「なぜ早く情報を出さないのか」 伯国到着直前まで通知しない隊員名簿
2008年の移民100周年以来、7年ぶりにブラジルに寄港した海上自衛隊練習艦隊。レシフェ、リオ、サントス、サンパウロと各地で地元日系団体などとの交流事業も行われ、練習艦隊一行は無事、次の寄港地へと出発した。しかし、サンパウロで5日に行われた文協記念講堂での歓迎式典後に、出身県別に乗組員を応対した各県人会からは、乗組員リストの事前の情報伝達が遅すぎたとして不満の声が噴出していた。練習艦隊の情報を管理していた在サンパウロ(聖)総領事館では、「海上自衛隊からの連絡が直前まで来なかった」と弁明している。
県連によると、在聖総領事館から練習艦隊乗組員のリストが届いたのは7月30日夕方だったという。県連事務局では隊員のリストを県別にまとめ直して、翌日に各県人会に情報を送付したが、県人会によっては連絡が付かないところもあったようだ。
また県連では、聖市文協での歓迎式典に出席するために上陸する隊員数は300人と聞いていた。しかし、歓迎式典当日の5日に総領事館から289人と情報差し替えの連絡があったという。そのため、当初予定されていた出身県の隊員に会えなかった県人会や、突然出席した出身県の隊員を応対できない県人会もあった。
岐阜県人会(山田彦次会長)では、7月22日の時点で2人の隊員が来るとの情報をつかんでいた。滅多にない機会ということもあり、県人会交流の活性化も兼ねてサンパウロ市から200キロ離れた場所に住む会員にも声を掛けていた。
しかし当日、文協に隊員を迎えに行くと岐阜県出身者は誰もおらず、文協に聞くと同県出身隊員はリオにいることが判明。事前変更の連絡はどこからもなかったという。
その一方、会場には徳島県出身の隊員が3人いたが、事前に連絡を受けていない徳島県人会関係者の姿はなく、隊員たちは行き場がない状態になっていた。文協の依頼を受け、岐阜県人会が徳島県出身隊員の歓迎会を引き受ける形となった。「仕方がないことだけど、同郷の若者に会えなくて残念」と山田会長は話し、「来るはずだった隊員が岐阜だけ来ないのは寂しいね」と声を落とした。
また、10数人の隊員の応対を行った県人会長は、「日本側の守秘義務か何なのかは分からないが、あまりにも我々への連絡が遅すぎる。7年前の来伯の時には個人情報は出さないという条件で、乗組員のリストは事前に来ていた。いくら同じ県出身でも名前も地域も分からない人間をなぜ、県人会が応対しなければならないのか。日本の自衛隊がブラジルに来るというのは日本の国が管理していること。日本政府出先機関である総領事館がなぜ隊員の名簿くらい管理できないのか。こちらはいつも善意でやっているのに、ふざけるなと言いたい」と怒り心頭の様子だった。
さらに、当初4~5人の隊員の上陸予定を聞いていた別の県人会では、数日前になって10数人もの県出身隊員がいるとの報告を受け、戸惑った様子だった。「4、5人なら(昼食歓迎会に)シュラスカリアに行こうと予定していたが、10人以上となると金銭的な都合上もあり、急きょ他の場所を考える必要に迫られた。せっかく郷土の人たちがブラジルまで来てくれるのだから親しく交流したいと思っていたが、あまりにも受け入れる側の立場を無視している。日本政府が昼食会の費用を出してくれるならまだしも、いつも県人会に丸投げの状態で、事前に正確な情報を早く流さないというのは、いくらお役所仕事でもひどすぎる」と批判していた。
そのほか、ある県人会会長は「県連は県人会に丸投げして、メールを送るだけ」と憤慨する。「代表者会議では『県人会が(隊員らを)受け入れる義務はない』と言われた。『断るなら断って下さい』と。それでは誰が(母県の)隊員を受け入れるのか。無責任な発言だ。お金はかかるが、せっかく日本から来たのだから同郷の若者をもてなしてあげたい。県連の役員は自分たちの仕事ができていない」と怒りの矛先を県連に向けていた。
こうした各県人会からの不満の声について在聖総領事館では、「こちらとしましても県人会関係者の方々から『早く(隊員の情報を)知らせてほしい』との声を受けて、日本の海上自衛隊からの連絡を再三にわたってお願いしておりましたが、連絡が来たのが(練習艦隊が)ブラジルに到着する直前でどうしようもない状態でした」と弁明していた。
2015年8月14日付
