06/03/2026

Dia: 17 de agosto de 2015

ニッケイ新聞 2015年8月14日 在サンパウロ日本国総領事館(中前隆博総領事)が今年で創立百年を迎えたことを記念して4日、百団体に対して「在外公館長表彰」の伝達式を行なった。総領事公邸に受章団体の47都道府県人会、教育機関、各地方文協、邦字紙等100団体200人以上が出席した。 中前総領事は団体の名前を一つひとつ読み上げて代表者に賞状を手渡すと、「今年は色々な節目が重なる特別な年。表彰だけでは伝わりきらない思いがあるが、日頃お世話になっている皆様に感謝の意を表する」と挨拶した。続いて呉屋春美・文協会長が祝辞を述べ、祝賀会が開かれた。 坂本アウグスト栃木県人会長は「日本文化を残そうという取り組みが評価されたのでは。これからも子や孫に伝える活動を続けたい」と話した。 県人会47団体に次いで受章数が多かったのは、教育団体の約30。開校10年を数え、授業に日本語教育を導入する「スザノ日伯学園」で、開校以来校長を務める安楽恵子さんは、「これを弾みに、さらに充実した教育を提供できるように努めていきたい」と喜びを語った。
ニッケイ新聞 2015年8月14日 パラグアイ・ピラポ移住地の岩手県人会(工藤好雄会長)が7月31日午後、創立55周年記念式典を行なった。冬晴れの中、同移住地の富美村公民館前競技場には首都アスンシオンやイグアスー移住地、在エンカルナシオン領事事務所、伯亜両国県人会からの来賓含め、約150人が祝福に訪れた。 同移住地には岩手県から91家族が移住、45周年には知事も訪れるなどゆかりが深い。今回は相撲交流を目的とした力士3人を含め、7人の慶祝団が参加した。県環境生活部の根子忠美部長は知事の祝辞を代読、県相撲連盟会長で相撲選手団の玉澤徳一郎団長や、ピラポ市の永見禎輝市長らも祝福の言葉を送った。 県から目録が手渡され、功労者として西舘世公前会長が表彰された。県人会も慶祝団一行へ記念品を贈り、高齢者表彰などを行なった。式典後は郷土芸能「鬼剣舞」やピラポ音頭などアトラクションでにぎわった。 当地県人会から駆け付けた千田曠曉会長夫妻は、「ブラジルから、そして日本からもピラポの節目を祝えてうれしい」と喜んでいた。後日、同地の入植祭や第6回国際親善相撲大会も行なわれた。 式典に先立ち27日夜は、聖市の県人会館で県主催の交流夕食会が開催された。70人を越える参加者を前に玉澤相撲連盟会長は、「個人としては9回目、相撲使節団としては6回目のブラジル訪問をうれしく思う」と話し、根子部長は「ルーツを大切にしながら、末永い交流が行なわれていることに感謝」と礼を述べた。 余興では同県人会の雷神太鼓が迫力ある演目を披露し、関係者を驚かせた。
「なぜ早く情報を出さないのか」 伯国到着直前まで通知しない隊員名簿 2008年の移民100周年以来、7年ぶりにブラジルに寄港した海上自衛隊練習艦隊。レシフェ、リオ、サントス、サンパウロと各地で地元日系団体などとの交流事業も行われ、練習艦隊一行は無事、次の寄港地へと出発した。しかし、サンパウロで5日に行われた文協記念講堂での歓迎式典後に、出身県別に乗組員を応対した各県人会からは、乗組員リストの事前の情報伝達が遅すぎたとして不満の声が噴出していた。練習艦隊の情報を管理していた在サンパウロ(聖)総領事館では、「海上自衛隊からの連絡が直前まで来なかった」と弁明している。 県連によると、在聖総領事館から練習艦隊乗組員のリストが届いたのは7月30日夕方だったという。県連事務局では隊員のリストを県別にまとめ直して、翌日に各県人会に情報を送付したが、県人会によっては連絡が付かないところもあったようだ。 また県連では、聖市文協での歓迎式典に出席するために上陸する隊員数は300人と聞いていた。しかし、歓迎式典当日の5日に総領事館から289人と情報差し替えの連絡があったという。そのため、当初予定されていた出身県の隊員に会えなかった県人会や、突然出席した出身県の隊員を応対できない県人会もあった。 岐阜県人会(山田彦次会長)では、7月22日の時点で2人の隊員が来るとの情報をつかんでいた。滅多にない機会ということもあり、県人会交流の活性化も兼ねてサンパウロ市から200キロ離れた場所に住む会員にも声を掛けていた。 しかし当日、文協に隊員を迎えに行くと岐阜県出身者は誰もおらず、文協に聞くと同県出身隊員はリオにいることが判明。事前変更の連絡はどこからもなかったという。 その一方、会場には徳島県出身の隊員が3人いたが、事前に連絡を受けていない徳島県人会関係者の姿はなく、隊員たちは行き場がない状態になっていた。