ニッケイ新聞 2015年12月18日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)(本橋幹久会長)の「12月代表者会議」が10日午後5時から、聖市の秋田県人会館で行なわれた。来訪者発言では中前隆博総領事が登壇し、日本政府が主導し「市内の一等地」で17年3月の開設を目指す対外文化発信拠点『ジャパン・ハウス』と、各県人会の今後の関係について説明した。 中前総領事は「各県の魅力を伝えることも目的の一つ」とし、事業内容次第で県人会の協力が必要だと説明。しかし、他の2都市(英ロンドン、米ロサンゼルス)と「統一したブランド」を持たせることも必要で、「日系社会の支援だけが目的でない」とした。 途中、「県連会長を運営委員会に入れるべき」という要望も挙がったが、やんわりと却下。「委員会は決定機関ではない」と補足し、「県人会の皆さんとは今後も実のある連携を進めたい」と対話継続を約束した。 また山田康夫県連副会長(滋賀)が10月、県連を代表し『第56回海外日系人大会』に参加。日本祭りに関する講演を行い、同時に日本政府による同祭への支援に感謝を伝えたと報告した。山田副会長は「次回も援助を受けられる見込みだ」と期待を示した。 なお会議は忘年会にあわせ、10月に2千万円をかけて改装した秋田県人会館で行なわれ、お披露目の場にもなった。
Ano: 2015
ギリシャから贈られた聖火「ナガサキ誓いの火」がサンタ・カタリーナ(SC)州フレイ・ロジェリオ市にあるラーモス移住地に無事到着し、12日午後2時半から「平和資料館」で分灯セレモニーが開催された。式典では「ブラジル・日本平和の絆交流会」の中嶋年張代表と歌手の井上祐見さん、井上さんの息子でチビッコ交流大使の笠戸丸ともやす君(7)が分灯の使者として日本から「ナガサキ誓いの火」を持って入場。ブラジル側からは同市のオズニー・アルベルトン市長、州知事代理のロッケ・スタングーリン地域開発長官、モニュメントの設計者であるジェアン・カルロス氏(ブルメナウ市在住)や池田敏雄クリチバ総領事夫妻、大河正夫長崎県人会副会長など約150人が出席した。 両国歌斉唱の後、司会のリジアーネさんから「ナガサキ誓いの火」が贈られた経緯が説明され、続いて、中嶋代表からその搬送経緯が説明された。その後、「誓いの火」を持って井上さんが入場。オズニー市長に手渡され、原爆被爆者と子孫の会の小川渡会長(86、長崎)と「平和資料館」や「平和の鐘公園」建設に尽力した故小川和己氏の妻・満里子さん(81、長崎)ら3人の手によって灯火台に点火され、参加者全員で1分間の黙とうが捧げられた。 大河長崎県人会副会長が田上富久長崎市長のメッセージを代読。その中で「古代ギリシャでは聖火が燃えているオリンピック期間中はすべての戦闘が中止されたという平和のシンボルだったことから、1983年、その聖火を『長崎を最後の被爆地とする誓いの火』として贈られたものであり、今年は戦後70周年、ブラジル日本修好120周年という記念すべき年、フレイ・ロジェリオ市に分灯されることを大変嬉しく思う。同市の皆様が長崎市民と共に平和への思いを共有し、平和活動を続けて行くことを願っています」と結んだ。 また、池田総領事を通して、在ブラジル日本国大使館の梅田邦夫大使からも「今年7月にラーモスを初めて訪れたが、同移住地には『思いやり』と『助け合い』という平和の原点がある。ナガサキ誓いの火が無事到着し、セレモニーが開催されることを心より嬉しく思う」との祝辞が披露された。 オズニー市長は「人口わずか2500人の市がラーモスのお陰で大きなプレゼントをもらった」と話し、平和教育を義務付けているサンタ・カタリーナ州のライムンド知事からも「戦争が無くなり、永遠に平和であり続けるよう、その象徴となっていってほしい」とのメッセージが寄せられた。自身も入市被爆者で、和己氏の親友であり妹婿でもある小川渡会長は「この火が子孫代々に伝わり、平和が続くことを願っている」と感無量の面持ちで語り、満里子夫人は「私も戦中派です。あの戦争の思いだけは嫌。初めての分灯ということで、これからもここラーモスで大いに平和活動に貢献したいです」と亡き夫の思いをつないだ。 ラーモス移住地に住み、フレイ・ロジェリオ市の副市長でもある岩崎秀樹さん(58、帰化)は「この火を大切にして、平和の大切さを子どもたちに教えていきたい」と話した。 セレモニー終了後はラーモス日語学校の生徒たちによる「私の町ラーモス」の歌や笠戸丸君の「こぎつね」、さらに地元幼稚園児による「こぎつね」のポルトガル版である「Todos os Patinhos」などが合唱された。 さらに笠戸丸君から長崎の福田小学校と横浜の高田東小学校からのメッセージが資料館に手渡され、逆に日本への巨大な折り鶴が使者の井上祐見さんに渡された。また資料館に地元の高校生から長崎に落とされた原子爆弾「ファットマン」の模型も贈られた。 