福島県人会(永山八郎会長)は、14日午後2時から午後4時までサンパウロ市リベリダーデ区の福島県人会会館(Rua da Gloria, 721)で講演会を開くにあたり、同県人会より永山会長、曽我部威事務局長が来社した。行われ、講師に池田マリオ清高氏と前園マルセリーノ武弘氏を招く。 池田氏は元連邦警察コンゴーニャス空港の署長で、「ブラジルでの今後の県人会の在り方、生き方など県人会の将来」。前園氏は現サンパウロ日伯援護協会事務局次長で、「コロニアに対してのこれからの援協の在り方、存在感」について話す。講演会を通じ、移民の生き様を学ぶ。 ポルトガル語で行われ、参加費は無料。 永山会長は「1世の時代が終わり、今は2世の時代。県人もそれ以外の人も、一人でも多くの人に来てもらいたい」と当日の参加を呼び掛けた。 問い合わせは同県人会(電話11・3208・8499)まで。 2015年3月5日付
Mês: março 2015
鳥取県とブラジル鳥取県人会が1年おきに実施する「中堅リーダー交流事業」で、同県から谷上雄亮さん(29)、拝藤均さん(54)の2人が来伯した。約10日間の滞在中、ホームステイしながらサンパウロ(聖)市の県人会や、県が開設にかかわった第2アリアンサ移住地(聖州ミランドポリス)などで交流したほか、テーマに沿った視察・交流を通じて見聞を広めた。 同事業は2003年に始まり、県からの派遣は7回目。ブラジルからの派遣は6回で、県人会を担う人材が母県を知る機会となっている。 県の公募で選ばれた拝藤さん、谷上さんのテーマはそれぞれサッカー、農業。拝藤さんは昨年のサッカーW杯ブラジル大会日本・ギリシャ戦(ナタル)を観戦に家族で来伯したことがきっかけだったという。 小学校教師の傍ら、同県内のNPOスポーツクラブ副理事長として、長年少年サッカーの振興に携わる拝藤さん。毎年日本の中学生チームを招いて大会を開催するアルモニア学園を訪問し、「(子供たちが)ブラジルに来る時に得るものは非常に多い」と感じたという。コリンチャンス関連の少年チームも訪ね、サッカーだけでなく、非行防止など「地域のことを考え、使命感をもって取り組む」指導者の姿を見ることができたそうだ。 持参した郷土芸能は、父親が県内先駆者の一人という「皿回し」。第2アリアンサでも子供たちに教えた。「チャレンジして楽しんでくれた。こっちの子供はすごく素直です」。県人会との交流でも、「県への思いが強く、感謝していただいている。つながりを持ち続けたいという思いを感じた」と振り返っていた。 農業関係の会社で働く傍ら、現役の梨農家でもある谷上さんは、父親が40数年前にブラジルで研修した縁もあって応募した。「商品の扱いが雑で、物があふれてロスが多いのにびっくりした」聖市のセアザ訪問。聖州ピラール・ド・スールの柿生産者組合やモジの農家も訪ねた。日本と違う大量生産のスタイルを知る一方、付加価値をつける生産への取り組みも見た。「儲かる農業を子供に見せて、継いでもらえるよう頑張っている」という生産者の言葉に意気投合したと振り返る。 持参した郷土芸能は神楽の獅子舞。県人会で披露した時には、無病息災で過ごせるよう、たくさんの会員らが頭をかんでもらいに集まったそうだ。「県とのつながりを大事にしてくれてありがたい。温かく迎えられ、鳥取にいるみたいです」と谷上さん。「県人(1世)が少なくなる現在、事業を継続する意義を感じた」と話していた。 滞在中は鳥取県と交流のある聖市の松柏・大志万学院や、聖州森林院内の「サンパウロ・鳥取友好の森」も訪れ、2月13日夜には「日伯」をテーマとしたサンバチーム「アギア・デ・オウロ」のパレードなど聖市のカーニバルを満喫。サントス、リオ観光も楽しみ、同16日夜に離伯した。 2015年3月3日付