文協の依頼を受け、岐阜県人会が徳島県出身隊員の歓迎会を引き受ける形となった。「仕方がないことだけど、同郷の若者に会えなくて残念」と山田会長は話し、「来るはずだった隊員が岐阜だけ来ないのは寂しいね」と声を落とした。 また、10数人の隊員の応対を行った県人会長は、「日本側の守秘義務か何なのかは分からないが、あまりにも我々への連絡が遅すぎる。7年前の来伯の時には個人情報は出さないという条件で、乗組員のリストは事前に来ていた。いくら同じ県出身でも名前も地域も分からない人間をなぜ、県人会が応対しなければならないのか。日本の自衛隊がブラジルに来るというのは日本の国が管理していること。日本政府出先機関である総領事館がなぜ隊員の名簿くらい管理できないのか。こちらはいつも善意でやっているのに、ふざけるなと言いたい」と怒り心頭の様子だった。 さらに、当初4~5人の隊員の上陸予定を聞いていた別の県人会では、数日前になって10数人もの県出身隊員がいるとの報告を受け、戸惑った様子だった。「4、5人なら(昼食歓迎会に)シュラスカリアに行こうと予定していたが、10人以上となると金銭的な都合上もあり、急きょ他の場所を考える必要に迫られた。せっかく郷土の人たちがブラジルまで来てくれるのだから親しく交流したいと思っていたが、あまりにも受け入れる側の立場を無視している。日本政府が昼食会の費用を出してくれるならまだしも、いつも県人会に丸投げの状態で、事前に正確な情報を早く流さないというのは、いくらお役所仕事でもひどすぎる」と批判していた。 そのほか、ある県人会会長は「県連は県人会に丸投げして、メールを送るだけ」と憤慨する。「代表者会議では『県人会が(隊員らを)受け入れる義務はない』と言われた。『断るなら断って下さい』と。それでは誰が(母県の)隊員を受け入れるのか。無責任な発言だ。お金はかかるが、せっかく日本から来たのだから同郷の若者をもてなしてあげたい。県連の役員は自分たちの仕事ができていない」と怒りの矛先を県連に向けていた。 こうした各県人会からの不満の声について在聖総領事館では、「こちらとしましても県人会関係者の方々から『早く(隊員の情報を)知らせてほしい』との声を受けて、日本の海上自衛隊からの連絡を再三にわたってお願いしておりましたが、連絡が来たのが(練習艦隊が)ブラジルに到着する直前でどうしようもない状態でした」と弁明していた。 2015年8月14日付
岡山県文化協会(根岸健三会長)の「移住105周年式典」が、23日午後4時からサンパウロ市ジャルジン区のゴールデンチューリップ・パウリスタプラザホテル(Alameda Santos,85)で開催される。根岸会長と水本裕氏が案内に訪れた。 式典には伊原木隆太県知事、小野康弘県議会議長はじめ16人の慶祝団が母県から出席する。伊原木県知事は今回が初来伯。前日の22日はアルゼンチン岡山県人会の記念式典に出席し、23日ブラジル入り、翌24日に帰国する。 式典後には「岡山が一番最初に始めた」という県費留学研修制度の創立56周年を記念し、留学生と知事の懇談会が予定されている。 時間の都合上、アトラクションは少ないが、根岸会長の孫の村上龍君が岡山唱歌を歌うなどの出し物を予定している。 根岸会長と水本氏は「同日に式典が重なりますが、ぜひお越しください」と来場を呼びかけた。 2015年8月14日付
奈良県人会長も務めた梅崎嘉明さん(92)が、初の翻訳集「O Canto dos Retirantes」を発表した。 翻訳集出版は、米寿の祝いをしてくれた若い日系人をはじめ、多くの2世、3世から以前から要望があったそうだ。かつて創作を競った友人たちは次々に他界。日本語を読む移住者たちも老齢化し、梅崎氏の作品への反響は少なくなった時にポルトガル語版を求める若い日系人の声が聞かれるようになり、「我々、移民の書いたものはポルトガル語にして若者に読んでもらってこそ意味があるのではないか」と発刊を決意したという。 「(米寿の祝いの時は)90歳までに作る」と言ったものの、編集や翻訳などが難航し、4年の時を経てようやく発刊に至った。 収録されたのは今までの発表作品から、小説6編、手記2編。古いものでは1964年にパウリスタ年鑑で入賞した「佐代の周辺」など、各賞入賞作品を中心に構成されている。また日本語版原文も同時収録されており、全390ページに及ぶ、これまでの集大成的な一冊になっている。 梅崎さんは「第二次世界大戦前後の日本人移民がどういう環境で、どういう生活を送っていたか、その実体験を綴った作品を選んだ。当時を知る人は過去を思い出し共感してくれるだろうし、最近の移住者や若い日系人には当時の様子を伺い知ることができると思う。若い読者にぜひ読んでもらいたい」と語った。 ポルトガル語版のみ好評だった最新作「奴隷と移民」が収録されている。 80レアル。購入希望者は梅崎さん(電話11・5571・5043)まで。 2015年8月13日付