今後、「ナガサキ誓いの火」は365日24時間体制で、資料館内に作られたステンレス製円錐形の灯維持ケースで灯され続ける。 屋外に設置される灯火台は来年の8月9日、長崎原爆の日に完成予定で、博物館の入り口奥に作られるという。デザインを担当したジェアン氏によると、台座は地球をモデルにした青や緑の地球儀の平面円形台でその上にステンドグラス製のひょうたんを現した8の字型のモチーフが建つ。このひょうたんはラーモスのシンボルマークで日本の諺の「『ひょうたんから駒』のように、小さな移住地だがその殻を飛び越えて、不可能なものから何か立派な夢のあるものを作り出す」という願いを込めて決められた。その上に平和のシンボル折り鶴を掲げ、そこから平和の誓いの火が灯されるようなモニュメントとなっている。なお、ステンドグラスは長崎原爆のシンボルでもある浦上天主堂をイメージして織り込まれている。 また、搬送した「温度差発電」の器具や蓄電池、ランタン、使用予定だったハクキンカイロ、国土交通省からの認可書などが中嶋代表から寄贈された。 サンパウロ新聞 2015年12月18日付
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、10日午後5時からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の秋田県人会館で12月度代表者会議を開いた。各県人会代表など48人が出席し、11月度事業・会計報告、第19回日本祭りについてや第57回海外日系人大会について各種報告などが行われた。 なお、この日は在サンパウロ日本国総領事館の中前隆博総領事が来訪し、ジャパン・ハウスをサンパウロに設置する計画についての現状を語った。 日本祭りについては、締め切り日時などのより具体化した進行計画が、海外日系人大会については、日系社会の高齢化に対する認識の必要性や重国籍を認めない日本の国籍法の改正を求める案など、前大会の討議内容で決議された7項目が大会の成果としてそれぞれ発表された。 ジャパン・ハウスについて中前総領事は「地方の魅力を発信するというのが、ジャパン・ハウスプロジェクトの目的のひとつ。必ずしもそのすべてに県人会の方に関わってもらうという意味ではないが、他の場所(ロサンゼルス、ロンドン)に比べ、とくにサンパウロは日系人コミュニティが活発に活動している。県人会連合会の理解と協力が必要不可欠だ」と語った。 その後は、元県連会長の松尾治さんの乾杯の音頭で忘年会がスタートし、各県人会会長や日系団体の関係者などが出席した。 サンパウロ新聞 2015年12月17日付
ニッケイ新聞 2015年12月17日 【既報関連】日本館の自費修復のため滞伯している中島工務店関係者を招き11日夜、岐阜県人会(山田彦次会長)が聖市内の中華料理店で歓迎夕食会を行なった。 中島工務店の一行は先月24日から滞在中。中島紀于社長と6人の宮大工が作業に取り組んでいる。この日までに大方の工程を終え、和やかな雰囲気で会員ら約20人がテーブルを囲んだ。 山田会長は「遠い日本からようこそお越しくださいました。工務店の皆さまとは長い付き合いになります。今後とも何かお手伝いさせてください」と挨拶。 同県出身でヤマト商事の高木和博社長は、「日本館は移住者にとって非常に重要な文化財。その修繕を自費で請け負うのが岐阜県の方々とあって我々も誇らしく思う」と心意気に感謝した。
ニッケイ新聞 2015年12月16日 サンタカタリーナ州ラーモス移住地の平和資料館で12日午後、「長崎平和の灯」分灯セレモニーが行われ、近隣の小中学生や地域住民ら約150人が参加した。日伯120周年を記念してブラジル・日本「平和の絆」交流会(中嶋年張代表)が主催した事業で、歌手の井上祐見と息子笠戸丸ともやす君が〃分灯の使者〃として長崎市から運んだ。きっかけとなった長崎平和の鐘公園を建設した故小川和己さんの妻満里子さんは「最初から最後まで感動づめ。天国の和己にこれを見せたかった」としみじみ語り、静かに手を合わせた。 「この灯には、絶対に核戦争を起こさせないという誓いが込められている。長崎市民と一緒に、フレイ・ロジェリロ市民の皆さんもこの誓いを広めてください」。聖市から出席した長崎県人会の大河正夫副会長は、長崎市の田上富久市長からのそんなメッセージと、栗崎邦彦県人会長の言葉を代読した。 州知事代理のロッケ・スタンゲーリン地域開発長官は「二度と原爆を使わせないという思いをしっかりと共有したい。先日発表された日本のブラジル牛肉解禁は、我が州にとって大朗報。ますます日伯経済は緊密化する」と語った。 池田敏雄在クリチーバ総領事は梅田邦夫大使のメッセージを代読し、〃分灯の使者〃歌手の井上祐見の挨拶に続き、オズニー・アルベルトン市長は「人口わずか2500人の市に、ラーモス移住地のおかげで大きなプレゼントをもらった。全市民を代表して、この灯の到着を心から歓迎する」と喜んだ。 小川和己さんの妹婿で、入市被爆者の小川渡さん(原爆被害者と子孫の会会長)は「本当に感激しております。