06/03/2026

Ano: 2014

ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)は、9月25日午後4時から定例代表者会議をサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル5階の県連事務所で開催した。 体調不良のため数カ月欠席していた南アゴスチーニョ俊男会計(福岡県人会長)が復帰して行われた7月、8月度会計の報告では、今年7月に行われた「第17回日本祭り」の収支が約10万レアルの黒字になったことが伝えられた。 山田康夫同祭実行委員長はその要因について、「今回初めてICMSという州の税制度に登録して免税措置が行われたことなどによる」と説明し、これで同祭に関する会計報告がほぼ終了したことが伝えられた。 次に本橋会長から、「第17回の会計も締まり、新たに委員会の立ち上げを決定しないといけない」と伝えられ、実行委員長に山田康夫氏(滋賀県人会長)、副実行委員長に市川利雄氏(富山県人会長)が就任することが拍手による賛同で承認された。 また本橋会長は、「ボランティアとして働くには限界がある。成功させるべき日本祭りが成功しないことのないように」と、これまで実行委員が自己負担してきた駐車場代やガソリン代、スポンサーとの食事代などの経費を県連が負担することを新たに提案し、承認された。 続投が決まった山田実行委員長は「やるしかない」と気合を見せ、パンフレットの完成に合わせ、今月から企業回りを本格的に始めるとした。 2014年10月1日付
ニッケイ新聞 2014年9月26日 愛媛県海外協会とブラジル愛媛県人会が実施する「相互研修制度」に参加した、8期生の菅真子さん(39)、中島翼さん(23)、宇都宮亨介さん(21)が、同県人会の西村定栄会長と共に研修報告に訪れた。日本、ブラジルから毎年交互に3~4人が訪問し、ホームステイ等を通し見識を深める。3人は今月1日から19日まで滞在し、聖、パラナ、ミナス・ジェライス州で農場を営む会員宅など10カ所以上で交流を行った。団長の菅さんは「何もない所から、大農場を経営するまでの移民の苦労を知って、人間の持つ潜在能力、力強さに感銘を受けた。自分は農業従事者ではないが、多くの方から生き方や考え方を学べた」と話した。中島さんは「サンパウロ市は予想以上に都会だった。路上生活者が共存する環境にも驚き」と印象を語り、日本移民に関しては「見渡す限りの大きな農場を一代で築いたことが信じられない」とその生き様に感嘆の声を上げた。「国外に住む日本人の活躍を知りたい」と参加した大学生の宇都宮さんは、「人間には大きな可能性があると感じ、自分の進路を見直そうと思った。焦って目先を見るだけでなく、数年先の将来まで見据えることが大切だと感じた」と充実の表情で振り返った。
愛媛県海外協会の派遣研修生として今月1日に来伯した3人が19日に研修を終えて帰国するにあたり、愛媛県人会の西村定栄会長と共に来社した。 同協会と同県人会は研修生の受け入れと送り出しを毎年交互に行っており、今年は愛媛県から3人の研修生が来伯。サンパウロ、ミナス・ジェライス、パラナ州など各地を訪ね、農・工・商各分野で活躍する同県出身の日系人と交流し、見聞を深めた。 以前バックパッカーとしてブラジルを訪れた経験のある菅真子さん(39、愛媛県松山市)は、「テレビや本で移民について知ってはいたが、交流を通してその苦労や考えをより深く実感できた。ブラジルと日本の政治制度の違いには驚かされた」と、旅行とは違った経験を語った。 これから就職活動を控えているという大学生の宇都宮亨介さん(21、愛媛県八幡浜市)は、「これまではすぐに結果を出すことを考え、将来への展望がなかったが、成功された方から『長い目で見てやったらいいんだ』との話を聞き、人生への焦りが消えました」と研修を振り返った。 会社員の中島翼さん(23、愛媛県松山市)は、「ブラジルと日本の金持ちの考え方や規模が違った。体一つで財産を残している方たちから学んだ活力やバイタリティーを日本で生かしたい」と今後に向け意気込んだ。 西村会長は、「日本で研修報告会があるようなので、ブラジルの良い面も悪い面も伝えてほしい。各地で活躍してもらい、県人会の発展につなげていけたら」と帰国する研修生たちに期待を込めた。 2014年9月27日付
