ニッケイ新聞 2015年8月11日 ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)主催の「第11回日伯友情交流絵画展」が3日に開幕し、同日夜に会場の在聖総領事館多目的ホール(Av. Paulista, 854, Bela Vista)で開会式が行われた。 同県人会による交流事業の一環で、日伯の芸術家による作品45点が出展された。式典には約150人が来場。関係者が芸術に関する会話をかわしつつ、開幕を祝った。 山田会長は、「これほど継続する事業になるとは、開始当初誰も思わなかったのでは。今ではコンクール入賞者やプロの芸術家も加わり、見ごたえのある絵画展となった。各方面からの協力に感謝です」と話した。 中前隆博総領事も「外交120周年、在聖総領事館100周年などの節目に、当館で10年以上続く事業を開催できうれしく思う」と喜びを口にした。 今展示は14日までの開催で、開館時間は平日午前10時から午後5時(最終日のみ正午)まで。問い合わせは同県人会(11・3209・8073)へ。
Dia: 12 de agosto de 2015
ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)創立60周年記念式典が、2日午前10時からサンパウロ(聖)市アクリマソン区の同県人会館で開催されたことに先がけ、副島良彦副県知事と中倉政義県議会議長による記者会見が午前9時半から行われた。 60周年を機に「佐賀県とブラジルの友好をさらに深めたい」と副島副知事は語り、中島議長は「移住に際しては大変だったと聞いている。先亡者にあいさつしたく、慰霊碑を参拝させてもらった」と語った。 また、慶祝団一行の来伯時には熱烈な歓迎を受けたと話し、「改めて絆の強を感じた」と感激した様子だった。 両氏は留学生制度のさらなる充実や、3日間のブラジル滞在中に県人会員らと親交を深め、会員らの意見を取り入れながら今後の計画を立てていきたいとした。 さらに、ブラジルからの留学生たちとの対談にも触れ、「みんながしっかりとブラジルで佐賀をアピールしてくれている」と感じたという。現在は「人を大切に、世界に誇れる佐賀づくり」というプロジェクトで世界に向け県の魅力を発信しており、「こちらの佐賀県民、佐賀県民子弟が誇りに思ってくれるような県政をこれからも行っていきたい」と話していた。 2015年8月8日付
ニッケイ新聞 2015年8月8日 ブラジル佐賀県文化協会(西山実会長)が2日、1946年の創立から60周年を祝い聖市の同会会館で記念式典を行なった。副島良彦副知事、中倉政義県議会議長ら一般含め15人の慶祝団が祝福に駆けつけ、当日来場した約270人の関係者と共に、還暦の節目を祝った。 来賓には日系3団体の代表や飯田茂在聖領事部長、亜国県人会のウメサキ・フラビア会長らが訪れた。祝辞に立った県連の本橋幹久会長は、「早くからこの大きな会館を拠点に、活発な交流に取り組んでこられた。創立60周年、弥栄!」と言葉を送った。 野村アウレリオ聖市議からはこれまでの功績を称え、会に表彰状が送られた。会側は歴代会長の江頭幸男、井上清、辻定男、吉村幸之四氏に、県側も味の素、久光製薬、85歳以上の高齢者29人に感謝状を手渡した。パラナ州から訪れた松尾進蔵さん(95、二世)は、「亡き父と共に、県人会活動に参加でき誇りに思う」と謙虚に謝辞を述べた。 お互いに記念品を交換し、県から日系3団体への寄付金贈与の後、元留学生・久保カチアさんが挨拶に立った。「佐賀短期大学での経験はどれもが有意義なものだった。現在は日本語教師として活動している」と報告。「武道にも触れ、礼儀や相手を敬う気持ちがいかに素晴らしいか感じた」と笑顔を見せた。 県歌「栄の国から」を大合唱し昼食祝賀会へ。ケーキカット、鏡割りで創立60周年を祝い、日舞や居合い、薙刀、健康体操の実演が行なわれた。母県側も加山雄三の「海・その愛」など合唱を披露し、最後は盛大なサンバショーで締めくくった。 佐賀県知事 山口祥義 1822年、ブラジル独立の年に、佐賀八賢人の島義勇は佐賀城下で生を受けました。「北海道開拓の父」でありながら佐賀においては、功績を知る人は少なく顕彰しようとする動きがあまり盛んでない現状を、誠に残念に感じています。 移住者にとってもこれまでのご労苦は、島が感じたものにも匹敵するでしょう。そんな状況下でも、ブラジルの発展に長らく貢献されてきたことは県民として大きな誇りです。 創立60周年という節目を契機に、貴会が一層発展されますとともに、会員、そしてご家族の皆様のご活躍とご健勝、併せてブラジル国の繁栄を心から祈念して私の祝辞といたします。 県議会議長 中倉政義 移住された郷土出身の皆様方は、筆舌に尽くし難い苦難を克服され、ブラジル発展に多大な御貢献をされておられます。私どもが誇りとするところであり、敬意と感謝の意を表する次第であります。 先ごろ三重津海軍所跡が、「明治日本の産業革命遺産」としてユネスコ世界遺産に登録され、来年は有田焼が創業400年を迎えます。また19年ぶりに佐賀市で、熱気球世界選手権大会が開催されます。 私たち県民は、自らの発想と創意工夫によってお客様をお迎えし、郷土「佐賀」をしっかりと守り、次世代に引き継がなければなりません。議会としても佐賀にしかない貴重な財産を活かしながら、山口知事とともに地方自治の両輪として、郷土の発展に全力を尽くす所存です。 皆様方におかれましても、ブラジルの発展と佐賀との絆の強化、促進に御尽力、御協力を賜りますようお願い申し上げます。...