孫、ひ孫の代まで大事に守る。いや、早く消してもいいように核兵器が世界からなくなるよう訴えて行く」との決意を新たにし、涙ぐんだ。 〃分灯の使者〃から渡された灯を、満里子未亡人と渡さん、市長3人は灯維持ケースに点火し、平和への想いを新たに1分間の黙とうを捧げた。 笠戸丸ともやす君から長崎市立福田小学校等の生徒からのメッセージが地元小中学校生徒に渡され、逆に千羽鶴が長崎市に渡すよう託された。学校関係者を代表して教師ソランジェ・ヴァス・ピッチさんは「生前、小川和己さんの話を聞く機会に恵まれ、平和の大切さを考えさせられた。この灯を大切に教育に活かしたい」と感謝した。 本紙取材に対し、パラナ州マリンガから参加した佐々木良法さんは「暴力事件が絶えない国内、国際情勢を思えば、平和の灯の意味は大きい」とのべ、ラーモス日伯文化体育協会の尾中弘孝会長も「この資料館の利用者はほぼブラジル人。この灯により、さらに平和教育で地元に貢献できて、移住地としても有難い」と喜んだ。
岐阜県から日本館の修復のため来伯している中島工務店(中島紀于代表取締役)一行を歓迎する食事会が、岐阜県人会(山田彦次会長)主催で11日午後7時からサンパウロ市リベルダーデ区の中華レストランで行われた。 会には県人会員や関係者ら23人が出席。出席者には中島代表から同工務店のカレンダー、山田会長らには職人が製作した木製の器具が配られた。 乾杯に先立ち、山田会長は「遠いブラジルまでようこそおいで下さいました。日本館修復は大変な仕事。県人会としても何かできればと、この会を開かせてもらった。中島工務店には先代からお世話になっている。今後も一報いただければお手伝いしていきたい」とあいさつした。 続いて食品商社ヤマト商事の高木和博社長の音頭で乾杯。岐阜県出身の高木社長は「重要な仕事をしている皆さんを同郷の者として誇りに思う」と同工務店一行を讃えた。 その後は高木社長が持参した台湾製の紹興酒やカイピリーニャなどをそれぞれ酌み交わし、懇談を楽しんだ。岐阜県を離れて長い県人会員も同工務店の若い職人らとお国言葉で故郷の変遷などを語り合い、「春駒」など地元の民謡を歌い盛り上がった。 高山市出身の同工務店社寺部棟梁の袈裟丸(けさまる)幸雄さんは「久しぶりの中華料理は美味しい」と話し、「日系社会の皆さんには色々ともてなしてもらい本当にありがたい」と感謝した。来伯して約2週間が経過したが、「ブラジルは日本では考えられないような夢が持てる良い国。移住したいくらい」とすっかりブラジルが気に入った様子だった。 同工務店一行は翌日も仕事ということもあり、会は午後9時頃お開きとなった。 サンパウロ新聞 2015年12月16日付
【既報関連】「ナガサキ誓いの灯」分灯搬送の使者で、ブラジル日本平和の絆交流会の中嶋年張会長、歌手の井上祐見さん、その息子の笠戸丸ともやす君、ラーモス移住地の山本和憲さんが10日、あいさつに来社した。 一行は10日夜にサンパウロ市を出発し、12日にサンタ・カタリーナ州フレイ・ロジェリオ市ラモス移住地にある平和の鐘公園内の平和資料館で行われた式典へ参加した。 笠戸丸くんは現在小学2年生。長崎市や自身の住む横浜市の友達からのメッセージを携え、今回が初来伯となる。ブラジルの感想を尋ねると「式典などで忙しくて大変」と漏らしたが、シュラスコが気に入ったそうで「たくさん食べた」と話した。 中嶋会長は「世界中の子供たちが笑顔を絶やさないでほしい」という思いがずっとあったそうで、「今回誓いの灯と一緒に、長崎や横浜の子供のメッセージをラーモス移住地に運べて嬉しい」と喜んだ。 また井上さんによると、前回同移住地を訪れた際、現地の子供らが千羽鶴を折り待ってくれていたそうで、「とても感動しました。今は長崎市の原爆資料館に飾られています」と話した。 同移住地に住む山本さんは「フレイ・ロジェリオ市の市民は熱心に『原爆』や『平和』について学んでくれているが、今ひとつ伝わりづらい部分がある。今回の式典は移住地のみならず、市全体に良いこと。何かのきっかけになれば」と今後の同市の取り組みに期待した。 サンパウロ新聞 2015年12月15日付
ニッケイ新聞 2015年12月11日 「なんとか無事に到着しました」。日伯外交120周年を記念し、世界平和の願いを象徴する〃ナガサキ誓いの灯〃が9日朝、〃分灯の使者〃3人によって当地に運ばれ、午後に聖市内のブルーツリーホテルで「種火到着報告会」と記者会見が行われた。この事業を主宰する「ブラジル・日本平和の絆交流会」の中嶋年張代表は、そう胸をなでおろしながら「灯」の入ったランタンに視線をやった。 式典ではまず、中嶋代表が運搬方法を説明した。長崎の平和公園の〃誓いの火〃から三日がかりで、温度差を利用して蓄電する装置を使って乾電池に電気エネルギーとして移し替え、当地に来てからガムの包み紙を細長く切って電池の両端に繋げて発火させて〃火〃に戻した。