ブラジル福島県人会の永山八郎会長は、8月26日から同29日にかけて福島県で行われた「第2回在外県人会サミット」に参加し、昨年同サミットに参加した曽我部威事務局長と共に22日、報告に来社した。 同サミットは、東日本大震災で発生した東京電力福島第一原発事故の影響により世界中で広がっている風評被害の払しょくを目的に昨年から始まり、今年は10カ国18県人会の代表者らが参加した。 サミットで代表者たちは、復興の現状を把握するため同県各地を訪問。福島市飯坂町の果樹園や、河沼郡会津坂下町の会津木綿事業、二本松市でコメの放射性物質を調べる全袋検査などを視察した。 初日と最終日には佐藤雄平福島県知事との意見交換の場が設けられ、県側からは震災後の支援に対する感謝が伝えられたほか、世界に同県の正しい情報を発信するよう代表者らへ求めた。県人会側からは同県産物の安全性をアピールし、世界各国への輸出促進のためにより一層協力すると伝えられたほか、積極的な同県内の情報開示を要望した。 サミットを振り返り永山会長は、「2年ぶりに福島県を訪れたが、目覚ましい復興が進んでいる姿に感動した。特に原発に変わる再生可能エネルギーとして太陽光発電の設備が普及していたことに驚いた」と語る。 また、「視察で食べた桃がとてもおいしかった」と安全性と農家の取り組みをアピール。「現在県内には12万人以上の避難者がいるが、それぞれ将来に向けて準備をしていた。輸入規制の解決には時間がかかると思うが、色々な角度からやっていかないと」と語り、風評被害の払しょくに向けたブラジルでの役割を語った。 2014年9月26日付
ニッケイ新聞 2014年9月25日 ブラジル沖縄県人会(田場ジョルジ会長)主催の『第27回支部対抗歌謡カラオケ大会』が21日、沖縄県人会本部で開かれた。20支部から320人が参加し、朝7時半から夜遅くまでにぎわった。カテゴリーは34に分かれ、ちびっ子たちから年配者まで老若男女が自慢の喉を披露し、会場からも惜しみない拍手が送られた。旗を振って応援していたパトリアルカ支部の島袋吉春さん(66、二世)は「毎年楽しみにしている。仲間うちで楽しむだけだと上達しないが、こういう機会だとみんな練習して頑張る」と笑顔を見せた。「瀬戸の花嫁を歌った」と照れくさそうに笑うのは、南麻州カンポグンデ支部の志良堂ニウトン会長(58、三世)。「今回もバスを仕立てて43人で来た。サンパウロでの買い物も楽しみの人も多い」と話した。実行委員長の西原正三さん(77、二世)は会場を見回し、「みんな元気に楽しんでくれている。今回は過去最高の参加者を迎え嬉しい限り。今後も続けていければ」と喜んでいた。
ニッケイ新聞 2014年9月19日 埼玉県とブラジルの交流を模索するために、埼玉県議会議員の諸井真英さん(45、埼玉)が3日に来伯した。これまで計10回以上、県議当選後の8年間だけで5回目の来伯となる。諸井さんは「埼玉県は他県と比べてあまりこちらに目を向けない県。もっとブラジルに目を向けるよう何かできないだろうかと常々考えている。まず埼玉県人会が何を求めているかを理解した上で、今後の交流の方法を模索していきたい」と意欲を見せた。同伴した同県人会の森田泰司さんは、「来年の県連日本祭りにおいて、埼玉県の支援をいただけるように取り組んでいければ」との可能性に期待を寄せた。また、諸井さんは大学生時代の91年にサッカー留学のためブラジルに渡伯、96年から2年間はサンパウロ新聞記者として経験を積んだことに触れ、来伯中の留学生について「いろんな経験をして視野を広げてほしい。外から見た日本の姿を意識できる貴重な機会、これを生涯の財産にしてほしい」と述べた。諸井さんは98年に帰国後、中川昭一国会議員秘書を経て埼玉県議会議員に当選し、現在2期目を務める。12日まで滞伯した。
埼玉県議会議員で同県議会日伯友好議員連盟の事務局長を務める諸井真英氏(自民党、45、埼玉)が3日に単独で来伯し、10日間の予定で滞在した。5日、ブラジル埼玉県人会(飯島秀昭会長)の尾崎眞司、森田泰司両副会長とあいさつに来社した。 県議に就任して2期8年目の諸井氏は大学生時代にブラジルへサッカー留学、1996年から2年間弊紙記者として働いた経歴の持ち主。2008年にはブラジル県人会50周年記念式典へ参加し、12年には同議員連盟で伯国各地を訪問するなど、伯国と深い関係を持っている。 2年振りの来伯となった今回はサンパウロとリオを訪問。東京オリンピックのサッカー会場に埼玉県のスタジアムが決定しているため、そこへ向けブラジルのサッカースタジアムなどを視察した。 また、尾崎、森田各氏らは諸井県議に対し、フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)への同県や企業の参加・支援をはじめ、04年に廃止された県費留学制度の復活やそれに代わる留学制度の新設を同県議会に提言してもらえるように要請した。 それに対し諸井県議は、「県知事は日本祭りの存在すら知らないし、伝えていかなくてはいけない。まずは来年4月の選挙に勝てるように頑張ります」と話した。 2014年9月20日付