ニッケイ新聞 2015年8月8日 ブラジル日本都道府県連合会(本橋幹久会長)の7月の代表者会議が先月30日夜、県連大会議室で行われ、37人が出席した。議題の中心は終了したばかりの「第18回日本祭り」が占め、活発な議論が行なわれた。 正確な収支は来月以降に発表されるが、山田康夫実行委員長(滋賀)より「県連としては赤字になる見通し」と発表。来場者は土曜日の大雨の影響で約15万人(昨年比3万人減)と少なく、開催前に見込まれた赤字分を埋めるには至らなかった。 来年以降の開催の参考人として、会場「サンパウロ・エキスポセンター」の経営会社GLevents(以下GL)のマーケティング担当も出席した。同氏は来年以降の開催への協力を表明すると共に、同祭の総評として「クレジットカードの未対応」「割高な値段設定」「給料日前の開催」などの問題点を指摘した。 GL側へ当日の駐車場の未整備等へ不満も上がる中、山田実行委員長は各県人会に向け「日本祭りがなくなれば県連は無くなる。利益ばかりでなく、どう存続させるかを考えなければならない」「殆どの県人会が売上げを落とした様だが、お金を取る以上はプロ。それは個人の問題だ」と厳しい指摘をした。 市川利雄同副委員長(富山)も日本祭りの存続方策を「GLと協力してスポンサー探しを実施し、各々でマーケティングを学び、収益を伸ばすこと」と訴えた。 来年の開催の有無に関しては委員会を設置し、今月20日までに決定することになっている。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 【既報関連】サントス港に停泊中の海上自衛隊練習艦「しまゆき」(小圷聖一艦長)と護衛艦「やまぎり」(橋本聖一艦長)に乗船する約300人の隊員が文協での歓迎式典(6日付け本面掲載)後、出身地ごとに県人会から歓迎を受けた。郷里の話題や移住当時の体験談を通し、親交を深めた。また両艦長は文協移民史料館も訪れ、移住の歴史に耳を傾けた。 福岡県出身の6人の隊員は、福岡県人会(南アゴスチーニョ俊男会長)の20人と共に、陸軍少将・池田リュウゾウ氏(54、二世)の招待で、南東伯軍総合司令部講堂で歓迎昼食会に参加した。 県人同士で会話を楽しみながら、フェジョアーダなどブラジル料理に舌鼓を打った。 昼食後、ビデオを使った当地の陸軍組織の概要説明が池田氏から行なわれ、橋本艦長から「ブラジルと国境が接している周辺国との関係は良好と聞いているが、実際はどうか」と質問が出るなど、真剣に聞きいっていた。 本紙の取材に対し、橋本艦長は「日系人の方がブラジル軍の主要なポストに就いて活躍されていることを、とても誇りに思う」と感想を語った。 南会長は、「元々、池田さんを歓迎会に呼ぼうとしていたところ、逆に招待された。熱心に皆さんを歓迎してくれ、県人会としても貴重な機会を持てて嬉しかった」と、予期せぬ出来事を楽しそうに語った。 愛知県出身の14人の隊員は愛知県人会(沢田功会長)の30人からシュラスコなど手作り料理で歓迎を受けた。 沢田会長は「多くの方々が参加してくれて嬉しい。会員は二世が多く、懐かしい故郷の話をする、というわけにはいかないが、今日の楽しい思い出を日本に持って帰り、家族や友人に伝えてもらえれば」と話した。 小圷艦長は「暖かく歓迎してくださり感激。日本人として日本語が大切にされているということを嬉しく思う。これまでの寄港地で他国日系人との交流もあったが、ブラジルの日系社会の大きさには驚いた」と語った。 県人の話を熱心に聞いていた隊員の水谷康宏さん(24、愛知)は、「日本語を聞くとやはり安心する。県人会の存在は艦内でも話題なっていた」と話した。江口重雄さん(77、愛知)は「スポーツの話をした。皆さん体格が良くて頼もしい」と意見交換を楽しんでいる様子だった。 隊員たちは昼食で親交を深めた後、会員の案内でリベルダーデやセー広場を観光して歩き、当地の光景に興味津々の様子だった。 また橋本、小圷両艦長は、文協移民史料館を見学。笠戸丸をはじめ、ブラジル移民の歴史に一つひとつ頷いていた。 □関連コラム「大耳小耳」□ 練習艦隊の歓迎会は、聖市内各地で行なわれた。広島県人会は、24人を迎えながらシュラスカリアへ。「方言で会話して故郷を語る良い機会になった。自衛隊の青年らもたくましくて」と喜ぶ関係者。鹿児島は7人の乗員に対し、約30人の関係者が熱く歓迎したという。また一方では、4県人会が偶然同じ飲食店に居合わせるなど、各会賑やかな様子だった。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 沖縄県人会(島袋栄喜会長)が主催で『第1回沖縄空手古武道演舞会』を16日午後2時から、同県人会館(Rua Tomas de Lima, no 72, Liberdade)で開催する。 