県人の歴史伝える出版物も ブラジル沖縄県人会と沖縄文化センター(田場ジョルジ会長)の第78回定期総会が22日、サンパウロ(聖)市内の県人会本部サロンで開催された。聖市内・近郊はじめ、州内、南マット・グロッソ州カンポ・グランデなど各支部から約90人の代表が出席。各種報告、今年度計画案の審議を行ったほか、第1副会長の島袋栄喜氏(64)が新会長に就任した。2004年まで務めた宮城調智氏以来、1世が会長に就任するのは9年ぶりとなる。 総会冒頭、体調不良のため欠席した田場会長に代わって島袋副会長があいさつ。2013~14年度理事会の任期中の協力に感謝した。 昨年は音楽、舞踊やスポーツ、郷土祭り、慰霊法要、ウチナー芝居などの定例行事に加え、カンポ・グランデ県人入植100周年、隣国ボリビアのオキナワ移住地入植60周年の節目の年。母県、他国県人会からも訪問団が来伯して祝った。移民100周年事業の記念誌「写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史」、「笠戸丸県人移民325名の名簿及び簡単な足跡」の2冊が5年の歳月を経て完成したことも明るい話題となった。 県人会の収支は、収入約102万レアル、支出約90万レアル。文化センターの収支は約14万レアルで、事業報告とともに承認された。 このほか、県人移住の歴史に関する出版物の紹介も行われた。 「笠戸丸移民・未来へ継ぐ裔孫」は笠戸丸県人移民と子孫の足跡をまとめたもの。琉球大学移民研究所元研究員の赤嶺園子さん(74)が約8年前から、国内、 亜国、沖縄などを訪ね調査を続けてきた。昨年12月に日本で出版、このほどポルトガル語版が完成した。赤嶺さんは「先人に対する感謝の一冊だと思っていま す」と気持ちを語った。 カンポ・グランデ支部では、同地の県系社会と県人会の軌跡を日ポ両語で記述した100周年記念誌 「希望の大地」が完成。聖市本部も協力し、州文化財団の支援を受け1000部発行した。11年から支部長を務める志良堂ニルトンさんは「この本を完成させ ることが目標だった」と話し、「県人移民の足跡を知ってほしい」と呼び掛けた。同地では地元の新里家の家族史も出版されている。 崎間達雄評議員は、ジャバクアラ支部の協力を受けて製作した記録映画「三線」を紹介。今後各地の支部で上映し、沖縄でも上映できればと希望を語った。 「写真で見る―」の編纂委員長を務めた宮城あきらさんも、支部、会員、編集委員ら協力者に改めて感謝の言葉を述べ、母県・市町村にも少しずつ配布を進めて いることを報告。山城勇・評議員会名誉会長は、「先祖が築いた基盤の上に色々な出版ができたことは喜びに堪えない」と述べるとともに、体調不良の田場会長 を支えて会運営に尽力した役員をねぎらった。 午後から今年度事業計画・予算案審議が行われ、与儀昭雄評議員会長が議長を務めた。...
ニッケイ新聞 2015年3月4日 沖縄県人会(島袋栄喜会長)が主催する「第10回さんしんの日」が1日、聖市本部で開催された。歌から踊りまで10の演目が繰り広げられ、約400人が故郷の音色に耳を済ませた。琉球放送が1993年に提唱した「ゆかる日 まさる日 さんしんの日」をキャッチフレーズに、毎年母県の開催日(3月4日)に合わせて開催されている。野村流古典音楽協会、同流古典音楽保存会、琉球民謡協会、琉球民謡保存会の4団体のブラジル支部が共催。琉球筝曲興陽会ブラジル支部、ブラジル沖縄舞踊協会など多数団体が協力出演した。初めは約50人の奏者による恒例「かぎやで風節」でめでたく開幕。三線や民謡はじめ、女性二人が黄金の扇子を手に舞う「鷲の鳥」や、10代の若手4人が一年の特訓の成果を披露した「秋の踊り」など舞踊も充実していた。琉球民謡保存会ブラジル支部による合唱では、明るい曲調の「パラダイスうるま島」にあわせて玉城流てだ伯洋の会や具志堅洋子琉舞道場が「めでたい節」を舞い、舞台に花を添えた。来場者は、友人や子どもの晴れ舞台をビデオに収めたり、手拍子で参加したりと楽しんだ。