06/03/2026

Dia: 13 de novembro de 2014

ニッケイ新聞 2014年11月11日 ブラジル長野県人会(高田アルマンド会長)が9日、創立55周年式典を聖市の愛知県人会館で行なった。阿部守一知事、風間辰一県議会議長ら9人の慶祝団を迎え、約350人が節目を祝った。「日本的教育を受け自分は一世」と自負する高田会長は、「今後も先人たちの熱い気持ちを引き継ぎたい」と思いを新たにし、初来伯した阿部知事も「青年交流で新たな友好関係を築きたい」と意欲を見せた。 開会あいさつに立った高田会長は、「移民の貢献は日本子孫として誇り。その尽力があったから日本の素晴らしい文化を学び、教育を受けることが出来た。私も1981年に研修生として訪日し母県に恩を感じている」と感謝した。初来伯の阿部知事は「県人の取りまとめ役として活動し、会が発展したことは県にとっても誇り。故郷を愛する気持ちの賜物だ」と称え、風間議長は「式典を契機に友好にさらなるご尽力を願う。今日はふるさとを共に語らいましょう」と呼びかけた。在聖総領事館の福嶌教輝総領事、安部順二連邦下議らも登壇し祝福の言葉を送った。日系3団体を代表して県連の本橋幹久会長は、「県人移住者は5700人。現在、県人子孫は3万5千人から4万人、県費留学・研修制度(現在は研修のみ)で230人以上を送り出した。47都道府県の中でも上位3県に入る立派な財産」と挨拶した。6人の功労者が表彰され、約30年前にリオ支部を設立した鹿田明義さんが「今リオに支部があるのは長野と青森だけ」と誇った。200人を数えた80歳以上の高齢者表彰では、顧問の矢崎逸郎さんが代表して「長野は日本一の長寿国で、在伯県人にも通ずるものがある。今後も青年たちの背中を押し、共に発展しましょう」と述べた。2011年度研修生の赤羽カロリーネさん(28、三世)も登壇し「楽しく貴重な経験できた。帰国後も活かすことが出来ている」と謝辞を述べた。相互に記念品を交換し午餐会へ。アトラクションでは日本舞踊やカラオケ、郷土の盆踊り「松本ぼんぼん」で会場全体を巻き込む盛り上がりを見せた。式典を終えた阿部知事は「昨日の意見交換会、今日の式典で、母県への熱い思いを感じた。我々も応援しないといけない」と支援を約束した。長野県では現在、県立大学設立を準備しており、「県立大学を通じ日伯の青年交流を活発にしたい。そうした活動に向け交流の下地を築いていきたい」と語った。長野県人会は1933年に宮坂国人、矢崎節夫、野村忠三郎氏ら18人が集まった「信友会」が前身。その後59年11月15日に創立総会が開かれ、現在は全伯に16支部が存在する。県人と縁が深いアリアンサ移住地からも、翌日に入植90周年式典を控える中、第一ア文協の望月友三会長はじめ17人が訪れた。
今も変わらない人とのつながり サンパウロ(聖)州ミランドポリス市の第1アリアンサ文化体育協会(望月友三会長)は、10日午後1時から「第1アリアンサ入植90周年式典」を同文化会館で開催した。同地開拓の中心となった長野県からは知事代理の土屋孝夫県民文化部国際課国際化推進係担当係長が、日本力行会からは尾山清二理事が駆けつけ、計約200人が節目の年を祝いに集まった。 第1アリアンサ地区は1924年に長野県の信濃海外協会の援助の下、日本力行会の永田稠会長ほか、北原地価造氏、輪湖俊午郎氏らが中心となり、原生林を切り拓いて造った移住地。同地入植者は教育程度が高く文化的に耽溺(たんでき)した人々が多かったため、「銀ブラ移民」などと揶揄(やゆ)された。 晴天に恵まれた当日の式典には、土屋係長、尾山理事をはじめ、福嶌教輝在聖総領事館総領事、ミランドポリス市長代理の関谷ロベルト市議、ブラジル長野県人会会長代理の佐藤満氏らが出席した。 はじめに記念ミサを下桑谷浩牧師が執り行い、日伯両国歌斉唱に続いて望月会長があいさつ。永田稠氏らアリアンサ移住地の開拓者の名を挙げ、「現代 の住み良い素晴らしいアリアンサを見ると、日本人の理想郷を作るという先人たちの夢は実現できたと思う」と先人の苦労を偲んだ。 また、「野球や音楽、演劇などの文化活動にも力を入れ、知識人が集まる移住地と言われたその精神は現在まで引き継がれている」といい、「少子高齢化で日本 人も減る一方。