06/03/2026

Dia: 11 de março de 2015

琉球古典音楽、民謡4団体共催の芸能祭「さんしん(三線)の日」が1日午後、サンパウロ市の沖縄県人会サロンで開催された。伝統的な弦楽器、三線(沖縄三味線)による音楽文化の継承を目的に始まった同イベントも今年で10回目。当日は約400人が会場を訪れ、沖縄芸能満載の一日を楽しんだ。 三(3)線(4)の語呂にあわせ、1993年以来沖縄県で3月4日に開催されている同イベント。ブラジルでは2006年から毎年続いており、音楽だけでなく様々な芸能に触れられる行事として親しまれている。今年も筝曲団体や沖縄舞踊協会、太鼓団体、協和婦人会、留学研修OBの「うりずん」会などが協力し、計150人あまりが出演した。 午後1時半からの開会式で山内盛一実行委員長は、同イベントが始まった当時、「後世に三線の文化を伝える上で大きな課題を持っていた」と回顧。「9年間繰り返してきた営みが、今の三線文化興隆の原動力になっている」と述べた。さらに2世、3世が中心になりつつある現状を「大変頼もしいこと」と喜び、「関係者の期待を引き継いでくれると確信している」と話した。 島袋栄喜県人会長は「ブラジルのウチナーンチュは、嬉しい時は喜びを表すため、悲しい時、苦しい時は慰めのために三線を弾いてきた。今では子弟や日系でない人も多く弾くようになり、沖縄の文化が着々とブラジルに定着していると思う」と述べ、指導者や音楽団体など関係者の尽力に感謝を表した。 野村流古典音楽協会、野村流古典音楽保存会、琉球筝曲興陽会、琉球筝曲保存会による、祝宴の初めに歌われる「かぎやで風節」の合同演奏でイベントが開幕。その後は舞踊の各道場の師範、生徒たちによる踊りや、民謡協会、同保存会による演奏・合唱が次々と披露された。若い世代の踊り手、歌い手も多く、会場から盛んな拍手が送られていた。 留学生OBが日ポ両語で司会を務め、休憩時間には三線を持参した来場者も一緒になって民謡を演奏する趣向も。琉球國祭り太鼓の演奏に続き、最後は会場全体でカチャーシーを踊ってにぎやかに閉幕した。 2015年3月10日付
戦後の県人団結助けた山内盛彬氏 【既報関連】ブラジル沖縄県人会・沖縄文化センターの定期総会が開かれた2月22日、会場の同県人会館ロビーに琉歌を刻んだ石碑が置かれていた。高さ1.5メートルほどの、苔が点々とついた古びた碑だが、ブラジルの沖縄県系コミュニティーにとっては先人が残した財産だ。石碑の歌は、琉球古典音楽の大家、山内盛彬(やまのうち・せいひん)氏(故人)が詠んだもの。同氏は1952年、戦後の在伯邦人を二分した「勝ち負け」対立に心を痛めて来伯。3年間各地を訪れ、音楽を通じて県人社会の融和に尽力した。長年行方の分からなかった碑が再び日の目を見たのは、建立から約60年が過ぎた昨年のことだった。 石碑に刻まれた琉歌は「平和しにゆくゆる武器よさめ楽や 原子爆弾も吹きよ散らせ」。音楽は世の中を和やかにし、原子爆弾も吹き散らす武器であると、音楽を通じた平和への願いが込められている。 定期総会で歌碑の由来を説明した山城勇名誉会長によれば、山内氏がブラジルを訪れたのは戦後の52年。戦前から音楽家として活動していた同氏は当時、米国コロンビア大学に招聘され、同国で沖縄の音楽を紹介していた。その滞米中、在伯邦人社会が日本の戦勝・敗戦をめぐって対立していることを知ってブラジルへ来たという。 3年間の滞伯中、山内氏は国内各地の県人集団地を訪ねて琉球古典音楽を紹介。音楽を通じて、まだ残る「勝ち負け」対立の空気を和らげ、県人が団結する一助となった。同氏の活動はまた、ブラジルでの古典音楽団体創設にもつながった。 そして54年、サンパウロ400年祭で開催された第7回国際民族音楽会議に沖縄から代表として来伯した金井喜久子氏とともに、山内氏も同会議に参加。その折に、「音楽の力で皆の心を慰め、ウチナーンチュの心を一つにさせたい」との思いを込めて前述の琉歌を詠んだという。 山内氏の自書を刻んだ同碑は、大城亀氏、山内盛長氏ら同氏が滞在した聖市近郊サント・アンドレーの県人や、当時母県救援活動に携わっていた花城清安氏など 有志が資金を集め、54年、当時サント・アンドレーにあった「日本荘」内に建立された。同所は戦前移民の三好綱一氏が地元資産家から土地を借り、日本庭園 を整備した場所で、鳥居や、明治天皇御製の碑などもあった。 山城さんが移住したのはその4年後だが、当時日本荘のあった ファゼンダ・ジュッタに住んでいたことから昔のことを聞いていたという。まだ日本人の団体がないころ。一番手近に集まれる場所が日本荘で、「来て間もない ころは、運動会や演芸会など盛んに行事をしていました」と思い出す。 しかし、周辺開発の進んだ70年代初めに三好氏が土地を返すことになり、日本荘は移転。以後、歌碑の所在については分からなくなっていた。 その後、移民100周年事業「写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史」の編集を進める中で、日本荘の建築物がアルジャー市の日本カントリークラブに移さ れ、その中に歌碑もあることが分かった。昨年7月ごろに山城さん、宮城あきら編集委員長、垣花輝明委員らで同クラブを訪問。敷地内の一角に移設された日本 荘を探したが、一日探しても見つからなかった。断念して帰ろうとした夕方、はるか奥で高く伸びた草の陰に隠れていた石碑を見つけたという。 歌碑の写真は同記念誌に収録され、そしてこのたび、知念直義・野村流古典音楽協会会長、新城盛春・野村流古典音楽保存会会長ら関係者の提案により、会の財産として保存するため同クラブから県人会館へ運ばれた。...
