ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、本橋幹久会長)は「移民の日」の18日午前10時半から、サンパウロ(聖)市イビラプエラ公園内の開拓先亡者慰霊碑前で「ブラジル日本移民107周年開拓先亡者慰霊追悼法要」を営む。同会では法要への出席と、各県人会には過去帳の持参を呼び掛けている。 当日午前9時半に聖市リベルダーデ区の文協ビル前(Rua Sao Joaquim, 381)から無料送迎バスが出発する。問い合わせは県連(電話11・3277・8569)まで。 2015年6月11日付
Dia: 11 de junho de 2015
ブラジル北海道協会(大沼宣信会長)主催の「第20回北海道祭り」が、31日午前11時から午後3時までサンパウロ市ビラ・マリアーナ区の同協会会館で開催され、曇天の下、約400人の参加者が訪れた。 今年の目玉は、初の試みとなる炭火焼きサンマの販売。サンマは北海道の釧路から輸入し、本場の味を提供。恒例のニシンが手に入らず、その代わりとして釧路産のサンマを採用したという。今年で2回目の参加となった70代主婦は「ニシンも美味しかったけど、サンマも美味しい」と満足気だった。 サンマの味付けは塩のみで、大沼会長は「塩焼きが一番良い。薄味にしたのは、サンマの旨味を楽しんでもらうため」と説明した。 一般的に塩辛いものを好むブラジル人たちはどう感じたのか。日本食レストラン勤務のベリン・サユリ・イクナガさん(24、3世)は「魚の小骨が多くなくて食べ易い。普段扱う魚とは味も異なり、美味しい」と言う。一方で魚を食べ慣れていない人には、骨があり食べづらいとの声もあった。 レオナルド・ドラチオートさん(24)は「和食は味が強くないのに、美味しい。ブラジル料理はたくさん調味料を使うから」と話す。 他にも焼きイカの販売や、ちらし寿し、イチゴ大福の販売なども行われた。参加者の近藤堅一さん(65、2世)は「1世が作るちらし寿司は、味付けがしっかりしている」と述べ、料理した同協会婦人部の伊東六子さん(80、北海道)は「口がしっかりしてなきゃダメね」と美味しさの秘訣を話した。 鈴木妙子婦人部長は「具材も値段が高く、下準備をするのには骨が折れる。重い腰を上げれたのは、積極的に手伝いに参加してくれた青年部たちのお陰」とその苦労をねぎらった。 また、青年部のよさこいソーランの披露やビンゴ大会も行われ、大盛況で幕を閉じた。吉野加莉奈さん(23)は「じっちゃんやばっちゃんたちがもたらした日本文化を思い起こせた」と笑みを浮かべた。 2015年6月11日付
ブラジル日本文化福祉協会(Rua Sao Joaquim, 381)は、移民107周年記念行事を次の通りに開催する。 【先駆者慰霊ミサ】18日午前8時からサン・ゴンサーロ教会(Pra;a Joao Mendes, 108)で。 【開拓先亡者追悼大法要】18日午後2時から文協記念講堂で。 【第50回コロニア芸能祭】20日午前9時、21日午前10時から文協記念講堂で。 【白寿者表彰式】21日午前9時から文協記念講堂で。 【第19回桜祭り】7月4、5両日午前10時からサンパウロ州サンロッケ市の国士舘大学センター(Estrada do Carmo, 801 Rodovia Bunjiro...