しかし、残った我々はいつも夢を持ち続け、アリアンサの発展のために日々新たな心を持っていこうではありませんか」と語りかけ、大きな拍手 を浴びていた。 土屋係長は阿部守一知事のメッセージを代読。「長野県人としての誇りや故郷をこよなく愛する気持ちを大切にし、活発に活動を続けて大きく発展して来られた皆様に長野県民を代表して深く敬意を表する」と伝えた。 また、小泉知定日本力行会理事長のメッセージを尾山理事が代読し、「人材育成、人類共生をスローガンとした力行精神は、ここ(アリアンサ)において実践され、ブラジルにおいても高く評価されていることは我々力行人の誇り」と述べた。 白石一資ノロエステ日伯連合会会長もあいさつに立ち、「これだけ多くの人が来ており、どれだけ大切にされているか分かる立派な植民地。日伯外交関係樹立200周年を目標に、移住地を大切に5世、6世にも末永く続いてほしい」との希望を述べた。 福嶌総領事は、第1アリアンサの弓場農場を拠点にバレエ指導などで活躍する小原明子さんや、7日に山本喜誉司賞を受賞した第3アリアンサの島崎清さんなどに触れながら、活躍する日系社会の人々を称賛した。 来賓祝辞後は、記念品交換、第1アリアンサ高齢者表彰(75歳以上の51人)が行われたほか、9日の長野県人会創立55周年式典で「在伯長野県人高齢者表彰(80歳以上)」を受賞したアリアンサ在住の21人が土屋係長によって直接名前を呼ばれて表彰された。 その後は記念撮影、第1アリアンサ日本語学校の生徒による学芸発表、記念ケーキカット、乾杯が行われ、一同は牛の丸焼きなど豪勢な食事を楽しみながら、にぎやかなひと時を過ごした。 同地最高齢で高齢者代表あいさつにも立った新津英三さん(99、長野)は、「何となく90周年を迎えました。趣味の俳句はアリアンサからブラジルに広がったもの。そういった文化を無くしたらあかん。後世の人も大切にしてくれたらうれしい」と笑顔で本紙の取材に答えた。 同地で生まれ、84年間アリアンサを見続けてきた竹原幸雄さん(84、2世)は、「たくさんの思い出があるが、アリアンサでの人とのつながりは今も昔も変わらない良さがある。100周年に向けて車の免許も更新しました」と元気に答え、今後の発展を願っていた。...
第1アリアンサ入植90周年式典終了後は同じ管内の弓場農場に会場を移し、10日午後6時から同農場伝統のバレエの鑑賞会を開催。約60人が観に訪れた。 弓場農場でバレエが始まったのは1961年。舞踊家の小原明子さん夫妻が農場に加入したのを機にテアトロ・ユバを建設し、以来、日常生活で取り組むようになった。 観賞会では小原さんら約30人の踊り手が登壇し、バレエ団立ち上げ初期から続く代表作『輝かしき開拓者』や、天と大地の間に日が昇り沈んでいく日々を表現した『ライジング』など計7演目を披露した。 公演を終えて小原さんは、「農業とアートには『何もないところから生み出していく』という通ずるものがある。クリエイト(創造)する気持ちを忘れてはいけない」と文化活動の意義を強調していた。 現在、同農場に宿泊中の鍛代良さん(30、神奈川)は、「独特の小さなコミュニティーの中で農業をやりながら、これだけ多くのダンスを覚えてできることに単純に驚いた」と率直な感想を語り、他の旅行者も「今まで見たことのない独特さ」「派手ではないけど残るものがあった」と感激した様子だった。 2014年11月13日付
大阪なにわ会(下平尾哲男会長)主催の毎年恒例竹の子狩りが16日、イタペセリカ・ダ・セーラの下平尾会長のシチオで行われる。 当時は午前9時にサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の同会館(Av.Prof. Noe Azevedo, 1581)を出発し、午後5時ごろ戻る予定。 バス代1人20レアル。昼食は1品持ち寄り。飲み物は会で負担する。 毎年10月に行っているが、今年は雨が少なかったためこの時期にずれ込んだという。 2014年11月12日付