ニッケイ新聞 2015年3月6日 福岡県が今年から、県人会のある国々に県内青年を派遣する新事業「グローバルステージ in BRAZIL / in HAWAII ~フロンティアに挑んだ先人に学ぼう~」を開始した。毎年2地域を訪問予定で、今回は移民史の古いブラジル、米国ハワイに5人ずつを派遣。当地では1日から、同県国際交流局交流第二課課長の武田誠一さん(団長)、福岡県国際交流センターの加藤奈美さん率いる訪問団5人が、8日まで県人会関係者との交流等を行っている。県費留学生や研修生が次々に規模削減・廃止される一般的な風潮に逆行するような、国際交流を重視した粋な取り組みといえそうだ。 同県では、県民の子弟招へい制度と、毎年10人を受け入れる県費留学制度を長年続けているが、青年を海外へ派遣する事業はなかった。武田課長によれば、2013年10月に同県で「海外福岡県人会世界大会」が開かれ、約300が集って今後の交流のあり方について議論した結果、「若い人同士の交流がなければ関係は続かない。青年を現地の県人会に送ろう」との方針が決まった。同課長は「海外の福岡県人会の活動は活発で、現地での影響力が強い人も多い。それに、知事も国際交流を大事にしている」と事業の追い風となった背景を説明した。一般公募を行ったところ、2カ国の募集に計60人もの希望者が殺到。ブラジル組は1日~8日、ハワイ組は6日~14日まで滞在し、県人会との交流のほか現地の政治経済事情を見聞する。当地組は、ホームステイをしながらブラジル日本移民史料館、県民が多く移住したスザノの県人会支部や同地農家、三菱商事などを訪問中。ブラジリアで梅田邦夫大使と面会の予定も。関西学院大学法学部の平野梓さん(21、福岡)は「授業で外国人労働者や移民のことを調べているので、彼らの母国に行ってみたかった」と参加を希望した。筑紫女学園中高等学校でグローバル教育推進準備委員をつとめる東郷秀朋さん(35、京都)は「経済格差を目の当たりにして考え込んだ」と所感を述べ、「学校として、これから生徒たちをもっと海外に出していきたい」と抱負を語った。 【団員名簿】武田誠一、加藤奈美、東郷秀朋、米村淳平、平野梓、平牧子(福岡大学)、東雲雄飛(西南学院大学)   【大耳小耳コラム】 福岡県の新派遣事業「グローバルステージ」の団員・米村淳平さん(31、福岡)は、「職場にブラジル人が沢山いるので、彼らの住んでいる所を見てみたかった」という。勤務先の九州海外協力協会は、いわば〃JICAの下請け〃で、毎年千人もの外国人を受け入れているとか。知事の理解もあり、国際交流が盛んな土地柄のよう。県庁の武田誠一さんが「交通の便も良く、海外との玄関口なのでオープンなんでしょう」と説明するように、明治維新発祥の地なだけに、国際感覚も先祖譲り?
ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)は、2月26日午後4時からサンパウロ市リベルダーデ区の文協ビル内県連会議室で2月度代表者会議を実施した。 初めに本橋会長からあいさつがあり「2月は日本では逃げると言う。2月ももう終わるが、県連の役員は3月31日の午後11時59分59秒までやっていただけたらいいな」と述べ、会場を盛り上げた。 議題は、(1)第18回日本祭り(2)第43・44回移民のふるさと巡り(3)県人会情報紹介。 第18回日本祭りに関しては、屋外会場と屋内会場の併設から屋内統一に伴う昨年度との変更点が中心に説明された。料理時の煙が充満するのを防ぐため、換気扇の設置による各県人会の負担増など飲食部門は痛手を被る。また山田康夫実行委員長は「(郷土食は)茨城と島根が参加しないと表明。また、昨年度出なかった静岡は出る」と発表した。愛知、京都、福岡の3県はまだ決めかねていたが、今月3日に本紙が電話取材で確認したところ、愛知、福岡の2県が参加することが明らかになった。昨年度よりも各県人会の参加率が高く、今年の祭りも期待を持てる。 第43回のふるさと巡りに関しては、3日目の昼に予定していたバカエンブー市の現地日本人会との交流を相手先の都合により変更。同日の夕方に着く予定だったリンス市にある西本願寺に向かう。寺で接待を受け、法要が行われるという。 最後に各県人会の新会長らが就任のあいさつを行った。和歌山県人会の谷口眞一郎新会長は「ブラジルと日本の二重国籍なので二つ名前がある」と述べ、愛媛県人会のワカヤ・ツタエ新会長も「日本語で読み書きはできませんが、よろしくお願いします」と世代交代らしいあいさつを行った。 2015年3月6日付
東日本大震災4周年追悼支援集会が11日午前10時から正午時まで、サンパウロ市リベルダーデ区のブラジル宮城県人会ホール(Rua Fagundes, 152)で開催される。 案内に永山八郎実行委員長、中沢宏一氏(宮城県人会会長)、佐藤直氏(憩の園理事)の3人が来社した。「あの時、俺は、なんで家族のそばにいて、家族を守らなかったんだべ。なんで、なんで…家族を守らねで船なんど守ったんだべ」―。当日は被災した漁師を描いた物語「命の次に大切なもの」の上映会や歌手中平マリコさんの支援活動などをはじめ多くの支援活動が紹介される。 中平氏はこれまでに何度も被災地を訪れ、「花は咲く」を歌い歩くなどの草の根支援に加え、在日本のNPO法人と共に福島県いわき市産の綿人形プロジェクトを行っている。 開催にあたり永山実行委員長は「ブラジルにいる方々に参加してもらって、日伯の友好関係を築きたい」と参加を呼び掛けた。
福島県人会(永山八郎会長)は、14日午後2時から午後4時までサンパウロ市リベリダーデ区の福島県人会会館(Rua da Gloria, 721)で講演会を開くにあたり、同県人会より永山会長、曽我部威事務局長が来社した。行われ、講師に池田マリオ清高氏と前園マルセリーノ武弘氏を招く。 池田氏は元連邦警察コンゴーニャス空港の署長で、「ブラジルでの今後の県人会の在り方、生き方など県人会の将来」。前園氏は現サンパウロ日伯援護協会事務局次長で、「コロニアに対してのこれからの援協の在り方、存在感」について話す。講演会を通じ、移民の生き様を学ぶ。 ポルトガル語で行われ、参加費は無料。 永山会長は「1世の時代が終わり、今は2世の時代。県人もそれ以外の人も、一人でも多くの人に来てもらいたい」と当日の参加を呼び掛けた。 問い合わせは同県人会(電話11・3208・8499)まで。 2015年3月5日付
鳥取県とブラジル鳥取県人会が1年おきに実施する「中堅リーダー交流事業」で、同県から谷上雄亮さん(29)、拝藤均さん(54)の2人が来伯した。約10日間の滞在中、ホームステイしながらサンパウロ(聖)市の県人会や、県が開設にかかわった第2アリアンサ移住地(聖州ミランドポリス)などで交流したほか、テーマに沿った視察・交流を通じて見聞を広めた。 同事業は2003年に始まり、県からの派遣は7回目。ブラジルからの派遣は6回で、県人会を担う人材が母県を知る機会となっている。 県の公募で選ばれた拝藤さん、谷上さんのテーマはそれぞれサッカー、農業。拝藤さんは昨年のサッカーW杯ブラジル大会日本・ギリシャ戦(ナタル)を観戦に家族で来伯したことがきっかけだったという。 小学校教師の傍ら、同県内のNPOスポーツクラブ副理事長として、長年少年サッカーの振興に携わる拝藤さん。毎年日本の中学生チームを招いて大会を開催するアルモニア学園を訪問し、「(子供たちが)ブラジルに来る時に得るものは非常に多い」と感じたという。