「1980年から野村流古典音楽協会で活動している」という同会会員の女性は「恥ずかしいから」と名前を伏せつつも、「小さい頃からずっと沖縄の歌を聞いていたので、ブラジルや日本の歌よりも大好き」と語った。9年間実行委員長を務めた知念直義さんに代わり、今回は山内盛一さんがイベントの舵を取った。休憩時に参加者も一緒になって「てぃんさぐぬ花 本調子2」を演奏するなど、新たな取り組みも加わった。自身も出演した同実行委員長は「『若い二世、三世に華を持たせて』と頼んだので、今回はいつもより若手が多い。高齢者が抜けても大丈夫なように土台作りが大切だ」と語った。留学生研修生OBうりずん会(仲地アウローラ代表)による進行もスムーズで、若手が着々と育っている様子。今年で同会は創立20年を迎えることから、6月20日に記念イベントも予定されているという。イベントがある度に来場するという照屋渡部ロザナ・ノリコさん(49、二世)は、「一世がどんどん亡くなって行くので二世が伝統を継いでいかなければ。先祖の文化を忘れちゃいけない」と話していた。 【大耳小耳コラム】 さんしんの日に来場した照屋ロザナさんは、「父から『会館に行け』って昔うるさく言われていた理由が今は分かる」と語る。彼女が沖縄文化に関心を持ったのは、20年前に琉球大学に留学して以来。今は「先祖の文化を忘れちゃいけない」と子どもも連れて会館を訪れる。当初は関心が低かった娘も、昨年沖縄に研修へ行ってからはウチナー口や三線を習い出し、県人会の催しにも自分から母親を誘うようになったとか。催しの進行を担う「うりずん会」も、研修・留学生OBの集まりだ。どこも規模が縮小しつつある留学制度だが、死守の必要性を改めて実感。
ニッケイ新聞 2015年3月4日 兵庫県漁業協同組合連合会の訪問団がパラナ州を訪れ、2月9日午後、クリチーバ市の兵庫姫路会館で兵庫県産の海苔の紹介、その輸入、現地での加工工場設置の構想について説明を行った。兵庫県ブラジル事務所の山下亮所長、西森ルイス下院議員、パラナ日伯商業会議所の高村富士夫理事のほか、企業家ら約30人が参加した。同連合会の突々淳参事、多田義治顧問、のり海藻事業本部の藤澤憲二次長、中小企業診断士の中野正也さん4人が訪れ、事業について説明。兵庫県の海苔の輸入販売、又は輸入した海苔を現地で加工し販売する構想を発表した。現地で加工を行う場合は、1日10万枚、年間2600万枚の海苔の生産を目指す。参加した企業家らとパートナー関係の可能性について協議したほか、質疑応答では安価な中国製品にどう対応していくかが話し合われた。一行は「中国製品に競合できる価格で質の良いものを提供したい。ブラジルで海苔の質を伝え、普及に時間がかかるのも覚悟」との考えを示した。現地で一行に同行する山下所長も、「兵庫の海苔のおいしさはきっとブラジル人にも伝わるはず」との期待を示した。4月に実施される西森下議の経済ミッションでは兵庫県の海苔工場の視察を予定し、伯企業への参加を呼び掛けた。翌日10日、一行はパラナ州沿岸部のパラナグア市へ移動し、再度説明会を開いた。(長村裕佳子通信員)
ニッケイ新聞 2015年3月3日 昨年で姉妹都市提携45周年を迎えた大阪・サンパウロ姉妹都市交流事業により、奥泉みどりさん(18、三世)が親善大使として8日から15日間、日本を訪れる。親善大使の派遣は5年に一度だったが、3年前から毎年実施されている。奥泉さんは4歳でデカセギのため両親と共に訪日し、小学校5年生まで愛知県豊川市で日本の教育を受けた。「また日本へ行きたかったので、日本語の勉強をずっと続けていた」と語る。「住んでいた所をもう一度訪ねたいし、大阪の道頓堀にも行ってみたい。日本文化や日本語をもっと学んで、将来はホテル業や通訳の仕事に携われたら」と、はにかみながら語った。当地コーディネーターを務める花田ルイスさんは「最近は、彼女のように親のどちらかが非日系というケースが増えている。新時代のコロニアの代表者としてがんばってほしい」とエールを送った。