長野県人会55周年式典で功労者表彰を受けた鹿田明義さん(78)は、同会リオ支部長を務めて20年。リオ州日伯文化体育連盟理事長で、2008年の移民100周年では同地の実行委員長としても尽力した。 30年ほど前までは「あまり長野を気にしなかった」という鹿田さん。その後リオを訪れた県人会長の勧めで同地在住県人に声をかけると15人が集まった。サンパウロと比べて日系人が少ないリオで県人が多くいることを知り、「長野に誇りを持った」と振り返る。 現在でもリオに支部のある県人会は長野と青森くらいという。鹿田さんは母県の研修制度について、「若い人を迎えていただくのは良いこと。これからも互いに、県からも来てもらい、青年交流をしてもらったらいいのではないか」と話していた。 同じく功労者表彰を受けた本藤利さん(82)はサンベルナルド・ド・カンポ支部長を引き受けて30年。現在は2世中心で15人ほどだが、「昔は30人ぐらいいて、1世は熱心でしたね」と思い出す。ゲートボール連合会長のかたわら、県人会役員やゲートボール部長などを歴任。数年前に体調を崩して辞意を伝えたが、「他に続ける人がいなくて」と苦笑する。 初めて2世が中心になった今回の式典。大げさでなく、こじんまりと充実した式典にしたいと希望していたという。「よくできたと思います」と本藤さん。「以前は少ししかいなかったけど、会長が2世になってから入ってきた。1世は相談役に。これからよくなると思うよ」 高齢者代表で謝辞を述べた矢崎逸郎さん(86)は会創立40周年時の会長。世代交代して2年目だが、「これからですね」と話す。「日本とのコンタクトも少ないし、色々な面でもう少し融和のあるつながりを持たないと」。自身が会長の当時、600家族の会員の中で高齢者は100人ほどだったが、400家族に会員が減った現在、高齢者は200人。「高齢者であることに甘えることなく、これからも若い人の先に立って手伝いをしたいですね」と穏やかな表情を浮かべた。 今回初めてブラジルを訪れた阿部守一知事は「日系の方とお話をして、故郷長野、日本への熱い思いを強く感じました」と振り返る。3日ほどの短い滞在だったが、「日本の昔からの良さは、日系社会の方が引き継がれているのでは」とも感じたという。取材に対し、青年交流の拡大に意欲を見せるとともに、同県に開設予定の県立大学とブラジルの大学との交流についても期待を表した。 2014年11月11日付
「日本人の子孫であること誇り」 在伯長野県人会(高田アルマンド隆男会長)創立55周記念式典が9日、サンパウロ(聖)市内の愛知県人会館で開催された。母県から阿部守一知事、風間辰一県議会議長、羽田健一郎町村会副会長など9人の慶祝訪問団が来伯し、国内各地から訪れた250人あまりの会員らとともに節目の年を祝った。 長野県人のブラジル移住は第1回移民船笠戸丸から。県人会の前身は、1930年代に始まった在伯県人の集まり「信友会」で、親睦とともに島崎藤村等ブラジルを訪れる県人の歓迎会なども催した。戦後の59年11月に在伯長野県人会として正式に設立。南米銀行創立者の宮坂国人氏が初代会長を務めた。高田現会長は13代目で、現在の会員は約400家族。 式典には母県慶祝団ほか、福嶌教輝在聖総領事、文協、援協、県連の3団体代表、安部順二連邦下議、アルゼンチン県人会代表らが来賓として出席。冒頭、先亡者と9月に起きた御嶽山噴火の犠牲者に黙とうを捧げた後、日伯両国国歌と県歌「信濃の国」を斉唱。高田会長はあいさつで、歴代会長や役員、会員の苦労の上に現在の県人会があると述べ、敬意と感謝の気持ちを伝えた。 2世初の会長である高田氏は、81年に県費研修員として母県の病院で学んだ体験を振り返りながら、「皆様のお陰で日本の素晴らしい文化、教育を学 ぶことができた」と感謝。「今日系人はブラジル社会のあらゆる分野で活躍している。日本人の子孫として誇りに思う」と述べ、記念式典の日を迎えたことを喜 んだ。 阿部知事は会発展を支えた先人の尽力を「故郷長野と日本をこよなく愛する気持ちの賜物」と敬意を表し、県人・子弟の活躍が「日伯両国の絆を強固にする役割を果たしてきた」と称賛。併せて県人移住者を受け入れたブラジル国への感謝の思いを述べた。 9月の御嶽山噴火後の現状についても報告し、安全対策への決意とともに、観光での来県も呼び掛け。