8月26~29日にかけて愛知県弁護士会の国際委員会に所属する10人が来伯し、期間中、各日系団体を訪問した。委員はブラジル人に関連した事件や相談を日頃から多く扱っており、日系社会を知り今後の弁護士業務に活かすのが来伯の目的。29日にサンパウロ市リベルダーデ区の愛知県人会館を訪問し、応対した沢田功会長、小松清香ジェニー、林アンドレ両元会長と懇談を行った。 滞在約1時間の間に県人会の歴史について沢田会長と小松氏が、弁護士の林氏がブラジルの弁護士事情についてそれぞれ説明した。最後は一行から県人会に対して記念品が渡され、参加者全員で写真を撮り、交流を深めていた。 2014年9月20日付
将来を担う世代への贈り物 ブラジル沖縄県人会(田場ジョルジ会長)が移民100周年事業の一つとして編集を続けてきた記念誌「写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史」と、別冊「笠戸丸県人移民325名の名簿及び簡単な足跡」がこのほど完成した。5年余りの時間をかけて出版の日を迎えた同書は、第1回笠戸丸移民から現在まで、ブラジルにおける県系人社会の歴史を伝える写真1500枚を収録。日ポ両語で説明文を付け、将来の世代に残す記念誌となっている。24日の出版祝賀会に先立ち、16日、編集委員会(宮城あきら委員長)、関係者が会見した。 第1回ブラジル移民の約4割を占めた沖縄県人。現在、サンパウロ(聖)市・州内、南マット・グロッソ州カンポ・グランデをはじめ、パラナ、ブラジリアなど国内各地に暮らす県系人口は全日系人口の1割を占めると言われる。 同事業の始まりは、100周年の数年前。当時、県人会には多くの過去の写真が保管されていたが、何の説明もないものが多かった。そこで山城勇元会長が、「先輩が元気なうちにこうした写真をまとめて1冊の本に」と理事会で提案、100周年事業として動き始めた。 11人からなる編集委員会が資料収集を開始。県人会内の写真に加え、笠戸丸移民の子孫など会員家族の所蔵資料、委員が各地に足を運んで調査発掘したものなど3000枚以上の写真から整理、選考して編集された。 資金不足で出版が危ぶまれた時期もあったが、同事業の趣旨に賛同した西本エリオ聖州議の協力で州文化局が13万レアルを支援。ページ数の都合で別冊となった「笠戸丸―」は県人会・会員の協力により出版された。 「写真―」は計384ページ。農場労働から、聖州サントス・ジュキア線やノロエステ鉄道建設後のカンポ・グランデに移って集団地を形成した移民初期。球陽 協会の設立。聖州奥地、北パラナへ広がった戦前から、戦中の移民空白期、戦場となった戦後の母県救援活動とそこから生まれた現県人会・支部。県人社会を助 けたブラジル人。母県からの来訪者。移民50周年から100周年までの式典。初期移民のころから受け継がれてきた音楽・舞踊などの文化活動など、県人、県 系人1世紀の足跡を伝える写真を、日ポ両語の説明とともに掲載した。 「笠戸丸―」には、第1回県人移民325人の氏名や足跡などを再調査、記録したほか、90人の写真が掲載されている。 委員の中には完成を前に亡くなった人や、大きな病気を患った人もいた。宮城委員長は会見で、県人会や写真の提供者、支部、各編集委員など協力者へ感謝。 「(同書の中に)赤い糸のように貫かれているウチナーンチュの心を、ブラジルに生まれた新しい世代に視覚的、実感的に伝えることを目指した。この2冊は1 世から21世紀を担う若き世代への贈り物。本日発表することができてうれしく思う」と喜びを表した。 100周年祭典実行 委員長を務めた与儀昭雄元会長は、編集委員の尽力をねぎらうとともに、「写真が多くあっても、若い人には意味が分からない。箱に入れたまま忘れてしまう可 能性があった」と同事業が始まったころを回顧。「その時の約束を果たすことができ、安心し、喜んでいる」と語った。...
