという皆さんの強い気持ちを感じる」と話した。会員の高坂光丸さん(77、青森市)は、「何か行事がある時は必ず来る。あと40年生きて、県人会百周年にも参加したい」と快活な笑顔を見せた。