今後はスポーツや経済面でブラジルとの交流を促進したい との意向を示し、県人会の協力を要望。「県人としての誇りを胸に今後もブラジルの発展と日伯友好親善に一層貢献してほしい」と言葉を送った。 風間議長は「今日の式典を契機に、県人としての誇りと日伯友好親善が後世に引き継がれ、大きくなるよう引き続き尽力をお願いしたい」とあいさつ。羽田町村 会副会長(長和町長)は県内農山村の自然・文化の豊かさを「皆様が思い浮かべる故郷の原風景」と表現。「今後も県人としてつながりを持ってもらいたい」と 述べた。 ブラジル側からは、福嶌総領事、安部下議、本橋幹久県連会長が祝辞を述べた。安部下議は「辛抱する」「国のため になる」「約束を守る」「努力する」など、自身が祖父母・両親から与えられた教育を例に、「日系団体の皆様も、親に頑張ってもらい教育をもらった。素晴ら しい教えをいただいたお陰で、どこでも素晴らしい仕事をしている。世代が代わっても日系の皆さんに伝えてほしい」とあいさつ。さらなる友好交流促進を願っ た。本橋会長は、同県が半世紀の間に県費留学・技術研修員230人以上を受け入れていることに触れ、県と県人会を結ぶ人材育成の取組を称賛した。...
ニッケイ新聞 2014年11月8日 本紙提携紙の信濃毎日新聞社から県政担当記者、島田誠さん(40、長野)が、長野県人会創立55周年式典(9日、愛知県人会館)に合わせて来伯した。同紙は5年ごとの創立式典の節目に記者を派遣するなど、当地の県人会活動を母県で発信している。50周年時は、同県人会が記念事業として発刊した自分史集の紹介記事も出した。初来伯した島田さんは「取材を通じて県人会との関係性を深めたい」とし、同会に関しては「一世が高齢化して初の二世会長も誕生するなど世代交代が進み、活動が過渡期にあるのでは。二世中心の県人会やコロニア全体が今後どう変化するのか。また母県との繋がりがどうなっていくのかを見たい」などの関心点をのべた。5日から10日まで滞在し、離伯後は米ミズーリ州へ。州県姉妹提携の50周年を翌年に控え、表敬訪問する知事らに同行し15日に帰国する。
海外日本語メディアに協力姿勢 【東京支社=瀬頭明男】海外日系放送協会(高木ラウル会長)の総会が10月25日、東京・内幸町のプレスセンタービル会議室で行われ、事業報告、予算決算などがすべて了承された。総会を前に24日、出席した各社の代表者は首相官邸に世耕弘成内閣官房副長官、内閣府に平将明内閣府副大臣を表敬訪問した。世耕副長官は席上、安倍総理の意向もあり、今後日系社会と密接な交流を重ね、手厚く支援していくと述べた。平副大臣も、所管のクールジャパンを実施する上で、日系社会への協力を要望した。 世耕副長官は、「先の中南米訪問で安倍総理は、各国首脳との会談において各首脳から、日系人の在住国への貢献、国民から尊敬されていると指摘されて感動。日系社会との密接な交流の必要性を痛感されている」と述べ、今まで日系社会を放置していたことへの反省の言葉を語った。「これまでは外務省に任せきりだったが、これからは違う。サンパウロで行われている日本祭りにも、関係省庁が力を合わせ、手厚い支援をしていく」とも述べた。 同副長官は、「海外広報の面で日本は、中国、韓国に大きな後れを取っている。各首脳からは、中南米にはこれだけ優秀な日系人がいる。このネットワークを活用したら中国、韓国には負けないのではないか、との指摘も受けた。各国の日本語新聞にも目を向け、広報をしっかりやっていきたい」と、海外で活動する日本語メディアにも配慮、協力していく姿勢を見せた。 平副大臣は「日本に観光客を呼び寄せるためには日本の良さを大いに海外へ伝えていく必要がある。日系人は日本の良さを体験し、その魅力を熟知している人が多い。こうした日系社会に目を向け、クールジャパンの成果につなげたい」と語った。 世耕副長官が言及した日本祭りへの支援については、在伯都道府県人会連合会からの要望もあり、それに添って準備が進められている。構想としては会場内に日本政府のブースを設け、関係省庁がそのブースで展示や商品陳列などを行うことになるようだ。細かなことはまだ発表の段階ではないという。 2014年11月8日付