昨年6月12日に61歳で死去した大部一秋ウルグアイ大使(元在サンパウロ総領事)を偲ぶ会が、日系5団体の共催により12日午後3時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区の文協小講堂(Rua Sao Joaquim,381)で開かれる。同行事に出席するため、日本から夫人の栄子さんが娘の美栄子さんと来伯。8日本紙を訪れた栄子夫人は、「皆様に感謝申し上げたい」と気持ちを語った。 大部氏は2008年11月から12年6月まで在サンパウロ(聖)総領事を勤め、中小企業基盤整備機構を経て13年4月にウルグアイ大使として着任。在任中の14年6月に病気治療のため一時帰国したが、同月12日に肝不全のため東京で亡くなった。在聖総領事在任中は106カ所の日系集団地を訪れるなど、栄子夫人とともに精力的に活動。離任前にサンパウロ名誉市民章を受け、亡くなった日付で瑞宝中綬章、正四位を授与されている。 栄子夫人にとっては大部氏の離任以来3年ぶりの来聖。現在、息子が進出企業駐在員としてサンパウロに滞在しているそうだ。今回のブラジル訪問に当たっては、大部氏が亡くなった時に訪日していた二宮正人文協評議員会副会長の協力もあったと振り返り、関係者に感謝を表す。 偲ぶ会では栄子夫人、家族があいさつするほか、梅田邦夫大使からのメッセージも紹介される予定。 栄子夫人は「主人が帰国する時、心はサンパウロに残ると言っていました。本当にその通りで、どこに行っても皆様のことをお話して、帰ってくるのを楽しみにしていました」と振り返り、「尊敬する皆様に感謝申し上げたい思いで来ました。本人の思いも叶ったかと思います」と気持ちを語った。 2015年6月11日付
奈良県人会長も務めた梅崎嘉明氏がこのほど、9冊目の自費出版本「奴隷と移民」を発行した。 今回の発行は「楽書倶楽部」誌の前園博子代表が、梅崎氏が過去に同誌に発表したエッセイを本にしないかと持ちかけたことが発端となる。収録されたのはエッセイが6編、さらに書き下ろしの小説1編に、梅崎氏が選んだ過去の作品140首。当時の写真も随所に収録されている。 タイトルとなった小説「奴隷と移民」では、梅崎氏が移住をしてきた82年前が描かれている。その頃はまだ元々奴隷だった人々が生きており、奴隷と移民の様子が対比して書かれている。「移住した当時の自分や移民たちの苦労話を書きたかった」と梅崎氏は語る。「コロニア移民の話は、もう受けない」と言われながらも、「奴隷の話は興味深いと周りからは好評だった」と話す。 現在10冊目の本を制作中で「歳も歳だからこれが最後」と笑う。かつてはパウリスタ文学賞を受賞したこともあり、他にも短歌の賞の受賞や、「コロニア文学界」の創立など、文学と共に歩んできた。 価格は20レアル。購入希望者は梅崎氏(電話11・5571・5043)まで。 2015年6月9日付
ニッケイ新聞 2015年6月9日 昨年6月12日に肝不全で突然亡くなった大部一秋ウルグアイ大使(元在聖総領事、享年62)を偲ぶ会が、12日午後3時から聖市の文協小講堂で行なわれるにあたり、妻の栄子さんと長女の美栄子さんが日本から訪れ、8日来社した。 日系社会への感謝を代弁すると共に、「夫はとにかくブラジルが大好きだった」と故人の思いを伝えた。逝去する2週間前まで、ウルグアイ国内の遠隔地に出張するなど通常業務をこなしてきた。体調を崩して一時的な治療だと思って、昨年6月3日に帰国したら、東京の病院でいきなり「余命は数日」と伝えられたという。 未亡人によれば「そんな状況でも自分より人のことを考える人。自分の葬儀の段取り、例えば場所取りや弔辞の依頼などをベッドの上から電話して自分で決めていた。後任のことも考え、執務室のどこに何があるとか、鍵の場所まで細かく指示をし、『やることは十分にやった』と友人に伝え、眠るように亡くなりました。死に顔はこの写真同様に笑顔でしたので、皆さん驚かれていたようです」との逸話を明かした。 3年半の任期で106カ所もの集団地を訪れたきっかけに関し、「最初のころにノロエステを訪問し、プロミッソンの安永忠邦さんらに『移民の歴史を語り継いでほしい』と依頼され、『コロニアには日本人の魂がある』との想いで訪ねて回り、ブラジルを離任した後も約束通りあちこちで移民の話をしていました」と思い出した。 「まさかサンパウロで偲ぶ会を行なって頂けるとは。ご挨拶の機会を設けて頂き、感謝しかありません」と話している。奇しくも息子の一城さんが昨年から聖市で駐在員となり、知り合った伯人女性と今年結婚する運びになった。「このブラジルとのご縁を一番喜んでいるのは夫だと思います」と元気に笑った。
ニッケイ新聞 2015年6月9日 水産業の専門家が集う「第3回水産会合」が先月22日、聖州エンブー・ダス・アルテス市のフランシスコ・リッゾ公園で開催された。同市とブラジルピラルクー愛好会の共催で、専門家を招いた講演会を中心に、有意義な意見交換が行なわれた。 聖州漁業インスチチュートのクボ・エジソン会長や、聖州工業連盟(FIESP)漁業委員会のイマイ・ロベルトさん、ピラルクー養殖家の末永リカルドさん、アラゴアス州水産局の丸田エジソンさんらが講演を行い、現状や今後の課題などが話し合われた。 参加者からは「エンブー市内や近郊には釣堀がいくつかあるのに、その多くの魚はパラナ産ばかりだと初めて知った」「自前の魚を生育するために、サンパウロでも環境を整える必要がある」「まだ聖州の市場は小さい。もっと拡大しなければ」といった声があった。 エルデル・バルバーリョ水産大臣からもビデオメッセージが届けられたほか、水産用品の展示・販売やピラルクーの刺身の試食も行われた。チコ・ブリト市長は、「水産業の強化は重要課題の一つ。軌道に乗せるためには、閑散期の支援なども必要かもしれない」との考えを示した。