ブラジル兵庫県人会(尾西貞夫会長)は、3月8日午前10時(第2次招集)からサンパウロ市リベルダーデ区の宮城県人会会館(Rua Fagundes, 152)で定期総会と新年会を行う。 議題は、2014年度の事業及び決算報告、監査の意見発表、15年度の事業業計画及び予算審議、役員改選、会の将来についての自由発言の計7題。 総会終了後、新年親睦会に移りビンゴ大会を行う。出席者はビンゴの賞品用に一品を持参すること。当日の会費は一人40レアル。75歳以上は無料。 申し込みは兵庫県人会(電話11・3207・0025か(brhyogoken@gmail.com)まで。 2015年2月28日付
ニッケイ新聞 2015年2月27日 静岡サッカー協会(岡野光喜会長)の専務理事を務める竹山勝自さん(63、静岡)と、ユースダイレクター(育成年代責任者)の石井知幸さん(51、同)が来伯し、昨年のサッカーW杯を機に静岡県伊東市と交流を始めた聖州イトゥー市を25日に訪れた。地元イトゥアーノFC(昨年聖州選手権優勝)を表敬訪問し、ジュニーニョ・パウリスタ会長と面会。10月に初開催を予定する日本では珍しい「15歳以下の国際大会」への招待の打ち合わせをし、関係書類にサインを交わした。 竹山、石井両氏は25日、02年日韓W杯の優勝メンバーでもあるジュニーニョ会長を表敬訪問した。静岡サッカー協会からの呼びかけに同会長は恐縮しながら、「大変光栄」と少年らの訪日機会を喜んだという。試合規則や待遇の詳細を打ち合わせし、正式に選手ら23人を日本へ招待することが決まった。加えてイトゥー市役所にアントニオ・カルヴァーリョ・ゴメス市長を訪ねると、ロビーでは伊東市の公立校から送られた絵画展が行なわれ、「交流盛り上げを歓迎」と喜んだという。イトゥー市は、サッカー日本代表が昨年合宿した場所として記憶に新しい。その時、発音が似ている縁から、静岡県伊東市と国際交流を始めている。今回はサッカーにおける中学年代の強化に加え、両市の友好・親睦化が狙いだ。開催時期は10月10日からの3連休を予定。当地以外にも、指導者招聘などで交流が深いメキシコから育成組織に定評のあるプーマス、また親日国タイからチョンブリFCも招く。日本側は、プロチームのジュビロ磐田や清水エスパルスを含めた選抜2チームと、同じ東海地方に拠点を置く名古屋グランパスが出場予定。15歳以下の全6チームが、日韓W杯で使用した5万人収容のエコパスタジアム(袋井市)を舞台にしのぎを削る。大会前には、イトゥー市勢と伊東市民との文化交流も企画されている。竹山専務理事は「イトゥアーノは6日夜に到着し7、8日は伊東市で大会前の調整を進める。地元チームとの交流戦やサッカー教室、歓迎会などが行なわれるだろう」と話し、両市の友好を深める機会も設ける予定だ。「ユース直前の大事な世代の割に、中学年代で国際交流できる機会は少ない。今後さらに詳細を詰め、静岡県から独自に強化事業を進めたい」と展望し、〃サッカー王国・静岡〃の復活に向けて意気込んだ。
ニッケイ新聞 2015年2月25日 ブラジル沖縄県人会・ブラジル沖縄文化センターの『2015年度定期総会』が、22日午前10時から聖市の同県人会館で開かれ、会員ら約90人が出席した。14年の業務、会計決算報告、15年の事業計画案、会計予算案のほか、新執行部が決定し、単一シャッパで島袋栄喜氏(64、沖縄)が新会長に就任した。田場ジョルジ会長は体調不良で欠席、代わりに新会長の島袋氏が挨拶に立ち、会員らに昨年度の協力を感謝しながら、出席者の少なさについて「もっと関心を持ってもらいたい」と話した。議長には与儀昭雄氏が選出された。県人会の昨年度収支は収入約102万7千レ、支出約90万8千レ、13年度の繰越金約9万5千レを含めて約21万4千レの繰り越し。文化センターは収入約13万8千レ、支出約14万1千レで約3千レが赤字計上され、財政状況の厳しさが浮き彫りになった。