栗崎会長「伯国の行事で披露したい」 【一部既報、福岡支局・植木修平】ブラジル長崎県人会(栗崎邦彦会長)は10月11日、長崎市内の長崎女子高校(小野良介校長)を訪問し、同校の龍踊(じゃおどり)部から龍踊りの指南を受けた。県人会は前日に創立50周年を記念して長崎市から龍体の寄贈をされており、帰国後はブラジルで長崎の伝統芸能を継承することを目指している。そのため、一から龍踊りを学ぶために日本で唯一の龍踊部を持つ同校の門をたたいたというわけだ。 龍踊りとは元々、五穀豊穣を願う中国の神事に始まったもので、雷雨を呼ぶと信じられている龍を巧みに舞わせる踊りだ。これが中国からの渡来人が多かった長崎にも伝わり、唐人屋敷に住む唐人から手ほどきを受けた日本人によって独自の発展を遂げ、300年以上の歴史を持つ。 通常、龍踊りは龍が追う玉を持つ「玉使い」1人と龍体を操る「龍衆(じゃしゅう)」が10人。それに銅鑼(どら)やラッパなどを奏でる楽隊十数人 で構成されている。今回県人会員に指南した長崎女子高の龍踊部は史上初めて女性のみで「龍踊り」行う唯一の団体で、部員数は73人。県内外の催しで頻繁に 龍踊りを披露している。 同県人会ではかねて母県の伝統芸能を青年部を中心とした若者に担わせ、ブラジルで継承することで、日本文化をより発信できないかと考えていた。そのため今回、長崎市からの龍体寄贈を千載一遇のチャンスと捕らえていた。 しかし、今回の母県訪問に参加したのは多くが退職した人ばかり。会員16人のうち60歳代以上がほとんどを占めたため、見るのがやっとの状態。 何と言っても龍の総重量は100キロ超。一人当たりが支える重量は約10キロになる。女子高生がまるで生きているかのように龍を舞わせるのに対し、県人会 員らは連続して何度も左右に大きく振る動きについていけず、「腰が痛いよ」「これは踊りではなくスポーツだ」と尻込んだ。どうやらブラジルでの主役は青年 部になりそうだ。 栗崎会長(67)は「見るのと、するのは違う。本当に難しい。でも撮影したので、練習してブラジルの行事などで披露したい」と話した。 2014年11月7日付
ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)主催の第10回日伯友情交流絵画展が5日~14日、サンパウロ市ベラ・ビスタ区の在サンパウロ日本国総領事館3階多目的ホール(Av. Paulista, 854)で開催されている。 4日午後5時半から同所で開会式が行われ、日伯の画家や関係者など約80人が出席した。 開会式では最初に山田会長があいさつ。「10年前に絵画展を始めた時はこんなに長く続くことはないと言われていた」と振り返り、開催に協力した在サンパウロ総領事館の福嶌教輝総領事と歴代総領事及び日伯の画家たちに感謝の意を表した。また「国籍、民族、言語、価値観の違う日伯の人々が自由に発想し描いてもらっているこの展覧会で、皆様に遠慮なく批評していただきたい」と述べ、期間中の来場を呼び掛けた。 引き続き、福嶌総領事が祝辞を述べ、「絵画展を10回も続けているのはとても重要なこと。来年の日伯修好120周年の交流事業でも多くのイベントの一つとして開催していただきたい」と激励した。 画家を代表して小田エルザさんが謝辞を述べ、ブラジル日本文化福祉協会の木多喜八郎会長の祝辞の後、山田会長、福嶌総領事、小田さん、木多文協会長の4人でオープニングのテープカットを行った。 第1回目から毎年出展している西尾勝典さん(70、福岡)は、工業移住者としてカネボウでデイザイン関係の仕事に携わっていたとし、日本から含めると絵画 歴は約60年になるという。同展の魅力について「ほかの絵画展ではテーマや絵の大きさを指定されるが、ここでは自由に描ける」と話していた。 今回で6回目の出展となった深川京子さん(65、富山)は50年ぶりに日本製の「ぺんてる」社の絵の具を使用して縦横の枠の中に色とりどりの水玉模様を作 品として描いた。「日本の幼いころの郷愁があり、浮き上がる水玉の中に野原、蝶々やシャボン玉などをイメージして楽しみながら描きました」と笑顔を見せて いた。 同展の開場時間は午前10時~午後5時。土曜(8日)、日曜(9日)は休館。入場無料。 2014年11月7日付