06/03/2026

Dia: 19 de março de 2015

ニッケイ新聞 2015年3月14日 【長村裕佳子クリチーバ通信員】今年は日本ブラジル外交関係樹立120周年、パラナ州日本人入植百周年、パラナ州兵庫県姉妹州県提携45周年の三つの節目を迎えることから、パラナ州政府、在クリチーバ日本国総領事館、パラナ州記念事業実行委員会の合同で12日、クリチーバの州政庁で記念事業の開幕式が行われた。式典にはベット・リッシャ州知事、梅田邦夫駐ブラジル日本国大使をはじめ、約250人が出席した。 実行委員会の山脇ジョルジ委員長は、「百周年を迎えたパラナの日本移民は苦労を乗り越え、今日各分野で活躍している。共にこの記念の年を祝いたい」とあいさつ。梅田大使は「東日本大震災でパラナから多大な支援を受けた事に日本政府、国民を代表して感謝したい。パラナ州で日本移民が活躍し、州の発展に貢献している事は日本国民にとって大きな名誉」と伝えたほか、兵庫県とパラナ州の姉妹州県関係について「日本が外国と図っている交流の中でも最も強固な関係である」と断言した。ベット・リッシャ州知事は、日本移民の多いロンドリーナ市で育った経緯を振り返りながら「パラナ州では全ての分野において日本の文化が浸透している」と称え、「日本の教育である献身や辛抱強さという教えは州の発展を目指す上での理念でもある」と示した。西森ルイス、高山ヒデカズ両下議も挨拶を行い、更なる日伯関係強化への尽力を誓った。在クリチーバ総領事館の池田敏雄総領事も出席した。式典では実行委員会により日伯外交関係、パラナ州日本人入植、姉妹州県関係の歴史についてスライドの発表も行われた。式典後は、クリチーバ文協若葉太鼓の演奏が行われたほか、同日に合わせてサンパウロから駆け付けた茶道裏千家によって来場者にお茶が振る舞われた。前日の11日夜には、クリチーバ文協で梅田大使夫妻の歓迎夕食会が開催され、日系団体代表者ら約160人が参加した。また、同大使はクリチーバ訪問に合わせてパラナ日伯商工会議所や日本語学校も訪れ、現地の企業家や日本語教師らと意見交換を図った。
ニッケイ新聞 2015年3月12日 東日本大震災4周忌追悼支援集会が、11日午前、聖市の宮城県人会館で開催された。岩手、宮城、福島の3県人会や福祉団体による追悼支援委員会(永山八郎委員長)が主催。東日本に甚大な被害をもたらした大災害から4年が経過し、当地からも支援活動の継続や拡大を狙って、新たな取り組みが生まれようとしている。 「真っ白な雪道に 春風香る」――粛々と被害者へ黙祷が捧げられ、日系3団体代表らが次々に献花し、約90人の参加者全員で復興支援曲「花は咲く」を熱唱した。永山委員長(福島県人会長)があいさつに立ち、「歴史に残る大災害から4年。私の福島はまだ県人12万人が避難生活をしている。時間はたっても人間の生活、心の問題はまだ深刻です」と伝えた。在聖総領事館の佐野浩明首席領事も登壇し、「これまで伯国から温かい支援、激励があったことに感謝。今日の式典も日本政府に伝える。これからもコロニアと協力していかねば」と話した。秋田県人会の川合昭会長は、母県が被災者受け入れや支援物資送り出しに尽力したことに加え、岩手県陸前高田市などの復興活動を伝えた。「津波被災地では土地のかさ上げ作業が行なわれている。陸前高田では昨年から、土地を10メートル上げる作業が開始した。3キロのベルトコンベアを設置し、山から土を運んでいる」と具体的な動きを挙げた。宮城県名取市ではオイスカや林野庁と連携し、黒松の再生事業が始まっている。12年2月に名取市海岸林再生の会が立ち上がり育苗を開始し、市民が一体となって活動をしているという。新たな試みも始まろうとしている。宮城県人会の中沢宏一会長は、棉栽培での復興協力を呼びかけた。「震災後の耕作放棄地を利用した取り組みとして、福島県では棉花栽培や加工・販売が行われている。年明けに、歌手の中平マリコさんから綿人形が届けられた。そこから棉花の種を取り出して植えたので、5月ごろ収穫できる」という。製品化して販売収益を被災地に寄付するなどの事業を具体化させたい考えだが、試行錯誤の段階だ。「栽培加工できる協力者を募りたい。農業者の多いコロニアにとって相応しい支援の形では」と呼びかけた。閉会の辞は救済会「憩の園」の吉岡黎明前会長が務めた。「震災を忘れないためにも支援行事を続けよう。遠いブラジルからも継続した支援が大切だ」と締めくくった。   【大耳小耳コラム】 支援集会の最初には15分の短編アニメ「命の次に大切なもの」が上映された。主人公は福島県相馬市の漁師たち。地震発生直後に起きた大津波から、「漁師にとって命の次に大切だった」という船を守るため、決死の覚悟で沖に逃がしたが、陸に戻るとそこは変わり果てた姿となっていた。家族、我が家、ふるさとを失っていたというストーリで、「命の次に大切なもの」は何だったのかを考えさせる内容に、改めて被害の大きさを感じさせるものだった。◎また聖州オランブラの日語教師、武藤祥子さんは、実際に東北まで行きサークルダンスによって被災者に笑顔を与える活動を行なった報告もあった。昨年8月には聖市内でダンス講習会を行い、その収益を被災地での活動費に充てた。実際に会場でも講習を行い、「ダンスで手を取り合って心の支援が必要です」と話した。当地から、みんなでできる継続的な支援の方法とは何か。〃絆〃のあり方が問われている。