ニッケイ新聞 2014年9月18日  沖縄県人会(田場ジョルジ会長)が県人移民100周年記念事業として取り組んできた写真集『写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史』(全384頁フルカラー)の記者会見が16日、同会館で行われ、編集委員ら13人が喜びの報告を行った。24日午後7時には、同写真集と別冊付録『笠戸丸沖縄県人移民325名名簿及び簡単な足跡』(66頁)の出版祝賀会が同会会館行なわれる。  両書には、笠戸丸移民末裔家族からの提供写真や、編集委員が全伯各地を自費で訪ねて発見した写真など、合わせて約1500枚が掲載されている。与儀昭雄県人移民100周年祭典実行委員長は、「貴重な写真も意味が理解されなければ、処分されてしまう。多くの写真を載せることが出来て良かった」と出来栄えを喜んだ。 3500部印刷され、県人会員を初め、各支部や沖縄県庁、各市町村、海外県人移住地、人文研などの関係機関へ無料で送られる。出版費用は13万レアルかかったが、西本エリオ聖州議の働きかけにより、聖州から全額が補助された。 宮城あきら編集委員長は「カンポ・グランデやパラナなどの関係者を訪ねて集めたこれらの写真は、我々の血と汗と涙の結晶。笠戸丸移民家族から、今まで見たことなかった貴重な写真を譲り受けた時は、言葉に出来ないほど感動した。一世から21世紀を担う若い世代への贈り物です」と記念誌編纂に6年かけた熱い想いを語った。 別添付録の名簿には、笠戸丸で移民した沖縄県人325人分の生年月日や出身地、足跡が記載されている。宮城委員長は「各種名簿を再検証して正確を期した。顔写真付きで90人分を掲載したのは、かつてないこと」と自信をのぞかせた。 24日午後7時には、会員、関係者を招いての出版祝賀会が同県人会館で行われる。
ニッケイ新聞 2014年9月18日  中国地方5県による「中国ブロック敬老会」が14日午前11時から、広島文化センターで開かれた。約200人が会場ホールを埋め、歌に踊りと県を越え交流をし、楽しいひと時を過ごした。 同ブロックは、運動会、ピクニック、敬老会を合同で行なっており、敬老会は今回で10回目。今年は山口県人会が当番のため、要田武同県人会会長の開会の辞で始まり、移住先没者への黙祷を行った。 昼は、いなり寿司やおにぎりなど多数の料理に舌鼓を打ちながら親睦を深め、各県人会による演芸会を楽しんだ。 島根県人会の高橋やちえさん(97)は、ドンパン節にあわせた日本舞踊を披露、岡山県人会からはリュウ・ジャクソン君が出演して熱唱し、マイケル・ジャクソンの『smooth criminal』のダンスを披露、会場を大いに沸かせた。 また、同日、同会場体育館にてワンワン会も80歳以上の会員を祝う「傘寿祝賀会」を開催した。料理に舌鼓を打ちながら、親睦を深め合った。
ニッケイ新聞 2014年9月12日  沖縄県人会ビラ・カロン支部(上原テーリオ会長)が主催した県系最大級のイベント『第12回おきなわ祭り』が、6、7の両日午前11時から市営サッカー場(Praca Haroldo Daltro, s/ n, V. Manchester)で開催された。 両日とも天気に恵まれ、終日、千人以上の出演者が沖縄民謡や舞踊、沖縄太鼓、盆踊り、祭りダンスなど余興を披露し祭りを盛り上げたほか、約100のブースが食品や手芸品等を販売し、訪れた人々を楽しませた。聖市東部ビラ・カロンの同会館近くの会場には延べ3万人が来場した。 今年から初の試みとして、留学生・研修生OBで作る「うりずん会」が生け花、うちなー口等のワークショップおよび、三線、エイサー、紅型等、沖縄文化をテーマにした講演会も実施され、多くの人が参加し、留学生の話に耳をかたむけた。 ステージでは沖縄小林流空手が披露され、総勢100人が登場。フラビオ・ビセンテ・デ・ソウザ支部長(7段)の掛け声に合わせ、一つ一つの技やトンファーを用いた技も披露され、緊迫した演武で会場を大いに盛り上げた。 ステージ終了後、ソウザさんは「沖縄祭りで披露できてよかった。ありがとうございました」と、宮本ヤン・フィリップくん(6)は「楽しかった」とうれしそうに語り、緊張しながらも堂々と披露できたことに満足げだった。 最後は冬の夜空に大輪の花火が打ち上げられ、2日に及ぶ〃ウチナーンチュの祭典〃は幕を閉じた。
