非日系のジョアン・マチアスさん
ブラジル富山県人会(市川利雄会長)創立55周年記念式典参加のためにブラジルへやって来た慶祝団の中に、一人のブラジル人青年がいた。青年の名はジョアン・マチアスさん。サンパウロ州出身の26歳で2012年から富山県の国際課国際交流員として働いている。富山県の友好奨学金を使い、サンパウロ総合大学(USP)で日本語学習をしたブラジル人が、富山県の一員としてブラジルへ戻って来た。流暢な日本語を操り、話を聞いただけでは外国人が話す日本語には聞こえない。各式典や会合では慶祝団の通訳業務に奮闘する合間を縫って話を聞いた。
ジョアンさんが日本語の学習を始めたのはUSP。幼い頃から外国語に興味があり、特に英語が好きだったそうだが、中学、高校と英語の勉強はやり尽くした感があった。そこで「英語の次に(アニメやゲームなどで)馴染みがあった言語が日本語だった」ことから文学部の日本語学科へ入学した。
在学中に富山県が主宰する友好奨学金制度があることを知り、応募したところ合格。2年間、日本語学習に没頭した。受給終了後も「どうしたらもっと日本語が上達するだろう」と自問自答していたところ、USPの留学制度があることを知り、応募。見事合格し、大阪で1年間日本語を学んできた。その1年間を通じ、日本は暮らしやすい国だと感じ、住みたいと思うようになったという。
現在は日本の地方自治体と各省、一般財団法人自治体国際化協会が主催する「JETプログラム」の一員として富山県国際課で働いている。「富山県の友好奨学金で勉強した自分の赴任地が富山。縁がある土地で働けて嬉しいし、少しは(県に)恩返しできてるかな」と笑う。
USPでは今年奨学金を受給する後輩や、恩師とも再会した。受給認定証授与式では、彼らの前で司会の通訳を堂々とこなす姿を披露。USPの教授も「立派に育ってくれて嬉しい」と目を細めた。ジョアンさんも「恩師らとの再会は嬉しかった。先生のお陰でここまでたどり着いたので感謝の気持ちでいっぱい」と話し、日本語であいさつした後輩の姿に「日本文学や文化の研究を頑張っているようで誇らしい」と先輩の顔をのぞかせた。
今回の富山県とサンパウロ州友好提携30周年式典での通訳も務めたが、「実は通訳の経験があまりないので、仕事前は緊張する。本番ではそんなことも言ってられないので、やるしかない」と意外な言葉が返って来た。 富山県に研修へ行き、30年前の式典で通訳を務めた先輩である新城真利枝さんは「私は式典前日は緊張して眠れなかった。彼の日本語にはアクセントもないし、私より上手」と後輩を褒め称えた。
約1年ぶりの帰国となったが「サンパウロは相変わらず交通量が多い」と苦笑い。「富山は都会過ぎず、田舎過ぎず住むのに快適。市内中心部に住んでいるので自転車でどこへでも行けるし、東京に行かなくても何でも手に入る。富山が大好きだから、富山にずっと住み続けたい」と話していた。
サンパウロ新聞 2015年10月16日付
