今後も重要行事は両団体で
プロミッソン日伯文化体育協会(岡地建宣会長)とプロミッソン日系文化運動連盟(吉田ダニエル会長)共催の上塚周平80回忌記念法要が5日、プロミッソン市内の上塚氏の墓地と同市内の上塚記念公園で行われた。当日は冷たい風が吹く中、午前9時から同市内墓地で墓参が行われ、その後の法要式典と合わせ約100人が参列した。
午後9時からプロミッソン市内の墓地で行われた墓参には、在サンパウロ総領事館の中前隆博総領事をはじめ、プロミッソン市のアミルトン・ルイス・フォス市長、ジョゼ・アパレシード・ガルガロ市議会議長、サンパウロ熊本県人会田呂丸哲次会長、ノロエステ連合日伯文化協会の白石一資会長などが参列し、リンス本願寺の岡山智浄住職が読経する中、順に焼香をあげていった。
上塚氏の「墓守」と言われる安永忠邦氏(94、2世)は「上塚さんの足元に生まれ、今日までお世話になっている。『墓守』と言われるのは光栄なこと。亡くなる1週間前に会った時、『頑張ってくれ』と言われたが、それは自分に向けられたのではなく、日系コロニアに向けて言っていたのではないか」と上塚氏との思い出を振り返った。
その後上塚公園に移動し、記念法要式典が行われた。法要に先駆け、アミルトン市長から、中前総領事へプロミッソン郡内公式訪問客の証書と、市長夫人から花束が贈呈された。一同合掌の後、中前総領事から順に参列者が焼香した。
焼香後は中前総領事など6人があいさつを述べ、白石ノロエステ連合会長は「先人の偉業を忘れず、功績を称えていくことが日系社会には必要」と力強く述べた。
参列していた松田進氏(76、3世)は「上塚さんは『移民の父』でもあり、私の父のようでもある」と話し、藤江喜代子氏(86、2世)は「上塚さんの棺をお墓まで運んだことを覚えている」と当時の記憶を話してくれた。
法要後は「上塚公園を守る会」婦人部が午前6時から準備した昼食を和やかな雰囲気の中、中前総領事やアミルトン市長も共にし、式典は午後1時半頃終了した。
今回の式典はプロミッソン市の文化体育協会と運動連盟の共催だが、両団体は長らく対立していた過去がある。しかし文化運動連盟の吉田会長が「一緒にやれて 嬉しい」と語るなど、現在の関係は良好なようで、文化体育協会の岡地会長も「来年のプロミッソン移民100周年は一緒にやろうと話している」と言い、今後 も両団体で重要行事は共催していく考えだ。また両会長とも「ブラジル人と仕事をすると、いつも日本人は信用してもらえる。今の自分たちがあるのは上塚氏 や、先の移民のお陰」と感謝し、上塚氏への思いを語った。
式典では両団体に代わり、感謝の言葉を述べた安永ルイス氏は「プロミッソンの者としては、できるところは2つの団体に一緒にやってもらいたいという思いはある。上塚さんの功績は歴史が伝えてくれるから、私たちはそれを守っていかなければならない」と語った。
「この法要がなくならないように毎年来ている」と語る末原武雄氏(49、2世)のように、プロミッソンの日系人にとって法要は特別な行事であり、上塚氏への強い思いがある。
2015年7月16日付