ニッケイ新聞 2014年9月12日 長野県人会北パラナ支部(木村保支部長)が7月20日、毎年恒例の親睦会をロンドリーナ市のインテグラーダ農協で開催し、会員やその家族約80人が集まった。木村会長によれば、同支部も他県人会と同様高齢者が多く、会員は年々減少、会費を払っているのは30人程度という。毎年7月に行う親睦会と、80歳以上の高齢者を祝う敬老会だけが今も続いている。今年も「皆で集まると必ず歌う」という県歌を斉唱し、シュラスコ、持ち寄った食事を食べながら親睦を深め、ビンゴなどで楽しんだ。同会長は「研修、留学制度は続いているが、若い人は年に一回の親睦会にも参加しない。日本のこと、長野のことを知ってもらい、繋がりを保ちたい。それに尽きる」と母県への想いを吐露し、「なかなか人が集まらないので新しいイベントはできないが、親睦会はできるだけ続けていきたい」と話した。
ニッケイ新聞 2014年9月11日  死者73人を出した広島の土砂災害から、10日で3週間がたつ。未だ100人余りが避難所生活を余儀なくされる厳しい状況が続いている。そんな広島市に対し、コロニアから義捐金を送ろうと、広島県人会が中心となって特別口座を開設し、ブラジル都道府県人会連合会、ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、日伯文化連盟が協力して義捐金キャンペーンを始めた。  広島県人会の大西博巳会長は、「広島ではまだひどい状況が続いている。あらゆる形での支援が必要だが、遠く離れた我々にできることは何といっても義捐金を送ること。ぜひ協力をお願いしたい。母県、祖国への思いを届けてほしい」と呼びかけている。  義捐金用の特別口座はサンタンデール銀行ガルボン・ブエノ支店(Agencia 4551 )の名義「CENTRO CULTURAL HIROSHIMA DO BRASIL」、口座番号「4551―130036673」まで。また、銀行振り込み以外にも「広島県人会に直接持ってきても構いません」と大西会長は呼びかけた。詳しくは同県人会(11・3207・5476)まで。
ニッケイ新聞 2014年9月6日 日本最大の日系ブラジル人集住地・愛知県の弁護士会国際委員会から10人が先月25日に来伯し、聖市を中心に日系団体や司法機関を訪れた。この視察結果を在日日系人への対応および、今後増えると想定される伯国進出企業の支援に活かすという。同弁護士会には会員約1700人、国際委員会には約100人が所属する。国際関係の事件や外国人事件を数多く取り扱っており、海外視察に毎年赴くという。 同委員会に所属する大嶽達哉さんが2012年にCIATE(国外就労者情報援護センター)の専務理事に就任したこともあり、初の伯国視察が実現した。同弁護士会会員には日系ブラジル人支援に熱心な人が多く、小川晶露代表によれば「我々の業界で1週間の休みを取るのは大変難しいが、10人も集まって驚いた」というほど関心が高かった。また、小川代表は「特に四世は入管法の立場が不安定なので、定住ビザが取りにくい」と指摘する。在聖総領事館に問い合わせた所、たとえ日本で生まれ育っても、成人後親の扶養を離れて無職になった場合やビザの更新が遅れた場合、刑事事件で有罪判決を受けた場合などは、強制退去の対象となる。