今年度は民謡、古典音楽、舞踊、ゲートボール、ミス琉装、沖縄角力、柔道、ウチナー芝居など計23の行事を計画。6月には毎年恒例の慰霊法要、7月には郷土祭りも行われる。今年度予算は、県人会が60万7千レ、文化センターが22万レを計上。昨年度事業・収支報告、今年度事業計画・予算案ともに拍手で承認され、年会費の50レから55レへの値上げについても承認された。昨年9月24日に、県人移民100周年記念事業で発刊された『写真で見るブラジル沖縄県人移民の歴史』『笠戸丸県人325名の名簿とその足跡』について、宮城あきら編集委員長が「皆さんのお手元にお届けでき感慨深い」と話し、資金協力を得た西本エリオ聖州議員や県人会員らに感謝の意を述べ、「全てのウチナーンチュの一致結束・協力の賜物であり、末永く愛読される事を願う」と述べた。赤嶺園子さん(74、沖縄)も8年がかりで移民の墓標やその家族を巡り編纂した自著『笠戸丸移民 未来へ継ぐ裔孫』(ニッケイ新聞編、沖縄タイムス刊)を紹介し、「先人に対する御礼の一冊。読後に先人への感謝を感じて頂ければ」と勧めた。続いて役員改選が行われ、新会長には島袋氏が就任した。島袋氏は「責任を感じる。これから県人会、うちなんちゅのために努力していく所存」と話し、「これまでは沖縄の伝統・文化をいかに二、三世に継承するかに重きを置いてきたが、今後はそれを伯国社会や世界に向けて発信していく必要がある」との決意表明をした。 新執行部は以下の通り。(敬称略)【第1~6副会長】高安宏治(一世)、上原テリオ(二世)、西原正三(同)、垣花輝明(同)、比嘉パウロ(同)、島袋カミーロ(三世)【会計】(第一)目差ジョン、(第二)平良栄子【書記】(ポ語)古波津セルジオ、(日語)島袋安雄 【大耳小耳コラム】 沖縄県人会相談役の崎間達雄さん(72)がジャバクアラ支部の後援で製作したドキュメンタリー映画『三線』の完成発表を行った。在伯沖縄移民の声を元に、琉球時代からの三線の歴史を辿りながら、三味線の未来を考える作品。沖縄県人会22支部で上映予定、日語翻訳が完成し次第日本でも上映する。希望があれば無料の上映会も可能とのこと。3月4日三線の日に合わせて、三線の歴史に触れてみるのもいいかも。
ニッケイ新聞 2015年2月25日 鳥取県と鳥取県人会(本橋幹久会長)が実施する『中堅リーダー交流事業』で6~16日の間、会社員の谷上雄亮さん(29)と小学校教諭の拝藤均さん(55)が滞伯した。農業関係の会社に勤務しながら、県名産の梨を栽培する谷上さんは、40年ほど前に半年間、父親が農業研修でブラジルを訪れたことが参加のきっかけになった。「こちらの農業者の、農業に対する熱い思いが伝わった。意見交換する時間が長引いて、視察に十分な余裕がなかったくらい」と刺激を受けた様子。「大量生産、大量消費が基本のブラジルだが、日本のように徐々に商品の差別化、ブランド化が進んでいると感じた」と両国の農業分野における見聞を深めた。境港市のサッカークラブ「FCアミーゴ」の指導者でもある拝藤さんは、コリンチャンスの下部組織の練習も視察した。「中学生年代から戦術指導が徹底していて驚いた。サッカー文化の違い、歴史の深さを痛感した」と感嘆した様子で振り返った。毎年サッカー交流大会を開催するアルモニア教育文化協会の関係者とも懇談し、次回大会への招待も受けたという。これまで韓国などへの海外遠征も行なっており、「子ども達をブラジルに連れてくることがこれからの目標です」と思いを新たにしていた。二人は移民史料館、モジやピラール・ド・スールの日系農家、アリアンサ、サントス、リオなどを訪れ、聖市サンバカーニバルも観戦した。本橋会長は「財政が厳しい中、理解をもって取り組んで頂ける県に感謝です」と、しきりに礼を述べた。