梅田邦夫大使や田上富久長崎市長のメッセージも披露され、式典に出席した中前在聖総領事も「日本の平和に関する誓いが、ブラジルに伝わることを非常に嬉しく思います」と祝辞をのべた。 記者会見には日本メディアの特派員も詰めかけ、次々に質問が飛んだ。〃誓いの灯〃をどう活用するのかとの質問に、ラーモス移住地が所在するフレイ・ロジェリロ市の岩崎秀樹副市長は「、州政府にも働きかけ、灯をともし続けることで、子どもや市民への平和学習をさらに拡大させたい」、現地の原爆被爆者と子孫の会の会長代行・小川直樹さんは「この火は絶対に消したらいけない。すごい責任を感じる。世界は戦争、テロ、暴力、核兵器の問題に直面している。この灯を得たことで、さらに平和を訴えていきたい」との意気込みを述べた。 〃分灯の使者〃井上祐見(歌手)は、火が贈られる平和資料館を創立した「小川和己さん(故人)の想いが私たちに伝わって、長崎県を動かし、今こうして一回りして戻って来た。今回それを小川さんの墓前に報告したい」と力を込めた。 また、笠戸丸ともやすくんは長崎市立福田小学校コーラス部の皆さんからもらったメッセージを披露した。 12日に現地、サンタカタリーナ州ラーモス平和の鐘公園で「分灯セレモニー」が行われる。その後、ラーモス市が責任もって種火を保存して平和の火モニュメントを完成させ、長崎原爆投下の日である来年8月9日に点火式が行われる予定。
12日にラーモスで分灯セレモニー 五輪発祥の地・ギリシャから1983年に核兵器の廃絶を願って贈られた「ナガサキ誓いの灯」が9日、無事サンパウロ市に到着し、ブルーツリー・パウリスタホテルで記者会見が行われた。誓いの灯を運んだのは、「ブラジル・日本平和の絆交流会」の中嶋年張代表と連続11年、13回のブラジル公演を行った歌手の井上祐見さん、そして井上さんの息子で、チビッコ交流大使の笠戸丸ともやす君の3人だ。 当初、誓いの灯は東京オリンピックや長野オリンピックの聖火輸送に貢献したハクキンカイロの技術で輸送される予定だった。また、ジルマ大統領の訪日に合わせ、ブラジル空軍の協力を得て専用機で輸送されるはずだった。しかし、突然の大統領の訪日中止で専用機での運送は中断。また、11月13日には経由予定地のフランスで同時多発テロが起こり、ベンジンを使うハクキンカイロでの空輸も難しく、経由地の変更を航空会社から打診された。しかし、中嶋代表は「平和のための灯を運ぶのにテロに屈したくないし、日伯両方の飛行機会社を使いたい」との強い思いで、あえてパリ経由を選択。第三の新しい方法で、世界初、平和の灯を電気に変えて搬送した。 この方法とは、火と水の温度差を使って発電する「熱電発電」で、野外でも携帯電話などが充電できる技術だ。ただし、これは携帯電話用のUSB端子での蓄電だったので、USBから電池へ蓄電する機器を得て、最後にその電池から発火するという3段階を得ることで平和の灯の運搬が可能となった。中嶋氏は「(最初の)火と水を使う技術と、電池からの発火方法は知っていたが、2番目のUSB蓄電が難関だった。この3つがつながって、ようやく可能になった。火は、ナガサキから贈られた火を使い蓄電。最後は電池のプラスマイナスにガムの薄いアルミ箔を細切りにし、つなげると発火する」として実演してくれた。 記者会見には、中前隆博在サンパウロ総領事、岩崎秀樹フレイ・ロジェリオ副市長や小川直樹原爆被爆者と子孫の会の会長代行、本橋幹久県連会長、栗崎邦彦ブラジル長崎県人会会長らが出席し、今回の「ナガサキ誓いの灯」の分灯プロジェクトを称賛した。また、長崎市の田上富久市長や梅田邦夫在ブラジル特命全権大使からのメッセージも披露された。 この後、「ナガサキ誓いの灯」は「ブラジル・日本平和の絆交流会」の3氏の手でサンタ・カタリーナ州フレイ・ロジェリオ市のラーモス移住地「平和資料館」へ運ばれ、12日に分灯セレモニーが開催される。 サンパウロ新聞 2015年12月11日付
右から3番目が平野氏、4番目が小島氏 平成27年度秋の叙勲伝達祝賀会が、8日午後3時からサンパウロ(聖)市モルンビー区の在聖日本国総領事公邸で行われ、旭日双光章受章の小島友四郎氏(82)と旭日中綬章受章の平野セジ氏(77)にそれぞれ勲章と勲記が伝達された。 小島氏はモジ・ダス・クルーゼス中央日本人会会長、理事を14年間務め、日系福祉団体や若者による和太鼓グループの活動への支援を推進した。さらに、ブラジル福島県人会会長を10年務め、高校生研修生制度の創立、東日本大震災における募金活動、野口英世記念会の整備、日伯交流、日本文化普及に多大な貢献を行った。 平野氏はブラジルを代表する社会学者であり、2005年から2年間、サンパウロ大学副学長を務め、10年に同大学から名誉教授の称号を授与した。1995年から97年にかけて天理大学の客員教授を務め、日伯学術交流の推進に寄与。2008年にはサンパウロ大学「ブラジル日本移民100周年委員会」の委員長としての功績が認められ、「日本移民100周年記念外務大臣表彰」を受章。