8º FÓRUM AOKB-CCOB: A LÍNGUA DO POVO OKINAWANO, SÍMBOLO MÁXIMO DE SUA CULTURA, NÃO PODE MORRER?
Dia: 13 de maio de 2015
A nona edição do Wanko Soba Matsuri chega a ACA Iwate Kenjikai no dia 17 de maio,...
ニッケイ新聞 2015年5月9日 ブラジル熊本県文化交流協会(田呂丸哲次会長)が17日午前11時半より、同協会サロン(Rua Guimaraes Passos, 142, Vila Mariana)で「第1回ふりかけ祭り」を開催する。会費は20レ。商品販売はなし。 熊本県はふりかけ発祥の地として知られており、会の振興のために新企画を思案していた同協会はそこに目をつけた。 当日は、一般社団法人「国際ふりかけ協議会」から提供された〃熊本ブランド〃のふりかけ4種を用意。試食した来場者の投票でグランプリが決まる。また、商品の当たるビンゴ大会もある。 同協会一行は昨年5月に「熊本ふるさと巡り」で母県を訪れ、協議会から祭りへの協力の約束を取り付けた。協議会主催の「ふりかけフェスティバル」は、3万人が来場する大イベントとなっている。 会館で会見を開いた田呂丸会長、小山田祥雄前会長、赤木数成書記は「栄養満点でおいしいふりかけを是非食べにきて。他に食事の用意もあります」と来場を呼びかけた。 問い合わせは同協会(11・5084・1338)まで。
2015年5月9日 ニッケイ新聞 2015年5月9日 沖縄県人会(島袋栄喜会長)が17日午後2時より、同会館(Rua Dr. Tomas de Lima, 72, Liberdade)で「第8回沖縄フォーラム」を行う。「沖縄文化の無上の象徴であるウチナーグチを消滅させてはならない」をテーマに7人が講演する。日ポ両語の同時通訳付で、会員以外も入場可。 言語をテーマにするのは今回が初めて。三線や琉球國祭り太鼓の演奏も加わり、琉球文化について理解を深め合う。 比嘉アナ・マリア実行委員長、島袋会長、比嘉パウロ、島袋カミーロ両副会長が案内のために来社。島袋会長は「日系社会だけに留まらず、ブラジル全体に沖縄文化を伝承していきたい。興味がある方はぜひ」と来場を呼びかけた。 なお参加者は、1キロ分の保存食を持参のこと。集められた保存食は社団福祉法人「希望の家」に寄付される。 問い合わせは同県人会(11・3106・8823)まで。
ニッケイ新聞 2015年5月12日 「多羅間殿下」とコロニアで親しまれていた明治天皇の孫、多羅間俊彦さんの初七日ミサが4月21日に行われたが、その前に、天皇皇后両陛下をはじめ皇太子殿下ご夫妻、秋篠宮ご夫妻からお悔やみの電話があり、さらに三笠宮さまや久邇宮家からも御供花があったことが分かった。多羅間アリッセ未亡人は驚きながらも、「本当にありがたいお心遣い」と心から感謝しているという。 多羅間さんは、東久邇宮稔彦王と同妃聡子内親王(明治天皇の九女)の第四王子として生まれた。父の東久邇宮稔彦王は終戦後初の第43代内閣総理大臣で、47年に皇籍離脱した。戦前に在聖総領事館に勤務し、退官後に渡伯して耕地を経営していた多羅間鉄輔・きぬ夫妻の養子となり、51年4月に単身、渡伯していた。ブラジル唯一の皇室血縁者だった。15日午後3時ごろ、聖市の自宅で心臓発作のために享年86で亡くなった。初七日ミサは4月21日に自宅近くのサンタテレジンニャ教会で行われ、当日は祭日だったにも関わらず100人以上が参列した。多羅間さんが亡くなった後、宮内庁の侍従から電話があり、天皇皇后両陛下や秋篠宮ご夫妻などからの「多羅間さまがお亡くなりになりましたことに対し、ご家族にご弔意をお伝えするよう仰せつかりました」との電話が自宅にあり、妻のアリッセさんが対応した。両陛下は、ご来伯時にサンパウロ市で会ったことをたいへん懐かしく思い出しているとのメッセージを託された。また皇太子殿下ご夫妻からも、訃報に接し、大変残念に思うとのお言葉に加え、「日本移民百周年のおりに、大変良くして頂いた事を、ありがたく思っております。心からのご冥福をお祈りいたします」との心のこもったメッセージが託された。その他、秋篠宮ご夫妻からお言葉もあった。教会には、三笠宮さまや久邇宮家からの御供花も供えられた。ミサでは、お言葉の全文が日本語では友人の尾和義三郎さん、ポ語ではアリッセさんの弟・花城ゼッツリオさん(元聖市交通局長)から披露され、会場には驚きの声が広がった。なお四十九日法要は5月31日午後3時から聖市の西本願寺(Rua Changua, 108, Saude)で行われる予定。