ニッケイ新聞 2015年2月24日 ブラジル広島文化センター(大西博巳会長)が22日、同会会館で第59回定期総会を開き、会員ら約70人が出席した。会創立60周年と終戦70周年を迎える同会だが、役員改選では現会長派と、それに不満を持つ平崎靖之副会長派の2シャッパが提出された。不満や疑問が噴出し長時間にわたって議論された挙句、最終的に平崎氏を会長とするシャッパが信任投票で承認され、ドタバタするなかで節目の年の新スタートを切った。 午前10時に始まった総会では、まず開拓先亡者や戦争被害者に黙祷、14年度の活動内容として創立式典に関わる準備、神楽公演、中国ブロックの合同行事などが報告された。昨年の収支は収入50万2145・20レ、支出41万7530・82レだった。15年度の事業として創立式典(10月25日)を計画しており、予算案では支出の多さに疑問が投げかけられた。収入67万レに対し支出は103万7千レ。会館修繕(28万レ)、式典(20万レ)、記念誌(6万レ)が主な要因で、事務員給与も約8万7千レから15万に増額した。「常駐事務員を雇い会館修繕や運営を期間限定で担当してもらう」という発案に大西会長らから不満がもれた。しかしこの予算案は理事会で承認されているもので、混乱がうかがえた。理事らは「あくまで枠組み。必ずしも使うものではない」と理解を求め、「理事会で詳細を詰め結果通達を」という会員の希望を受け、昼12時過ぎにようやく収束した。その後の役員改選では、大西派と平崎派のシャッパが公表された。涙ながらに「対立を避けべき」と訴える会員もあり、激論の末ようやく選挙に移ったのは2時間経ったあとだった。現行体制への決定的な不満要素は、大西会長による「独裁政権」(平崎派談)だった。その事例の一つが、好評だったのに中止されたデイサービス「もみじの会」だ。9年間も同事業に関わった平延康子さん(70)は「(大西会長は)古くなったガスコンロや冷蔵庫の新調を渋った。会員が『自費で買う』と言っても『置く場所がないから』と拒否された」と13年にやむなく中止した経緯を話した。加えて理事会で長時間議論して決まった内容が、会長判断でひっくり返る場合が多かったとも。立場が苦しくなった大西会長は、「会員でない地方の人物が平崎派に記載されている」と指摘すると、平崎派も「大西派は期限内(20日午後6時)にシャッパ提出していない」と詰め寄った。緊迫した硬直状況に痺れを切らした会員が席を立ち、昼食を準備するという形で無言の抗議をはじめた。最終決断を迫られた選挙管理委員が一転、大西派のシャッパ提出を認めず、午後2時半を過ぎた頃に信任投票という結末を迎えた。全57票のうち賛成39、白紙12、大西派の6票は無効扱いとなった。 新役員は以下の通り(敬称略)。【会長】平崎靖之【副会長】村上佳和、中森紳介、重田エルゾ、吉弘ロベルト、梶原パウロ【会計】石井公男、ニシモト・マルコ【書記】小田シゲオ 【大耳小耳コラム】 広島県人会の役員改選で、選挙に至るまでには時間を要した。最終結論が「大西派シャッパ無効」となるとは、最初は誰も思ってなかったかも。総会前に、選挙管理委員が会議を行なったそうだが、そこでその結論に達することはできなかったのか。最初から「無効」であれば、2時間超の議論も全く不要だった気が…。新体制には〃民主的〃で、透明な運営に期待か。◎任期を終えた大西博巳前会長は、「役員会などで普段から顔を合わせている面々が、知らない間にシャッパを作っているとは」と落胆。ただし最後には「40年以上前に広島大学へ留学した経験が、これまでの人生に役立っている。お礼する気持ちで今までやってきた」と会への感謝を口にし、2001年からの〃万年会長〃の座をしぶしぶ退いた。