海上自衛隊練習艦隊護衛艦「やまぎり」と練習艦「しまゆき」の乗組員が5日、サントス港に入港し、サンパウロ(聖)市では日系5団体共催による歓迎式典の後、出身県人会との昼食交流会がそれぞれに行われた。   埼玉県人会歓迎会 埼玉県人会(尾崎眞次会長)では14人の隊員を迎え、聖市モエマ区のレストランで歓迎会を開き、シュラスコでもてなした。隊員らは口々に「ブラジルは肉が本当に美味しい」と話し、本場のシュラスコの味を堪能した。 ブラジル流に「ビーバ!」と乾杯した後、会員と隊員は交流を楽しんだ。1等海士の牧野佑樹隊員は「ブラジルのお酒を飲んでみたい」と話し、元県人会長の根本信元氏がカイピリーニャを注文し、初めてのカイピリーニャに挑戦。「強いが甘くて飲みやすい。今日は学生時代のように久しぶりに楽しくお酒が飲めました」と会員らの歓迎にご満悦の様子だった。 今回が3回目の来伯という小川純市監理幕僚は「歓迎会を楽しみにしていた。日本とブラジルは地理的には遠いが、来伯時にはいつも多くの日本人が迎えてくれ、遠くの親戚の家に来たように感じる」と懐かしい日本の雰囲気にリラックスしていた。 唯一の女性隊員の鈴木佐和美さんは「サンパウロは大都会だが、すぐ横にファベーラがあり、格差がすごいなと感じた」と初めてのブラジルの印象を語り、歓迎会では「自分の近所の人とブラジルで出会えて驚いた」と笑顔を浮かべた。 森田泰司副会長による料理の説明や、ブラジルに関する質疑応答、各自郷里の話などをして会は盛り上がり、月岡洋平3等海尉が「関西の高校へ進学し、埼玉を離れて随分経つ。埼玉出身と言うと馬鹿にされることもあるが、今はとても愛着がある」と話すと、会員らから大きな拍手が起こった。 最後に同県人会からブラジル産のコーヒーなどが入った土産の袋が贈られ、隊員側からも艦隊「やまぎり」の海軍カレーや日本から持ってきたカップ焼きそばなどが会員らに贈られ、歓迎会は幕を閉じた。   岩手出身の3乗員、県人会員と交流 岩手県出身の乗員3人を迎えてリベルダーデ区の同県人会館で開かれた昼食会には、会員15人が集った。 同県出身の乗員は、三田地紀彦2等海曹(35)と海士長の猫塚巧哉氏(23)、佐野翔平氏(20)。冒頭、千田昿暁会長は3人をねぎらうとともに県人会の活動などを紹介。「皆さんとお話を楽しんでほしい」とあいさつした。 3人の自己紹介に続き、菊地義治名誉会長の音頭で乾杯。乗員からは郷土の菓子南部せんべい、県人会からは会のDVDやブラジル土産などの記念品が贈られた。 県人会側の出席者には、父親が旧日本軍の士官だった人も。食事や航海の様子といった艦隊についての素朴な疑問、独身の隊員への「縁談」の話など、故郷の酒南部美人を飲みながら会話は弾んだ。 「日本の食事が食べられてうれしいです」と話す猫塚氏。「思っていたより日本人が多くて驚いた」とサンパウロの印象を語る。 高校までサッカーをしていた三田地2等海曹は、カズ(三浦知良氏)がプレーした国の訪問を楽しみにしていたという。「日系の人は皆フランクで、カズもそんな感じで過ごしていたのかなと、サンパウロに来ながら思いました」。...
在サンパウロ総領事館開設100周年を記念して、在外公館長表彰が4日午後3時から聖市モルンビー区の同総領事公邸で行われた。受賞対象となった100団体には、各都道府県人会など各日系団体、またサンパウロ州軍警察や同州立学校などブラジル側からも選出された。 表彰式では日伯両国歌斉唱後、来賓者が紹介。今年は総領事館開設100周年、日伯外交関係樹立120周年、移民107周年であり、中前隆博総領事は「この表彰は、日頃からお世話になっている団体の皆様への私たちの感謝の気持ちです。無理やり100団体に限ったわけではなく、今後も様々な機会でそれぞれお世話になった方々に対してお礼をしていきたい」と謝辞を述べた。 今回は日本語コースを設けるなどして、日本語の指導をしているブラジルの教育機関15団体以上が選出された。 モンセニョール・サリオン州立学校のジョアナ・ダルキ校長は「プレジデンテ・プルデンテからバスで約6時間以上かけて来た甲斐があった。今日の記念すべき出来事も生徒たちに伝える」と喜びを口にした。 2015年8月11日付