コリンチャンス関連の少年チームも訪ね、サッカーだけでなく、非行防止など「地域のことを考え、使命感をもって取り組む」指導者の姿を見ることができたそうだ。 持参した郷土芸能は、父親が県内先駆者の一人という「皿回し」。第2アリアンサでも子供たちに教えた。「チャレンジして楽しんでくれた。こっちの子供はすごく素直です」。県人会との交流でも、「県への思いが強く、感謝していただいている。つながりを持ち続けたいという思いを感じた」と振り返っていた。 農業関係の会社で働く傍ら、現役の梨農家でもある谷上さんは、父親が40数年前にブラジルで研修した縁もあって応募した。「商品の扱いが雑で、物があふれてロスが多いのにびっくりした」聖市のセアザ訪問。聖州ピラール・ド・スールの柿生産者組合やモジの農家も訪ねた。日本と違う大量生産のスタイルを知る一方、付加価値をつける生産への取り組みも見た。「儲かる農業を子供に見せて、継いでもらえるよう頑張っている」という生産者の言葉に意気投合したと振り返る。 持参した郷土芸能は神楽の獅子舞。県人会で披露した時には、無病息災で過ごせるよう、たくさんの会員らが頭をかんでもらいに集まったそうだ。「県とのつながりを大事にしてくれてありがたい。温かく迎えられ、鳥取にいるみたいです」と谷上さん。「県人(1世)が少なくなる現在、事業を継続する意義を感じた」と話していた。 滞在中は鳥取県と交流のある聖市の松柏・大志万学院や、聖州森林院内の「サンパウロ・鳥取友好の森」も訪れ、2月13日夜には「日伯」をテーマとしたサンバチーム「アギア・デ・オウロ」のパレードなど聖市のカーニバルを満喫。サントス、リオ観光も楽しみ、同16日夜に離伯した。 2015年3月3日付
県人の歴史伝える出版物も ブラジル沖縄県人会と沖縄文化センター(田場ジョルジ会長)の第78回定期総会が22日、サンパウロ(聖)市内の県人会本部サロンで開催された。聖市内・近郊はじめ、州内、南マット・グロッソ州カンポ・グランデなど各支部から約90人の代表が出席。各種報告、今年度計画案の審議を行ったほか、第1副会長の島袋栄喜氏(64)が新会長に就任した。2004年まで務めた宮城調智氏以来、1世が会長に就任するのは9年ぶりとなる。 総会冒頭、体調不良のため欠席した田場会長に代わって島袋副会長があいさつ。2013~14年度理事会の任期中の協力に感謝した。 昨年は音楽、舞踊やスポーツ、郷土祭り、慰霊法要、ウチナー芝居などの定例行事に加え、カンポ・グランデ県人入植100周年、隣国ボリビアのオキナワ移住地入植60周年の節目の年。母県、他国県人会からも訪問団が来伯して祝った。移民100周年事業の記念誌「写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史」、「笠戸丸県人移民325名の名簿及び簡単な足跡」の2冊が5年の歳月を経て完成したことも明るい話題となった。 県人会の収支は、収入約102万レアル、支出約90万レアル。文化センターの収支は約14万レアルで、事業報告とともに承認された。 このほか、県人移住の歴史に関する出版物の紹介も行われた。 「笠戸丸移民・未来へ継ぐ裔孫」は笠戸丸県人移民と子孫の足跡をまとめたもの。琉球大学移民研究所元研究員の赤嶺園子さん(74)が約8年前から、国内、 亜国、沖縄などを訪ね調査を続けてきた。昨年12月に日本で出版、このほどポルトガル語版が完成した。赤嶺さんは「先人に対する感謝の一冊だと思っていま す」と気持ちを語った。 カンポ・グランデ支部では、同地の県系社会と県人会の軌跡を日ポ両語で記述した100周年記念誌 「希望の大地」が完成。聖市本部も協力し、州文化財団の支援を受け1000部発行した。11年から支部長を務める志良堂ニルトンさんは「この本を完成させ ることが目標だった」と話し、「県人移民の足跡を知ってほしい」と呼び掛けた。同地では地元の新里家の家族史も出版されている。 崎間達雄評議員は、ジャバクアラ支部の協力を受けて製作した記録映画「三線」を紹介。今後各地の支部で上映し、沖縄でも上映できればと希望を語った。 「写真で見る―」の編纂委員長を務めた宮城あきらさんも、支部、会員、編集委員ら協力者に改めて感謝の言葉を述べ、母県・市町村にも少しずつ配布を進めて いることを報告。山城勇・評議員会名誉会長は、「先祖が築いた基盤の上に色々な出版ができたことは喜びに堪えない」と述べるとともに、体調不良の田場会長 を支えて会運営に尽力した役員をねぎらった。 午後から今年度事業計画・予算案審議が行われ、与儀昭雄評議員会長が議長を務めた。...