06/03/2026

Dia: 13 de março de 2015

ニッケイ新聞 2015年3月11日 ブラジル日本都道府県人会連合会(本橋幹久会長)の2月度代表者会議が先月26日、文協ビルの県連会議室で行われ、45人が出席した。冒頭の会計報告で同月の収入は4万359・01レ、支出は6万8840・25レと発表された。先月13日に申し込みが締め切られた第18回日本祭り参加については、経費高騰により出店数の減少が懸念されていたが、昨年とほぼ同数となる54の団体の出店が決まった。県人会に限れば茨城、島根が昨年に続き不参加で、京都、愛媛、福岡が返答待ち。ガスや換気扇の配置を示すレイアウトの提出は今月20日までとなる。また炭を使用する団体は、会議の時点で4つの申し込みにとどまった。会場の改修に伴い、焼き場スペースが限られているため、昨年の12より減少した。「4県合同で使用すれば経費削減できるのでは」という提案があり、実現可能か協議していくとした。今月末に出発する「第43回ふるさと巡り」には、150人以上の申し込みがあった。27日から4泊5日でパウリスタ線沿いの移住地を巡る。9月末に開催する第44回(メキシコ)は、まず80人の枠で受付を開始した。最後に新会長が紹介された。群馬は小渕民雄氏から、1982年の県費留学生である矢島オタビオ氏(60、二世)、和歌山は木原好規氏が退任し谷口ジョゼ氏(72、同)、広島は2001年から務めた大西博巳氏から平崎靖之氏(69、広島)、愛媛は西村定栄氏からサクラ中矢食品の中矢レナト社長の従兄弟にあたる中矢伝氏(70、二世)、沖縄は田場ジョルジ氏から島袋栄喜氏(64、沖縄)へそれぞれバトンタッチした。今月26日には定期総会が開催される。
ニッケイ新聞 2015年3月11日 兵庫県人会が8日に宮城県人会館で開催した定期総会で、20年間会長をつとめた尾西貞夫さんが勇退し、元研修生で6年間役員を務めた松下大谷マルリさん(51、三世)が新会長に就任した。兵庫県出身者が少ないこともあり、年に一度の新年会とピクニック、農業研修生の受け入れを、同会では長年細々と続けてきた。今回は一転、総会には若者中心に約40人が出席し、活発な議論が繰り広げられた。新会長は「元研修生を何とか会活動に参加させたい。行事をもっと増やし、活性化したい」と意気込んでいる。 役員改選は単一シャッパの承認でスムーズに行われた。メンバーは従来の役員数人を残し、ほぼ入れ替わった。尾西会長は「若い人が立派に成長して来たので、辞めることにした。任期中は創立40年、45年、50年をやり、記念誌を3冊出せた」と振り返り、「55周年記念式典は、若い人にバトンタッチする」と後任に期待を託した。松下新会長は「これまで尾西さんに任せっきりだったが、心機一転、新しいメンバーとがんばる。今年の日本祭りも予算が倍近くになるけど、自分たちの責任で何とかしましょう。皆さんよろしく!」と日ポ両語で元気良く挨拶した。議題の進行中、会場では盛んに質問や意見が飛び交った。「会費50レアルは安い。もっと上げよう」「出せる人は多く出せる仕組みを」といった要望や、「元研修生が非会員のままで連絡も取れない状況はおかしい」などの意見が上がった。それを受け、新役員らは2016年には会費を70レに値上げし、研修生に関しては消息を調べてリストを作り、会の活動に参加させる意向と発表した。松下会長は「兵庫は会館がない。若い人を呼び込むため、他の県人会の青年部と一緒に何かできれば」との希望も語った。昨年の収入は約5万6千レアル、支出は約6万3千レ。インフレや元事務局長の退職に伴い、約7500レの赤字となった。今年の予算は6万3千レ。新事務局長には、兵庫出身の平井真理子さんが就任している。8月23日には静岡県人会で創立55周年記念式典を予定している。母県から知事ら約40人が来伯する見込みだ。監査補の喜多山重男さんは、「今まで年寄りばかりでシーンとして拍手だけだったのに、今日は若い人が7割くらい、すごく活発だった」と喜んでいた。 新役員は次の通り【会長】松下大谷マルリ【副会長】小林ジルセ(第一)、上野聖二(第二)【総務】山本アナ・パウラ【会計】植村エジナ【正監査】天野右郷、尾崎俊彦、衣川レジーナ【監査補】大川満、喜多山重男、高松セルジオ、坂本エレーナ、島田マルシア(敬称略)。   【大耳小耳コラム】 兵庫県人会の定期総会が、まさかこれほど盛り上がるとは思ってもみなかった。松下新会長が県系の親戚を連れてきたこともあり、若い女性の姿が目立った。役員も半数が女性と、これから彼女たちの活躍が期待できそう。資金集めも、これまでは尾西貞夫会長が兵庫出身の企業から寄付などを募っていたが、松下新会長は「企業には頼りたくない」と独立独歩で行く意気込みだ。尾西元会長の勇退で、幸先の良い世代交代のスタートが切られた模様。
ニッケイ新聞 2015年3月11日 長年行方が分からなくなっていた、琉球古典音楽の大家・山内盛彬(せいひん)氏真筆の歌が刻まれた琉歌碑がカントリークラブ日本公園内で発見され、沖縄県人会が会館敷地内に移設を図っている。山内氏は琉球古典音楽の渉猟と保存に尽くした音楽学者で、1952年に来伯した際、勝ち負け抗争の余燼で揺れ動く日系社会と沖縄県系人社会内の対立を憂い、音楽の力で大同団結を訴えた。サンパウロ市制400年祭の折に同県出身の作曲家・金井喜久子女史と共に「国際民族音楽会議」に日本代表として参加し、沖縄音楽の普及に努めた。石碑は同氏を顕彰し、県人会有志により1954年10月2日、サント・アンドレー市のジュッタ農場に建立されたもの。平和を希求した同氏による琉歌「平和しぬくゆる武器よさめ楽や原子爆弾も吹きゆ散らせ」が刻まれている。沖縄県人会の知念直義さんによれば、ジアデーマか本部のいずれかが移転先になる予定。聖市本部で3月1日に開催された「さんしんの日」には、館内に実物が展示された。