副島副知事ら慶祝団が来伯出席
次の50年を視野に「還暦」祝い
ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)創立60周年記念式典が、2日午前10時からサンパウロ(聖)市アクリマソン区の同県人会館で行われた。母県からは副島(そえじま)良彦副知事をはじめ、中倉政義県議会議長ら15人の慶祝団が訪れ、来場した会員約200人と共に節目の年を祝った。同協会は1946年に母体となる団体が発足。55年に現在につながる全伯組織「在伯佐賀県人会」が誕生した。66年には伯国慈善団体として登録され、「ブラジル佐賀県文化協会」に改称。81年に完成した同県人会館においては剣道や薙刀などの武道を通じ、日系社会に貢献して来た。
式典は秀島正幸同県人会副会長の開会の辞に始まり、日伯国歌斉唱、先亡者への黙とうを行った。
式典には飯田茂在サンパウロ日本国総領事館領事部長、野村アウレリオ聖市議、ウエダ・エドアルド聖市長代理、在アルゼンチン佐賀県人会の梅崎フラビア会長、本橋幹久県連会長、山下譲二文協第1副会長、尾西貞夫援協副会長が来賓として出席した。
西山会長が式典あいさつし、「会員、母県の多大な支援、協力、そして私たちを受け入れてくれたブラジル社会の親切さがあったからこそ、今日の私たちがある。先人たちに感謝し、この先50年を視野に入れた県人会の活性化と永続の再起点にしたい。日本とブラジルは関係深い間柄になるだろう。今後も日伯両国の懸け橋になるような人材を育成していきたい」と述べた。
副島副知事は「今までに4500人を超える本県出身者が海を渡り、過酷な労働条件や不慣れな環境の中でブラジル社会に貢献し、発展に尽力してくれた。現在は『人を大切に。世界に誇れる佐賀作り』をテーマに県政を行っている。佐賀には本物がたくさんある。皆さんが『ふるさと佐賀県』を誇れるように世界に発信していく」と祝辞を述べた。
中倉県議会議長は「小学5年生の時に友人がブラジルへ移住し、別れの言葉を代表として読んだことを覚えている。当時はブラジルと聞いてもピンとこなかった。今回彼を県人会関係者に捜索してもらったが、既に故人となっていた。皆さんは筆舌に尽くしがたい苦労をし、ブラジル国家の一員として貢献をしている」と敬意を表した。
その後飯田領事部長、ウエダ聖市長代理、本橋県連会長から祝辞、祝電披露、記念品の贈呈が行われた。
続いて歴代の県人会長4人が表彰され、江頭幸男顧問が代表して謝辞を述べた。また井上清氏には日本との重要な仕事をしたことが評価され、特別感謝状が贈られた。井上氏は病気療養中で欠席のため、秀島副会長が代理で受け取った。
高齢者表彰では、95歳の松尾進蔵氏が代表して授与された。
研修生として佐賀県に渡った久保カチア氏は、この日ポルトガル語での司会を務め、また留学生・技術研修生を代表し「これからも留学、研修制度を続けてほしい」とあいさつした。
最後に県歌「栄えの国から」を全員で合唱。閉会となった。
式典閉会後は祝賀会が開かれ、鏡割、ケーキカットの後、吉村幸之前県人会長の音頭で乾杯した。会場の会員らは県人会の60周年の誕生日を「パラベンス・パラ・ボセー」の大合唱で祝った。
祝賀アトラクションではまず藤間芳琴氏の鶴亀日本舞踊が披露され、続いて葉隠館門弟による剣道の型が発表された。同県人会館で練習している森田泰江師範と子弟による薙刀演舞、県人会婦人部による健康体操も披露された。慶祝団からは「赤トンボ」などの唱歌が歌われ、最後は「ふるさと」や「幸せなら手をたたこう」など3曲を婦人部と会場が一体となって合唱した。
15歳の時にブラジルに移住して来たという男性は「父が亡くなってから、県人会とは疎遠になっていたが、新聞記事を見て今日は来てみた。みんな笑顔で歌っていて良いね」と久しぶりの県人会行事を楽しんでいた。
休憩を挟んでサンバショーが行われ、慶祝団もサンバーダンサーと踊りブラジル流の式典を堪能していた。
2015月8月5日付