08年から13年は大阪大学とサンパウロ大学との間で日本移住に関する研究を、また08年から現在に至るまで上智大学との間で実施されている研究者養成プログラムのブラジル側コーディネーターとして参画している。13年には、FAPESP(聖州研究財団)と日本の研究機関が覚書を交換するための仲介役を果たした。 祝賀会では功績が読み上げられた後、中前隆博総領事から勲記と勲章が伝達され、祝辞が述べられた。「小島氏は長年にわたり日系社会のリーダーとして活躍され、日系社会の発展と日本語文化普及のために尽力された。平野氏は日伯学術交流の推進や日本移民に関する研究において大きな貢献をされた。こうしたお二方の並々ならぬ努力や誠実な姿は日系社会のお手本として誰もが認めるであろう。長年にわたる日本とブラジルの友好協力関係の拡大に対する大きな貢献に対して深く感謝いたします」と称えた。 小島氏は「夢のようです。全然予期していないことで、びっくりしている。体力には自信があるので、まだまだ元気にやれそう。今後、これまで以上に地域社会の貢献に努めていきたい」、平野氏は「非常に嬉しいと同時に驚いている。サンパウロ大学と日本の大学とのつながりをもっと深めていきたい。来年、日本の大学からサンパウロ大学に2週間、生徒を受け入れるプロジェクトも準備が始まっている。ポルトガル語、ブラジルでの生活、日系企業について少しでも多くのことを学んでもらって、未来につなげていきたい」と今後の抱負とともに喜びを語った。 会場となった公邸には、小島氏と平野氏の家族や友人をはじめ、呉屋春美文協会長、菊地義治援協会長、本橋幹久県連会長ら日系団体各代表者の来賓を含む約30人が集まり、叙勲伝達を祝福した。伝達式の後には、記念撮影と祝賀会が行われ、参加者たちが小島氏、平野氏との歓談を楽しんだ。 サンパウロ新聞 2015年12月11日付
ニッケイ新聞 2015年12月9日 世界平和の願いを象徴する〃ナガサキ誓いの灯〃をブラジルに――日伯外交樹立120周年を記念して、サンタカタリーナ州ラーモス移住地の草分け、長崎の被爆者の故・小川和己さんが私財を投じて2010年に建設した平和の鐘公園にある「平和資料館」へ、長崎を最後の被爆地とする「ナガサキ誓いの灯」を分灯することになった。9日には聖市内ホテルで「種火到着報告会」と記者会見、12日には現地ラーモス移住地で式典が行われる。この様子はNHK長崎放送局が日伯密着同行取材して放送するという。 「ブラジル・日本平和の絆交流会」(中嶋年張代表)が主体となり、日伯友好議員連盟(麻生太郎会長)も後援に入って協力を呼びかけ、地元サンタカタリーナ州やフレイロジェリオ市が正式に受け入れ表明した。 今回、「ソウ・ジャポネーザ」などの移民歌でコロニアおなじみの歌手の井上祐見が〃分灯の使者〃として14回目の来伯、息子「笠戸丸ともやす」も初めて同行する。日本側の分灯式典は11月29日に長崎で、12月1日には河村建夫友好議連幹事長らも出席して在京ブラジル総領事館(マルコ・ファラー総領事)で開催済み。 井上祐見のマネージャー・中嶋代表は長崎出身。ラーモスを3度訪れ、小川さんから直接に被爆体験を聞き、地元の小学生らと交流を深める中で、《小川さんの願いである「恒久の平和」への想いを繋ぎ、灯していく為に「ナガサキ誓いの灯」を分灯する活動を決意しました》と趣意書に動機が説明されている。 旅客機に〃火〃を載せることは大変困難であり、当初はジウマ大統領が訪日する際に専用機で運んでもらえないかと交渉するなどの苦労もあったが、灯を電気に変換してランタンとして手荷物で運ぶことになった。 またパリ経由で来る予定だったため、突然の同時多発テロの発生で空港警備の厳重化が危ぶまれたが、中嶋代表は「平和の灯がテロに屈する形で予定を変更したくない」とあえてパリ経由のまま来伯する。 その昔、ギリシャで古代五輪中、聖火が灯されている間は全ての戦いが中止されたとの故事から、聖火は「平和の象徴」とされ、人類最後の被爆地長崎に83年、その聖火が贈られた。日本国内では8カ所に分灯されたが、海外は今回が初めて。
ニッケイ新聞 2015年12月10日 在聖日本国総領事館(中前隆博総領事)が『平成27年度秋の叙勲伝達・祝賀式』を8日午後、総領事公邸で執り行い小島友四郎さん(82、福島)に旭日小綬章、平野セイジさん(77、二世)に旭日中授章が授与された。日系団体代表者や家族や友人40人が見守った。 小島さんはモジ中央日本人会長と理事を計14年間、福島県人会長を10年間務め、モジ文協第5副会長時代には、モデル校建設に尽力。一連の功績が認められた。 「身に余る光栄だが、皆さんの支援のおかげ。今まで以上に地域社会の発展に貢献したい」と決意を新たに挨拶した。 先月13日には霞ヶ関の外務省でも伝達式に出席、皇居にて天皇陛下から拝謁を受けた。「お祝いの言葉を頂きました。言葉にできない感動」と振り返った。 平野さんはサンパウロ大学(USP)社会学部教授を長らく務め、05年から2年間副学長、現在は名誉教授として学内運営に関わる。08年には同大「移民100周年委員会」委員長として、外務大臣表彰を受けた。 「小さなことかも知れないが、日系人として生まれた自分の活動が認められて感慨深い」と話し、日本国歌の意味を解説するなど、社会学者らしい挨拶をした。 長年親交のある元同大法学部教授の渡部和夫さんは「大阪大や上智大等、日本の大学との架け橋になったのも大きな功績」と称え、現副学長のマリア・アルミンダさんも「このことは大学にとっても名誉なこと」と話した。