また成人した四世が再入国許可を取らずに帰伯したり、国外滞在中に再入国許可が切れてから日本に再入国する場合、非日系伯人と同様の扱いになる。二世や三世と異なり、「四世であること」が在留資格を保証しない不安定さがある。在日日系人には「就業もしない学校も行かないという、中ぶらりんの人が何人もいる」という印象のようだ。滞在資格に問題が起きた場合、在留特別許可を申請するなど方法は限られている。弁護士に法律を変える権限はないため、「運用」で事実上、滞在させるのがやっとのようだ。08年のリーマン・ショックにより、10万人近かった日系伯人の人口は約5万人に半減したが、不就学児童や労働問題、ビザ切れ滞在などの問題が依然継続している。相談件数そのものに目立つ増減はないが、「以前に比べ、質が変わってきた印象。景気が悪くなるとレイオフされる一番のターゲットなので、特に労働問題が増えている。入管問題、離婚時の親権問題も多い」と明かした。同月26日には愛知県人会を尋ね、沢田功会長、小松ジェニ、林アンドレー両元会長の3人と1時間程度の交流を行なった。3人が県人会の成り立ちや存在意義、日系社会の現状などを説明、留学・研修制度による日伯交流の重要性などを伝えた。一行は熱心に耳を傾け、「愛知で長く働いた他県系人は会員になれるのか」「日系人は日本の風習や価値観を今ももっているのか」などと質問し、日系社会の現状に関心を寄せていた。小川代表は「ブラジル側窓口が決まれば何らかの形で交流を続けていきたい」と話した。
ニッケイ新聞 2014年9月4日 在聖総領事館で先月29日、「日ブラジル外交関係樹立120周年記念事業ブラジル実行委員会」の第1回会合が開催された。1998年にサンパウロで開催された「NHKのど自慢ブラジル大会」を来年に再度行なうなどの特別事業案も挙がってきており、皇室のご来伯も視野に入れた特別な年になりそうだ。委員長には梅田邦夫大使が選ばれ、副委員長には各地域の総領事、主だった日系団体代表が選ばれた。10月には、第2回会合が行われ、特別事業が決定する見込み。 120周年特別事業として、すでに候補に挙がっているのは「コシノ・ジュンコ氏プロデュースの花火大会」「ウジミナス製鉄所やセラード開発などの日伯協力事業の展示会」「政治経済に関する学術シンポ」「NHKのど自慢ブラジル大会」など。事業予算は明らかになっていないが、外務省内では、皇室や政府関係者の往来も可能なAランク事業に指定されている。少なくとも2、3千万円以上の予算が計上されるようだ。「皇室のご来伯を実現できれば」と梅田大使は意気込む。委員長以下の人事は、委員長代理に福嶌教輝在聖総領事、高瀬寧在リオ・デ・ジャネイロ総領事。副委員長に日系主要5団体代表、JICA、JETRO事務所長、JBIC首席駐在員、各地域の総領事、聖市以外の会議所会頭に加え、主だった地方日系団体代表だという。梅田大使は「修好100周年時は日本と聖州が主体となって運営したが、今回はW杯支援委員会の経験から、オールブラジルで取り組めるようになった」と委員の顔ぶれを喜んだ。次回会合では特別事業の決定、資金集めやロゴマークの募集、マスコットキャラクター製作など具体的な話し合いが行われる。また、日系団体が催すイベントには、120周年記念事業の表題を冠することが推奨され、委員会へ申請すれば、記念事業として認められるほか、委員会の開設するHPで日程などが告知される。梅田大使は「W杯、安倍総理来伯、五輪と日伯関係強化の潮流がある。120周年を活かして両国の友好関係を確かなものにしたい」と強調した。また、支援が期待される県連日本祭りについては、「120周年記念事業としても取り扱うが、その存続のために別枠での支援も考えている」と語った。