毎月2回、基本的に第1と第3土曜日にサンパウロ市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催されている青葉祭り。各種製品販売とともに楽しみなのが、3階屋上で行われている食事処での昼食だが、このほど写真のように屋根の一部を被覆した。 雨風をしのぎ、太陽光線をさえぎることが目的で、常連客に話を聞くと、「これまでのテントだと風が強い日はあおられるし、日差しが強い時には下からの照り返しがきつかった」と言い、屋根の一部を被覆した効果も発揮している様子。 それにしても、毎回の同祭の昼食時には、コロニアの年配の方々ばかりでなく、若い駐在員家族の来場も少なくない。 物価上昇が激しいサンパウロで、安く、うまく、手軽に食べられる青葉祭りの昼食が重宝されているようだ。 2015年2月19日付
立佞武多も晴れの舞台に サンパウロ(聖)市のカーニバルが13日夜開幕し、2晩にわたりスペシャルチーム14組がアニェンビーのサンボードロモをパレードした。14日早朝には日伯外交関係樹立120周年を記念して『ブラジルと日本 120年の絆』をテーマに選んだサンバチーム「アギア・デ・オウロ(以下アギア)」が登場。東日本大震災からの復興を願い制作された青森県五所川原市の巨大立佞武多『復興祈願 鹿嶋大明神と地震鯰』が外国からの山車としてブラジルのカーニバルに初出場を果たし、カーニバル史上最多となった日系人550人、日本人100人の計650人の参加者を含む総勢約3500人が日伯両国の想いを乗せて歌い、踊り明かした。 14日午前4時50分、スタートを知らせる合図が三日月の輝くまだ暗い夜空に響き渡り、全長900メートルの会場を練り歩くアギアのパレードが始まった。 38年の歴史でまだ優勝経験のないアギアが悲願の優勝に向けて選んだ今年のテーマは『ブラジルと日本 120年の絆』。東京都の浅草サンバカーニバルにサンバ隊を長年に渡り派遣するなど日本との交流が盛んなアギアは、日伯外交関係樹立120周年のこの年に日本の文化を表現して初優勝へと挑んだ。 未来をイメージした銀色の船を先頭に現れたアギアのメンバー。続く打楽器隊の前には、カーニバルの花形「マドリーニャ・デ・バテリア」役として日 本人の小口未来さん(33、神奈川)が登場。同役を日本人が務めるのはサンパウロのカーニバル史上2人目の快挙で、髪をちょんまげに結った姿で堂々と踊 り、笑顔を振りまいて観衆を魅了した。 続く1番目の山車ではアギアのシンボル「金色の鷲」と共に、新幹線、ロボット、アニメキャラクターなど、「最先端」を行く日本の文化を表現。山車の上では日本のアニメや漫画キャラクターに扮したダンサーが踊って注目を集めた。 大きな船の形をした2番目の山車では、柔道、相撲、野球選手の巨大人形が登場。道着に黒帯を締めるダンサー、剣道の竹刀を振るダンサーなどが山車の上で踊り、装飾では魚が勢いよく飛び跳ねる様子で日本の食を表現した。 三つ目の山車では、金色に輝く巨大な大仏と招き猫が登場。禅僧のコーエン師も参加した。髪を丸めた女僧が座禅を組みながら手を振って踊るユニークな演出もあった。 そして4番目の山車には高さ15メートルの巨大立佞武多『復興祈願 鹿嶋大明神と地震鯰』が登場。東日本大震災の翌年に復興を願って青森県五所川原市で制 作されたこの立佞武多は、地震を起こすと伝えられる鯰を大明神が押さえ込みながら、地震を鎮めるとされる霊石「要石(かなめいし)」を振りかざす様子を力 強く表現。 15台のコンテナに分けられて海を渡った立佞武多は、五所川原市から訪れた14人の組立て班とアギアの技師らが協力してその姿を復元。当日は平山誠敏五所川原市長をはじめ、表敬訪問団14人がカーニバルに参加した。 立佞武多の山車の上には、平山市長をはじめ、日本政府を代表して宇都隆史外務大臣政務官、福嶌教輝在聖総領事、立佞武多招致の発起人で衣装デザインも手が けたコシノジュンコ氏、青森県人会の玉城道子会長らが法被や着物姿で乗り込み、溢れる歓声に満面の笑みで手を振って応えた。 最後の山車では日伯外交関係樹立120周年の親善大使にもなった元サッカー日本代表監督のジーコ氏が、日伯両国旗を半分半分にデザインした衣装をまとい、サッカーやカーニバルなど日伯両国の文化の融合を表現した。...