ニッケイ新聞 2015年12月8日 在聖日本国総領事館(中前隆博総領事)は27日、総領事公邸で『平成27年度百歳以上高齢者表彰伝達式』を行った。来年の3月31日までに100歳以上となる32人が対象となった。表彰式には本人13と代理19の計32人が出席し、安倍晋三内閣総理大臣からの祝状及び記念品を受け取った。日系3団体代表とブラジル熟年クラブ連合会の五十嵐司会長も来賓として訪れ、家族や親族ら約40人と共に長寿を祝った。 中前総領事は「100歳を迎えられるということは、御本人の日頃のお心がけは元より、御家族の心配りが無ければできないこと。ますます御健康でお幸せな毎日を」と賛辞を述べ、援協の菊地義治会長が「日本、ブラジル、日系社会の繁栄を祈念して百歳万歳!」の発声で乾杯の音頭をとった。 夫と共に1936年に渡伯した新城敏さん(102、沖縄)は、ジュキア線アナジアスに土地を買って5年間、バナナを栽培した。その後、聖州サント・アンドレーに移って野菜作りに励んだという。男7人、女3人と子宝にも恵まれた。長生きの秘訣を尋ねると、「野菜を食べるのが大事」と快活な声で答えた。 竹のようにまっすぐな背筋で表彰状を受け取った高野正五さん(99、北海道)は、32年にモジアナ線に入り、イタリア系のカフェザールで2年働いた。その後、日雇いの棉栽培を5年ほど、そして第二次大戦中からイモや薄荷の油を取る仕事をするようになった。洗濯業、自転車の修繕屋、個人タクシーもやったという高野さんは「頭の先から足の先まで、目も耳も鼻も、あらゆる器官を使うことが大事」と長寿の秘訣を話した。
県連(本橋幹久会長)は、11月26日午後4時からサンパウロ(聖)市文協ビル内5階の同会事務所で10月度代表者会議を開いた。10月度事業・会計報告後、第19回日本祭りについて各種報告が行われた。 第18回日本祭りの最終報告が行われ、4万2140レアルの黒字となったことが発表された。 続いて、第19回日本祭りについての進捗状況が発表された。同祭は来年7月8日から10日に開催され、会場となる「サンパウロ・エキスポ」では工事が進められており、来年4月の竣工を予定している。 工事が進められてきた「サンパウロ・エキスポ」駐車場は、4500台(最大稼働時では6500台)が収容可能で、その工事が11月末頃に竣工した。また、会場内に新たに建設中の施設も工事が進んでおり、既に一部が利用可能になっていることも合わせて報告された。 過去2回で同祭に出店したバザリスタ数も発表され、2014年度(第17回県連日本祭り)が118店(事前予約をした出店希望者は64店)。15年度はブラジル経済の不況を受け、出店数68店、予約数が37店となった。 開催費用等について同祭実行委員会(市川利雄準備委員長)は、「ブラジル経済の事情から、来年度は議員割当金を当てにするべきではない。また、いくつかのスポンサーが出資に対して難色を示している」と発表した。同時に、委員会からは「来場者の満足度を上げ、リピーターを増やす。そのための一つに、駐車場から会場入り口へと続く道に装飾を施してはどうか」など様々な意見が出された。 県連は、来年が創立50周年にあたることから、同祭をその記念事業の1つとして行う考えで、同会議では「記念ロゴマークの作成及び作成委員会の結成」が決まった。その他の記念事業についての動きも合わせて発表され、記念式典については「来年10月の開催が妥当であること」、50周年記念誌の作成については「事業報告書をまとめるなどすれば立派なものができるのではないか」と提案された。 サンパウロ新聞 2015年12月9日付
県連(本橋幹久会長)主催の第45回移民のふるさと巡り旅行が、来年3月10日から同16日までの1周間にわたって実施される。今回はフォルタレーザ、アラカチ、モソロ、ナタールの東北伯を訪問する。 フォルタレーザでは、リアス式海岸やセアラ文化博物館を観光。セアラ州最初の日本人移民の名前を冠した日本庭園を訪問するほか、同地日系人会との交流を行う。 アラカチでエビの養殖所見学後モソロに向かい、同地では日系人との夕食懇談会をはじめ、メロン栽培農場を見学する。 ナタールでは市内観光後に同地日系人との夕食懇談会のほか、ピウン植民地での懇談も行われる予定。 シングルは4256・40レアル、ツイン・トリプルは3696・40レアル。問い合わせ、申し込みはグローバル・ツーリズモ(電話11・3572・8990)まで。 サンパウロ新聞 2015年12月9日付