サンパウロ市やスザノ、サントスなどから8つの道場が一堂に会し、形や棒、トンファーを使った演舞を解説付きで披露する。 剛柔流・與那嶺育孝藩士、少林流・与那嶺一徳藩士の参加や琉球舞踊、武の舞など琉球芸能のアトラクションも加わる。 「沖縄空手」にはいくつかの流派があるが、異なる流派が同じ行事に参加するのは異例。県人会の「何とか後世に琉球文化を残したい」との要請があり、実現した。 高安宏治副会長、島袋安雄書記、垣花輝明実行委員長が来社し、「今後、県人会の重要な行事にしていきたい。興味があれば是非」と語った。 入場には協力金15レ(任意)を呼びかけている。問い合わせは同会(11・3106・8823)まで。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 サントス―横浜間で姉妹都市提携を視野に入れた交流が始まった。先月末に神奈川県横浜市から横山正人、斉藤たつや両市会議員が来伯し、サントス市に親書を提出した。横山市議(51、横浜)は「互いに窓口を立てて交流を進めると決まった。今回が第一歩」と意気込んでいる。 4年前、横山さんが議員団の一員として来伯した際に、中井貞夫サントス市議との間で姉妹提携の話が初めて持ち上がった。中南米最大の港湾都市で移民が降り立った港サントスと、同じく港湾都市で移民船が就航した横浜には共通点が多いことから、移民史の共有も兼ねて交流を約束した。 横山市議は「11月に神奈川文化援護協会が50周年記念式典をするので、それに合わせて市職員と再び訪れ、サントスで交流を進めたい」と語る。また「2都市の交流が上手くいったら、神戸も入れて3都市の交流もしたい」と両国の交流活発化に意欲的だ。 横山さんと共に「横浜市議サッカーチーム」に所属する斉藤市議(42、横浜)も、「横浜FCの役員に会って、カズに交流への協力を要請した。彼もサントスには特別な思い入れがあるはず」と大物参入に向けて動いている。 また今回、ブラジルの都市との交流の可能性を探るため、北海道札幌市の長内直也市議(50、札幌)も来伯し、二人に同行した。共に政令指定都市であることから、横浜の姉妹都市提携の経過を見るためにやってきたという。 長内さんは「札幌は5都市と交流があるが、緯度の近い北半球の都市ばかり。南部の人には雪がすごく喜ばれるので、自分にないものを持っている都市同士が結びつくのがいいと思う。これから色んな交流が始まりそうだ」と話した。 □関連コラム□大耳小耳 ブラジル―北海道の交流を望む長内直也札幌市議によると、「北海道ではコーラより先にガラナが根付いたので、小さい頃からガラナを飲む習慣がある。味はブラジルのとそっくり」という不思議な歴史があるとか。また道選出の参議で、当地で盛んなYOSAKOIソーラン祭りの創始者でもある長谷川岳さんは、北海道大学の後輩だそう。さらに繋がりを強めるために、ぜひとも張り切ってほしいところ。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 「原爆犠牲者追悼法要」が6日午前、本派本願寺伯国別院(梶原義教輪番)で営まれた。ブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)、ブラジル広島文化センター(平崎靖之会長)の共催で、約30人が出席した。 原爆が投下された8時15分にあわせ鐘が鳴り、梶原導師らの読経が響き渡るなか、出席者らはそれぞれの思いを胸に焼香した。 現在訪日中の森田会長に代わり、娘の綏子さん(68)は、「被爆者の体験を聞き、書き留めておいてほしい。それが平和への道しるべになる」と語り伝えることの大事さを訴えた。同協会によれば、ブラジルの被爆者は106人。 5歳の時に被爆した池田美保子さん(75)は、「キノコ雲も見、黒い雨も浴びた。避難する被爆者らに水をあげたことを思い出す」と当時を振り返り、「戦争を知っているものは痛みがわかる。今の日本は色んな動きがあるが、いつまでも平和であってほしい」と話していた。
ニッケイ新聞 2015年8月7日 4月末から文協会長を務める沖縄県出身・呉屋春美さんの「就任祝賀夕食会」が7月28日、沖縄県人会館で行われた。 県人会員の働きかけにより実現した。同会の山城勇名誉会長、島袋栄喜会長、木多喜八郎・前文協会長、大城ヨキオ・アリアンサ理事長など日系団体関係者を中心に約250人が参加した。 文協創立60年にして初めて誕生した女性会長に、来賓からの祝辞ほか花束が贈呈され、呉屋さんは「皆様の支えをいただきながら、感謝の気持ちを忘れずに務めてまいります」と挨拶した。 参加者らは山城名誉会長の乾杯の音頭でしばし歓談し、呉屋会長の前途を祝した。