約1時間にわたり練り歩いたアギア・デ・オウロに参加した人達の終了直後の感想を伝える。 興奮冷めやらぬ様子の福嶌教輝在サンパウロ総領事は、「面白かった! 一生の思い出です。(観客の)皆さんがすごくニコニコ笑っていて、手を振って拍手をしてくれ、日本に対するものすごい優しさ、温かい眼差しを感じました。感激です。ブラジルありがとう」と長期に渡る準備の苦労も吹き飛んだ様子。 立佞武多(たちねぷた)の招致に貢献し、衣装のデザインも手掛けたコシノジュンコ氏は、「終わってしまったのが残念ですが、素晴らしい大きな出来事だったと思います。立佞武多も本当に一段とカッコ良く、日本って本当にカッコいいんだなと思いました。大成功でした」と感無量の表情だった。 また、両氏と共に立佞武多の上で着物姿で踊った青森県人会の玉城道子会長は、本番を迎えるまでの心配を振り返り、「無事に終わってホッとしています」とひと安心。「五所川原市から来られた職人の方も、大変な中で準備してくださり本当に感謝。これからも世界に向けて立佞武多を発信し、世界の平和や友好に活用してもらえたら」と想いを語った。 同チームの女王「ライーニャ・デ・バテリア」を初めて務めたシンシア・サントスさんは、取材に対して日本語で「私達ブラジルと日本が一緒にできたこと大切。特別で素晴らしい気持ち」と答えた。 打楽器隊でカイシャを叩いたブラジル人のパウロ・ペトロシンキさん(39)は、「ブラジルの日系社会がとても素晴らしいように、今日のカーニバルも素晴らしかった」と日本をテーマに表現したことを称賛。 また、宇都隆史外務大臣政務官は、立佞武多を背に踊ったことで「皆さんが楽しそうに受け入れて見て下さる視線を感じ、ブラジルで日系社会が受け入れられていると実感した」と述べ、「日系社会という財産をもう一度大事に見直すことがこれからの120周年事業かなと思う。ブラジルの皆さんが温かく受け入れてくださるように、日本のブラジル人コミュニティーも大事できたら」との考えを語った。 2015年2月17日付
「日伯の友好の架け橋に」 巨大立佞武多の前で行われた贈呈式では、はじめに平山誠敏五所川原市長があいさつ。同市の立佞武多が参加することに関し、「まさか地球の裏側のブラジル国のサンパウロのカーニバルに参加するとは夢にも思わなかった」とその驚きを語り、「この立佞武多の姿をブラジルの皆さまをはじめ世界中の人にご覧いただき感動していただきたい。友好の懸け橋になることを願う」と想いを語った。加えて東日本大震災の復興支援に対し、「まだ復興の道なかばでありますが、皆様からの温かいご支援に感謝します」と礼を述べた。 続いてアギアとインスティチュート・パウロ・コバヤシ(IPK)を代表してセルソ・ミズカミ氏があいさつ。「カーニバルに外国から山車が参加するのはこれが初めてで歴史的な快挙。創立38年にして今年は優勝できると確信している」といい、日本語で「ニホントブラジル、イッショニガンバリマショウ」と結束を呼び掛けた。 立佞武多を使用する提案者となったデザイナーのコシノ・ジュンコ氏は、紙を使って手作りする立佞武多は日本の文化だと強調。「素晴らしい会場に日 本の伝統文化をそのまま持って来れたことは奇跡的なこと。カーニバルで実現できることは大変誇り」とその意義を語り、「今日は優勝できたらいいなと思う」 と意気込みをのぞかせた。 福嶌教輝在サンパウロ総領事は「四つのありがとう」として、五所川原市、アギア、コシノ氏、そして協力者すべてへ感謝。「今晩は優勝を目指したい」と笑顔を見せた。 4氏のあいさつの後、平山市長とミズカミ氏が書面にサインして正式に立佞武多が贈呈された。また、平山市長からアギアへ立佞武多をデザインに施したカレンダーや焼き物など同市の土産物が手渡された。 立佞武多の山車に乗る青森県人会の玉城道子会長は、「踊りも練習して曲も覚えましたが責任重大です。ずいぶん苦労して立佞武多を作られたのでぜひ優勝したいです」と意気込みを語った。 2015年2月14日付
ニッケイ新聞 2015年2月24日 和歌山県国際交流センターと同県中南米交流協会が実施する『中南米海外移住者子弟受入事業』で、聖市に住む高校生・高橋マルセロ建蔵さん(16、三世)が1月17日から2月7日まで訪日した。幼い頃から「家族のルーツは日本にある」と聞かされていたため、参加を希望した。7歳から日語学習にも積極的に臨み、現在は日本語能力試験N3を所持している。滞在中は県内観光のほか、和歌山大学などの教育機関でブラジルに関する発表会も行なった。「事前に準備していたものの、初めのうちは緊張した。でもブラジルの日系社会や文化を知ってもらえた」と相互理解を喜んだ。3家族の下でホームステイし、「食べ物や気候、文化の違いを体感し、アニメなども堪能できた」と大満足した様子。「一人で日本に行くことで大人になることが出来た。貴重な経験だった」と笑顔で振り返った。