ニッケイ新聞 2014年9月4日 汎ロンドリーナ熊本県人会(西村鉄夫会長)が6月29日、ロンドリーナ市から百キロの高原地にあるマウア・ダ・セーラ市の上村農場を訪れる花見ピクニックを挙行した。同会会員で、マウア文協会長をつとめる上村勇之さんの農場には、2002年に敬宮愛子内親王のご誕生を祝って、中川トミさん(笠戸丸最後の移民)をはじめ、会員らで植樹した桜が植えられている。当時はわずか50センチだった苗木は、大きく成長して満開で一行を迎えた。その後、平山パウロさんと上村会長の案内で、富士山と富士五湖を模した市公園や、街路樹として咲き誇っている桜も鑑賞した。正午からは、大農で知られる会員・上村英臣さんの邸宅で開かれたシュラスコ会に参加。マウア市の日系家族による高齢者の集いも行なわれ、高齢者30人、西村会長の家族を合わせて60人でにぎわった。高齢者会の平山ペードロ会長は、ユーモアあふれる司会で出演者を紹介、日本の懐かしい童謡から民謡、詩吟、浪曲が披露された。英臣さんの邸宅にも雪割桜や沖縄桜約百本が植えられてあり、当日、沖縄桜は見事に咲き誇って、今日のよき日を祝福、文字通りの花を添えていた。ロ市の会員はマウアの会員や高齢者会の温かいもてなしに感謝しながら、午後5時に出発して帰路についた。
都市計画部門での交流を活性化 大阪市とサンパウロ(聖)市が今年姉妹都市提携45周年を迎え、大阪市の田中清剛副市長や床田正勝同市会議長、あるいは大阪・サンパウロ姉妹都市協会の吉川秀隆会長らで構成された24人の訪問団が来聖した。訪問団は、8月25日のセミナーで大阪市の魅力をアピール。また翌26日は、記者会見を開き、記念レセプションでは在聖総領事館、日系団体等の関係者と交流した。 両市は提携以降、行政レベルでの交流のほか、日・ポ語スピーチコンテストや留学生派遣などの事業も行っている。6年前の移民100周年時に、大阪市から来伯した議員もいるが、同市が訪問団を形成し、聖市に派遣するのは20年ぶり。 26日の記者会見では、今回来聖の目的が45周年の慶祝と都市計画部門での意見交換が主だと説明。同部門については、前日のセミナーで具体的に発表があり、自動車に頼らず、公共交通機関、特に鉄道の利用を前提に組み立てる大阪市の都市開発や沿線開発モデルを解説した。 同市都市部では、500メートル歩けばどこかの地下鉄の駅にぶつかり、ラッシュ時には2分に1本電車がやってくる。また電車は5分遅れるだけで遅延証明書が発行されるほど機能している、などの話には100人が集まった会場からどよめきが起こっていた。 聖市も大阪市同様、都市開発で公共交通機関を中心とした民間の力を生かした街づくりを画策しているといい、田中副市長は、「大阪のやり方を、聖市に押し売りするようなことはあってはならない」と前置きしたが、今後継続的に大阪市の技術やノウハウを提供していく。 さらに両市は、環境部門でも6年前から互いに専門家を派遣し技術交流を行っている。今年5月にジョゼ・アメリコ聖市議会議長が大阪市を訪問した際にも話し合われたそうだが、現在聖市のゴミ焼却処理政策において、両市交流の成果が出ているという。 また田中副市長によれば、日本ではここ数年、異常気象による河川の氾濫など、これまでになかった新しい災害への対策が行政課題となっている。同様に聖市でも、河川の洪水が大きな問題となっており、「大阪の河川工事の施策などが使えるのでは」と期待を込めた。 他に、大阪市は観光分野にも注力しており、大阪市と大阪府が共同で大阪観光局を設立し、民間の力による同分野の活性化を促している。大阪市経済戦略 局長の井上雅之氏は「ノービザ協定に向けた働きかけは必要」としながらも、「大阪の粉物などの食、上方歌舞伎や文楽、能などの伝統文化を、大阪のブランド として日系人の方に案内したい」と話した。 訪問団一行はその後の聖市滞在で、大阪なにわ会への訪問や、イビラプエラ公園内の慰霊碑参拝などを行った。 2014年9月6日付