歌手の井上さんらが使者として来伯 核兵器廃絶を願って五輪発祥の地であるギリシャから贈られた聖火「ナガサキ誓いの火」が12日、サンタ・カタリーナ(SC)州フレイ・ロジェリオ市にあるラーモス移住地内の「平和の鐘公園」に分灯される。これは、2012年9月に亡くなった同移住地の故小川和己さんと同じ長崎出身で、歌手の井上祐見さんのマネージャーをしている中嶋年張氏らの働きかけで実現したもの。今年の日伯外交関係樹立120周年と戦後70周年を記念し、来年のリオ五輪開催を前に聖火の分灯が日本移民ゆかりの同移住地に設置されることで、内外から注目を浴びそうだ。 聖火の分灯がラーモス移住地に設置されることになったきっかけは、コロニアでも有名な日本の歌手である井上さんが同地を何度も訪問し、移住地内にある「平和の鐘公園」建設に尽力した被爆者の小川さんと、井上さんのマネージャーの中嶋さんが同じ長崎出身であることから、「何か協力できることがあれば」ということで始まったという。 その後、長崎市で「ナガサキ誓いの火」を管理する有志たちの協力を得て、「ラーモス移住地の平和の鐘公園に分灯する」という話が決定。歌手の井上さんとマネージャーの中嶋さんがフレイ・ロジェリオ市長から「誓いの火分灯の使者」として任命された。 今回の活動には日伯友好議員連盟の河村建夫幹事長の事務所が協力し、駐日ブラジル大使館、在東京ブラジル総領事館、海外日系人協会も後援。長崎市でもNHK長崎支局が後援しているほか、日本企業も協賛しているという。 日本側では既に11月29日、長崎市民による分灯セレモニーが同市の平和公園隣接敷地内の「誓いの火」灯火台下で開催されたほか、今月初旬に東京都内で記者発表も行われている。ブラジルでは井上さんたちが来伯する、あす9日にサンパウロ市内で記者会見が行われ、12日にラーモス移住地で記念セレモニーが開催される。 12日の記念セレモニーには、在クリチバ日本国総領事館の池田敏雄総領事をはじめ、エスピリジオン・アミン下議、ライムンド・コロンボSC州知事の出席が予定されており、梅田邦夫在ブラジル日本国大使、斉藤準一伯国前空軍司令官のメッセージも披露される予定。 また、セレモニー終了後にラーモス日本語学校生徒による歌やブラジル学校生徒の踊りなどが行われ、同移住地にある平和史料館内視聴覚室で日伯両国の生徒による平和のメッセージが朗読されるそうだ。 サンパウロ新聞 2015年12月8日付
今月23日に82歳の誕生日を迎えられる今上天皇陛下の誕生日祝賀会が、3日正午からサンパウロ市モルンビー区の在サンパウロ日本国総領事公邸で行われ、150人以上の日系諸団体の関係者が出席した。 はじめに日伯両国歌が斉唱され、在聖日本国総領事館の中前隆博総領事が「天皇陛下は今月で82歳、皇后陛下は10月に81歳になられました。そのことをこうして日系団体の方々と一緒にお祝いできることを大変嬉しく思います。天皇皇后両陛下の益々のご健康、ご皇室の弥栄を心から祈念いたします」と祝辞を述べた。その後、同総領事による乾杯、続いてサンパウロ出身の津軽三味線奏者・赤堀雄三さんによる演奏披露などが行われた。 以前、総領事館の顧問弁護士を約40年間にわたり務めていた弁護士・公証翻訳人で、日系2世の大原毅さん(79)は「総領事館との関係は、昭和天皇の頃から、約50年もの付き合いになります。皇室の方々は皆さん非常に優しく、ブラジルとの関係を大事にされている。特に、移民と移民の子孫を今も変わらず大切にされているところが非常に印象的でとてもありがたい。深く尊敬しています」と皇室への思いを述べた。 サンパウロ新聞 2015年12月5日付
安倍総理からの祝状と記念品が贈呈 在サンパウロ(聖)総領事館(中前隆博総領事)は「平成27(2015)年度100歳以上高齢者表彰式」を、11月27日午後3時から聖市モルンビー区の在聖総領事公邸で行った。今年度の同館管内表彰対象者は32人で、会場には当事者13人と代理人19人が出席。親類ら38人が見守る中、安倍晋三内閣総理大臣からの祝状と記念品が中前総領事から出席者に手渡された。 来賓には呉屋春美文協会長、菊地義治援協会長、本橋幹久県連会長、五十嵐司熟年クラブ連合会会長が出席。中前総領事は表彰者に対し、「日伯外交関係樹立120周年、在聖総領事館開設100周年の記念すべき年に、皆様の100歳のお祝いをできますことは大変喜ばしいことだと思います。100年にもわたる長い歴史をお持ちである皆様は、これまで様々な苦労や喜びを家族や友人に支えられながら今日まで歩んで来られたことと思います。これからも皆様が、ますます健康で歩まれることをお祈りしています」と敬意を表した。 祝状と記念品授与後、菊地会長が乾杯の音頭を取り、「100歳バンザイ、サウーデ、ビーバ、バンザイ」と威勢よく発声。その後記念撮影を行い、別室で食事を取りながら、出席者はにこやかな表情で長寿の喜びを分かち合っていた。 