ニッケイ新聞 2015年5月9日 元島根県人会長の安達敬之助さんが7日、急性心不全のためになくなった。享年79。初七日は13日午後2時より浄土真宗本派本願寺(西本願寺、住所=Rua Changua, 108, Chacara Inglesa)で行なわれる。 安達さんは1936年4月6日に島根県八束郡鹿島町(現・松江氏)に生まれた。1958年に柔道の師範として来伯し、全伯講道館有段者会の会計を長く務めた。 島根県会長を2001年から3期務めた。それ以前も副会長として20年以上に渡り、県人会を支え、現在も顧問を務めていた。 その他、ブラジル拓殖大学学友会会長や、文協評議委員を現在まで務めており、各方面で活躍していた。
ブラジル熊本県文化交流協会(田呂丸哲次会長)は、17日午前11時半からサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の同交流協会サロン(Rua Guimaraes Passos,142)で「第1回ブラジルふりかけ祭り」を開催する。 当日は、来場者が4種類のふりかけを食べ比べ、一番おいしいと思うものを投票で決定。食後にはビンゴ大会も行われる。 開催に至った経緯について田呂丸会長は「新たな取り組みを模索する中、昨年5月に熊本県を訪問した。ふりかけ工場が多いことに気づき、地元の人に尋ねたところ、同地がふりかけ製品発祥の地だと知った。その後、熊本県側と1年間の協議の末、祭りが実現した」と説明した。 ご飯にかけて食べる「ふりかけ」は熊本県から生産が始まったと言われ、古くは戦時中の食べ物として重宝された。アジア諸国を中心に外国でも種々の製品が販売され、親しまれている。 市場拡大が見込まれるブラジル。フリージャーナリストの日下野良武氏によると「モンスーン気候で、米を食べるアジア諸国では普及しやすい。ブラジルは一見すると肉食だが、その根底には豆と米があり、日本と同じ量の米の生産が行われている。きっかけがあればその後の普及は早い」とコメントした。 現代の日本の食文化を代表するふりかけ。田呂丸会長、小山田祥雄氏、赤木数成氏の3人は「同じ日本食でも寿司は調理が大変。ふりかけは手間要らず」「ご飯にかけるだけで、時間短縮、栄養満点」「偏食だった孫がふりかけのお陰で、ご飯をおかわりするまでになった」とふりかけの魅力を語った。 明石照久同祭実行委員長は同祭を「普及の出発点にしたい」と意気込み、来場を呼び掛けた。 参加費20レアル、当日はふりかけの商品販売は行わない。問い合わせは同協会(電話11・5084・1338)まで。 2015年5月9日付
訪日旅行で訪れた鹿児島県。昨年まで鹿児島県研修生として本紙で取材活動を行い、現在は鹿児島市内の種苗企業に勤務している川口裕貴氏の強い勧めで鹿児島市から車で30分ほどの南九州市にある「知覧(ちらん)特攻平和会館」を訪問した。 同会館は日米戦争末期の1944年から45年にかけ、戦況不利を打開しようとする日本軍部が戦闘機パイロットの人命を兵器の一部分として特攻、戦死させた17歳から26歳まで1036柱の英霊の遺影や遺書等を展示している。1036柱はすべて日本人ではなく、当時日本の統治下にあった韓国や台湾の若者の名前も展示。また、当時20歳の青年が書いた遺書もあった。 同会館の存在を今回の訪日までは知らなかった記者だが、日本人なら一度は見ておきたい場所だ。 なお、写真は会館内が撮影禁止のため、会館横に併設されている特攻隊員たちが出撃までの期間を過ごした三角兵舎の復元モデルの外観と内部を撮影した。 2015年5月9日付