表彰者の一人、聖州マリリア在住の松本ヨシさん(101、沖縄)は19歳の時に来伯した。到着後、リンスで2年間くらい洗染業を、その後マリリアでは食品などを売る雑貨屋を営業し、生計を立てたという。101歳を振り返り、「ブラジルで天皇陛下や総理大臣、そして総領事にもお会いできてとてもうれしく思います」と喜びを見せた。長生きの秘訣を問うと、「家族と仲良くすることと13人の曾孫たちの顔を見ることです。また、カトリックの婦人会で活動しているのですが、毎週日曜日は必ずミサでお祈りをしています。神様次第ですが生きられるところまで生きたいですね」と闊達(かったつ)に話した。 同じく表彰を受けたイトゥペーバ在住の岡崎君さん(99、広島)は、14歳の時に来伯。付添人の娘の幸子さん(70、2世)に話を聞くと、「母は当時、ブラジルへ来たくなかったそうです。母はコーヒー農場で働き、話を聞く限りではドラマの『ハルとナツ』以上に苦しんだと私は思います。現在は『花咲爺さん』や『桃太郎』などの日本の昔話を読んだり、編み物をして楽しんでいます。100歳になったら子供に戻るんですかね」と話していた。 なお、日本における同表彰対象者は9月1日現在で3万379人(厚生労働省発表)。海外在留邦人の同表彰対象者は70人で、在聖総領事館管内在住者の32人は世界最多(在聖日本国総領事館発表)。同管内に住む100歳以上の海外在留邦人の総数は215人。 管内表彰者32人(1人は公開不可)は次の通り(敬称略)。 【本人出席表彰者】新城敏(102、沖縄)、新山新一(101、山口)、松本ヨシ(101、沖縄)、平野政子(101、熊本)、城間盛喜(100、沖縄)、吉雄ミユキ(99、東京)、脇静子(99、岐阜)、馬場秀雄(99、北海道)、谷尾幸男(99、三重)、田辺トシ(99、北海道)、岡崎君(99、広島)、髙野正五(99、北海道)。 【表彰者】上野三治(100、北海道)、親泊ナヘ(105、沖縄)、安富祖カマド(102、沖縄)、白石リツ(100、愛媛)、住岡カズミ(100、広島)、武冨政子(100、佐賀)、新津英三(99、北海道)、鳥居シヅコ(99、愛知)、中村文子(99、福島)、斎藤武平治(99、福島)、大畑靖(99、静岡)、塩﨑きくの(101、香川)、髙木實(101、香川)、原屋敷キク(101、宮崎)、田中晴子(100、福岡)、池田ゆき(100、山形)、松田アサヱ(99、福岡)、上野末雄(99、広島)、三島スイ(99、福島)。 サンパウロ新聞 2015年12月4日付
ニッケイ新聞 2015年12月4日 今月23日に82歳を迎えられる今上天皇陛下の誕生日を祝し、文協の移民史料館で3日午前9時から祝賀会が開かれ、天皇皇后両陛下の肖像画を前に約90人が集まった。文協、援協、県連、熟ク連、日伯文化連盟が共催した。 祝辞に立った呉屋春美文協会長は、「世界平和の確立と人類全ての福祉、文化の向上に深くお心を留めておられる天皇陛下の、お変わり無き御健康の弥栄をお祈り申し上げます」と述べた。 中前隆博在聖総領事の祝辞を関口ひとみ首席領事が代読。「10月には皇后陛下も81歳を迎えられた。御夫婦揃って中睦まじくお元気に公務をされていることは大変喜ばしいこと」との言葉が贈られた。 続いて、本橋幹久県連会長が「日本国の象徴である明仁今上天皇の御長寿を祈念いたします」と万歳三唱し、菊地義治援協会長が乾杯の音頭を取った。 アラサツーバ文協の元山光男会長(86、二世)は、「天皇陛下のお誕生日は、我々日系人にとっても一つの大切な文化」と祝賀会の意義を語った。 安永忠一郎さん(73、三世)は、「陛下のお誕生日を祝うのはとても素晴らしいこと。残念なことに少し参加者が少ないと思う。もっと多くの人に来て欲しい」と話した。午後には在聖総領事公邸でも祝賀会が行なわれた。
ブラジル日本都道府県連合会(本橋幹久会長)が11月の代表者会議を、文協ビルの同会会議室で開催した。来年7月8日から10日に開催される『第19回日本祭り』について、市川利雄同祭準備委員長(富山)から進捗状況が話された。 前回、建設が追いつかずに不満が続出した会場「サンパウロ・エキスポ」の駐車場について、写真と共に完成したことが報告された。4500台が収容可能ですでに稼動しているという。 新たに建設中の施設も工事が進んでおり、既に一部が利用可能になっていることも合わせて報告された。 来年は県連発足から50周年を迎え、同祭も記念事業としての開催となる。ロゴマークの考案と共に、委員会も編成されることになった。記念事業としては式典、記念誌発行が既に予定されており、その他の記念事業について意見が交わされた。 中沢宏一宮城県人会長は県連が主導する「日本語の拠点」設立を考案。日本人学校、日本語センター、日伯文化連盟(アリアンサ)等、数箇所に分かれる日本語関係の団体を「まとめられるのは県連しかない」と訴えた。 記念事業については今後も意見が募られ、来年に向け、日本祭りとあわせて検討される。
